言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

今年の東大入試問題(現代文)を解いて

2017年03月19日 13時37分07秒 | 日記

 東京大学文系学部の入試は2000年から四題構成となつてゐる。評論・古文・漢文・随想(理系は、そのうち「随想」がない三題)である。それ以前は長く、七題構成で、現・作文・古・漢・現・古・漢(理系は、現・作文・古文・漢文)となつてゐた。

 大問の数が減つたことにはいろいろと理由は考へられるだらうが、大学側がていねいに問に答へよと言つてゐるのだらう。そして今年も変化があつた。大問一の問の数が一つ減つたからである。時間は変はらない。しかし問題の数が減つたといふことは、受験生の学力を測るには、これまでより問題を減らす必要を感じたといふことである。

 さて、具体的な問題の感想に移る。

第一問は評論。伊藤徹『芸術家たちの精神史』である。2004年にも同じ筆者の文章が出てゐる。これにも驚いた。内容は、人間が科学技術を作り、諸問題を解決していつたが、その解決策が新たな問題を生み、それを科学技術の発展で解決していかうとしてきたが、現在では科学技術を人間が運用できるとする神話が虚構であることが明らかになり、新たな神話をつくりださなければならない状況にあるといふことである。現実と虚構、この二元論のなかに人間は生きてゐる。東大がずつと暗示し続ける「二元論」の世界の文章である。昨年の内田樹の文章による出題といふ劣化から一年で回復した。たっだし、問二は、答へづらい。何を訊いてゐるのかが不明で、ここだけは解答を留保したい。予備校によつても解答は異なるはずだ。

 第四問は随想。幸田文『藤』である。京都大学では何度か出たが、東大では初めてで、小説と言つても通用するやうな内容である。父(露伴)の子育てのありやうをベースに、娘がどう自然と親しんでいつたかを回想したものである。讀みやすいし、解答もしやすい。四番の「飽和」といふことが何を意味するのかが若干取りづらいが、ここは父と娘が美しい藤棚を見ての、これ以上ない心豊かな幸福感に満たされた状態のこと、で良いのではないかと思ふ。

 第二問の古文は、源氏物語からの出題で難しかつたやうだ。

 現代文は、極めて順当な問題で、東大受験生の読解力を見るにはいい問題として今後も利用されるだらう。

 

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