らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

ふつう

2011-06-29 | 色々な思い
「ふつう」って、何?

飼い猫から見れば、野良猫は、「ふつう」じゃない。

サラリーマンから見れば、芸術家は、「ふつう」じゃない。

普通の人から見れば、聖者は、「ふつう」じゃない。

地球人から見れば、宇宙人は、「ふつう」じゃない。

けれど、野良猫から見れば、飼い猫は、「ふつう」じゃない。

芸術家から見れば、サラリーマンは、「ふつう」じゃない。

聖者から見れば、普通の人は、「ふつう」じゃない。

宇宙人から見れば、地球人は、「ふつう」じゃない。

結局、自分とは違う立ち位置や価値観の人が、「ふつう」じゃなくなる。

3.11以後、ニッポン人の価値観が大きく変わったような気がする。

今まで「ふつう」だったものが「ふつう」じゃなくなり、「ふつう」じゃなかったものが「ふつう」になる時代になってきた。

東京は、今日も暑くなりそうだ。


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ジャスミンの香り

2011-06-28 | スケッチ
ベランダの隅で枯れそうになっていたジャスミンの鉢に、小さな白い花が咲いていた。

携帯電話で写真を撮ろうとして、鉢の向きを変えたら、ぽろりと落ちてしまった。

花を拾い上げて、鼻をくっつけた。

鼻孔から心地よいジャスミンの香りが体内に入ると、脳内は、メモリーのコラージュと化した。

祝い事があると首にジャスミンの花輪がかけられたバンコク。信号待ちの車には、どこからか現れた子供がジャスミンの花輪を売りに来た。

テ・オゥ・ジャスマン(ジャスミン・ティ)をすすりながら、友人たちと語りあったパリの中華街。

日本に赴任してきたインド人夫妻のアパートに持って行った、ジャスミンの鉢。

人生は、コラージュ。

茉莉花茶(ジャスミン・ティ)が飲みたいなあ、と思いながら、ジャスミンの花を、水を張ったお猪口に浮かべた。

中東から広がったジャスミン革命は、混乱し、訳が分からなくなってきた。

世界が平和でありますように・・・

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心と体と深呼吸

2011-06-27 | 色々な思い
たいていの場合、わたし達の心と体は、ばらばら。

月曜日は、特にそうだ。

体は学校でも、心は未来。

体は会社でも、心は過去。

心と体が、「今ここ」で一体になった時、心の傷の癒しが始まるそうだ。

ほんとうの癒しは、時間のない「今ここ」でしか起きない、と断言する人もいる。

だから、瞑想やヨガが流行っているのだろう。

けれど、呼吸に集中することによって、かなり「今ここ」モードになれるような気がする。

怒っている人や不安な人は、呼吸が浅い。

穏やかな人は、呼吸が整っている。

まずは、深呼吸。

心がわさわさしてきたら、深呼吸。

学校でも、オフィスでも、電車の中でも、深呼吸。

ティク・ナット・ハン禅師は勧める。

「息を吸い、体を静める
 息を吐き、微笑む
 今ここに心をとめて
 素晴らしいひとときを味わう」

深呼吸で、心と体をリラックス!

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蟻さん

2011-06-26 | 動植物

コンピュータの側に、大きな蟻さん。


虫取り網を持って来て、中に入れた。



そして、ベランダに、ポイ。


蟻さん、バイバイ。どこかへお行き。



都会のマンションにも、虫が来る。



その度に、虫取り網で捕まえて、ベランダに、ポイ。



歳を取ると、虫が殺せない。



20年位前に、フランスのクレソン首相が、「日本人は黄色い蟻」、と言った。



勤勉でよく働くという意味ではなく、侮蔑的な発言として、物議を醸した。



今、蟻さんニッポン人の上には、放射能が降り注ぐ。



働いて、働いて、放射能。



キリギリス的西洋人も、経済危機に直面して喘いでいる。



やっぱり、中庸。花鳥風月。



自然と共存し、ほどほどに働き、ほどほどに楽しめばよかったのよ、わたし達・・・

 

 

 

 


 


