本来の「私」に目覚めるために・・・

愛とは ひとつであること
一なるもの 愛という源へと帰還するために私は分離という錯覚にとらわれた心を癒す旅に出た・・・

天と地を結び付けるとは?

2017-01-24 19:04:35 | COBRA(コブラ)

Richard – 聖書を書いたのはだれですか。私たちの精神力を支配するために、すべて人間によってでっち上げられたものでしょうか、それとも神に与えられたもので、真実も含まれているのでしょうか。
COBRA – それは元々古代の文献をかき集めてまとめ上げたものです。特定の心理的影響を与えるために表現を書き換えられ、ねじ曲げられています。編集を行ったのはコンスタンティンというアルコンの書記官です。彼の目的は人類の支配です。全体的にいえば、この経典は人類に決してよい影響を与えない形で提示されています。ただ、その中には、光の勢力が授けた非常に肯定的な部分も含まれています。つまり、両方の要素を合わせ持っているのです。

Richard – 中にある真実の部分はカバールが意図的に残して、それを見て全体を真実だと思い込むように仕掛けられたものでしょうか。要するに混乱させるためです。
COBRA – 逆です。この編集が行われた四世紀頃には、人々の覚醒の度合いがまだ強かったため、良い部分を完全に取り除くことはできませんでした。それをやると、違和感があまりにも強すぎるためです。
PFCのコブラインタビュー 2016年6月20日付 より


現在のキリスト教の正典となっている新約聖書は、27巻から成っていますが、そのうちの約半分がパウロの書簡となっています。
キリスト教を語る場合、パウロのことを話さないわけにはいかないのですが、前回の記事では、パウロのことには触れませんでした。

なので、今回は、パウロについて書いてみたいと思います。


現在、福音書といえば、『マタイ』『マルコ』『ルカ』『ヨハネ』の福音書のことを指しますが、正典として新約聖書に組み込まれたのは、イエスの十字架後数百年も経った後のことで、それ以前は判明しているだけでも50種類ほどの福音書がイエスの12使徒の原始キリスト教徒たちによって採用されていたことが知られています。
封印の福音書が解明した真相 より 

4福音書以外に、『トマス』『フィリポ』『ペテロ』『マグダラのマリア』の福音書、さらには福音書以外の諸文書が存在し、原始キリスト教会がアルコンによって迫害を受け、破壊される前、当時は4福音書よりも『ペテロ福音書』の方が重視されていたようです。
正典・信条・教会はいかに作られたか 参照

イエスの死後、西暦66年にローマ皇帝ネロの命令によりエルサレム制圧のため赴任した軍司令官ウェスパシアヌスは、70年にエルサレムを陥落させ、ローマ皇帝の帝位に着きました。エルサレム陥落により、12使徒の原始キリスト教会は分散しました。
12使徒の原始キリスト教会は徹底的に迫害され、殺戮されました。こうして、12使徒の原始キリスト教会はローマを脱出して荒れ野に逃れ、地下にもぐることになりました。
誰が「キリスト教」を作ったか より

紀元70年にユダヤが壊滅した後、残っていたイエスに関する文書はパウロの手紙だけでした。このパウロの手紙を頼りに、ローマのパウロ集団は「キリスト教」を名乗り、ローマ帝国の中で共存していくためにローマ化した宗教へと姿を変えていきました。 
キリスト教の創始者パウロ より 

 

イエスの12使徒やその母たち、マグダラのマリアは、イエスの生存中とその死後40日間にわたって実在のイエスを体験していますが、パウロは生前のイエスには会ったことがありませんでした

ところが現在のキリスト教で「キリスト教の父」と呼ばれているのは、イエスでもヤコブでもなく、ペテロでもなく、パウロなのです。

パウロは、ファリサイ派であり、ローマ市民であり、ヘロデ王家の一員であり、生前のイエスには従わず、生前のイエスから注目されず、復活して弟子たちに現れたイエスにさえ会ったこともなく、12使徒でもないのに、「キリスト教の父」となったのです。
封印の福音書が解明した真相 より


引用が長くなりました。ここから、少し私の思うところをお話したいと思います。

 

パウロが、天からの光とともにイエス・キリストの声を聞き、その後、目が見えなくなり、目から鱗のようなものが落ちて、目が見えるようになったという「サウロの回心」は、本物だったと思います。
第三の天にまで、引き上げられた体験も、本当だと思います。

パウロが文書を残さなかったら、イエスに関する資料そのものの大半が歴史上から、失われてしまったかもしれません。
今、このような話ができるのも彼の功績のお陰だと思います。

修正すべき材料を残したという点で、評価されると思います。
これを、神の智恵だというなら、その通りだと思います。

しかし、パウロは、生前のイエスの言葉には、ほとんど触れず、イエスという存在自体の意味をパウロが主張する「イエスから受けたという啓示」と旧約聖書から説いています。

彼は、「パウロ教」を作ろうとは思っていなかったでしょう。
同じように、イエスもキリスト教を作ろうなどとは、思っていませんでした。

しかし、現在のキリスト教は、パウロの神学の上に築き上げられました。アルコンに利用されたのです。

パウロ神学の根本は、十字架につけられたキリストを持ち出し、

「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には、神の力です。」

と これ以上ないくらい、「十字架につけられたキリスト」を力説します。

パウロの「内なるキリスト」には、賛同するところはありますが、
イエスが言ったこととは違うのです。

 

 『宗教信念として、パウロは、我々は皆イエスの苦しみと死に共感し、イエスのように、死から復活することを願いました。イエスの死と、願わくば復活とも同一化することが、実質的に、パウロがイエスに関して興味を持った唯一の側面でした。
結局のところパウロは、イエスの人生や伝道、教えには興味がなかったようです。彼はほとんどイエスの言葉を引用しませんでした。』
失われた福音 −『ダ・ヴィンチ・コード』を裏付ける衝撃の暗号解読 より抜粋、引用

効かない薬は、とても切ないです。


一方、原始キリスト教 グノーシス派は、イエスの人生、活力、性生活、そして、特に天と地を結びつけると信じていた結婚に関心を集中させました。(これについては、別の機会に書いてみようと思います。)

すべての意識をもつ存在は、内在する神に目覚めれば、イエスの境地に到達する可能性を秘めています。

 

私たちは、深い胸の奥で つながっています。



女神の降臨!

ニュー・アトランティスは、神聖な男性性と女性性が人の内側で合一されるスピリチュアルマリッジが実現するときです。


光は、「東」からやってきています。

ヨハネの黙示録で言及されている「7つの教会」とは、「アジアの7つの教会」として知られているものです。
この中にローマ教会は含まれていません。

Victory of the Light!

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