らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

好きな句

2012-07-31 | 本・文学

好きな俳句がある。

 

夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり

 

三橋鷹女さん(1899-1972)の句だ。

 

昔、新聞か週刊誌かで出合って、ビビーッときた。

 

夏になると、思い出す。

 

今年は、地球も熱い。

 

島の大半が氷床に覆われていた、デンマーク領グリーンランドでは、日本の2倍の面積の氷床が、7月8日ー12日の4日間で解けてしまったそうだ。

 

アメリカでもロシアでも干ばつが広がっている。

 

じわりじわりと変化の夏・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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心のお喋り

2012-07-30 | 色々な思い

心は、お喋り。

 

心が、いつまでもお喋りを止めないことがある。

 

あーでもない、こーでもない。

 

あー言えば良かった、こーすれば良かった。

 

このお喋りを止めるために、わたし達は、瞑想をしたり、滝に打たれたり、念仏やマントラを唱えたり、祝詞を寿いだりするのだろう。

 

「わたし」が消えると、心のお喋りも消える。

 

何かに熱中して、「今ここ」にある時も、心のお喋りはなくなる。

 

心のお喋りは、思考のお喋り。頭では、分かっている。

 

お喋りを続ける限り、真実には出合えない。それも、分かっている。

 

でもね、人間として、時間のある世界に生きていると、心のお喋りが出てくるのよ・・・

 

今年は、まだ、蝉のお喋りを聞いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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「文体練習」byレーモン・クノー

2012-07-28 | 本・文学

「地下鉄のザジ」などで有名な、レーモン・クノー(1903-1976)の「文体練習」の訳書を読んだ。

 

この本は、ある日、バスの中で起きたつまらない喧嘩と、その張本人を後でたまたま目撃した、という「乏しい内容」の出来事を、「ばらばらな文体」で、99の断章にまとめたものだ。

 

作者の言いたいことや、真理など何もなく、同じ出来事を、99通りの書き方で綴っただけの本。そんな本が、フランスで愛読され続けている、不思議。

 

それぞれの断章は、長さも書き方もまったく違い、物語、会話、手紙、電報、詩、戯曲といった形式に、古語や造語や外国語が散りばめられ、口語体も文語体もある。

 

原文には、ナンセンスな言葉遊びもたくさんあるようで、ラテン語もどきで、日本語訳が不可能な章は、漢語もどきに訳してあった。

 

最初は、おもしろがって読んでいたけれど、読み進むにつれ、同じ話を違う文体で読むのが、苦痛になった。

 

詩や小説を書いている人たちは、自分の文体にこだわる。

 

中原中也には中也の、高村光太郎には光太郎の文体があり、自身の文体を確立するまでに、詩人や作家は試行錯誤を繰り返すのだと思う。

 

水村美苗さんなどは、「真理は文体に宿る」と言い切る。

 

文学は、内容と文体、と思っているから、文体で遊ばれちゃうと・・・素人は戸惑ってしまう・・・

 

訳者によると、ルノーの作品は、「たいていの場合、登場人物はどこにでもいそうな人々で、ごく普通の日常生活が軽いタッチで描かれてゆく。物語の骨組みとしては一見いかにも写実的で、英雄的な人物や例外的な事件はほとんど登場しない。ところがいつの間にか物語は、その日常性をたもったままで、ファンタスティックな色彩を帯びはじめ、神秘的かつドタバタ喜劇的なものになってゆく。酒場の喧嘩が市街戦に発展し、小説の登場人物がテキストから逃げ出し、現代が古代につながり、夢と現実の境界が崩れ、時は循環する。庶民の日常生活はいつの間にか陽気な人形芝居となり、さらには宇宙的な広がりをもつジグソーパズルのようなものに変貎してしまう。」のだそうだ。

 

ルノーって、パラレル・ワールドの作家なのかしら・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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お寺さんも脱原発

2012-07-27 | 東日本大震災

大飯原発の再稼働によって、電気が余るから(?)と8基の火力発電所が停止した。

 

オバサンには、何が何だか分からない。

 

そんな中、7月13日に、花園会館で、仏教、キリスト教などの宗教、宗派を超えた宗教者たちが、原子力発電所の廃止を求める声明を発表し、「原発と人間とが共存できないことを証明した」などと訴えた。

 

声明文には、「事故原因未解明のまま、原発推進者は再稼働に固執し、輸出まで企てている」と政府を非難し、「原発を廃止し、命の尊厳が重んじられる世を望む」とあるそうだ。

