LiveInPeace☆9+25

「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

橋下市長の「市立の幼稚園をすべて民営化」方針に反対

2011-12-28 | 日々のニュース
橋下が「市立の幼稚園をすべて民営化」と発言したことについて、私は反対だ。保育者を目指す一人の人間として、幼稚園のことを、今までの私の知識や実習での体験を元に知ってほしい。
 (http://mainichi.jp/select/today/news/20111224k0000e040172000c.html 毎日新聞)

すべての幼稚園が以下の通りではないということを分かってほしい。しかし、傾向としてはこう言われている。
市立はのびのびとした保育が中心。設定保育も毎日ではない。自由遊びが多い。
私立は教育が中心。設定保育が多い。イベント(行事)に力を入れており、運動会の鼓笛隊やダンス、生活発表会のお遊戯や劇は見応えがあってすごい。
 
設定保育:保育者が何をするか考え、準備し、リードして子ども達に活動させるもの(制作やゲームなど)。保育者に何らかの目的やねらいがある。それを達成させようとする。保育者が主体の保育。
自由遊び:子ども達が部屋又は戸外で自由に遊ぶこと。保育者は基本的に見守る。一緒に遊び子どもの創造性や想像力をふくらませる。保育者は目的やねらいを持って関わる。子どもが主体の保育。

「子どもの最善の利益」という言葉があるのは幼稚園教育要領にかかれているもので、子ども達の幸せを一番に考えるということである。
なのに、私が実習にいった私立幼稚園では、私立の幼稚園では運動会や生活発表会を見栄えよく、親ウケするものにするために子ども達の自由遊びの時間を削り、お遊戯などの練習をさせている。その練習を子ども達が楽しんでいるならよいのだが、そうは見えなかった。苦しく、辛いものをしているように感じた。それを保育者達は、「お父さんやお母さんが見るから」と励ましている。おかしいと思った。園児獲得のためのパフォーマンスになってしまっているのだ。
もちろんすべての私立幼稚園が、このように子どもをまるで見せ物のようにしているのではない。しかしながら、他の私立園で実習をして同じようなことを感じた仲間もいた。
私立はこうでもしなければ園児が獲得できないのかもしれない。
市立ならば子ども達に苦痛をもたらすようなことをする必要はない。
すべての幼稚園が私立になれば、園児獲得競争がいっそう激しくなることが予想される。競争に負けた園は廃園に追い込まれる。そうなると、いっそう子ども達への負担が大きくなるだろう。
 
幼稚園教育要領:文部科学省が出している幼稚園教育における指針。幼児期は、生きる力を養う期間としている。
 
(表裏)
ジャンル:
ウェブログ
キーワード
私立幼稚園 幼稚園教育要領 文部科学省 子どもの最善の利益
コメント (2) |  トラックバック (0) |  この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« 沖縄の怒り、辺野... | トップ | 本土マスメディア... »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ご意見に共感します。 (仕方 瀬久)
2012-01-07 10:15:28
 「小学1年生を見ればどこの幼稚園出身か分かる」、これは小さな子供を持つ母親たちの共通の意見であることを、先日妻から聞きました。あらためて私は、幼稚園における教育の内容の重要性を感じています。さて本題に関してですが、幼稚園経営が、子供たちに対してではなく親たちの方に顔を向けて行われるとしたら、それは悲劇でしかない、幼稚園児を子供に持つ父親としてそのように強く感じています。非常に多感で、感受性の高い子供は、全身で、あらゆる事柄を吸収します。しつけ、早期教育の成果もまた、目に見える形で反映します。ほとんどの親はこのような子供たちを見て、「成長した」と肯定的にとらえることでしょう。しかしながら私が最も恐れることは、子供の発達段階を無視したこれら押しつけが、子供たちの将来の成長にとって有害なものに転化する可能性があることです。腕力をともなうしつけのために子供が大人の顔色をうかがうようになり、また、「良い」、「悪い」が大人の求める基準に合うかあわないかによって子供たち自身が判断するようになります。早期教育は、ただ単に詰め込みであり、たかだか子供たちが数年後に獲得する学習内容を数年先に詰め込んでいるに過ぎません。「設定保育」ですが、子供たちを全体行動に従わせることが多く、それからの逸脱は矯正されます。また、結局は完成度の高さが求められる形となり、子供たちは生気を失いつつもそれに従うことになります。それも多大な時間を掛けます。親たちは、そのような我が子を見て喜ぶのです。子供の発達にとって非常に有害ですが、親たちを満足させるためには、この方法が最も手っ取り早く、簡単でしょう。だからこそ、幼稚園が、経営に重きを置くようになり、親たちを満足させることが目的となったとき、犠牲になるのは子供たちであるとの意見に共感いたします。私事になりますが、私の子供は市立の幼稚園に通っていますが、そこでは私立ほどではないのですが「設定保育」が徐々に拡大しています。企画が多く、そこに親たちが動員される場合も多いのです。また、保育士、先生も行事に振り回され、帰宅時間も遅くなり疲れているようです。行政からの指導、指針もあるようなのですが、本来の幼稚園の理念が徐々に後退しているのでしょうか。私立化の動きは、このような流れを加速させることになるでしょう。憂慮すべき事態でると、私も思います。私立にも、理念を持って経営する所もあり、私の下の子供はそこに通うことになっています。子供たちの遊び、子供同士の関係を重視する教育方針の所です。しかしながらここは、のんびりしすぎていると人気がありません。これが、今の実態のようです。
 いろいろとつづりましたが、ブログを書かれた方が、初心を忘れずにこれからも教育に携わっていかれんことを期待しております
コメントありがとうございます (表裏)
2012-01-08 01:37:49
共感していただきありがとうございます。とても嬉しいです。
私が幼稚園実習で見てきた、学んできたものは、先生の立場から見たものでした。なので、保護者の方の視点からのご意見はとても貴重なものです。ありがとうございます。

仕方さんのおっしゃるとおり、設定保育におけるイレギュラーは排除されがちです。昨年の1月に3週間の幼稚園実習をしたときのことをお話します。この実習で、私は幼稚園教育に疑問を持つようになりました。
4歳児の設定保育で、2月の節分用の鬼の面を作ることになりました。これは担任の先生が主体になっておこなったものです。切ったり貼ったり描いたりと、忙しく難しい作業を1時間くらいで終わらせようと先生は必死になっていました。子ども達は「できた」と言って先生に頑張って作った鬼の面を差し出しますが、先生は描き忘れを注意することが多かったように感じました。もちろん、頑張ったことを褒めることはしていましたが、私には子どもではなく、その子が作った作品を褒めているように感じたのです。それ以来、誰のために何のために作るのか、ということを考えるようになりました。
私はこの先生を非難するつもりはありません。あくまで自分の感じたままを書いてみました。

「初心忘るべからず」という言葉を胸に、これからも頑張ります。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
※文字化け等の原因になりますので、顔文字の利用はお控えください。
下記数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。この数字を読み取っていただくことで自動化されたプログラムによる投稿でないことを確認させていただいております。
数字4桁

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。

あわせて読む