26日金曜(ギリシャ時間)アテネの教会で告別式が行われ、故アンゲロプゥロス監督はアテネ第一墓地に埋葬されました。
メディアでは監督の生前の業績が大々的に取り上げられる追悼特集がひしめく中で小さな記事が気になりました。
監督が事故にあったのは24日の夜7時過ぎでしたが、緊急出動要請の電話があってから救急車が事故現場に到着するまで、なんと45分間もかかっていたというのです。
すぐに搬送されていたら命は助かっていたのではないかと考えてしまいます。
この件に関しては、遅れた理由を調査をするということになりましたが、それはもしかして、亡くなったのが有名な人で、話題になったからで、実は頻繁に起っていることなのではないかと不安になりました。
ギリシャでは現在、市民生活に必要な基本的なサービスの低下が目立ってきています。誰にでも起きうる悲劇ですが、ギリシャからの声を世界に伝えてきた傑出した才能の持ち主がその犠牲者のひとりになったというのなら・・、なんと悲しい現実でしょう。












ギリシャの事だけでなく、、、
ちょっと昔
皆がそんなにお金持ちでも便利でもなかったけれど
市民・庶民には
ゆったりと お互い助け合い 優しい気持ち
場面によっては団結
の頃がありました。
豊かさを通り越した贅沢と
色んな事に便利さだけを求め続けて
今。
経済が破綻したこの時
心の豊かさや優しさやつつましさ・助け合いも
消えてしまいました。
そんな筈はない! 人はもっと優しい筈だ!
と思いつつも世界中で悲しい事故・事件が
多過ぎて。。。。。。。。。。
私が子どもの頃 そして自分の
若さが特別な意味を持たなかった頃
あの頃も世界には暗いニュースがいっぱいありました。
性差別があり、成田闘争やら学園紛争がありました。世界では東西冷戦、キューバ危機、地中海ではスペインもポルトガルもギリシャも独裁者に苦しめられていました。
それでも今と決定的に違うことがひとつありました。
挫折を繰り返しながら、それでも今日は昨日より、そして明日は今日よりも、よりよい世界が待っていると信じていました。未来には青い空に輝く太陽が待っていると思い込んでいました。
今このような世界を作ってしまったのは、私たち大人の責任なのでしょう。
若い人たちに子どもたちに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまいます。
そして残された時間で自分に何ができるかを考えています。