アロマとお花とちいさな手作り

毎日の暮らしの中で、大切にしたいものをみつけました。

一度だけ。

2017-05-06 03:32:38 | 日記

この記事はあまり気分のいいものではありません。

おそらく後日、削除すると思います。

ですが、一度だけ

わたしの苦しかった思いを書かせてください。

 

 

わたしの母は、わたしが物心ついた頃にはすでに

とある新興宗教の熱心な信者になっていました。

父は反対していましたが、母は頑固で言い出したらきかない性格で

さらに「自分は絶対に正しい!」という信念の持ち主だったために

なんと20年近くもの間、好きなようにさせていたのです。

 

 

その宗教のおかげで

わたしの子ども時代は悲惨なものでした。

選択肢など与えられるはずもなく強制的に入信させられ

学校生活、日常生活の多岐にわたり制約を受け、

ことあるごとに自分で先生に説明にいかなければなりませんでした。

いろいろな行事にも参加できず、それだけでも目立ってしまうのに

さらに宗教の集まりや布教活動に同行させられました。

子どものすべてを支配しているのは母でしたから

嫌だとか行きたくないとかは絶対に認められません。

ご近所や学校のお友達の家に布教活動に行かされるのは

死にたくなるほど嫌でした。

 

詳細を書こうとすると、今でも動悸が激しくなり手が震えます。

 

なので、詳しい話は省略しますが

ほかの子と同じように日常生活を送ることができなくて

何故こんな宗教に入信したのかと

母を恨みました。

でも、それでも母のことは大好きで

神様よりも母に嫌われたくなくて辛くても頑張っていたのです。

 

 

けれども高校生のとき

もう一生この宗教団体の中で生きていくのか?

そうまでして生きていきたいのか?

この宗教は本当に正しいのか?

自分の中におきた疑問を打ち消すことが難しくなりました。

そして、当時その宗教の幹部は大学進学に否定的だったのに対し

父が

「大学には行きなさい」

と言ってくれたことが、わたしを地獄から救い出してくれました。

 

 

それをきっかけに、わたしはその宗教団体から抜け出すことができたのです。

あのときの幸福感、解放感はすばらしいものでした。

 

 

そしてその数年後、あんなに熱心な信者だった母もその団体をやめました。

最後の方は、口をきわめて宗教団体とその幹部、信者仲間を罵っていました。

やめたのは、わたしや姉がやめたあとの

信者仲間の態度が冷たいとか、バカにされたように感じたのがきっかけだったようです。

 

 

そして

その後何年もたって

わたしも大学を卒業した頃だったか・・・時期はよく覚えていないのですが

母と話していて、例の宗教団体の話になり

わたしは自分がこどもの頃、あの宗教のせいでどんなに嫌な思いをしたか

つらかったこと、悲しかったこと、話しているうちに泣けてきて

泣きながら、「あんな宗教に入ってほしくなかった」と訴えました。

幼い頃、どんなに心を痛めていたか

その痛みや苦しみを、少しでもわかってほしかった。

学校に通うこどもにとって、学校でひとと違うことをしなければならないことや

知り合いの家に布教活動に行かされることが

どんなに苦痛であるか、苦しさ恥ずかしさやみじめな気持ち

でもこどもとはいえ入信している以上、そんなこと絶対に言えなかったという思い

母が信者でなかったらよかったのにと

 

泣きながら話したわたしに対して母は

 

 

「何それ。わたしに謝れっていうの?」

 

 

と、言い放ちました。

まさかのコトバでした。

呆然とするわたしに母は

 

「そんなことで傷つくって何?それはあなたの心が弱いからでしょう。

入信してるしてないに関係ない。

学校でひとと違うのがいやだった?そんなのわたしだったら平気!何か言われたって気にしません。

あなたは昔から人の目を気にしすぎるのよ。

お姉ちゃんはそんなことひとことも言わなかったわよ。

あなただけよ、そんな風にわたしのせいにするのは。

そもそも、入信したのだってあなたの身体が弱いから、それがきっかけだったのに。

あ~もうばかばかしい、身体の弱いあなたをさんざんいろいろ世話して育ててきたのに

なんでこんなこといわれなきゃいけないのかしらね。

ほんともうばかばかしい。あほくさくてやってられないわ。」

 

