曲学阿世:真実を追求し、虚実の世間に迎合するようなことはしたくない。

真実を曲解し不正な情報によって世間の人々にこびへつらい、世間にとり入れられるような、ことはしたくない。

日航ジャンボ機墜落させたオレンジエアの正体

2017年08月14日 08時54分44秒 | 政治経済、社会・哲学、ビジネス、

                                

                         「植草一秀の『知られざる真実』」

                                    2017/08/12

             日航ジャンボ機墜落させたオレンジエアの正体

             第1818号

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1985年8月12日、羽田空港1800発大阪伊丹空港行き日本航空123
便が18時56分に、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称「御巣鷹の
尾根」)に墜落した。

乗員乗客524名のうち520名が死亡した。

生存者(負傷者)は4名だった。

夕刻の便であり、お盆の帰省ラッシュとも重なっていた。

死者数は、墜落事故および単独機の航空事故で世界最多となった。

1987年6月19日に航空事故調査委員会は、同機が1978年6月2日に
伊丹空港で起こしたしりもち着陸事故後のボーイング社修理が不適切であった
ために圧力隔壁が破損したことが事故原因であるとの報告書を公表した。

これによって公式な原因調査は終了しているが、この問題を追求すると、まっ
たく異なる真実が見えてくる。

「知られざる真実」

である。

2001年9月11日の米国における「同時多発テロ」についても、極めて重
大な疑惑が浮上しているが、いずれも正式な再調査が行われていない。

日航ジャンボ123便は8月12日18時12分に羽田を離陸した。

離陸後順調に飛行を続け、18時24分には大島上空を通過し、相模湾上空に
差し掛かっていた。

このとき、大きな衝撃音がして機体に異常が発生した。

このときの模様を123便の生存者で日本航空CAを務めていた落合由美氏が
次のように証言している。



「そろそろ水平飛行に移るかなというとき、「パ-ン」という、かなり大きい
音がしました。

テレビ・ドラマなどでピストルを撃ったときに響くような音です。

「バーン」ではなくて、高めの「パーン」です。

急減圧がなくても、耳を押さえたくなるような、すごく響く音。

前ぶれのような異常は、まったく何も感じませんでした。」

「「パーン」という音と同時に、白い霧のようなものが出ました。

かなり濃くて、前の方が、うっすらとしか見えないほどです。」

「その霧のようなものは、数秒で消えました。酸素マスクをして、ぱっと見た
ときには、もうありませんでした。

白い霧が流れるような空気の流れは感じませんでした。

すっと消えた、という感じだったのです。」

「このときも、荷物などが飛ぶということもなく、機体の揺れはほとんど感じ
ませんでした。

しかし、何が起きたのだろうと、私は酸素マスクをしながら、きょろきょろあ
たりを見まわしていました。

あとになって、8月14日に公表されたいわゆる『落合証言』では、客室乗務
員席下のベントホール(気圧調節孔)が開いた、とありますが、私の座席から
はベントホールは見えない位置にあります。

ですから、開いたのかどうか、私は確認できませんでした。」



18時24分に衝撃があり、機体に異常が発生して、結局、18時56分、1
23便は群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根」)に墜
落した。