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子供たちの言葉

2011-06-24 | 東日本大震災
陽気で明るい人が、とても辛い経験をしたことを知って、愕然とすることがある。

辛い経験を、その人なりの方法で昇華する人もいれば、心の奥底の壺に入れて蓋をしてしまう人もいる。

テレビをつけたら、被災地の子供たちが綴った作文を朗読していた。

避難所や仮住まいの家で無邪気に遊んでいる子供たちが、普段話さない体験や、心に仕舞い込んでいた思いを、彼ら自身の字で、原稿用紙に綴っていた。

3.11の様子、親を思う言葉、自衛隊や警察の人たちに感謝する言葉、自分を励ます言葉・・・幼くして無常を知ってしまった子供たちの言葉に、胸を打たれた。

浮ついた消費される言葉ではなく、体験に裏打ちされた本当の言葉が並んでいて、子供たちの感性と勇気に励まされた。

政治家のおじさん達の言葉を聞いていると、この国はどうなるのだろう、と虚しくなるが、被災地の子供たちの言葉を聞いて、ニッポンの未来に希望を持った。

子供たち、ありがとう。

まだ体験を綴れない子供たちもいるそうだ。

被災地の子供たちみんなが癒され、穏やかな人生を歩むことができますように・・・

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人は、心。

2011-06-23 | 色々な思い
人は、心。

心で思うことは、分かってしまう。

びりびりと振動しながら、伝わる。

優しさも、温かさも、冷たさも、みんな、伝わる。

テレビに映る政治家たちの姿勢を見ながら、そう思った。

けれど、政治家たちが当てにならないから、被災地や市井の人たちから様々なアイディアが生まれ、それがニッポン再生への流れと繋がるのかもしれない。

結局、必要なことが起きているのかもしれない。

言葉でも思いでも行動でも、心が出したものは、いずれ、自分に返ってくる。

タイムラグがあっても、必ず、返ってくる。

違う形になるかもしれないが、ブーメランのように帰ってくる。

ニッポンの首相に伝えたい。人は、心。

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わたし達は死なない。

2011-06-21 | 東日本大震災
3.11から100日以上が経った。

未だに行方不明の家族を探し続けている人たちの映像を見ると、心が痛む。

近しい人が亡くなると、悲しい。

けれど、わたし達は死なないのだ。

禅僧、ティク・ナット・ハンも言う。

「すべてのものの本質は、生まれることも死ぬことも、到着することも出発することもない。私の本質は来ることもなく(不来)、消えることもない(不去)。十分な条件が整えば私は姿を現し、条件が整わなければ隠れる。私はどこへも行かない。私はどこに消えてしまうのかって? 私はただ隠れるだけ。」

悲しいのは、残された人たち。

逝ってしまった人たちは、あちらで達観しているような気がする。

ティク・ナット・ハン禅師はこうも言う。

「・・・私たちの愛する人は消え去るのではなく、別のかたちに変わるだけなのだ。雲に変わるかもしれないし、子どもやそよ風に変わるかもしれない。愛する人はどこにでもいる。・・・」

「・・・実在のなかでは、人が亡くなることはあっても、失われたことは一度もないのだ。」

肉体は、今生の仮設住宅かもしれない。

3.11で家族や友人を失った人たちが元気になりますように。

元気で生きることが、供養のような気がする。

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この世は、幻劇場。

2011-06-19 | 色々な思い
テレビで、劇場ミュージカルを撮ったものを放映していた。

熱唱する歌手や役者たちと熱狂的な観客を撮影したものを見る、という二重構造。

まるで、この世の幻劇場をあの世の人たちが見る、という感じ。

主役も脇役も悪役も子役も同じ舞台で、熱唱し、熱演する。

バックには、大勢のコーラス隊に、オーケストラに、指揮者。

音響、照明、大道具、小道具、衣装、メークアップ、脚本、作詞、作曲、演出、プロデュースなどに従事する人たちが一体となって舞台を創る。

その舞台は、観客がいなければ成り立たない。

見る者と見られる者が一体になって、舞台という宇宙を創る。

そして、その模様を映像に収める監督やスタッフがいて、その映像を映画館やテレビの前で見るわたし達。

幕が下り、カーテンコールが始まると、観客たちは、主役だけでなく、悪役にも拍手喝さい。

舞台では、役に徹していた悪役も、舞台の外ではただの良い役者。

わたし達の世界の悪人も、二元性を越えた世界から見れば、ただ単に地球という舞台で悪人を演じているだけなのかもしれない・・・

わたし達は、実体のないものに振り回されているのかもしれない・・・

この世は、幻劇場。見る人も、見られる人も、みんな、わたし。

遠くから、教会の鐘の音が聞こえてくる、日曜日の朝。


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ヒノキの香り

2011-06-18 | スケッチ
小さな、ヒノキのまな板を買った。

ビニールのパッケージを剥がすと、辺りに、ヒノキの香りが漂った。

台所が、森となった。

天然の香りは、おいしい。

もう、大量に生産された物を、大量に消費する気にはなれない。

シンプル イズ ザ ベスト。

モンペ、箒、竹篭、素焼きの壺、ホーロー製品・・・最近はそんな物を愛でる。

今度、東北物産展に行ってみようかな。

東北が元気になりますように。


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心の太陽

2011-06-17 | 色々な思い
老母が、また雨、と溜息をついたので、心に太陽を、と言うと、受話器の向こうから、笑い声が聞こえてきた。

気の持ちようで、人生は明るくなる。

曇っていても、土砂降りでも、太陽はいつも輝いている。

太陽は、誰の心にもある。

心の太陽を輝かせれば、現象界が嵐でも、雨でも、動じない。

被災者さんの太陽が輝きますように。




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最後の一羽

2011-06-14 | 動植物

雨が止み、日が差してきた。



川沿いの道を歩くと、たくさんいた鴨が、一羽だけになっていた。


水面にたゆたうというより、うずくまるという印象。


仲間はいない。



鴨よ、大丈夫かい? 淋しくないかい? 寝床はあるのか? 



