言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

今年の京大の入試問題(現代文)を解いて

2017年03月15日 16時37分56秒 | 日記

 月末に京大入試問題研究会があるので今年の問題を解いてみた。

 形式は例年と変はらず、漢字の書き取りがなくなつたのが印象に残る(出たり出なかつたりが京大ならでは。「出し続けよ」と思ふ)。

大問一 文系理系共通問題 串田孫一「山村の秋」(『山のパンセ』より 1963年)

大問二 文系問題 西郷信綱『古事記伝注釈』(1975年)

      理系問題 安藤 宏『「私」をつくる 近代小説の試み』(2015年)

 第一印象は、ずゐぶん文学的なものが選ばれてゐるなといふことである。一番の文書は、前回の東京オリンピックよりも前の年に書かれてゐるもので、現在の生徒には読みにくいものかもしれない。串田孫一の文章は幸田文ほどではないが、粘着質な文章。ただ都市と農村との差異や、農村への憧れと現実とのギャップについては、今でも十分に理解できる内容だらう。京大らしい、まことに京大らしい。

 文系の問題は、これはとても良質なものだ。文系の学問をするには、先行研究を前提とするが、それへの盲従では形骸化する。そのことを『古事記』と宣長の『古事記伝』との関係、現代の研究者のあり方、などを挙げながら論じてゐる。「作品を読むということが、一つの歴史的経験である」といふところに線を引き、それを五行で書かせるのは難問だが、これを訊くために選ばれた文章であらう。今後の京大演習には絶対にやるべき問題となつた。

 理系の問題は、作者は現代の研究者であるが、引用は田山花袋や岩野泡鳴であり、話題が「言文一致体」についてである。これが文学部の入試に出たのであれば納得だが、理系に出題する意図が不明である。冒険的であり、意図を知りたいところだが、内容が分からずにパズルを解くやうに文章をパッチワークすれば解答を作ることができる問もあるので、情報処理能力を見る意図があるのかもしれない。しかし、受験者の解答を見てみたいものだ。

 京都大学の問題は、もちろん難しい。だが、決して歯が立たないといふものでもない。テーマについての関心も必要であるし、その意味では日頃の読書の幅も問はれる。だが、与へられた文章をしつこく読み切るといふ執着心が必要である。

 

 

 

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