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俳人杉田久女(考) ~高浜虚子の汚点~ (86)

2016年12月09日 | 俳人杉田久女(考)

高浜虚子は昭和29年に俳句界唯一の文化勲章を受章し、一国の名士にまで登りつめた人ですが、前回(85)の記事で書いた様に、この人の俳人としての人生には幾つかの汚点がある様に思います。

一つは、昭和11年に虚子自らが行った、杉田久女の『ホトトギス』からの除名処分を正当化するためであると思われますが、彼女の死後「墓に詣り度いと思ってをる」や久女の遺句集『杉田久女句集』序文で、死者に鞭打つ様に事実ではないことを書いたことです。

もう一つの汚点は、久女の死から2年8ヶ月後に、昭和9年に久女から来たとされる私信を「国子の手紙」というひどい形で公表したことです。

久女が書いた手紙は、虚子宛に出した完全な私信です。私信を、日本中の人が読むことが出来る『文体』という雑誌に、創作「国子の手紙」という形で公表するなど、常識では考えられないことです。

この手紙の公表については、虚子は久女の長女昌子さんに公表の承諾を得ているようですが、考えてみれば昌子さんは、久女の手紙の内容について承諾する時点では分らなかった訳ですし、当時昌子さんは、久女の遺句集に虚子の序文がほしくて懸命になっていたことを考えると、手紙公表の承諾をするについて、彼女の気持ちの苦しさが伝わってくるような思いがします。

高浜虚子は久女に関する3つの文章、回想文「墓に詣り度いと思ってをる」、創作「国子の手紙」、『杉田久女句集』序文を書くことにより、久女が除名前に既に狂っていたとの風説を流し、久女を『ホトトギス』から除名した自分の処置を正当化したかったようです。

が、時が経つにつれて、これらの文章が虚構文であるという資料や証言が出て来るにつれて、逆に高浜虚子側の問題点が浮き彫りになってきました。

今日、風説の流布はれっきとした犯罪なのです。私は杉田久女の生涯を辿っていくうちに、高浜虚子がこれらの虚構文を書いたこと、また久女からの私信を創作という形で発表したという二つの事実を知り、あの高浜虚子がまさかこんなことをするなんてと、驚きを禁じえませんでした。

彼の俳人としての号である、虚子の「虚」、私には「虚構の人」の「虚」の様な感じさえします。

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