 

正論だと思う。

 

ブッダやイエスが生きていたら、原発は認めないだろう。

 

3.11以後の政府や東電の対応を見ていると、人の命を何と思っているのだろうか、と憤ることがままある。

 

原発推進派の左脳おじさん達が創り出しているカルマは、みんな自分たちに返ってくると思うのだけれど・・・・

 

お坊さんたち、お盆に帰省した推進派のおじさん達を諭してくださーい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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いじめ

2012-07-24 | 時事

いじめは、いじめっ子といじめられっ子の波動や周波数が同じ場合に起きるのでは、と思っていたが、大津市の中学2年生が自殺した事件の記事を読むと、色々なことが複雑にからみあっているような気がする。

 

子供の社会は、大人の社会の縮図。

 

大人の社会の、リストラや左遷などは、ある種のいじめだと思う。

 

わたし達民衆も、国に、原発事故の情報を開示せず脱原発の動きを封じ込めようとし今この時期に増税を強行しようとする国に、いじめられている。

 

野田首相は、テレビ番組で、いじめは、「とても恥ずかしい卑劣な行為だ」と断じ、「そばにいる人が見て見ぬふりをしないことが一番大事だ」と語ったそうだ。

 

えーっ?

 

民主党の中では、執行部の意向に沿わない人たちはいじめられているし、他の議員たちは、それを見て見ぬふりをしているのにぃ・・・

 

大人たちの社会が変わらないかぎり、子供社会のいじめはなくならないような気がする・・・

 

子供たちは、大人たちの鏡。

 

 

                       *

 

 

 

郊外の道を歩いていたら、昨日の雀のひなが道路の真ん中で、車にひかれて、死んでいた。

 

ほんの少しでも関わった生き物の死骸を見るのは、悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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文字、文字、文字・・・

2012-07-19 | アート・映画・演劇

友人の書が、書道展で入選し、東京都美術館に展示されているというので、見に行った。

 

隣の展覧会場では、フェルメールの絵を見に来た人が列をなしていたが、書道展の方は、がらがら。

 

が、会場に足を踏み入れて、圧倒された。

 

地下から2階までの会場には、天上から床まで、ぎっしり、何万点もの書が掛けてあった。

 

文字、文字、文字・・・

 

漢字、かな、近代詩、大字、篆刻、刻字、前衛・・・

 

歩いても、歩いても、歩いても、文字、文字、文字・・・

 

ほとんどは何が書いてあるのか読めなかったが、文字には、書いた人の性格やエネルギーが現れているような気がした。

 

高校生たちの書が並ぶ小部屋では、わあー、と思わず笑みがこぼれた。

 

わたしなどはさっぱり読めない漢字やかなを上手に書いているだけでなく、純粋で、パワーがあった。

 

書をたしなむのはとてもいいことだ。

 

集中して書いている時は、過去を悔やんだり未来を憂えたりしない。

 

「今ここ」に在る。

 

継続しているうちに、達観し、悟りの境地になるかもしれない。

 

水村美苗さんの「日本語が亡びるとき」には、こうあった。・・・・「古典とのつながりを最少限度に保つ」-みながそのつながりを保っていれば保っているほど、日本語は生きている。・・・・

 

日本語の行く末を案じる人が多いが、書道展を見る限り、まだまだ日本語は大丈夫、と安心した。

 

友人の書の前で写真を撮って、会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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バラが、咲いた。

2012-07-16 | スケッチ

出窓に、植木鉢を並べてある。

 

トックリヤシ、ガジュマル、カネノナルキ、ゴムの木、ポトス、観音竹・・・

 

隅には、枯れかけたミニバラの鉢がある。

 

三年前に買った、無農薬のミニバラ。

 

最初は、次々にピンクの花を咲かせた。

 

が、その後、花は咲かなくなり、枝が次々に枯れた。

 

葉も枯れてきて、もうだめかな、と思っていたら、小さな蕾が出た。

 

まあ、と喜んだが、その蕾も枯れそうになった。

 

やっぱりだめか、と思っていたら、昨日、ピンクの花が咲いていた。

 

わぉー、とうれしくなり、枝を切り、一輪挿しにさし、テーブルの上に置いた。

 

星の王子さまのバラではなく、地球のばあさんのバラ。

 

眺めながら、切らないで、植木鉢のまま、テーブルの上に置けばよかった、と少し後悔し、一輪挿しを出窓に置いた。

 

人間って、ほんとうに勝手・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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カード、カード、カード・・・・

