らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

ほんとうの詩人

2014-06-30 | ポエム

ほんとうの詩人は、

 

悲しい時、涙を流す代わりに、言葉を紡ぐ。

 

楽しい時は、ニコニコしながら、ノートを開く。

 

嬉しい時は、飛び上がって喜ぶ前に、鉛筆を持つ。

 

怒っている時は、刀をペンに代える。

 

ほんとうの詩人は、喜怒哀楽を言葉で表す。

 

彼らは、「生」を言葉で表現せずにはいられない。

 

ほんとうの詩人は、詩を書くことでしか生きられない。

 

そんな気がする・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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フランス語の中の日本語

2014-06-29 | 外国語・外国

1990年代初頭、ブリュッセルで働いていた時、フランス系ベルギー人の同僚が、忙しすぎてカロウシする、と言ったので驚いたことがある。

 

当時は、ニッポンの企業戦士の過労死がベルギーの新聞でも報じられた。

 

プルーストの「失われた時を求めて」を読んでいて、日本語が現れて、驚いたこともある。

 

そんな日本語は、翻訳本では、カタカナで表記されている。ムスメ、キモノ・・・・・・。

 

フランス語の新聞にも、読みやすいようにアクセントを付けた、日本語が登場する。ジュードーカ、ミカド、ハラキリ、サムライ、ゲイシャ、ウキヨエ、タタミ、フトン・・・・・・。

 

スシやヤキトリやカワイイは、市民権を得て久しい。

 

ニッポンのマンガを読んで大きくなった人たちも大勢いて、20年前のフランスやベルギーでは、ニッポンに好意的な人が多かった。

 

果たして、今はどうなのだろう。

 

3.11直後には、日本人の言動はヨーロッパの人々の賞賛を浴びた。

 

けれど、その後、フクシマの原発事故の情報の隠ぺいや政権の右翼化などは、ニッポンの危うさを浮き彫りにした。

 

フクシマがほんとうにアンダーコントロールとなりオリンピックが無事開催され、「オ、モ、テ、ナ、シ」がフランス語の中で市民権を得ることができればよいのだが・・・・・・。

 

窓を開けると、教会の鐘の音が聞こえてきた・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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賑やかな独りの時間

2014-06-28 | 色々な思い

どんな分野であれ、クリエイティブな仕事をする人には、賑やかな一人の時間が必要だ。

 

長い間、部屋に籠って作品作りに没頭していると、他者からは、孤高の人に見えるだろう。

 

けれど、本人にとっては、至福の時。

 

誰にも邪魔をされない、賑やかな独りの時間。

 

そんな時には、創作の雲がやってきて、恵みの雨を降らせる。

 

そんな時には、ポエジーもやって来る。

 

偶然の顔をした、必然が起きることもある。

 

アーティストではないが、賑やかな独りの時間が大好だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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パリの病院

2014-06-27 | 外国語・外国

一度だけ、パリの病院に行ったことがある。1989年のことだ。

 

ブリュッセルのユーロクリアで働くためには、労働許可書が必要だった。

 

そして、労働許可書の申請のためには、医師の診断書が必要だった。

 

わたしは、凱旋門に近い、指定された病院に行った。

 

病院というより、大きなアパルトマンという感じだった。

 

待合室には、大勢の病人がいて、病気ではないことにある種の後ろめたさを覚えた。

 

採血の時、看護師さんとなぜ医師の診断書が必要か、という話になった。

 

看護師さんが言った。ベルギーに移り住むの。いいわね。

 

彼女は続けた。ブリュッセル・・・・・・。いいわね。わたしは、パリにうんざりしている。一日中、採血。朝から晩まで、血液、血液、血液・・・・・・。

 

彼女はつぶやいた。わたしもどこか違う場所に行きたい。

 

わたしも、若いころは、「今 ここ」を離れたいと思うことが多かった。

 

けれど、今のわたしは、しあわせは「今 ここ」にしかない、と断言できる・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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「ありがとう」 by 谷川俊太郎

2014-06-26 | 本・文学

なぜか、今朝は、とても謙虚。

 

という訳で、谷川俊太郎さん(1931-)の「ありがとう」。

 

<「ありがとう」 

空 ありがとう

今日も私の上にいてくれて

雲っていても分かるよ

宇宙へとひろがっているのが

 

花 ありがとう

今日も咲いていてくれて

明日は散ってしまうかもしれない

でも匂いも色ももう私の一部

 

お母さん ありがとう

私を生んでくれて

口に出すのは照れくさいから

一度っきりしか言わないけれど

 

でも誰だろう 何だろう

私に私をくれたのは?

