こんにちは。あっという間に明日から10月。あっという間に正月を迎えるんだろうな~。時が経つのは早いですね。。。
トイレの回数は減ったものの、あたしは相変わらず頻尿です・・・そして急に下痢になります。後遺症に悩まされてます。
膀胱の変な感覚と言いようのない嘔吐感と突如の下痢には慣れちゃったけど、やっぱり憂鬱というか、、、毎日つらいです。
こうした自分の後遺症は耐えれるけど、どうしても耐えられない事が。。。これまでmixiつぶやきでも何度か嘆きましたが、
去る8月19日、午前10時頃、愛する大切な我が子ちくわ♂に異変が起きました。今さらですが、記録としてブログにまとめます。
ちくわ♂は朝ごはん食べて、いつもどおりうんちしました。でも、やわらかい下痢気味うんちで少量しか出ず黄土色でした。
ゲージから出しマナーベルトつけて遊ばせてたら突然「キャン!」と鳴いてソファーに飛び乗り、あたしの隣に身を寄せました。
目を見開いて、身体をプルプル震わせ弱々しくペタンと腰をおろし伏せ(カエルのように脚おっ広げ)して、30秒弱そのままでした。
ゆっくり立ち上がってくれましたが、おとなしくて遊ぼうとしませんでした。落ち着いた感じだったけど明らかに様子が変でした。
2010年7月21日のブログに載せてますが、初代ちくわの経験があったのでピンときました。いやな胸騒ぎがしました。。。
発作じゃないか・・・?そう疑い、かかりつけの病院へ連れて行きました。ちくわの件を思い出し不安になり急いで身仕度して、
ちくわ♂を抱っこスリングで抱っこし診察券を用意しタクシーを呼んで・・・もう無我夢中でした。でも、我ながら冷静でした。。。
・・・が、あたしの予想は的中してしまいました。てんかん発作でした。「6月の事故の影響かもしれない。様子みましょう。」って。
6月7日の事故。全く覚えてないけど、ちくわ♂は助手席の割れた窓ガラスから飛び出てしまい放り投げ出されたんです。それが原因。
「交通事故の衝撃による外傷性てんかんの疑いが強い。。。」って。うっすら覚悟してたとはいえ、先生の説明を受け言葉を失くしました。
てんかんについては知識があったので病院で取り乱しはしなかったけど、動揺しました。帰宅後ちくわ♂を抱きしめ泣きじゃくりました。
あの日ちゃんと抱っこして守ってあげれなくてごめん・・・こんな目に遭わせちゃって本当にごめん・・・ちくわ♂ごめん。自分を責めました。
発作後ちくわ♂は下痢が続き抗生物質・整腸剤・下痢止めを処方されました。下痢止めを中止すると下痢が再発し、かわいそうでした。
何もわからず毎日ひどい下痢に苦しむちくわ♂を世話して、申し訳なくて涙が止まらなかった。代われるものなら代わってやりたかった。
自分の後遺症は耐えれるけど、ちくわ♂が苦しむのは本当に耐えられなかった。幸い、下痢は治まり発作は起きてないけど今後が不安。。。
いつ発作が起きるか・・・あたしが居ない時に起きるんじゃないか・・・ちゃんと対処して守ってあげれるか・・・不安です。“親、失格”ですね。
未熟者で親失格だけど、あの日は我が子の為にちゃんと出来ました。。。相変わらず頻尿で日によって吐き気がするほどつらくて、
8月19日は朝から下痢が酷くてオンナノコ週間の前半で鈍痛しんどかったから呼吸器つけて一日ゆっくり過ごす予定だったんです。
それを耐え、ちくわ♂抱えて病院へ連れて行けました。3.4キロちくわ♂は重くて重くて・・・筋疾患のママには大きすぎる子供なんです。
ちー♂を抱っこひものスリングで抱きながら何かをするって大変なんです。健康な元気な人なら簡単な事だろけど、あたしには重労働。
こっちにバッグ、こっちに具合の悪い息子、抱っこしてタクシー乗って(事故で愛車アルト廃車)病院行って、首と肩に負担かかったから
帰宅後はクタクタでした。筋疾患リンダには拷問のようだった。。。親(飼い主)だから当たり前の事なんだけど、もう精根尽き果てました。
3.4キロの犬を抱っこしながらバッグから財布取り出して会計する・・・至難の技なんです。ずーーーっと抱っこしっぱなし・・・疲れました。
よく帰宅するまでガリガリの細い片腕で抱え続けたと思う。一応、親なんだなぁと自分を労いました。『火事場の馬鹿力』じゃないけど、
いざという緊急の時は出来るもんです。発作の起きた日、あの事故の日、そして東日本大震災の日、あたしは息子を守れた・・・この身体で。
自分自身の身体も大切ですが、今後ちくわ♂が発作起きませんようにと祈ってます。自分の命より大事です。ちくわ♂大好き
ちくわ♂のこと心配して連絡くださった皆さん、本当にありがとうございましたちー♂は食欲旺盛で元気いっぱいで過ごせてます!