2012-07-14 | スケッチ

急行は混んでいたので、新宿まで、各駅停車に乗った。

 

向かいの席に、灰色のズボンに白いワイシャツという出で立ちの、男の人が座っていた。

 

学校や役所で見かける、地味な印象の人。

 

が、奇妙なことに、彼のワイシャツのポケットは、カードでぱんぱん。

 

彼は、ポケットから、無造作に、カードを取り出し、繰るようにさっと見て、元に戻した。

 

カードは、全て、クレジットカードか銀行カード。

 

それから、彼は、幅15cm位の、黒い書類カバンから、サンキャッチャーをぶら下げた、小さなトートバッグを取り出した。

 

トートバッグの中も、クレジットカードや銀行のカードでぎっしり。

 

カード、カード、カード・・・

 

彼は、そのバッグを膝の上に置いて、がさがさとカードを見始めた。

 

何冊もの通帳も出てきた。

 

時折、書類カバンから、カードケースや財布を取り出したが、それらもカードでぎっしり。

 

がさがさ、がさがさ・・・

 

彼は、書類カバンから出てきたカードを、無理やり、小さなトート・バッグに押し込めた。

 

小さなバッグがカードでぱんぱんになると、それを書類カバンに戻した。

 

そして、書類カバンの外ポケットを開けた。

 

そこにも、カードがぎっしり。

 

彼は、それらを取り出して、さっと見ると、元に戻した。

 

何かを捜しているわけでも、整理をしてるわけでもない。

 

彼は、外ポケットのチャックを閉めると、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

隣の席に座っていた人が、怪訝な顔で彼を見た。

 

他の乗客は、無関心を装っていた。

 

地味で真面目そうに見える人だったが、何か犯罪に関わっているのだろうか・・・それとも多重債務者なのだろうか・・・

 

クレジットカードは、とても便利だけれど、諸刃の剣・・・ 

 

 

 

 

 

 

 

 


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犬の気遣い

2012-07-12 | 動植物

老母は、ゆっくり歩く。

 

散歩の時も、のっしのっし、歩く。

 

と、愛犬も、のっしのっし、歩く。

 

同じ歩調で、のっしのっし、歩く。

 

犬は、わたしが来ると、くるくる回って、はしゃぐ。

 

軽やかに、走り回る。

 

彼は、走り回るのが好き。

 

けれど、老母とは、のっしのっし、歩く。

 

老母は、犬の気遣いに、気付いていない。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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「故郷」(ふるさと)は、脱原発ソング。

2012-07-10 | 東日本大震災

9日、大飯原発3号機の原子炉がフル操業に入った。

 

超党派の国会議員たちによる「原発ゼロの会」の原発危険度ランキングでは、大飯原発1号機と2号機が1位で、3号機は、12位。

 

フクシマの事態は収束していないし、東日本も汚染されたまま。

 

それでもあたふたと再稼働に踏み切る、その感性は、理解できない。

 

原発事故で、故郷を失った人や故郷が汚染された人が大勢いる。

 

いつだったか、経済産業省の前に陣取っていたフクシマの人たちが、唱歌、「故郷」を歌った、という話を聞いた時、涙が出そうになった。

 

わたしにとって、「故郷」は、「日本」という国そのものなのだ。

 

「故郷」を歌いながら、原発に反対するデモに参加する人たちがいる、と聞いた。

 

反対! 反対!のシュプレヒコールは、対立を生むだけだから、とても良い事だと思った。

 

「兎追いし 彼の山  小鮒釣りし 彼の川  夢は今も巡りて  忘れ難き 故郷

如何にいます 父母  恙無しや 友がき  雨に風に つけても 思い出づる 故郷

志を 果たして  いつの日にか 帰らん  山は青き 故郷  水は清き  故郷」 

 

マスコミに干されることを恐れて、脱原発を言えない歌手は、コンサートで、そして、経団連に逆らえないおじさん達は、カラオケで、「故郷」を歌って欲しい。

 

みんなで、歌おう。「故郷」を。

 

いつの日か、原発推進派の左脳おじさんの琴線にふれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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人は変われるか。

2012-07-08 | 色々な思い

変わらぬものなど、何もない。

 

あゝ、無常。

 

人も変わる、と思う。

 

自分の意思で変われる、とも思う。

 

が、いつだったか、高校時代の友人たちの集まりに出掛けて、テーブルを囲んで話していると、みんな、1970年代のままだった。

 

