らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

デジャ・ヴュ

2016-09-30 | ポエム

初めて訪れたのに、見たことがある、ような、風景。

 

初対面なのに、会ったことがある、ような、人。

 

初体験なのに、かつて経験した、ような、体験。

 

デジャ・ヴュ。

 

既視感の、不思議。

 

何度も、何度も、転生した魂の記憶なのか。

 

ご先祖さまからのDNAの記憶なのか。

 

垣間見たパラレルワールドなのか。

 

この世は、不思議。

 

不思議、不思議、摩訶不思議な、デジャ・ヴュ。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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内は、外。

2016-09-28 | ポエム

「わたし」は、その時の「わたし」に、出会う。

 

内側が、ぐちゃぐちゃなら、外側も、ぐちゃぐちゃ。

 

内は、外。外は、内。

 

内に鬼がいれば、外にも鬼の、鬼は外。

 

今日、出会うのは、どんな「わたし」?

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 


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愛と調和

2016-09-27 | 色々な思い

何かをするとき、そこにエゴ、目立とうとかお金儲けをしようとか良く思われようとするエゴがあるとうまくいかない。

 

昔、ネットサーフィンをした時、若いロッカーの卵が、そこに「愛と調和」がある時はすべてうまくゆくから何かをする時はそれはエゴから出たことなのか「愛と調和」なのかと自問してする、と書いていたのを読んで、若いのにエライな、と感心したことがある。

 

その子、いやその人は、こだわりの革ジャンとネックレスにボロボロのジーンズとTシャツという、暴走族のようないで立ちであちこちウロウロしているそうなのだが、つくづく人は見かけで判断してはいけない、と思った。

 

立派な背広を着てもっともらしいことを言っている政治家たちの行動から「愛と調和」を感じることはほとんどない。

 

友愛、などと言うだけで宇宙人だと揶揄される。

 

フクシマ、オリンピック、豊洲・・・・・・まるであぶり出しのように様々な利権や当事者のエゴが明るみに出ている。

 

けれど、あぶり出す方にもエゴを感じることがある・・・・・・

 

愛するニッポンがここまで腐っているのかと思うととても残念・・・・・・

 

それでも、今までの価値基準とは別のところ、例えば里山農業や林業などでがんばっている若者たちも増えている。

 

世界は二極化、いや多様化しているのだ・・・・・・

 

できれば、さわやかな若者たちと同じ列車に乗りたいと思っているオバサン・・・・・・切符が手に入るかしら・・・・・・

 

今朝の東京は晴天。そしてそのことがとてもうれしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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立ち止まる

2016-09-26 | ポエム

立ち止まって、

 

「わたし」が、創りだした人生を見る。

 

立ち止まって、

 

「わたし」に、呼応した世界を感じる。

 

変えたければ、「わたし」を変える。

 

「わたし」が変われば、世界が変わる。

 

宇宙は、シンプル。プル。プル。プル。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 


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ジグソーパズル

2016-09-25 | ポエム

小さなピースが繋がって、大きな絵が出来る。

 

ピースの大きさは、皆、違う。

 

形も、違う。

 

色も、違う。

 

けれど、皆で、ワンセット。

 

どれかが欠けても、未完成。

 

世界は、壮大な、ジグソーパズル。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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故郷

2016-09-24 | ポエム

「ところで、神さま、わたしは、故郷を探しておりました。本当の故郷を。」

 

「様々な国に出掛けました。けれど、神さま、故郷は見つかりませんでした。」

 

「それは、雲の上の桃源郷、といわれましたが、神さま、飛行機からは、何も見えませんでした。光が、眩しすぎました。」

 

「窓の外で、何やら啄んでいた小鳥が、今ここ、と呟きました。神さま、わたしは、夢を見ているのでしょうか・・・・・・」

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 


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おばちゃんパワー

2016-09-23 | 色々な思い

展覧会や映画の鑑賞に行くと、大勢のおばちゃん達に圧倒される。

 

大規模な書道展などは、出展者も鑑賞する人も圧倒的におばちゃんだ。

 

50代、60代、70代のおばちゃん達には元気な人が多い。

 

定年退職し、名刺がなくなったおじちゃん達は元気がない。

 

