言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

掃き寄せる落ち葉(言葉)も無くて。

2016年11月08日 09時19分51秒 | 日記

 明日は、アメリカ大統領選挙の投票日である。これほどまでに他国の元首の決定が気になるといふのは、考へてみれば異常なことと言へる。アメリカ無しには、今に至るも成り立ち得ないところに、私たちがゐるといふことを思ひ出させてくれるといふ意味で、四年に一度のこの「儀式」は私たちのものでもある。

 もちろん、これは皮肉である。自己を知るのに、他者の「決定」が必要となるとはずゐぶん屈辱的なことであるからである。しかし、その屈辱を感じずに、単純な興味本位でそれを眺めるといふのは、もつと屈辱的なことではあるだらう。

 かつて文藝評論家の江藤淳は、1970年代に米国の占領研究を集中的にしてゐた。それは占領下からその執筆当時(じつは現在もである)に至る文藝の状況の根本を捉へ、批評するためには、占領下の憲法の起草と検閲を調査しなければならないと考へたからであつた。江藤は正確に事の次第をつかみ、その屈辱を受けとめることからしか出発しないと知つてゐたのである。

 私たちの生きてゐるこの空間は、今もまだその時代のままである。大山鳴動してねずみ一匹のやうな今日の政治家たちの言動や、それを報道するマスコミの報道振り、それらが波状的に繰り返しながら何も求めない国民。その図式を決定的にしたのは占領下の憲法の起草と検閲にあると江藤は見てゐた。

 私には、それもまたずゐぶん絵画的な理解だなといふ不満はある。分かり易すぎるからである。そして事態はもつとそれ以前から発してゐると思ふ。しかし、たとへさうであつても、江藤の文藝評論家としての視線は、屈辱を受けとめる意識に貫かれてゐる。だからこそ、戦後を批判し、戦後の文学を批判し続けられたのである。

 私小説とサスペンスの量産が現代文学の果たしてゐる「仕事」であれば、当然魅力ある文体も滋味ある言葉の隻句も生まれて来ない。印刷物でしかない本は、やがて廃品として回収されてしまふのがオチである。

 楔を打ち込むやうな、あるいは歩く杖となるやうな言葉のない時代は、やはり貧しい時代である。 

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