 

・・・・・ほかにもいろいろ言われましたがあまりのショックに覚えていません。

 

 

 

ああ、この人はもう絶対にわかろうとしてくれないんだ。

それほど謝るのがいやなんだ。

わたしの気持ちよりも、自分のプライドを守りたいんだ。

ひとことだけ、

「つらい思いさせてごめんね」

それだけでよかったのに。

 

 

 

だから、もうわたしは母に対して心を閉ざしました。

もうこれ以上傷つくわけにはいかないから。

母が、母としてわたしにしてくれたことは

このことで帳消しにはならないしそれは感謝しなきゃいけない。

けれど、わたしを傷つけたことも「いろいろしてくれたこと」で帳消しにはならないと

そこをすりかえてほしくないと思うけど

母には絶対にわかってもらえない。

 

 

母は、反論されるとヒステリックになり

一方的に怒鳴るから話ができません。

ご機嫌をとっておけば会話ができるけど

少しでも気に入らないと怒り出すのです。

それは昔からずっと同じです。

 

 

 

だから

ずっと心は閉ざしたままでも

逆らわないようにしてきたのに

先日、電話でつい言い返してしまったのです。

あまりにも好き勝手なことを言い募るので

「それはちょっと無理だわ」的なことを言ってしまいました。

地雷踏みました。

 

 

もう怒り爆発

ブチ切れられた挙句、「もういいわ!切るからね!」と

一方的に電話も切られてしまいました。

 

 

そんなわけで、いまいちよくなかった体調が悪化してしまいました。

今もやはり動悸と手の震え、血圧上昇が起こります。

いつまでも母に支配されていたらよかったのか

ご無理ごもっともでご機嫌をとっていたらよかったのか?

 

 

いや、もういいでしょう。

わたしは、あのとき

 

わたしに謝れっていうの?

 

と言い放たれた時から、もう一歩も歩き出せないのだから。

あのとき遠ざかった距離は

わたしから縮めることは決してできない。

うわべだけの仲を取り繕ってきたけれど

それももう無理だとわかりました。

 

 

わたしからできることは

たぶんもうなにもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント (6)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« フラワーアレンジメント教室... | トップ | フラワーアレンジメント教室... »
最近の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ゆりさんへ (みっく・じゃが)
2017-05-06 10:44:18
拝読しました。
私にも母との苦い過去があります。
(父は私が生まれて間もなく亡くなっています)
和解することもなく母は逝ってしまいました。
でもそのことを後悔することはありません。
最後まで自分勝手で自分のことしか考えられない母で、
子供が4人いるのに、最後はすべての子供たちに背かれていました。
私は言葉が古いですが縁を切られていましたので
母と会うことはありませんでしたが、
他の兄弟たちは「あの子と付き合ったら縁を切るから」と言われたそうで、
兄弟たちとも付き合うことはありませんでした。
そんな兄と姉は若くして亡くなりましたが、一度も私のことを口にすることはなかったと聞いています。
冷たい兄と姉でしたね。
私は何も悪いことはしていません。
母の言いなりにならなかっただけなのに・・・
一人残った一番上の姉は5年前に「お母さん亡くなったからね」と
電話を1本くれただけです。
考えてみたら天涯孤独なんだなと気づきました。
血の繋がりなんて・・と思っていましたが、
私には息子と娘がいます。

自分勝手な母に、私たち子どもは振り回されたけど、
母は反面教師になってくれました。
私は子供たちに物事を強制したことはありません。
自分の進みたい道へ進むこと、そしてそれを手助けできる親でいたいと
これから先も思っていきます。

ゆりさんに なにか助けになる言葉をおくれたらいいのに・・安易にできません。
でもゆりさんはご家庭を持ち好きなことをして生きていられる・・お幸せですよ。
みっく・じゃがさん (ゆり)
2017-05-06 16:07:53
コメント本当にありがたくて、何度も何度も読みました。温かいお心が沁みて、涙が止まらないです。

わたしもこどもたちが「自分の進みたい道へ進むこと、そしてそれを手助けできる親でいたい」という思いを大切にしていきます。主人と築いてきた優しくて穏やかな家庭は、わたしがこどもの頃心から望んだものでした。昔はどうであれ、今は幸せだということに改めて気付かせていただきました!

