静子のとびうめ日記

日々の徒然を書き綴ります

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新飛梅だより No8号

2013年08月12日 | 日記
今年の夏は猛烈な暑さが続き、日本中の気象がおかしいと毎日思っています。福岡も今日はまた35度。たまりません。皆様お変わりございませんか。竹田は冷房が弱いので、もっぱら執筆中はハダカです。来月9月30日からの訪英行きのため、昨日二人でパスポート申請に行ってきました。「これでパスポートも最後やネー」と主人。これからの10年は私達にとって人生一番の山場だと思ってしまいました。

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たけはら美術館に誘われて(H25年8月8日)

7月13日、第23回尾道はがきびとの集い。私の心の故里に参加、今年で15回目です。うれしくて楽しくて有難く、ただただ感謝で一杯でした。

7月14日、「たけはら美術館」に行ってみませんか。」美術館と聞き行きたい!小川大海さんの車に便乗させて頂き、総勢5名で竹原市へ。安芸の小京都といわれる風情のある街並み保存区と散策、あまりの暑さに「かき氷」で涼をとり、竹細工の店でいただいた風車を風にまかせ、竹原の町並みを童心に帰ってたけはら美術館へ。はがきびとの集いに出席されていた木村恵子さんが出迎えて下さいました。エッ!!びっくり仰天です。

館内は第一回新県美展が開催。絵画・工芸・写真・デザイン・彫刻・映像等々、入選展どれも目を見張るものばかり。

私と美術館との出会いは、H13年10月奄美大島での「田中一村記念美術館」のオープンに参加。奄美座談会?以来毎日曜日にある日曜美術館(NHK)を観るようになってからです。何といってもその作者の人生、その国の歴史等々、知らない事を知る事が出来ます。

今一番の夢は、イギリス訪問の際にコベントリー大聖堂の燈台をみる事。どうぞハンス・コパーの作品に出会えますように。。。
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新飛梅だより No7号

2013年07月17日 | 日記
富士登山 (H25年7月8日)

今年富士山が、六月に世界文化遺産に登録され、日本中喜びに湧きました。

27年前、私48才の時(独立して三年目)主人が突然富士登山に行くと二人でツアーに参加、七月末出発、「ワーイ富士山からハガキが出せる」ルンルン気分の私。待っていたのは高山病、五合目でダウン。しかし進むしかなく目前の富士山めざし長蛇の列に加わり、主人にすがり黙々と暗闇の中必死なおもいで登ってきました。途中雲海の中に御来光が見えた時は、やっと心が安らぎました。

頂上にやっとの思いでたどり着きましたが、私はすぐに台の上に寝るしかありませんでした。小雨が降り、死にそうな顔で写真におさまっていました。主人はと言えば、ラーメンで腹ごしらえ、さっさと火口の方へ行きました。(そこは主人の背丈175cmよりも高い岩(溶岩)がゴロゴロしている)そこで火口に向かって「休業して経営テープを作るゾー」と何度も何度も叫んだ(決意表明)そうです。

それから創立30年を(今年六月)迎え、少なからず中小企業の方達の味方となる事が出来ています。富士山は生涯忘れる事の出来ない山となりました。

P.S 「富士山の下山は主人と一緒に馬に乗って」
あまりによれよれの私を馬方さんがみつけ、私をひょいと馬の背に乗せ続いて主人も。「この馬は100才の人を乗せたおめでたい馬ですよ」。高山病にならなかったらこんな素晴らしい体験も出来なかったことでしょう。ガッシリした馬の背にゆられながら、登山の苦しみも一変しルンルン気分。忘れられない大切な思い出となりました。

オメデタイの馬ばかりでなく、私もいつまでたってもオメデタイタイプ。
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新飛梅だより No5

2013年05月29日 | 日記
♪上を向いて歩こう♪ とっておきの話 (H25/5/25)

今、東京の世田谷文学館で6月30日迄「上を向いて歩こう」展が開かれています。5/18,5/19(千葉と福島)と、はがきびとの集いがありました。前日私は娘に案内を頼み、5/17に文学館へ行ってきました。館内に入るとなつかしい「上を向いて歩こう」の曲が流れていました。そして坂本九が一九歳で歌っている写真が…。(1961.7.21 第三回中村八大リサイタルではじめてこの歌が披露されました。)「上を向いて歩こう」が中村八大・永六輔・坂本九によって以来50年余り。全米でもSUKIYAKIのタイトルでアメリカ音楽ヒットチャート誌1位を獲得。世界中で歌われ続けているのにびっくりでした。

