言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

冬枯の野に向く窓や夕ぐれの寒さ早かり日は照しつつ

2017年01月25日 16時15分45秒 | 日記

 島木赤彦の歌である。

 絶唱といふものの対極にあつて、静かに冬の季節を体に染み通らせてゐる。日はまだ光を注いでゐるのに、寒さは急に増してきた。その予感が読んでゐてはつきりと感じられる。

 冬の歌のなかでも好きなものである。

 「寒さ早し」ではなく「寒さ早かり」としたのは、字数ゆゑであらうか。「早し」の方が字足らずで、しかも終止形できつぱりとした直線的な印象が強く寒さを表現するにはいいのだが、「早かり」とすれば漢文調で事実描写をしてゐるやうに感じられる。連用形であるのは、「照らしつつ」と対比的で時間の変化を示してゐるのだらう。

 冬の季節の寒さを客観的に、しかも時間の変化を含んで示すには、この「早かり」が良いのだらう。

 私がこれを作つたらたぶん添削されるのだらうが、すでに名のある人が作れば味はひとなる。俳句や和歌が第二藝術論と揶揄された理由であるが、それを承知の上で、やはり島木の歌は魅力的である。

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