捜索隊が墜落現場を確認したのは、墜落から10時間が経過した13日午前8
時半ころとされている。

救難活動が遅れて、乗員乗客524名のうち、520名が死亡したとされてい
る。

上記落合氏の証言によると、

「墜落の直後に、「はあはあ」という荒い息遣いが聞こえました。ひとりでは
なく、何人もの息遣いです。そこらじゅうから聞こえてきました。まわりの全
体からです。

「おかあさーん」と呼ぶ男の子の声もしました。」

という状況であった。

つまり、多数の乗員、乗客が生存していたのである。

当初は、現場の発見が遅れ、救難活動が翌朝8時半以降にずれ込んだことが犠
牲者を多くした原因と考えられたが、その後に衝撃の事実が明らかになった。

また、18時24分に大きな衝撃音が発生した直後にコックピットから発生ら
れた言葉が重大な真相を示唆していることも明らかになっている。

その言葉とは

「オレンジエア」

である。

自衛隊では軍事演習用の機器は、オレンジ色に塗ってある。

「ファイア・ビー」、「チャカ2」、「SSM-1」のいずれかが、123便
に接触して、123便の尾翼が喪われた疑いがある。

123便に乗り合わせた小川哲氏が機内から撮影した写真に謎の飛行物体が映
されており、コックピットはこの飛行物体を視認していた可能性がある。

日航ジャンボ機はミサイルによって尾翼を失い、調布に緊急着陸しようとした
が、事実関係の発覚を回避するために着陸が阻止され、群馬県山腹に誘導され
た疑いがある。

米軍は墜落直後に墜落地点を確認したが、迅速な救援活動を行わなかった。

32年の年月が経過しているが、真相は明らかにされていない。

迷宮に送り込まず、真相を解明しなければならない。



墜落した日航ジャンボ機123便のコックピットは、衝撃音発生直後に

スコーク77

を宣言し、

「オレンジエア」

と発声したのだと見られる。

「日本航空123便墜落事故を検証する」

http://www.link-21.com/JAL123/024.html

によれば、

「「スコーク77」は、民間機が何かに要撃の対象とされた場合の緊急コール
で、発信した民間航空機は、自衛隊機の指示・誘導に従うよう定められていま
す。

123便は、衝突音のあと7秒後にスコーク77の識別コードを送信していま
す。

しかし、東京管制が123便の緊急事態の宣言を受けたのは、衝撃音の2分2
9秒後。

東京管制の二次レーダーに123便が緊急事態であることを示す信号がついた
のはここからです。

また、そのあとに、東京管制はどのような緊急事態か123便に聞いています
が、123便は応答していません。

これは、スコーク77の発信で、自衛隊機の指揮下に入っているために、答え
られなかったのです。」

ボイスレコーダー音声を確認すると、管制からどのような緊急事態であるかの
説明を求められても、コックピットが応答していないことが分かる。



123便の乗客であった小川哲氏が機内から飛行物体を撮影したのは、123
便の近くに謎の飛行物体が飛行していたからであるが、同じ飛行物体をコック
ピットも確認しており、衝撃があった瞬間に、この飛行物体が123便に衝突
したと判断し、直ちに「スコーク77」が宣言されたのだと推察される。

沖縄嘉手納基地から横田基地に帰投中の米軍C-130輸送機は、123便墜
落の約20分後に、横田基地からJAL123便の探索命令を受けて一帯を捜
索した.

その結果、墜落の約30分後である18時30分前に、JAL123便墜落現
場の上空600メートルで旋回飛行をし、横田基地からの位置を測定して正確
な墜落地点を横田基地に知らせている。

この報告を受けて、米軍横田基地はC-130機に救難チームを乗せたヘリを
現場に向かわせた。

午後8時50分、C-130機が米軍救援ヘリの到着を確認。

午後9時05分、米軍救援ヘリがC-130機に、煙があり着陸できないため
乗員2人を降下させると通告。

C-130機は横田基地に状況を報告した。

ところが、午後9時06分、横田基地はC-130機と米軍ヘリに帰還命令を
発令した。

米軍ヘリは救助活動続行を申し出たが、「日本の救助隊が向かっている」との
理由で帰還を命じられたのである。



午後9時20分、日本機(F4)が事故現場上空に到着し、午後9時22分、
C-130機は航空機が日本の救助隊であることを横田基地に確認した後に現
場を離脱した。

ところが、自衛隊が救難活動を開始したのは墜落から13時間が経過した13
日午前8時半だった。

ここに決定的な疑惑が存在する。

空白の11時間こそ、疑惑の核心である。

推察されるストーリーは、自衛隊によるミサイル誤射でジャンボ機が損傷し、
調布への着陸が阻止され、群馬県山中に誘導されてしまったというものだ。

そして、現場確認後、人命救助よりも、証拠品隠滅が優先されたというもので
ある。



生存者である落合由美氏の証言は、圧力隔壁が破損して機体に大きな穴が空い
た事故ではないことを裏付けている。

また、ボイスレコーダーの音声がくぐもっていないことから、クルーは酸素マ
スクを装着していないと見られ、この点からも機体に穴が開き、急減圧が生じ
たのではないと推察される。

フジテレビが2000年に放映した

「ザ・ノンフィクション」

https://www.youtube.com/watch?v=7poQ8oyuBQM

の22分35秒以降の部分で、ボイスレコーダーの

「スコーク77」

および

「オレンジエア」

の発声を確認できる。

この番組は、「オレンジエア」を「ボディギア」であると結論付けているが、
聴き取れる音声とはまったく違う。

音声は、

「ボディギア」

ではなく

「オレンジエア」

である。



「オレンジエア」は航空自衛隊演習用兵器の呼称であると考えられ、日航ジャ
ンボ機123便は、「オレンジエア」によって尾翼の大半を喪失。

操縦不能に陥り、最後は山中に墜落したのだと推察される。

自衛隊は事実を隠蔽するため、破損部分の回収を優先した

自衛隊は墜落地点の誤発表を繰り返し、救難活動を意図的に遅らせた。

また、生存者が存在しないように誘導しようとした。

こうした疑惑が払拭されていない。



自衛隊関係者を含めて、当時の真実を知る者が証言することにより、真実が明
らかになるだろう。

事故から32年の月日が経過したが、真実が明らかにされなければ、犠牲にな
られた方々の御霊は浮かばれない。

真実を明らかにする手がかりは、十分すぎるほど揃っているにもかかわらず、
その真実を明らかにしようとする動きが拡大しないのは、何か大きな力が働い
ているからだとしか考えられない。                                 

 

 

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