結婚した人も、離婚した人も、未亡人も、子供がいる人も、いない人も、孫がいる人も、みんな、それぞれの人生を歩んでいた。

 

が、外観はそれなりに歳を取っていても、声も仕草も性格も、変わっていなかった。

 

浦島太郎になった気分だったのに、昔はチイチイパッパのアホ娘だったけれど最近は知恵のあるおばあさんになってきたと思っていたのに、私も、みんなに、変わらないね、と言われて、少なからず、ショックを受けた。

 

潜在意識は、変わらないと思う。

 

が、顕在意識は、環境や経験や意志で変化すると思うし、自分が変われば経験する世界も変わる、と思う。

 

けれど、昔の友人に会うと、みんな、変わらない。

 

これって、何なのぉ・・・

 

ラジオの周波数を合わせるように、その時だけ、「今ここ」から「あの時」モードになるのかしら・・・

 

それとも、みんな、同じように進化しているから、変わらないね、ということになるのかしら・・・

 

人間は、不思議。

 

 

 

 

 

 

 


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七夕

2012-07-07 | スケッチ

駅に向かって歩いていたら、近くの幼稚園の園児たち一人ひとりが、短冊をぶら下げた笹を持って、嬉しそうに帰宅していた。

 

笹は、海や川に流されるのかしら・・・それとも、しばらく部屋に飾られ、ごみ収集車に吸い込まれていくのかしら・・・そんなことを考えながら、商店街に行くと、あちこちの店に、客の願い事が書かれた短冊がぶら下がった笹を置いていた。

 

七夕もまた、幼稚園や商店街のイベント装置でしかなくなった。

 

七夕は、元々は、中国の節句の一つで、太陰太陽暦の7月7日で、日本でも昔は、旧暦の7月7日だったそうだ。

 

旧暦とグレゴリオ暦では、季節感が違ってくる。

 

今は、グレゴリオ暦の7月7日に七夕祭りを行う所が多いが、彦星さまと織姫さまは無事に会えるのかしら・・・

 

それにしても年に一度しか会えないなんて・・・誰がそんなストリーを考えたのでしょうねぇ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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オランジーナ(ORANGINA)

2012-07-06 | 外国語・外国

パリに住んで、炭酸水を飲むことを覚えた。

 

カフェで、コーヒーが飲みたくないときは、炭酸入りのミネラルウオーターかオランジーナを頼んだ。

 

ファンタ・オレンジのような、オランジーナは、フランスの国民的な飲料品で、安くて、おいしくて、どんなカフェにもどこのドライブ・インにもあった。

 

ある時、カフェで、メニューを渡そうとするギャルソンのおにいさんに、オランジーナある? と尋ねたら、当たり前じゃない、と笑われた。

 

サンジェルマン・デ・プレのスノッブなカフェ、レ・ドゥ・マゴにすら置いてあった。

 

オランジーナは、ファンタ・オレンジより、はるかにおいしい。

 

少なくとも、わたしは、そう思う。

 

そのフランスの国民的清涼飲料水を製造していた、オランジーナ社は、2009年、ニッポンのサントリーに買収された。

 

そして、2012年、オランジーナは、ニッポンに上陸した。

 

マクロビオティックを実践している人は、砂糖入りの炭酸飲料水などは飲まない。

 

けれど、わたしは、果汁が12%も入っているから、などと言い訳をしながら、時々、買ってしまう。

 

パリを飲んでいるようで、うれしくなるのだ。

 

ボトルには、「オランジーナは、オレンジ果実本来の味わいがさっぱりと楽しめる微炭酸です。太陽の降り注ぐフランスの地中海沿岸で1936年にブランドが誕生して以来、今もフランスの街角のカフェで多くの人々に愛され続けています。」とある。

 

けれど、本当は、オランジーナは、1935年に、フランス系アルジェリア人のLeon Betonという人がアルジェリアで発売した。

 

歴史はいつも微妙に変えられる。

 

それにしても、ニッポンでオランジーナを飲めるなんて、円高も悪い事ばかりではないかもぉ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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「母の遺産 新聞小説」 by 水村美苗

2012-07-05 | 本・文学

2007年8月頃から、登場人物の肥大したエゴに、もう、こういうのいいや、という気分になることが多く、小説は読まなくなった。

 

が、大好きな、寡作の作家、水村美苗さんの新聞小説、「母の遺産」が、たまたま入った三省堂に平積みになっていて、本の赤い帯に印刷された文章、「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」という文章にぎょっとしながらも、思わず買ってしまった。

 

久しぶりに読んだ小説は、大変面白かった。

 

