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読書日記

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ゴーリキー短篇集

2013-08-19 | ロシア文学
上田進・横田瑞穂 訳編『ゴーリキー短篇集』岩波文庫

7つの短篇が収められた本書。
思ったより暗い。
どの短篇も読んだあとに、なんだか哀しい感じが残る。
貧しい人々や浮浪者、世間から少しはみだしている人たちの暮らしが描かれている。
彼らは彼らの生活をたくましく、自由に、少しの楽しみを見出しながら日常を過ごしている。
しかし、結末で救いがあるわけでもない。
むしろ、なんだか淋しさが残るのだ。

「チェルカッシ」は泥棒とそれに巻き込まれた田舎の青年の話。
青年が盗んだ金を自分なら、飲み代などに使ってしまわずに、
将来のためにきちんと使っていけると言って、分け前だけでなく、
すべてを自分に与えてくれ、と嘆願する話の展開には息をのんだ。

「二十六人の男と一人の少女」では、二十六人のパンをつくる囚人たちと、
毎朝そのパンをもらいにくる少女の話。囚人たちはなんの変化もない日常で、
その少女の毎朝の訪問だけを楽しみにしている。彼らは何かを愛さずには
いられず、その対象が少女しかなかった、と述べられているところは印象に残る。
囚人たち全員がその少女を大事に、可愛がっている様子は微笑ましい。
彼らは自分たちが愛情を注げる対象を注意深く扱ってきたのに、
ある好奇心からそれを自分たちで壊してしまうことになる。

またこの中では比較的長い「零落者の群」でも、心に残る登場人物の言葉がある。
「おれもきちんとしたズボンをはいていた間は、市内にいてちゃんとした人間として
扱われたもんさ。しかし、そのズボンがおれの足からすべり落ちてしまうと、どうだ、
忽ちおれは世間から相手にされなくなって、こんなところへ転がり落ちて来なきゃ
ならなくなっちまったんだ。世間てものはな、いいかね、すべてのものを、外に
あらわれた姿かたちで判断するもんだ、人間という奴は持って生れた馬鹿さ加減で、
あらゆるものの真の価値を見極めることができないのさ。」

― と。

これらの作品すべてが100年以上も前の1900年前後に書かれていることに気づくと、
人間の不変性になんだか愕然とした。








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