限りない世界に向かって私は呟く

私 ありがとう                         >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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精神の貴族

2014-06-22 | 本・文学

「精神の貴族」に憧れる。

 

茨木のり子さん(1926-2006)のエッセイに、「精神の貴族」というのがある。

 

沖縄出身の詩人、山之口獏さん(1903-1963)のことを書いたものだ。

 

<獏さんを知っていた人たちは、みんな口をそろえて、かれのことを「精神の貴族」だったといっています。このことばがとても新鮮に響くのは、「精神の貴族」といえるような人が、すくなくなり、それを目ざす人もまた、現代には見あたらないためでしょう。・・・・・・・>

 

<・・・・・・生涯、借金につぐ借金で、首がまわらず、たいていの人なら、いじけてしまうところですが、獏さんはだれよりも貧乏したのに、心は王侯のごとしという、ふしぎな豊かさをますます自分のものにしていった人でした。そのみごとな心意気が、多くの人をひきつけずにはいなかったのでしょう。町で、飲み屋で、新しい友だちがいっぱいできてゆきました。・・・・・・>

 

<・・・・・・とても低い声で静かに話し、感情にかられてどなるなどということはいちどもなく、ことばづかいもていねいで、礼儀正しいのでした。・・・・・・>

 

<節度をわきまえた、りっぱな紳士でした。・・・・・・>

 

山之口獏さんは、若い頃は、住所不定のルンペンのような生活をし、晩年も貧乏であったが、常に「精神の貴族」で在り続けた「のだ」。

 

彼は、<原稿用紙二百枚三百枚と推敲しなくては一篇の詩も描くことができないのだ>と書いている。

 

パソコンの前で書くポエムのようなものを、推敲せずにブログに投稿しまうわたしは、深く反省した「のだ」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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ウイッグ

2014-06-21 | スケッチ

デパートから、DMが届いた。

 

封筒の表には、「オーダーメイドウイッグ展示・試着会」とあり、

 

裏には、「封筒の中をぜひご覧ください」とあった。

 

中のチラシには、中高年女性の、ウイッグ試着前と試着後の写真が載っていた。

 

ずいぶん印象が違った。

 

展示会での試着で、たち吉「万葉湯呑」プレゼント。

 

お得意様限定ご試着プレゼントは、2000円分の食料品お買物券。

 

ご成約もれなくプレゼントは、10000円分の商品券。

 

はぁ・・・・・・。

 

何歳以上の女性にこのDMを送ったのだろう・・・・・・。

  

 

萩原朔太郎は、<その精神に「若さ」を持たない芸術は、決して真の芸術ではない。特に詩においてそうである。>と言った・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 


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ビワ

2014-06-19 | スケッチ

歩いていると、ビワの木に遭遇した。

 

たくさんの実をつけていた。

 

おいしそうだった。

 

ビワが食べたくなった。

 

明日、スーパーに行ってみよう。

 

 

なぜか、聖書の言葉を思い出した。「わるい実を結ぶ良い木はなく、また良い実を結ぶわるい木もない。木の良し悪しはいずれもその実で知られるのである。」・・・・・・。

 

本日は、快晴。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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屋根の上の猫

2014-06-18 | 動植物

早朝、犬と散歩に出た。

 

民家の屋根の上に、猫がいた。

 

猫は、じっと電線を見つめていた。

 

電線の上には、何羽かの小鳥。

 

猫は、電線までは飛べない。

 

猫は、小鳥が飛び立つまで電線を見つめていた。

 

犬は、猫にも小鳥にも無関心。

 

猫は、猫を生き、

 

小鳥は、小鳥を生き、

 

犬は、犬を生き、

 

「わたし」は、「わたし」を生きる、夏の朝。

 

それでも、みんな繋がっている、生命の不思議。

 

 

 

昔、「やけたトタン屋根の上の猫」という戯曲を読んだが、どんな話だったか、思い出せない。

 

最近、物忘れがひどくなった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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詩集、<みんな、「わたし」。>の朗読会

2014-06-17 | スケッチ

女優の平山真理子さんと仲間たちが、詩集、<みんな、「わたし」。>の朗読会をしてくださった。

 

平山さんは文学座出身で、現在は、四季出身のご主人と、劇団「ブルーベリィ・パイ・ファミリー」を主催して、活躍中。

 

会場は、仲間のヨガ・スタジオ「サンガ ミエ」。

 

「サンガ ミエ」のオーナーは、かつて名プロデューサーだった。

 

 

 

プログラムを手渡され、スタジオに座ると、心地良いお香の香りが漂ってきた。

 

スタジオの壁の一面は、鏡張りのクロゼットで、傍には、真っ赤な布を掛けた椅子が設えてあった。

 

突然、鏡の戸が開き、前衛ババア風の平山さんが現れた。

 

黒い帽子に、黒いシャツ。手には、黒いレースの手袋。

 