文体が心地良いだけでなく、新聞小説や近代小説のエッセンスがてんこ盛りで、物語も面白く、何時間かの間、どっぷり、水村ワールドに浸っていた。

 

日本語も美しいし、介護や浮気や離婚といった、小説の「装置」にも不快感はなかった。

 

随所に、作者の「芸術と知」を感じた。

 

フランス文学を少しかじった人なら誰でも知っている、小説のフレーズも、ぴったしかんかん、という場所に引用されていて、作者の力量にうなった。

 

「金色夜叉」や「ボヴァリー夫人」を軸に、三代に渡る母娘の葛藤や夫の浮気や親の介護など、ニッポンの50代の女性が、これって「わたし」、と頷く心理描写や現実社会のリアリティが随所に散りばめられていた。

 

母の死後、主人公、美津紀が、母や夫との関係や自身の人生を振り返り、新たな人生へ向かう決心をするまでの、箱根のホテルでの出来事は、まるで、アニータ・ブルックナーのベストセラー「秋のホテル」やアガサ・クリスティのミステリーを読んでいるような面白さがあった。

 

異国における絶望的な孤独も体験し、日本と西洋、アメリカとヨーロッパ、知識人と凡人、お金持ちと貧乏人、などの境界を軽く超えた作者ならでの分析や洞察にも共感した。

 

12歳の時に家族と共に渡米し、イェール大学仏文科博士課程を修了し、創作活動の傍ら、アメリカの名門大学で日本近代文学を教えてきた作者の小説は、物語を構築したり批評したりする左脳と、元文学少女の右脳が程よくミックスされた、全脳思考の作品だと思う。

 

小説は、バカじゃ書けないけれど、バカじゃなきゃ書けないし・・・というやっかいな代物だと思う。

 

昨年4月、英国の新聞に、当時の枝野官房長官の敬語を分析する、作者の記事が載り、彼女はこう提案したそうだ。「・・・公僕なら、公の場で、身内の公務員に敬語を使うのはもうやめなさい。あなたは私たち民衆が税金で支えている公僕集団の一人なんですよ。公僕が互いに敬語を使うのは止めなさい。・・・」

 

痛快!!

 

時代が、大きく変わろうとしている。

 

時代が変われば、小説も変わる。

 

水村美苗さんの次作はどうなるのだろう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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女装のおにいさん

2012-07-04 | スケッチ

駅前広場で、髪をアップにした、長身の金髪女性の後姿を見かけた。

 

西洋人にしては、ミニスカートの下の足が曲がっているなあ、と思った。

 

バス停に行くと、真ん前に、その女性が立っていた。

 

180センチ以上の長身にハイヒールを履いていたから、目立った。

 

赤やブルーのチェック模様のスカートから、黒いストッキングを留めてあるガーターがのぞいていた。

 

UFOの模様のショルダーバッグに、骸骨をあしらったスカーフを巻きつけていた。

 

バスは、なかなか来なかった。

 

通りすがりの人たちが、皆、珍しそうにわたしの前の人を見て行った。

 

唖然とした顔をするおじいさん。

 

狐につままれた顔をするおばさん。

 

くすくす笑う女子高生。

 

顔を見合わせるカップル。

 

口をあんぐり開ける小学生。

 

顔が見たかったが、後姿しか見えない。

 

後姿を観察すると、なんだか変。

 

がっちりした体形で、首も太い・・・バスケットボールの選手のような体型・・・

 

ひょっとしたら、と思った瞬間、その人が横を向いた。

 

綺麗にお化粧をしていたけれど、揉み上げの後がうっすら見え、咽喉仏もはっきり見えた。

 

なあんだ。

 

女装のおにいさんは、濃い付けまつ毛を付け、アイラインを引き、アイシャドウを塗り、光り輝く口紅をつけていた。

 

金髪の髪はきれいに結われ、まるで、少女マンガの、オメメがキラキラ輝く主人公のようであった。

 

パリの街角なら、誰も気にしないけれど、ニッポンの昼下がりの住宅街では、とても目立った。

 

しばらくして、バスが来た。

 

お兄さんは、少女趣味の可愛いお財布から小銭を取り出して、乗車した。

 

なぜか、おばあさん達が並んで座る、老人用の席に座った。

 

そして、1970年代のぶりっ子ちゃんスターのような表情で、車内をきょろきょろ見渡した。

 

なんだか、宇宙人が座っているようだったが、おにいさんは、おにいさんを生きているだけ・・・ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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