おじちゃん達は社会的動物なのだろうか・・・・・・

 

かのプルーストも書いていた。「女は男よりも感受性に富み、鋭敏で、暇もあり、ある種の繊細な事柄に好奇心を持ち、またある種の感覚の美や芸術の美を尊重していて、たとえそうしたものがよく理解できなくても、男が何よりも好む金銭や地位よりもさらに上にそれを位置づけるのである」、と。

 

そうなのだ、と納得。

 

ニッポンの芸術の秋もおばちゃん達に支えられるだろう・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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張り紙

2016-09-22 | ポエム

雨上がりの商店街を歩いていたら、

 

古びたカラオケ店の張り紙が、目に入った。

 

破れかけた張り紙は、心に入った。

 

「世界人類が平和でありますように」。

 

最近、再び、放射能じゃじゃ漏れ。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

雨が上がったら、秋になっていた・・・・・・


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「帰帆但信風」

2016-09-21 | 色々な思い

今月の書道のテキストを眺めていたら、「帰帆但信風」という言葉があった。

 

作者は、盛唐の詩人、王維なのだそうだ。

 

「読み」は、「きはんただかぜにまかす」。

 

「大意」は、「帰国の船は帆をただ風にまかせるばかりだ」。

 

 

わたしは、別のことを思った。

 

わたしがこの世に顕れて半世紀以上たち、人生の折り返し点はとっくの昔に過ぎた。

 

いずれ、(あるいはもうすぐ)あちらに帰還する時が来るだろう。

 

だから、残りの人生は、ジタバタせずに、神さま宇宙の風にゆだねてみようかしら、と思ったのだ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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ひらがな

2016-09-20 | 色々な思い

書家の石川九楊氏は、『・・・平安初期、楷書体を典型とするあまりにも厳格な政治的書に対する違和感を雑体書の表現にこめた。中国的でありながら、異様性をそこに定着した。それは、弧島語の表現(創造)のために、漢字を歪めた精神性や営為と連動した。漢字を歪める営為とは漢字の「万葉仮名」への転用である。』と書く。

 

初めて「万葉仮名」を見た時は、なに?これ?当て字? と違和感を覚えた。

 

けれど、それはいにしえの人が漢字に覚えた違和感から生じた『漢字の日本的拡張と歪形』だったのだ。

 

最近、かなの書を美しいと思うようになった・・・・・・

 

石川氏によると、『「ひらがな」とは、語彙を形成するために、縦=上から下への連続性を必須とする構造の文字である。一字一語で一字完結性の漢字、漢詩、漢文列に傍らに添えられるカタカナはこの限りではない』。

 

だから、ひらがな交じりの日本語は縦書きが基本。

 

漢字は一字で完結しているから横書きもありうるが、ひらがなは「さらさら」と縦書きが基本だから、横書きにするということは英語を縦書きで書くのと同じことなのだ。

 

手帳などの横書きのひらがなは続けて書くことができないから、まあるい字になってしまうそうだ。(わたしの手帳もまあるい字の横書き・・・・・・)

 

大雨で渋滞していたバスの中で広告を眺めていると、ほとんど横書きでやたら外来語が多かった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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勘違い

2016-09-19 | ポエム

彼女は、勘違いの名人。

 

「おことのきょうしつ」を「おとこのきょうしつ」と思い、顔を赤らめた。

 

「ひつまぶし」を、「ひまつぶし」と読んで、ゆっくり食べる定食だと思った。

 

「ストライプ」を育てたい、と言ったら、「スプラウト」でしょ、と笑われ、

 

「スプライト」のシャツが欲しい、と言って、「ストライプ」と笑われた。

 

それでも、彼女は、生きている。

 

今日も、元気で、勘違い。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

道で、親子連れとすれ違った。

 

お母さんが、一軒家の二階の方を指さして、大きな声で子供に言った。わぁー、きれいなアジサイ。

 

子供も感嘆の声をあげた。ほんとだ、きれい。

 

えっ、二階にアジサイ? わたしは振り返って、指のさす方向を見た。

 

グリーンカーテンと化した朝顔にたくさんの薄紫色の花が咲いていた・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


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ネコの散歩

2016-09-16 | 動植物

歩いていると、レインコートを着たネコが人間のお母さんと散歩をしていた。

 

立ち止まって、尋ねた。毎日、散歩させるのですか?