突然、鴨は、逆さまになり、顔を水中に突っ込んで、餌をついばんだ。



鴨は、一羽になっても、鴨を生きる。



わたし達は、一人では生きられない。



地球上から核兵器や原子力発電所がなくなりますように・・・



生きとし生けるものが仲よく共存できますように・・・

 

 

 

 

 




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なかよし

2011-06-12 | スケッチ
散歩途中の、大きな犬と、小さな犬がすれ違う。

大きな犬が、立ち止まり、小さな犬に、鼻をすりよせ、くんくんくん。

しっぽを振って、くんくんくん。

飼い主たちも、立ち止まる。

犬たちは、顔をくっつけ、くんくんくん。

なかよしこよしで、くんくんくん。

飼い主たちは、会釈をして立ち去った。

政治家のおじさん達、そろそろ仲よくしないと、ニッポンが沈んじゃうよぉ・・・

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あれから、3か月。

2011-06-11 | 東日本大震災
3.11から、3か月。

未だに大勢の人たちが、避難生活を余儀なくされている。

被災地には、瓦礫が山と積まれ、義援金の分配も遅れている。

フクシマでは、現場の人たちが頑張っても、頑張っても、事態収拾のめどが立たない。

放射能で、大地も、水も、空気も、汚染され、人間も、動植物も、被曝した。

政府や東電は、情報を隠蔽し続け、メルトダウンやメルトスルーを認めたのは、つい最近。

市民派だと思われていた首相からは、被災者や被曝者たちを慈しむ心が見えない。蕾が腐っているのに、花を咲かせて散ろうとしているような、印象。

ニュースを見ていると、怒りの感情が湧いてくるので、テレビを消して、深呼吸。

息を吸って、息を吐いて、微笑む。

こんな時代は、ひとり一人が出来ることをやっていくしかない。

市民が力を合わせて、下克上。

深呼吸しながら、微笑みながら、下克上。

みんなで、創ろう、明日のニッポン。

被災地が、フクシマが、浄化されますように。

復興復旧に向けて頑張っている人たち、ありがとう。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。






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ああ、無常。

2011-06-10 | 東日本大震災
この世は、無常。

変わらぬものなど、何もない。

明日のことは、分からない。

3.11は、改めて、そのことを突きつけた。

風景も、建造物も、共同体も、家族も、墓すらも、崩壊した。

大地も、海も、汚染された。

が、崩壊も、汚染も、無常。また、変わる。

無常を体験すると、真理に近づく。

今をどう生きるかで、未来の風景が違ってくる。

わたし達には、災いを転じて福となすパワーが秘められている。

まずは、目の前の、出来ることから始める。

がんばろう。

みんなでがんばろう。

変わらぬものなど、何もない。

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核のカルマ

2011-06-09 | 東日本大震災
「じゃんぎり頭をたたいてみれば、文明開化の音がする」、と明治以後のニッポンは、欧米化路線まっしぐら。

そして、戦争。戦後も、近代化路線まっしぐら。

いつの間にか、自然を畏怖し、自然を愛でる心を忘れていた。

そして、揺り戻し。

近年は、エコがキーワードとなり、山登りや家庭菜園や農業がブームとなっていた。

若い頃は西洋に憧れていたわたしも、農業やニッポンの文化に興味を持ち始めていた。

そして、3.11。

地震、津波、原発事故。

何の根拠もないが、フクシマの悲劇は、わたし達ニッポン人の核のカルマのような気がする。

ナガサキ、ヒロシマを経験したわたし達ニッポン人が、地震大国であるニッポンに、原発を50基以上造ってしまったことに対するカルマ。

わたし達ニッポン人は、率先して、自然エネルギーの開発を進めるべきではなかったのではないか・・・

狭い国土に乱立した原発。

原発が町に来ると、反対派と推進派の対立が起き、共同体が崩壊する。

巨額のお金が動き、町の財政が潤い、雇用も創出される。

Divide and conquer. 

フクシマの事故がなければ、政府、官庁、学会、企業、マスコミが一体となって、もっと原発が増えていただろう。

原発には、毎年、巨額の税金が使われ、嘘がはびこる。

原発が一基出来るたびに、カルマを作っていたような気がする。

地球が、意識のある有機体だとすれば、原発など望まない。

フクシマの事故を機に、エリート左脳おじさん達の意識が変わりますように。

フクシマの事態が収拾されますように。

核兵器や原発のない地球となりますように。

窓の外から、鳥の鳴き声が聞こえてきた・・・





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