首には、赤いスカーフ。そして、指先では、真っ赤なマニュキアが輝いていた。

 

ロングスカートには、たくさんのコサージュが付いていた。

 

彼女が「演劇」という詩を読み始め、朗読会が始まった。

 

その後、プロデューサーの挨拶があり、<様々な「顔」をした詩たち>と題して、詩集の中から12の詩が朗読された。

 

自分の書いた詩がきれいに分類されていて、おもしろかった。

 

バックでは、ヨガや瞑想に使われる、素敵な音楽が流れていた。

 

詩によって、曲が変わった。

 

その後、仲間たちの好きな詩が朗読され、幕引きとして、「トンネル」が読まれた。

 

最後に、詩を書いた人として、素敵な花かごを頂き、恐縮した。

 

ブログに書いた、アマチュアのつたないポエムが、みんなの手によって、まったく別のモノに昇華したような、言葉が独り歩きを始めたような、不思議な体験をした。

  

この演出・構成・女優さんで、たとえば、茨木のり子さんなどの詩の朗読会をすれば、小劇場は満員になるだろうと思うくらい、素敵な朗読会だった。

 

朗読会の後は、手作りのお菓子がたくさん並ぶお茶会が開かれ、楽しいひと時を過ごさせて頂いた。

 

素晴らしい「今、ここ」体験だった!!!!

 

感謝!!!!  感謝!!!!  多謝!!!!

 

 

P.S.

ブログを見た平山さんから、「・・・茨木のり子は朗読したよ 広い会場でね ・・・」とメールが来た。ぎゃふん・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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人の印象

2014-06-16 | 色々な思い

20年ぐらい前、幼い甥が、サングラスをかけたわたしを見て言った。あっ、ハワイ沖のおばさん。

 

甥に会うのは、せいぜい年に1度。

 

彼は、ハワイには行ったことがない。

 

が、彼は、わたしの印象を、ハワイ沖のおばさん、というフレーズでとらえた。

 

未だに、なぜ、ハワイではなくハワイ「沖」だったのだろう、と思う・・・・・・。

 

 

 

パリにいた時、イギリス人の友人が言った。パリの店員は、印象で人を判断するのよ。

 

彼女は、絶対にジーンズをはかず、お金はかけなくても、いつもおしゃれでシックな恰好をしていた。

 

ブリュッセルで働いていた時、同僚の女性が言った。クライアントに会う時はきちんとした格好で行くわ。印象が大切なのよ。

 

 

着ている衣服や髪形で、印象は変わる。

 

ジーンズの時と着物の時では、レストランでの対応が違う。

 

けれど、それだけではないような気がする。

 

わたし達は無意識のうちに、その人のオーラやスピリットが出す波動(?)のようなものや顔や表情に現れる本性のようなものを感知するのではないかしら・・・・・・。

 

どんなに着飾っても、声や魂のレベルは隠せないような気がする・・・・・・。

 

アクセサリーもつけず、洗いざらしのジーンズに真っ白なTシャツだけで、美しく、凛としている女性をとても素敵だと思う・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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「六月」 by 茨木のり子

2014-06-14 | 本・文学

梅雨入りしてから、連日、雨だった。

 

だから、今日の、太陽光と、青い空と、さわやかな風は、うれしかった。

 

けれど、ふと、茨木のり子さん(1926-2006)の、「六月」という詩を想った。

 

<「六月」

 

どこかに美しい村はないか

一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒

鍬を立て掛け 籠を置き

男も女も大きなジョッキをかたむける

 

どこかに美しい街はないか

食べられる実をつけた街路樹が

どこまでも続き すみれいろした夕暮は

若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

 

どこかに美しい人と人との力はないか

同じ時代をともに生きる

したしさとおかしさとそうして怒りが

鋭い力となって たちあらわれる                >

 

 

 

わたし達が、サッカーのニュースに夢中になっている時に、

政府は憲法の解釈を変更して、

集団的自衛権の行使が容認されるように動いている。

 

ネットでニュースを読むたびに、心がわさわさとし、

ニッポンはどうなるのだろうか、と不安になる。

 

憲法第九条がノーベル賞を受賞すればいいのに・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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生まれたのか、生まれさせられたのか?

