何かと気ぜわしいこの頃です。。。
先週、生まれて初めて(?)自分のためにDVDを買いました。
世相に流されて・・・と言う感じもありました。
それほど熱烈なファンというわけでもありませんでした。
が・・・
Michael Jackson's 【THIS IS IT】
彼が日本でブレイクしたのは1984年だったと記憶してます。
とにかくダンステクニックが素晴らしいと評判になり、ちまたでは猫も杓子もムーンウォークの練習に余念がなかった。
またプロモーションビデオの構成が話題を呼び、どこのショップのTVモニターでも『Thriller(スリラー)』が流れていて、そのたびに足を止めて見入っていたあの頃。
当時高二〜高三だった私は、受験勉強もせずに深夜放送のベストヒットUSA(パーソナリティーは小林克哉氏)を欠かさず見ていました。
学校でも、休み時間ごとに廊下に出ては友人たちとムーンウォークの練習。
その他海外のアーティストたちの情報交換するのが楽しくて学校に行っていたようなものでしたね
実は彼のことは1983年の夏、北米で流行りだした頃にすでに知っていました。
カナダでホームステイしており、2ndホストファミリーの家族からビックになるシンガーがいるよ、と教わっていたんです。
当時21歳のカレンという女の子で、彼女もまた交換留学制度を利用して前年に日本にステイしていたのだそうです。
私が帰国する前夜にカセットテープを手にやってきて、
「彼はサイコーよ。きっと日本でも人気が出るからこれをみんなに聞かせてあげて。」
とマイケル・ジャクソンの『Thriller(スリラー)』をダビングしてくれたんです。
カレンとは年が近かったこともあり、背伸びしながらも沢山の刺激をもらいましたね。
しかし、帰国しても(自慢げに見られちゃうとイヤだから)の理由でカセットテープは封印していたのですが、翌年の春先からマイケルが見事大ブレイク。
キレのよさとしなやかな動きに日本国民は圧倒され、ディズニーランドやキディランドの貸切を許したりしていたのでした。
そんなわけで、マイケル・ジャクソンを見ると当時のことが蘇ってくるんです。
授業も聞かず、勉強もせず、休み時間に友人たちとはしゃぎまくっていたあの頃・・・
今、彼の追悼の意でDVDを見て彼の人となりを知り、彼のステージに対する意気込みがどんなだったかを思い知る今日です。
結局、マイケル・ジャクソンは完璧主義であり、やさしい心根の紳士的なひとだったんだな・・・と今更ながら知りました。
いや、今回のロンドン公演は彼としては、おそらく金目的でしょう。
贅沢三昧、訴訟金なども持っていかれCDの売り上げもないまま所持金が底を尽きそうになった挙句の、身体にムチ打って挑むはずであったロンドン公演・・・だったのではないでしょうか
お金がなくなったから仕事する・・・こういう完璧主義者のアーティストを他にも知っています。
私が敬愛したカルロス・クライバーもそうでした。
完璧主義者はその回その回を完璧に仕上げるので出来栄えが素晴らしく、話題を呼びますから時として大ブレイクします。
が、一儲けすると精根尽きて休業体制に陥りますから長続きしません。
おそらくね・・・
しかしマイケルジャクソンの本質は、甘えん坊の気弱で優しい、スタッフたちに愛されるべき人ではあったようですね。
不都合な点を厳しく指摘するのではなく、心情を伝えてスタッフに助けを求める。
(イヤーマイクがうるさい=「ボクは子供の頃から自分の耳で聞くように育てられたから慣れていないんだ」)など・・・。
そうすることで全体の空気がギスギスせず理解しあえるし、少しずつ良い作品に近づいていく。
スタッフの助けがあってステージを作っていくという雰囲気が、DVDから滲み出ていますね。(まぁ、編集されてのことですが・・・)
そういう意味では【THIS IS IT】は非常に良くマイケルに対する追悼を表していると思います。
このDVD、子供たちが近くのショップで、
「今予約すると安く買えるしポストカードもついてくるよ。ママ買ったら
」
と背中を押してくれたんですよ。
だから当日は子どもたちと一緒に見ました。
私がマイケル・ジャクソンの凄さを一生懸命話すのをM太は、
「へえ、〜すごいね〜」
とわりと一緒に楽しんでくれましたが、P助にはとても退屈な時間だったようです。
かあちゃんの青春回顧に付き合ってくれてありがとうね
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先週、生まれて初めて(?)自分のためにDVDを買いました。
世相に流されて・・・と言う感じもありました。
それほど熱烈なファンというわけでもありませんでした。
が・・・
Michael Jackson's 【THIS IS IT】