何故私がこの曲にこだわるのか。実は私達の結婚式、1962年2月の披露宴で花嫁の私が歌ったのです。♪上を向いて歩こう 涙がごぼれないように♪と自然に口をついて出ました(当時私の家が商売がうまくいかず、私一人が幸せになるのがしのびなく)。昨年私達はめでたく金婚式を迎える事ができました。この曲も出来て50年。こうして「上を向いて歩こう」展に行くことが出来、この上ない幸せを感じました。これからもこの歌はずっと私達を励まし続けてくれることでしょう。希望の歌として。

追記:
福島のはがきびとの集いの会場は、片岡鶴太郎美術館のある同じ場所でした。さわやかな風と鮮やかな緑。震災の事を忘れてしまいそう。福島のはがきびとの方達はとにかく明るく元気で、かえって私達がパワーをいただいてきました。でも3/11の時の様子をあいさつで読まれた時はどんなに大変だったか、切々と伝わってまいりました。
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新飛梅だより No4号

2013年05月09日 | 日記
沖縄の旅をありがとう(H25/4/30)

4/21~4/24(三泊四日)半田様御夫妻と私と三人で那覇(沖縄観光バスで)宮古島、石垣島、竹富島と夢の様な旅をして参りました。「はがき座談会 in 宮古島」が一番の目的です。野原和代さんの車でボンテツカフェへ。野原様、砂川美恵子様(染色40年庵)野村安潤様(レストランのむら社長)と六人だけの座談会です。"白いはがきに"を歌い、半田さんの熱弁。とうとう「一人新聞」まで書くはめに。皆さんはスラスラと書かれ、最後には私。「書けないどうしよう・・・」あせるばかり!!この日、宮古島では第29回トライアスロン大会の日でした。私ははがきと格闘。でも楽しかった!!

翌日、野原さん砂川さんが宮古島を案内して下さいました。まだ記憶に新しい「純と愛」の朝ドラ、その美しい海、最後のホテルも見る事が出来ました。東平安名崎で海を見たあと野原さん手作りの蒸しパンにコーヒーの味、そして車中でのBGM(私のために)いつまでも忘れませんよ、お二人の私達に対する思いやり、初対面だったのに、はがきが縁で。

竹富島は300人余りの小さな島。家々にはかならずシーサーが守り神としてあり、新田荘でゆったり、水牛車に乗ったり、レンタサイクルで星の砂浜へも。郵便局、早朝、道をはわいてきました。夜は泡盛をのんで、サンシンに合わせて歌ってきました。最高の時を過ごせました。宮古島の野村様からハガキが届き主人が25年前位に講演に行っておりました。はがきのご縁に感謝、感謝です。
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新飛梅だより No2号

2013年04月17日 | 日記
森信三「修身教授録」におもう(H25/3/20)

福岡わっか読書会(代表帆足行敏先生)では、この本を平成四年二月から読まれています(私は平成十九年七月から)。今月三月は「三十年」第九講でした。森先生は学生に対し、一年間を共に接してきた事に対して、「三十年」の意義がどれ程大切かという事を説々と解かれています。「人間が多少とも人生に対する自覚が表われだすのは大体35歳あたりだと・・・。そういえば主人も35歳の時、ランチェスター法則との出合い、44歳で独立、今年六月で創業30年を迎えます。あらためて共に歩んでこられたのに感無量です。

3月12日、上海に行っているはずの深見信吾さんから電話がありました。「アキレスケンを切って入院している」と。私は九州中央病院に飛んでいきました。上海に行って三年・・・思いがけず彼と掃除のこと、読書会のこと等々沢山話すことが出来ました。実は私が読書会に参加出来るようになったのは、彼のお陰です。彼がコピーしてくれた「二種の苦労人」からがはじまりです。それにしても私は70代でこの「修身教授録」を知ることが出来たのに感謝感謝です。これからも帆足先生から森先生のお話を沢山お聞きしたいと、胸をふくらませています。
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