言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

時間厳守は悪風か。

2016年10月11日 09時04分33秒 | 日記

 岩波文庫に『たいした問題じゃないが』といふイギリス・コラム集がある。とても面白い。

 20世紀初頭にイギリスで活躍したガードナー、ルーカス、リンド、ミルンの四人のものである。

 リンドに「時間厳守は悪風だ」といふエッセイがある。

「時間を守らぬことへの憎悪は、主に身勝手な憎悪であり、それ故に邪悪な憎悪であると証明できると思う。例えば、夕食が遅れて待たされるのに反対するのは、時間厳守は善だという高邁な考えからではない。(中略)時間厳守を他者に要求するとき、我々は主として自分の幸福と安楽を求めるのであって、他者の幸福を求めるのではない。」

 かういふリンドは、「私は他人が時間厳守であるのを好む」と書いてゐる。実に興味深い。かういふ矛盾を書いてゐながら、平気でゐられるところに機知があり、それを嫌悪しない読者がゐるといふところにユーモアの国の風土を感じる。誠実だが狭量な私たち日本人の気質とは違つてゐる。私は時間厳守であることを自他に求めるが、時に他者(特に家族に)に厳格すぎることを反省するが、そんな了見ゆゑに、リンドにならつて言へば「今の自分の性格が形成された」のである。

  まあ「たいした問題じゃないが」。

 一つ10ページ内外であるから、ちょっとした時間があるときに読み進められる。どうであらうか、秋の読書に。

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