墓裏記

ニューヨーク発毎日読める連載ブログ小説

千代と美代 その三十三

2008-12-28 03:22:37 | 千代と美代
「お茶配り手伝いましょうかなあし?」
 背後から千代に声をかけられて、振り向いた人は寺の大黒さんに似ているが、大黒さんではない。なぜならばお腹が大きいから。縦に飛び出したようなお腹を左右にふりふり、きびきびと茶菓子を配っている。
「ああ。あんた浜地の武さんの嫁さん? 毛射子から聞いとった。おめでたなんやてな。なんでも聞きさいや。私は三人目じゃけん。ほならこれ頼むわ」
 これが神主の妻女の鹿尾子さんや、と千代は思いながら、丸い湯呑の並んだお盆を受け取った。目をまっすぐ見て喋って、きさくに用を頼んでくれる人、がここにも居た。千代は嬉しくなり、年寄りの発する青カビチーズのような匂いにも耐えて、にこにこして茶を配って回った。突然、みんなが居住まいを正して拍手を始めた。奥からお坊さんが出てきたのである。千代は、はっとした。晴れても曇っているような旧正月の空。昼なお暗い本堂。しかし住職が現れると、そこだけ光が当っているように見える。住職は太陽のように太って輝いている。今にもカンツォーネを歌いだしそうな艶のある大声で。
「こりゃこりゃ、みなさん、ようけお集まりで、かたじけないことですがな。ほりゃほりゃ、西の小屋のお爺さんにお茶がいてないが、毛射子。ありゃこりゃ、浜地の嫁さんか。はじめまして。こりゃありゃ、べっぴんさんやが。武さんが自慢するわ、ほりゃそりゃ」
 住職は、大きな体を音もなくふわふわ動かして千代の前へ立ちふさがり、千代の手を巨大なてのひらで包み込んだ。そしてことさら厳かな動きで、千代のまだまっ平らなおなかをぐるぐる撫で回した。
「ご先祖の名に恥じん、ええ子を生まないけんが、そりゃそりゃ」
「あい」と、しかたなく頭を下げる千代。
 大わらじを編んでいた女ごたちも座布団に納まって茶を啜る間、住職が首撫寺の名の由来を語りだすと、一座の人々は千代をちらちら横目で見だした。なぜかというと、村の人々は、たとえ処之助みたいなガキでさえ、寺の縁起など知り尽くしているわけで、明らかに千代に聞かせるための話で、千代がそれに感銘を受けるか、それとも札所の賑やかしい町から来た千代が、田舎寺をこけにするか、固唾を飲んで人々に待たれている気配が、千代には感じられた。
まず昔平家の落人がこの浜に流れ着いてという例の話。源氏の追手かと思こみ、討ち死にか、念仏かと言い争っていた武と鯉太郎たちの前に、例のメスの大猪が頭に萩の枝のかんざしを挿してやぶから出てきた。それで猪櫛村と名がついた。しかし追手はまったく来なかったわけではない。あるとき、赤旗の船が湾に来て村は騒然となった。すでに侍を捨てておった鯉太郎や武など数人が代表で、首を洗って伝馬船で船に向かった。女子供を助けてくるるよう嘆願した。しかしそれは源氏でなく海賊であった。平家の落武者たちが、赤旗をわざとかかげて航行、行き交う船をだまして金品を巻き上げる稼業をしておった。野菜や水の補給のみで船は立ち去った。戻ってきた鯉太郎、武たちは首を撫でて喜び合った。寺と神社の名前はそのときついたのである。
 千代は、一度聞いた話にもいちいち驚き、はええ、ほんまですかあ、たまげたなあ、おとろしや、やれ、めでたやなあ、などと感嘆詞を連発。適宜質問もしたりして、村人達の無言のプレッシャーを緩和するべくつとめた。その後千代も、百八玉の数珠くりの輪の中に座布団をもらい、数珠の大玉を順に繰りながら念仏を唱え、安産祈願をしたのであった。
 そろそろおひらきというとき、千代がふと、「美代さんは今日は来ておられませんな?」と問うと、一同にかつてない緊張が走ったので、千代はびっくりした。後年、月並な女子の言う言い方で、あ、地雷踏んじゃった、と感じた。
(続く)


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平家の落人
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