言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

『キャリア教育のウソ』を読む。

2016年10月18日 08時34分15秒 | 日記

 

 「キャリア教育」といふ言葉を聞くと、不快な気分になつてゐた。なぜだらうかと考へると、きつと学校が就職のための手段になつてしまふといふ思ひが強かつたからだらうと思ふ。学校は自立したものでなければならない、さういふ思ひが強いからかもしれない。学校が何かの手段にすぎない存在だとすれば、次々に目的がうまれてくれば、その度に対応が求められ、学校は手段のパッチワークになつてしまふことになる。それは結果的に学校を解体し、だれをも幸福にしない。さういふ直観である。

 本書の著者は、法政大学のキャリアデザイン学部教授である。さういふ学部があることを寡聞にして知らなかつた。全国の学生たちのキャリアデザインを支援していかうといふのが設立の目的のやうである。もちろん、その趣旨は文科省が推進してゐるやうな(あるいは世の中が誤解してゐるやうな)ものではない。

 著者が(あるいは「法政大学が」かもしれない)問題視するのは、次のやうな「俗流キャリア教育」である。

1 「自己理解」系    2 「職業理解」系    3「キャリアプラン」系

 これらは、1⇒2⇒3の順でなされる、アメリカ流の「キャリアガイダンス」理論に基づいてゐると言ふ。しかし、そもそもこの理論は成人の「転職」支援の場面を想定して作られたものであり、子どもの教育場面では適切ではないといふのが著者の理解である。私もさう思ふ。

「夢」や「やりたいこと」などを抱けるほど、子どもは世の中のことを知らない。それがだめだといふのではなく、知ることなどできない。だからこそ、狭い知識のなかで「夢」や「やりたいこと」を持てといふ指導が的外れなのではないか、さう考へるのである。しかも、現代社会は従来のやうな安定した社会ではない。今ある職業が将来に渡つて存在してゐるとも限らないなかで、今ある職業から「夢」や「やりたいこと」を持つことの方が弊害が大きいのではないか。「やりたいこと」を職業や仕事といふ次元に落とし込むのではなく、「なぜその職業を選びたいと思つたのか」といふ根つこの部分になるもの(軸)を大まかにつかませることが大切ではないかといふことである。それが「キャリアアンカー」である。「錨(いかり)」になるものをつくることである。

 「やりたいこと」「やれること」「やるべきこと」、この三つ円の重なりに将来の自己像を見出していくことが重要である。「やりたいこと」に特化する「キャリア教育」には問題がある。

 学校で行はれる「キャリア教育」といふと、すぐに「就業体験」といふことが挙がる。しかも、やりつ放しといふのが大半だらう。自分の体験を書きとめたり、話したりといふことをしても、「いい経験をした」で終はつてしまふ。それならば、自己の体験を相対化する仕掛けをもう一つ作つてはどうかといふのが、この著者の提案である。その職業に従事してゐる人のルポルタージュや手記、インタビュー記事などを読み、自己の体験とつき合はせてみることは有効ではないか。

 全国高等学校PTA連合会とリクルートが合同で実施した意識調査によれば、「自分はフリーターにはならないと思う」といふ問にわづか18.9%の生徒しか、「はい」と答へてゐない。といふことは、実に八割の人が「なるかもしれない」と思つてゐるといふことである。この時代認識の下の「キャリア教育」が「夢」追ひ型でよいはずはない。大事なのは、どんな時代でも生きて生きれる「学び方を学ぶ」ことである。つまり、キャリアデザインを自分で出来るやうにするのが、キャリア教育の本来であるべきだといふのがこの著者の結論である。私は、この結論に十二分に同意する。

 学校が何かの手段であることを排し、それ自体で完結してゐる。学びが発動する個人を作つていく、それが学校である。そのためには「やるべきこと」といふ役割意識と、「やれること」といふ能力開発と、その上で「やりたいこと」を目指すといふ活力を学ぶ場にならなければならない。何かになるための材料を提供する場所が学校になれば、学校は「もの」化してしまふ。さうではなくて、「学ぶ」といふ「こと」を実現するのが学校といふ場所である。

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