言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

東京での初春の一日

2017年03月20日 19時21分41秒 | 日記

  朝一番の新幹線で上京し、午前と午後に一回づつ学校の説明会を行なつて、東京駅近くの丸善書店で本を探して、夕食を腹に詰め込んで、さあこれから新幹線で帰ります。

  蒲郡は遠い。豊橋にはのぞは止まらないし、ひかりは二時間に一本だし、こだまは三十分に一本だが、各駅で五分ぐらゐ止まるし、大変だ。おまけに三連休の最後の夜で東京駅は大混雑。何かがぶつかつて「痛い」と言ふ声が聞こえたが、果たして誰の何がぶつかつたのかが分からないのでどうしようもない。そんなことを考へてゐるうちに人は流れて前に押し出されていく。大都会東京の雑踏である。

  説明会には大阪からも富山から参加してくださるご家族がいらした。孟母三遷の教へは現在ではかういふことになるだらうか。子供にとつて良いと思はれることがあれば、全国どこでも行くといふことにならうか。

   本日の東京は快晴だつた。増上寺の背景に東京タワー。ありふれた光景だが、気持ち良い眺めだつた。

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