先日 マイケル・カコヤニス監督が亡くなり、ギリシャでのメディアにゾルバに関する記事が多く取り上げられました。ここで今いちどゾルバがギリシャにもたらした功績を考えてみたいと思います。
日本では原作の本も映画も『その男ゾルバ』。映画の邦題が原作と全くそぐわないことが多い中で、この邦題は絶妙だと思います。
英語のタイトルは”ZORBA THE GREEK" (ギリシャ人ゾルバ)ですが、原作をお読みになった方ならこの英語のタイトルがとんだお門違いと言う事に気づいたはずです。
なぜなら、主人公ゾルバは「ギリシャ人」などでなく、マケドニアからクレタの寒村に流れて来た「よそ者」であり、この物語の核は相容れないアイデンティティの衝突だからです。
インテリで「本の虫」と呼ばれる内向的な青年と、本能と感情をむき出しで行動するゾルバの衝突、クレタ人かたぎとマケドニア人かたぎの感情のもつれ、ギリシャ正教徒の村人とカソリック教徒でフランス人のマダム・オルタンスの衝突、独立独歩を望む美しい未亡人とそれを許さない村社会の掟との衝突。
そういったすべての障壁をやすやすと乗り越え、相対する世界を自由に行き来するのが、土塊から生まれた野生人のようなゾルバと、知的障害を持つ村の青年ミミソスです。その顛末を描いたカザンツァキスの原作のタイトルにはもちろん「ギリシャ人」などという単語はありません。単にΒΙΟΣ ΚΑΙ ΠΟΛΙΓΕΙΑ ΤΟΥ ΑΛΕΞΗ ΖΟΡΜΠΑ「アレクシス・ゾルバの生活と行状」です。
ナチスがギリシャを占領していた1941〜45年カザンツァキスはエギナ島にこもって、この作品を書き上げたといいます。彼自身、現実から逃避したかったのかもしれません。
原作を読んだ方にはおそらく映画に対する不満があるかと思います。しかし、文学と映画は全く様式の違う芸術なので安易に比較はできません。映画という制約の中では、今後もこれ以上のゾルバは誕生しないだろうと思います。
カザンツァキスの死後、一度は人手に渡っていた映画化権を未亡人が取り戻し、作家本人が生前に是非と望んでいたカコヤニス監督の手で映画化されます。
映画が公開された時、海外で大ヒットとなりましたが、ギリシャでは否定的な意見が多かったそうです。というのもクレタの寒村の胸を塞ぐほどの貧しさ、見栄っ張りで強欲で無知な村人たちが未亡人の残酷な殺害に手を貸すくだり、元娼婦マダム・オルタンスの死後に女たちが行う略奪行為などが、ギリシャの恥を世界中にさらしたと考える人たちがたくさんいたのです。でも、それはカザンツァキスのでっち上げでなく、物語の舞台となった1900年代始め頃の人々の真実の姿でした。
しかし、彼らの心配はすぐにかき消される事になります。映画を見た多くのアメリカ人がゾルバの舞台を見ようとギリシャを目指し、ぞくぞくと空港に降り立ったのでした。彼らのポケットには当時とても価値のあったドル紙幣の束が入っていました。しかも、それは一時的なブームでは終わりませんでした。
今もゾルバは生きていて、ギリシャ政府観光局が何百万ユーロも使って毎年繰り広げるキャンペーンより、一回の「その男ゾルバ」の放映のほうが大きな力を持っているように思えます。
ギリシャのホテルやペンションに行くと、滞在した人たちが持ってきて読んだ本を残していく小さな書棚がありますが、どんなへんぴな島の小さな村のペンションの書棚にも、真新しい「その男ゾルバ」がかならず並んでいます。様々な言語に翻訳されて・・。
ゾルバの影響はいたるところに残されています。
ゾルバ・キャップと呼ばれている黒い帽子は昔からギリシャにあったわけではありません。もともと北欧の船員がかぶっていた帽子をゾルバ役のアンソニー・クインの衣装にしたのは、ピレウスの港に誰かが忘れていった帽子をゾルバが見つけた、あるいは古着屋で手に入れた、とかいう設定だったのでしょう。映画のヒットで人気が出て、観光客用に売るようになったのを、地元の漁師もかぶるようになったのだそうです。
今やギリシャを代表するあの帽子は国内で年間何10万個も生産されて、毎夏みやげものやさんの店先に並ぶのです。
ミキス・テオドラキスが映画のために作った音楽とそれにあわせたダンスのステップは、今やクラシックとなり、ギリシャ中のタベルナ、世界中の都市にあるギリシャ・レストランで毎夜、多くの人々が輪になってゾルバとともに踊るのです。
「その男ゾルバ」は4人の天才たち、ニコス・カザンツァキス、マイケル(ミハリス)・カコヤニス、アンソニー・クイン、ミキス・テオドラキスが彼らの愛する国ギリシャに贈った最高のプレゼントです。
4人の中で既に3人が天国へいってしまいましたが、彼らの創りだしたゾルバが人々から忘れられる事は決してないでしょう。












映画からでなく
‘ギリシャといえばこのダンス'
と教えられダンスから入った私。
そして
(ギリシャのダンスだけを始めた)20年前
このダンスが決して民族伝統舞踊ではなく
振り付けられたものと
知り映画を知り。
それでも この音楽このダンスは
今やギリシャを代表するものの一つ。
過去のものではなく
歴史に残り続けるというのは
(こんな言葉ではしっくりこないのですが)
凄い事! と思います。
そして、ジョージ(ヨルゴス)・チャキリス、メリナ・メルクーリ、ナナ・ムスクーリなどたくさんの国際的なスターも次々に誕生します。
あの頃は貧しくて、でも希望と活気にあふれた国でした。
音楽や芸術も一度に花開いて・・・
今一度ギリシャにあのころのような元気を取り戻してもらいたいです。