これからはなんだか自信をもって生きていけそうな気がします。
ほんとにありがとうございます!
こんばんは (yasuyo)
2017-05-06 23:36:49
読んでいて 苦しくなってきました
ゆりさん 長い間 苦しかったね、
だけど、
今も苦しんでるんだよね、、

中身は違うけど
私も母との間には 色んな思いがありますから
理解出来ますよ


私も 両親が幼い頃 別れて
母が育ててくれましたが 感謝すべき母なのに
母が事あるごとに言ってた言葉に悩んで生きてきました、、


反抗期には 苦労かけてる母に反抗出来ず
モヤモヤを抱えたまま大人になり

ハタチを超えてから 遅い反抗期?のような時期があり ハッキリと言えないイライラを態度でぶつけていたかもしれません 母は何が何だか分からなかったと思いますけどね、、

母といる限り この思いをずっと持っていなければならないと思うと 早く1人になりたいと思ったものです

なので、結婚が決まった時には 結婚する喜びと
母と離れられる喜びがありました、、

だけど、そんな事情を知らない旦那は
母を1人にするわけにはいかないからと一緒に暮らすことになったのです、、
正直 本当に嫌でした。

私は 旦那の優しさを嬉しく思いましたが
本当の気持ちは打ち明けられないままで今に至っています、、
真っさらな気持ちで 心機一転スタートしたかったんです

だけどね 月日が経ち
歳を重ね あの時の母の気持ちは分からないけど
お婆ちゃんになった母に 若い頃抱いてたキモチは
もう無くなりました。

自分の中で 少しずつ消化して 自分で自分を慰めて 許したのかもしれません


ゆりさんは 離れて生活出来て良かったね


過去は たまに顔を出してくるけど
今をハッピーに生きたいと私は思ってる(´∀`*)

元気だして!
yasuyoさん (ゆり)
2017-05-07 21:25:18
優しいコメント、ほんとにありがとう。
またまた泣いてしまいました。
「今をハッピーに生きたい」って、すごく前向きでゲンキをもらえる言葉。大切にするね。

それから、今日はマルシェお疲れさまでした!会えてうれしかったです。またゆっくりおしゃべりしようね!

それにしても・・・ずっと同居はわたし絶対無理。それをしてあげられるyasuyoさん本当に尊敬です。
みっく・じゃがさん、yasuyoさんへ (ゆり)
2017-05-07 21:43:39
お二人からいただいたコメントは本当に温かくわたしの心を癒してくれました。

読みながら泣いて泣いて、お返事を書きながらまた泣いて、そうして泣くことができたから、ずっと癒えることがなかった心の傷に優しく手当てしてもらえた気持ちになれたのだと思います。実の母にはもうなんの期待も望みも持てないけれど、こうしてわたしの気持ちに寄り添ってくださる方々がいるということ、お叱りではなくて慰めと励ましを、そして元気をくださったこと、わたしは一生忘れません。心から感謝しています。

本当にどうもありがとうございます。

わたしはこんなにも誰かを元気づけることができるだろうか・・・?我が身を振り返ってふと思いました・・・。
こちらこそ、、、 (yasuyo)
2017-05-08 15:18:36
ゆりさん 昨日は訪ねてくれてありがとう〜
久しぶりに会えたね^ ^

私も なかなか話せない事を聞いてもらえて
キモチが軽くなりました

母の事、色んな思いはあるけど
最近になって 今度は自分の身に置き換える事も、、、


見る角度を変えると、
今度は 自分は子供に 同じような思いをさせてはいないかな???とね。


子供が巣立ち
自分のダメなところが 見えてきて
ゆりさんのブログを見て 我に返った次第です。

気づかせてくれて ありがとね^ ^

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。