一カトリック信者(ジュゼッペ)の日々想い

聖ヨゼフを愛する一カトリック信者の日々を綴ったブログです。

日本カトリック教会のミサ

2016-10-17 07:27:42 | カトリック
日本のミサでは事実上跪きによる礼拝は禁止されたのでしょうか。
本当はこのような内容のことはブログで書くことをすごく躊躇しております。昨今モラハラ事件が世間を賑わしており、日本のカトリック教会もそのようなことをしているということをある意味暴露することになるからです。
ローマ(バチカン)の公文書は、一度もミサ中における跪き、跪いての口で受ける伝統的な聖体拝領の形を禁止してはいません。昔はどこの教会でも同じ姿勢同じ態度だったので、敢えてそのような文書はわざわざ出なかったのですが、改革の精神によって様々な教えや考え方が出てきたので、ローマはそのたびに曖昧な態度ではありますが、基本的なことは崩していません。まずローマは聖体拝領に関しては跪いて口で受けるのが、優位だと教えています。どうして跪きが重要なのかはここでは割愛します。
一昨年の日本における典礼の改定では、立って聖体拝領をするというのが基本だということを打ち出しました。しかし保険の約款みたいに、端書きに跪きで受けたい人を阻害してはいけない旨が付け加えられていたので、昨年はそれでも伝統的な受け方の人は変わらずにいました。私の所属教会はベールの着用率も非常に高く、ミサの間の聖変化や聖体拝領で跪き台が無いにも関わらず跪く人は割合とおられました。
しかし昨年の待降節から日本における典礼の改定では、読み手にあたかも跪きが禁止されたかのように読める内容として、保守的なカトリック信者に衝撃を与えているようです。
私の教会では、待降節の前から典礼委員の人がしつこくしつこく跪きは禁止ですという事をお知らせで繰り返しました。
それからというものの、聖変化の時と聖体拝領の時は、私の家族以外は誰も跪くのを止めてしまいました。そればかりか私達しかいないにも関わらず、アナウンスマイクで「御聖体は立って受けて下さい」と周知しているのです。もうこれも慣れてくると、いつものが始まった、という感じです(笑)
ある時はアナウンスで「これはローマ教皇庁の通達です!」とあたかも私達が日本カトリック教会ばかりかローマに不従順であるかのようです。「ローマの通達」というアナウンスはさすがに椅子から転げ落ちそうな程びっくりしましたが、そんなことはありません。その人の無知だと思います。
さて、この事を私の霊的息子に相談したところ、直接カトリック中央協議会にどういうことなのか、電話することになりました。今年の5月頃です。
まず典礼のことなので協議会の典礼の委員長に今回の跪き禁止についてと、各教会の典礼委員が無理にでも跪きを禁止させるようなことをしているということについて問い合わせてみました。
すると、名前と詳しいやりとりは伏せますが協議会の典礼委員長は、禁止してはいないことを認めました。さらにそれを各教会の典礼委員にその事を伝えてくれということに関しては、自分の権限ではないし、それは事務局長に言ってくれと電話番号を教えて下さいました。そして事務局長に電話が繋がりました。最初跪きの禁止に関しては非常に曖昧な態度でした。個人の自由だとかなんとか。私達が聞きたいのは、「禁止なのかどうか」ということでしたので、食い下がりました。すると結局は禁止では無いという事を認めました。しかし、全国の教会にそれを通達してくれということは認めず、とりあえず文書にしてくれということでした。文書にしても通達するという保証が得られなかったので私達は、日本にあるバチカン領事館に電話しました。しかし悲しい事に、日本の教会のことに関してはここに電話してくるな、ということでした。そこで最終的に大司教に直訴をしようとしましたが、電話は繋がらずです。ブラックリストに載ってしまったでしょうか。
今回私達は非常につまずきを覚えました。御聖体という私達の信仰の中心が、(やりとりは伏せますが)、私達の悲痛な訴えが、たらい回したらい回しで誠意の無い態度でしかも信仰というより事務的な態度ばかりか時折威圧的な態度で扱われたことに対してです。そこには御聖体の信心はなく、宗教団体ではなくただの企業団体を相手にしているようでした。
ですから私はいつも御聖体に対する忘恩を償いたいと思っています。
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2 コメント

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本当に (真実)
2016-10-17 19:58:00
私のしがないブログにご訪問ありがとうございました。

ある司祭は「日本の独自の典礼書は認可されていない、公会議の精神が日本の教会にとってインカルチュレーションされた典礼として実現してほしい」

「変更の対応(跪かせないこと?をお知らせしているが規範通りにはまだできていない」等おっしゃっています…

跪くな、手で御聖体拝領をしろ等、魔女狩りみたいですね…
ローマから離れたらカトリックではなくなってしまうと感じています。

祈りが必要だと思います。
生ぬるい信者ですが昨今の現状にはうんざりです。
Re:本当に (ジュゼッペ)
2016-10-18 07:33:27
早速の書き込みありがとうございます。
そして毎日お読みくださいましてありがとうございます。
仰るとおり敵の罠はあちこちにあります。
聖会(教会)は常に攻撃されています。そして教会は常に戦ってきていることを忘れてはいけません。
真理は常に一つで真理は変わることはありません。神様も常に《在る》お方でお変わりになることはありません。神様のために死ぬ人が常にいるのと同じで正しい行いは無くなることはありません。ですから希望を持って祈りましょうね。特に聖会の保護者の聖ヨゼフに辛抱強く祈りましょう。

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