2014-06-13 | 色々な思い

この世に顕れることを、日本語では、生まれる、という。

 

英語では、受け身で、「I was born」という。

 

最近、生まれる前に親を選んだという幼児の話が話題になることがある。

 

歌舞伎俳優の海老蔵さんも、自分が両親を選んだことを覚えているそうだ。

 

個人的には、母を選んで生まれてきたとは思いたくない・・・・・・けれど、あちらの世界からこちらに顕れる時には、大まかなプランニングをしてくるのかしらとも思う・・・・・・ほんとうのことは帰還しなければ分からない・・・・・・。

 

が、自分の意志で生まれてきたと思うのと、生まれさせられたと思うのでは、人生が大きく違ってくるような気がする。

 

 

吉野弘さん(1926-2014)の詩に、「I was born」というのがある。とても長いが引用させて頂く。

 

<「I was born」

 

確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと青

い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやっ

てくる。物憂げに ゆっくりと。

 

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女

の腹から目を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟

なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世

に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 

 女はゆき過ぎた。

 

 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は <生まれ

る>ということが まさしく<受身>である訳を ふと

諒解した。 僕は興奮して父に話しかけた。

ーやっぱり I was born なんだねー

父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返し

た。

ーI was born さ。 受身形だよ。正しく言うと人間は

生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだねー

 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。そ

れを察するには 僕はまだ余りに幼かった。僕にとっ

てこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 

父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。

 

ー蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬん

だそうだが それなら 一体 何の為に世の中へ出てくる

のかと そんな事がひどく気になった頃があってねー

 僕は父を見た。父は続けた。

ー友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だと

いって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く

退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入

っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。と

ころが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっ

そりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目ま

ぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとま

で こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの

粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>という

と 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことが

あってから間もなくのことだったんだよ、お母さんがお

前を産み落としてすぐに死なれたのはー。

 

 父の話のそれからあとは、もう覚えていない。ただひ

とつの痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたもの

があった。

ーほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいで

いた白い僕の肉体ー。               >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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パリの靴屋さん

2014-06-12 | 外国語・外国

25年以上も前、パリに住んでいたことがある。

 

まだEU(欧州連合)も存在せず、フランスの通貨はフランだった。

 

今は、中国人たちが押し寄せているが、当時のパリには、大勢の日本人観光客がいた。

 

不動産を買いあさる日本人もいた。

 

ある日、歩きやすいウォーキングシューズを捜していたわたしは、オペラ座界隈の、東京銀行の近くにある、Schollの靴を多く扱っている靴屋さんに行った。

 

その辺りには、日本人観光客向けのブティックや飲食店が数多くあった。

 

店に、客はいなかった。

 

中年の女店員さんが、とても親切にしてくれた。

 

あれこれ試していると、彼女が言った。

 

「ガラス戸越しに、朝から晩まで、日本人を見ているけれど、一度も日本人と話をしたことがないの。で、一度、聞いてみたかったんだけれど、日本では、男尊女卑なの?」

 

突然の質問に、わたしは戸惑った。

 

「日本の男性は、女性ファーストの精神に欠け、威張っているように見えるかもしれない。けれど、普通のサラリーマンは奥さんに給与を渡し、その中からお小遣いを貰っている。中流階級の家庭内での実権は、奥さんが握っていることが多い・・・・・・」。

 

そう言うと、日本女性は虐げられていると信じていた彼女は、心底驚いた。

 

そして、日本にも女性の政治家はいるのかとか、学生運動はあったのか、など次々に質問をした。

 

結局、店に、1時間以上もいた。

 

店を出るとき、女店員さんは、初めて日本人と話した、と喜んでいた。

 

その靴屋さんには、足にやさしい、流行から取り残されたような靴が並んでいたから、日本のお嬢さん達が入ってくることはなかった。

 

パリの街角では、一期一会の会話を楽しむことがままあった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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ゆっくり歩く。

2014-06-10 | 色々な思い

夜、郊外の駅に降り立つと、

 

タクシーやバスの乗り場を目指す人たちが、急いで改札口に向かう。

 

階段やエスカレーターを走る人もいる。

 

ダッシュする人もいる。

 

昔は、「わたし」も、急いでいた。

 

せかせかと歩いていた。

 

が、今は、ゆっくり歩く・・・・・・。

 

出掛ける時も、時間に余裕を持って出かけ、時刻表を見たりネット検索をしたりしない。

 

いつも、アバウト。

 

こんな時代でも、せかせかしないで、ゆっくり歩いた方が、物事がうまくゆくような気がする。

 

かつて、山村暮鳥(1884-1924)は、詩の中で、「なんであんなにいそぐのだろう」と嘆いた・・・・・・もし、彼が、今存命であれば、卒倒してしまうだろう。

 

<「自分はいまこそ言はう」

 

なんであんなにいそぐのだらう

どこまでゆかうとするのだらう

どこで此の道がつきるのだらう

此の生の一本みちがどこかでつきたら

人間はそこでどうなるだらう

おお此の道はどこまでも人間とともにつきないのではないか

谷間をながれる泉のやうに

自分はいまこそ言はう

人生はのろさにあれ

のろのろと蝸虫(ででむし)のやうであれ

そしてやすまず

一生に二どと通らぬみちなのだからつつしんで

自分は行かうかと思ふと               」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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