DALARAS-KONIORDOU "EROTOKRITOS" (MEGARO MOUSIKHS 1994)
300年というのは長いようですが、ギリシャの歴史全体から言うとそれほど昔でもありません。
ここで「エロトクリトス」を紹介したいと以前から思っていたのですが、ようやく気に入ったものが見つかりました。
30年ほど前にミティリーニの市立劇場でこのような朗読と音楽をみました。その時初めてエロトクリトスを知った訳ですが、ギリシャが日本で考えていた「西欧」ではないことを肌で感じ取った記憶があります。
この映像では珍しくダララスがクレタのリラを弾いてます。部屋を暗くして蝋燭を灯して繰り返し聴いていると、ギリシャの永遠の時間の流れに小船を浮かべて遊んでいるような気がします。
さて、「エロトクリトス」ではエロトクリトスという青年とアテネの王の娘アレティの恋が中心に語られるのですが、「語る」とここにわざわざ断ったのは古代もビザンチン時代もそして今も、ギリシャの詩は吟じて聴かせるもの、覚えて口ずさんで聴かせて楽しむものだからです。
この映像のパフォーマンスはビザンチンの雰囲気を良く伝えていると思います。そして、耳のいい方は気がつかれるかと思いますが、「現代ギリシャ標準語」にはないチェ、ジェの音がふんだんに出てきます。それはエロトクリトスが300年前のクレタの口語(話し言葉)を使って作られたからです。
1行15音節で2行ずつがペアになって韻を踏みます。これは日本の歌舞伎の台詞が5・7・5で語られるのにちょっと似ています。
エロトクリトスの作者ヴィキンティオス(ビンチェント)コルナロスは1553年にクレタ島で生まれ、1617年に没していますが、イギリスでは全く同じ時期にシェイクスピア(1564年生ー1616年没)が活躍します。東洋の端っこの日本ではそれにほんの少し遅れて歌舞伎が産声をあげるというもの大変興味深いことです。
遠く離れた文化圏、言語圏で同時進行的に文化が成熟していくというのにはなにか理由があるのでしょうか?
もうひとつエロトクリトスの素晴しいところは300年を経た今も歌い継がれ、庶民が普段に口ずさんで愉しむものであることです。
次の映像を見るとそれがよくわかります。出演者たちは皆歌詞を暗記しているようです。
エロトクリトスの音楽は誰が作曲したのか不明なのですが、その伝統と15音節の詩の作り方がそのままパラドシアカと呼ばれる民謡に繋がり、人びとの心に根付き再び芽吹く時を待って、ソロモスやセフェリスなどの近代詩人が生まれ出てきたり、ライカといわれる歌謡になったりしたのだと私は考えます。
(途中「エロトクリトス」から作詞:アコス・ダスカロプゥロス 作曲:マノス・リツォスの「キアン・タ・マティア・スゥ」に変わります)










