新・からっぽ禅蔵

元サーファーで、後にタイ上座部仏教僧としてタイで修行。その後日本の禅僧となった水辺を愛し宗派にこだわらない禅僧のブログ。

自然(じねん)

2017-05-17 21:20:49 | 日記
5月8日に、「なめるな!そして、殺すな!」と題したブログ記事を書いた。

その中で、釣り糸に絡まった川鵜(かわう)を助けようと試みた出来事について書いた。

それは、以下のような内容だ。

【 僕が1人でカヌーに乗っていたとき、湖の水面上にせり出した木の枝に、黒々とした大きな鳥(川鵜)が1羽ひっかかっていて、逃れようとして暴れていた。
僕は、なんとかその川鵜を助けてやろうと思って、カヌーで近づいた。
よく見ると、木の枝に釣り糸が絡まっていて、その川鵜も、その釣り糸に絡まっていたのだった。
身勝手な釣り人が、木の枝に釣糸を引っ掛けて、そのまま放置したのだろう。
僕は、そんな身勝手な釣り人に対して、強い怒りを感じた。
その場所は、断崖絶壁の下で、上陸は不可能な場所だ。
だから僕は、不安定なカヌー上から、必死に、川鵜と木の枝に絡まった釣り糸を外そうとしたが、無理だった。
ナイフなどの刃物が無ければ、その釣り糸を切る事も出来ない。
結局、その川鵜の救助は断念した。
残念だが、その川鵜が死に至るのは時間の問題であろう。
僕は、次回からはサバイバルナイフを持参する事を決意した。 】

以上のような内容であった。

そして、今回、僕はナイフを持参して、再びカヌーに乗って、もはや死んでいるであろうあの川鵜が釣り糸に絡まっていた場所へ向かった。

写真が、まさにその場所である。

僕は、「あの川鵜の周りの釣り糸を切って、再び他の生物が犠牲にならないようにしてあげよう。そして、死んだ川鵜のためには、カヌー上からお経唱えて供養してあげよう」と、考えていた。

ところが、である。

不思議な事に、あの川鵜の姿は無かった。
それどころか、釣り糸が絡まっていた木の枝さえ、発見する事が出来なかった。

どういう事か?

もしかしたら、その湖全体の水位が上がって、川鵜は枝ごと水没したのか?

いや、周囲の状況を確認しても、水位が上がった様子はない。

だとすれば、落石の影響で、あの枝を有する木ごと、水中に崩れ落ちて水没したのかも知れない。
実際、周囲の岩は、いつ落石しても不思議はないように見える。

しかし、願わくは、何かの拍子に、あの川鵜は釣り糸から脱して、今も元気に生きていますよう。

合掌

さて、ところで僕は、過日のSUP(サップ=スタンドアップパドル)体験を活かして、この日、カナディアンカヌーを、立ち上がって漕いでみたりした。

すると、また違った視野が広がった。

ふと後方を見ると、ブラックバス?らしき大きな魚が数匹、僕のカヌーの後について来ていた。

僕は、釣りなどはしないので、彼らは、僕に対しては警戒心が無いのかな?(笑)

そして、空を見上げると、空には、数羽の川鵜が、元気に飛んでいた。





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