 

お母さんは言った。はい、毎日散歩をします。この子は散歩が大好きなんです。一緒に飼っている犬は散歩に行きたがらないのですが・・・・・・

 

写真を撮ってもよいか尋ねると、お母さんは、どうぞ、どうぞ、とほほ笑んだ。

 

スマホを向けると、ネコはこちらを見て、ポーズ。

 

野良猫が見たら、さぞ驚くだろう。

 

わたし達99%の人間も、見えない鎖に繋がれて、1%の人々に飼いならされているのかもしれない・・・・・・

 

人間も動物も、もっと自由であるべきだ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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がんばらない

2016-09-14 | ポエム

がんばらない。

 

「わたし」は、「わたし」。

 

笑っても、「わたし」。

 

泣いても、「わたし」。

 

怒っても、「わたし」。

 

がんばらないで、

 

好きなことを、こつこつ。

 

笑いながら、こつこつ。

 

楽しみながら、こつこつ。

 

こつこつ、こつこつ、こつこつ。

 

気が付くと、ふっ、ふっ、ふっ。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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電話

2016-09-13 | 色々な思い

久しぶりに訪れたデパートの隅で、公衆電話が並んでいるのを目にした。

 

何だか、新鮮。

 

もう何年も公衆電話を利用していない。

 

昔はよく利用したので、いまだに、手帳には数枚のテレホンカードがあり、自宅の引き出しには未使用の物もある。

 

携帯電話の普及で、公衆電話や固定電話が消えている。

 

固定電話を持たない人も増えている。

 

若者だけかと思っていたら、同世代の知人に固定電話をやめた人がいて、驚いた。

 

突然携帯電話が全く使えなくなった経験のあるわたしにはできない。

 

そもそも、電話はとても苦手。

 

言葉遣いがていねいであっても、声にはその人の心が顕れているような気がする。

 

テレビだと表情や衣装でごまかせても、ラジオでは話者の本性が顕れるような気もする。

 

小さいころ、リール式のテープレコーダで聞いた自分の声に戸惑った。えっ、これ、わたしの声?

 

一体わたしはどんな声を発して生きているのだろう・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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テレパシー

2016-09-12 | 色々な思い

広辞苑によると、テレパシーとは、「言語その他の感覚的手段によらずに、ある人の精神から他の人の精神に思考、観念、感覚などの印象が伝達されること」とある。

 

昔のマサイ族はテレパシーで意思を伝えていたそうだ。

 

自然農法で「奇跡のりんご」を栽培する木村秋則さんは、NHKの「プロフェショナル仕事の流儀」でも紹介され、数奇な生涯が映画や舞台にもなり、「木村式自然栽培」は海外でも話題だ。

 

その木村さんは、ある時、宇宙人に拉致され、UFOらしき物体の中に入れられたことがあるそうだ。

 

そして、その時、木村さんは宇宙人と意思の疎通を欠くことはなかったようだ。たぶん、テレパシー。

 

長い間生きいるが、宇宙人に出会ったことはないのでテレパシーを使ったことはない。

 

けれど、言葉を発しないでも意思は伝わるような気がし、只今、犬で実験中。

 

散歩に行った時など、老母の愛犬に、心の中で「もう帰るよ」と言うと、不思議なことに犬は家の方に方向を変えるのだ。

 

街を歩いていて、目の前に犬を散歩させている人がいると、犬に向かって、心の中で「ねえ、こっち向いて」と言うとほとんどの犬は振り返る。

 

そういえば、禅の言葉に「以心伝心」というのがある。

 

広辞苑によれば、(言葉を調べる時は、ウィキペディアより広辞苑!)「以心伝心」とは、「言語では表わせられない心理を師から弟子の心に伝える」とあるが「思うことが言葉によらず、互いの心から心に伝わること」ともある。

 

聖書には「はじめに言葉ありき」とあり、西洋では、言葉はすなわち神であるし、日本でも、言霊という言葉がある。

 

けれど、宇宙ではテレパシーなんじゃないかしら、などと夢想するある秋の日・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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