ライフ&キャリアの制作現場

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76.目線を下げる?

2017-05-05 22:12:28 | 仕事 職業 働く
 「目線を下げる」という表現に何となく違和感を感じることがある。例えば、「目線を下げて相手にわかりやすく説明した。」という話を聞く。話している本人には他意も悪意も無いのだろうが、そのような表現を聞いて違和感を感じていた理由が最近わかった。目線を下げる“相手”によるのだ。

 親子、教師と生徒、上司と部下、師弟関係など上下関係が明らかならば、いわゆる「上」の者が目線を下げることが必要な場合もあるだろう。しかし、何かの商売のお客様や対人援助の対象者に対して、こちらが「目線を下げる」ということは、こちらが基本的に「上」と言う意識が潜在的にあるのではないか。シビアな言い方をすれば、「目線を下げる」と言う表現を使うこと自体が「上から目線」の裏返しではないのか。そんなことを感じることがあった。「お客さんにはいろんな人がいるから、こちらが目線を下げてわかりやすく話をしないとついて来れなくなる・・・。」と耳にした。

 講師、コンサルティング、相談援助等を仕事にするからには、それなりの知識や情報は持っていて当然だ。相手が知らない事や気づいていない事を、知らせたり気づいてもらうことに意味がある。しかし、だからと言って相手との上下意識を持つことは、大げさかもしれないが危険と思う。つまり、気づかないうちに、相手が求めていない、相手の共感を得られない仕事をして自己満足に陥ることになりかねないと考えるからだ。そうなると、いずれお客様は離れ、仕事は空回りすることになってしまう。

 では、どうすればいいか。「目線を合わせる。」と言う意識で接することだろうか。大勢を相手にする場合は、最大公約数的な理解度や意識を探ることだろうか。そのためには、やはり相手の話を目と耳と心で聴き、虚心坦懐に向き合うことが前提になるのだろう。違和感を感じた相手は、自分の映し鏡なのかもしれない。自戒の意味もこめて、そう思う。
ジャンル:
コーチング・マネジメント
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