トイレの回数は減ったものの、あたしは相変わらず頻尿です・・・そして急に下痢になります。後遺症に悩まされてます。
膀胱の変な感覚と言いようのない嘔吐感と突如の下痢には慣れちゃったけど、やっぱり憂鬱というか、、、毎日つらいです。
こうした自分の後遺症は耐えれるけど、どうしても耐えられない事が。。。これまでmixiつぶやきでも何度か嘆きましたが、
去る8月19日、午前10時頃、愛する大切な我が子ちくわ♂に異変が起きました。今さらですが、記録としてブログにまとめます。
ちくわ♂は朝ごはん食べて、いつもどおりうんちしました。でも、やわらかい下痢気味うんちで少量しか出ず黄土色でした。
ゲージから出しマナーベルトつけて遊ばせてたら突然「キャン!」と鳴いてソファーに飛び乗り、あたしの隣に身を寄せました。
目を見開いて、身体をプルプル震わせ弱々しくペタンと腰をおろし伏せ(カエルのように脚おっ広げ)して、30秒弱そのままでした。
ゆっくり立ち上がってくれましたが、おとなしくて遊ぼうとしませんでした。落ち着いた感じだったけど明らかに様子が変でした。
2010年7月21日のブログに載せてますが、初代ちくわの経験があったのでピンときました。いやな胸騒ぎがしました。。。
発作じゃないか・・・?そう疑い、かかりつけの病院へ連れて行きました。ちくわの件を思い出し不安になり急いで身仕度して、
ちくわ♂を抱っこスリングで抱っこし診察券を用意しタクシーを呼んで・・・もう無我夢中でした。でも、我ながら冷静でした。。。
・・・が、あたしの予想は的中してしまいました。てんかん発作でした。「6月の事故の影響かもしれない。様子みましょう。」って。
6月7日の事故。全く覚えてないけど、ちくわ♂は助手席の割れた窓ガラスから飛び出てしまい放り投げ出されたんです。それが原因。
「交通事故の衝撃による外傷性てんかんの疑いが強い。。。」って。うっすら覚悟してたとはいえ、先生の説明を受け言葉を失くしました。
てんかんについては知識があったので病院で取り乱しはしなかったけど、動揺しました。帰宅後ちくわ♂を抱きしめ泣きじゃくりました。
あの日ちゃんと抱っこして守ってあげれなくてごめん・・・こんな目に遭わせちゃって本当にごめん・・・ちくわ♂ごめん。自分を責めました。
発作後ちくわ♂は下痢が続き抗生物質・整腸剤・下痢止めを処方されました。下痢止めを中止すると下痢が再発し、かわいそうでした。
何もわからず毎日ひどい下痢に苦しむちくわ♂を世話して、申し訳なくて涙が止まらなかった。代われるものなら代わってやりたかった。
自分の後遺症は耐えれるけど、ちくわ♂が苦しむのは本当に耐えられなかった。幸い、下痢は治まり発作は起きてないけど今後が不安。。。
いつ発作が起きるか・・・あたしが居ない時に起きるんじゃないか・・・ちゃんと対処して守ってあげれるか・・・不安です。“親、失格”ですね。
未熟者で親失格だけど、あの日は我が子の為にちゃんと出来ました。。。相変わらず頻尿で日によって吐き気がするほどつらくて、
8月19日は朝から下痢が酷くてオンナノコ週間の前半で鈍痛しんどかったから呼吸器つけて一日ゆっくり過ごす予定だったんです。
それを耐え、ちくわ♂抱えて病院へ連れて行けました。3.4キロちくわ♂は重くて重くて・・・筋疾患のママには大きすぎる子供なんです。
ちー♂を抱っこひものスリングで抱きながら何かをするって大変なんです。健康な元気な人なら簡単な事だろけど、あたしには重労働。
こっちにバッグ、こっちに具合の悪い息子、抱っこしてタクシー乗って(事故で愛車アルト廃車)病院行って、首と肩に負担かかったから
帰宅後はクタクタでした。筋疾患リンダには拷問のようだった。。。親(飼い主)だから当たり前の事なんだけど、もう精根尽き果てました。
3.4キロの犬を抱っこしながらバッグから財布取り出して会計する・・・至難の技なんです。ずーーーっと抱っこしっぱなし・・・疲れました。
よく帰宅するまでガリガリの細い片腕で抱え続けたと思う。一応、親なんだなぁと自分を労いました。『火事場の馬鹿力』じゃないけど、
いざという緊急の時は出来るもんです。発作の起きた日、あの事故の日、そして東日本大震災の日、あたしは息子を守れた・・・この身体で。
自分自身の身体も大切ですが、今後ちくわ♂が発作起きませんようにと祈ってます。自分の命より大事です。ちくわ♂大好き
ちくわ♂のこと心配して連絡くださった皆さん、本当にありがとうございましたちー♂は食欲旺盛で元気いっぱいで過ごせてます!