彼が日本でブレイクしたのは1984年だったと記憶してます。
とにかくダンステクニックが素晴らしいと評判になり、ちまたでは猫も杓子もムーンウォークの練習に余念がなかった。
またプロモーションビデオの構成が話題を呼び、どこのショップのTVモニターでも『Thriller(スリラー)』が流れていて、そのたびに足を止めて見入っていたあの頃。
当時高二〜高三だった私は、受験勉強もせずに深夜放送のベストヒットUSA(パーソナリティーは小林克哉氏)を欠かさず見ていました。
学校でも、休み時間ごとに廊下に出ては友人たちとムーンウォークの練習。
その他海外のアーティストたちの情報交換するのが楽しくて学校に行っていたようなものでしたね

実は彼のことは1983年の夏、北米で流行りだした頃にすでに知っていました。
カナダでホームステイしており、2ndホストファミリーの家族からビックになるシンガーがいるよ、と教わっていたんです。
当時21歳のカレンという女の子で、彼女もまた交換留学制度を利用して前年に日本にステイしていたのだそうです。
私が帰国する前夜にカセットテープを手にやってきて、
「彼はサイコーよ。きっと日本でも人気が出るからこれをみんなに聞かせてあげて。」
とマイケル・ジャクソンの『Thriller(スリラー)』をダビングしてくれたんです。
カレンとは年が近かったこともあり、背伸びしながらも沢山の刺激をもらいましたね。
しかし、帰国しても(自慢げに見られちゃうとイヤだから)の理由でカセットテープは封印していたのですが、翌年の春先からマイケルが見事大ブレイク。
キレのよさとしなやかな動きに日本国民は圧倒され、ディズニーランドやキディランドの貸切を許したりしていたのでした。
そんなわけで、マイケル・ジャクソンを見ると当時のことが蘇ってくるんです。
授業も聞かず、勉強もせず、休み時間に友人たちとはしゃぎまくっていたあの頃・・・

今、彼の追悼の意でDVDを見て彼の人となりを知り、彼のステージに対する意気込みがどんなだったかを思い知る今日です。
結局、マイケル・ジャクソンは完璧主義であり、やさしい心根の紳士的なひとだったんだな・・・と今更ながら知りました。
いや、今回のロンドン公演は彼としては、おそらく金目的でしょう。
贅沢三昧、訴訟金なども持っていかれCDの売り上げもないまま所持金が底を尽きそうになった挙句の、身体にムチ打って挑むはずであったロンドン公演・・・だったのではないでしょうか

お金がなくなったから仕事する・・・こういう完璧主義者のアーティストを他にも知っています。
私が敬愛したカルロス・クライバーもそうでした。
完璧主義者はその回その回を完璧に仕上げるので出来栄えが素晴らしく、話題を呼びますから時として大ブレイクします。
が、一儲けすると精根尽きて休業体制に陥りますから長続きしません。
おそらくね・・・
しかしマイケルジャクソンの本質は、甘えん坊の気弱で優しい、スタッフたちに愛されるべき人ではあったようですね。
不都合な点を厳しく指摘するのではなく、心情を伝えてスタッフに助けを求める。
(イヤーマイクがうるさい=「ボクは子供の頃から自分の耳で聞くように育てられたから慣れていないんだ」)など・・・。
そうすることで全体の空気がギスギスせず理解しあえるし、少しずつ良い作品に近づいていく。
スタッフの助けがあってステージを作っていくという雰囲気が、DVDから滲み出ていますね。(まぁ、編集されてのことですが・・・)
そういう意味では【THIS IS IT】は非常に良くマイケルに対する追悼を表していると思います。
このDVD、子供たちが近くのショップで、
「今予約すると安く買えるしポストカードもついてくるよ。ママ買ったら

」と背中を押してくれたんですよ。
だから当日は子どもたちと一緒に見ました。
私がマイケル・ジャクソンの凄さを一生懸命話すのをM太は、
「へえ、〜すごいね〜」
とわりと一緒に楽しんでくれましたが、P助にはとても退屈な時間だったようです。
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」ってノリではなかったんです。


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)
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新年あけましておめでとうございます
)



しか着ないのである
。
)
)と反論の声がたくさん返ってきそうですが、おもちゃを持ってくる
は来ないということです。
血管がブチ切れしたんです。
・・・ならばサンタは本当に欲しいものなんか持ってこないのだということを教えてあげちゃおうじゃないか
)を枕元に置いてやりました。
」
」
として『任天堂DSi』を買ってもらったばかりなんですから・・・
)



)と一斉に不満顔になるのを尻目に(ヤッター今日は楽勝
)って思ってました。










