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出雲大社の千木・・・1(再掲載)

2016年12月24日 | 歴婆の勝手な解釈

シュメールの神殿に菊の紋がレリーフされているという話は

だいぶ、知れ渡っているところであるが、

この菊の御紋については、

神社にも多く有り、一説では、菊の御紋が飾られている神社は

祀り変えが行われているという話もある。

鞆のほうで、沼名前神社をみると、やはり、菊の御紋が飾られているが、

祀られているのはおおわだつみ(海の神)だったと思う。

この神社は神功皇后が航海の安全を祈り建てたものだと言われているので

菊の御紋もうなづけるのであるが・・・

 

ふと、見ると、

素戔嗚も祀られていた。

以前は素戔嗚が祀られていて

近年になってから、素戔嗚を合祀するようになった。

と、いう由緒が書くかれていた。

 

そのせいだろうか?

神社社殿はの千木は天津神であろう、おおわだつみのものとはおもえない

地千木に成っている。

神社の建て替えなどを行うときは基本、元の形式を残す、継承するものであろう。

と、いうことは、

神功皇后以前にあった、社が地千木をのせていたか?

それとも、天意をうけるものでなく

神功皇后の守護のごときに建てた物であれば、

おおわだつみであっても、地千木になるのだろうか?

 

天千木を載せている神社は

天意を受けますといういみで、

天千木をもつようだと解釈できる。

この例は伊勢神宮

日御碕神社

の、ほかにも当然あるが

分社というのだろうか、

小さな社を神社の敷地の中に建てているものがあり

ここに天千木が載っている場合がある。

 

例えば、イザナミ・イザナギを祭る場合

小さい社でも天千木が載っている。

理屈で考えれば、

人間を生み出せという天意を受けた神であり

その功徳からして、天千木を掲げるのは当然で

いわば、スポーツ選手の永久欠番、殿堂入りのごとくであろう。

 

一方、出雲の方では(と、いうか、そこらで調べた結果だが)

水の神(女神)などは、天千木を載せていた。

これも生命の大元でもあるので、

天から恵という意味合いも込めて

天意をうけた神であるので、

天千木を載せていると考えられるが

この神社の由緒がかなり古く、

紀元前から続くということで、

ここは、菊の御紋が無かったと思う。

 

と、いうことは、菊の御紋という

大和朝廷がわのシール作成以前から

自然崇拝のようなものがあったと言う事に成ってくる。

 

話戻して、

祀り変えが行われたとおぼしき神社には

菊の御紋があるという話であるが

ひょっと、ふいに疑問が出てきた。

 

出雲大社である。

 

ここは、地千木を抱えているが

現在の物より大きかっただろうという

柱などが発掘されていて

国譲りの神話の時に、大和朝廷がわが、

たててやったということになっているが・・・

はたして・・・

その時に初めてたてられたのだろうか?

と、いう疑問がわく。

 

どう考えても、

大国主命(一説には素戔嗚を隠蔽するためともいわれているが)のために

そんなでかい社をたてている暇があっただろうか?

出雲をほろぼしていくと、

その関連の奴奈川姫(大国主命の糸魚川での妻)や

その息子 建御名方神

先代旧事本紀』「地祇本紀(地神本紀)」では、大己貴神(大国主)が高志沼河姫(こしのぬなかわひめ)を娶って生まれた一男が建御名方神であるとする[3][1]

タケミナカタは、『古事記』等に伝わる日本神話

『古事記』では「建御名方神(たけみなかたのかみ)」、他文献では「南方刀美神(みなかたとみのかみ)」・「御名方富命」・「建御名方富命」等とも表記される[1]。『日本書紀』に記載はない。

諏訪大社長野県諏訪市ほか)の祭神として知られる。

このあたりの征伐?に忙しく、

他にも平定はあったろうと思われるので

たてているどころではないと、思う。

 

もしかすると、

出雲大社ははじめからあったか、

あるいは、建設中だったのではないだろうか?

 

この真偽など判る筈もないが

そこに、はじめから、地千木が付けられていたのだろうか?

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