Left to Write

司法書士岡住貞宏の日記帳

三枚橋病院の思い出4

2015-09-10 19:15:40 | できごと
 もはや、言い訳がきかないほど長いブランクを経てしまったが・・・これを書き終えないことには、第1話で言った責務を果たせない気がするので、やっぱり書くしかないんでしょうねぇ・・・

 三枚橋病院はにぎやかな病院だった。いま思い出しても、大変な活気があった。それは、ただ職員がにぎやかだったというにとどまらず、患者さんも非常に元気だった。子どもの私には、職員なのか患者さんなのか、判断がつかない人もたくさんいた。

 にぎやかさの要因の一つは、病院行事の多さにあった。何だか、年がら年中、お祭り騒ぎをしていた。年中行事の文化祭や盆踊りなどには、病院外の地域住民なども参加していて盛況だった。患者さんの出す模擬店で、かき氷や焼きまんじゅうを食べた。舞台では職員と患者さんが入り混じって、演劇や歌舞伎のまねごとなどやっていた。おふくろが「シンデレラ」の意地悪な姉の役を演じて、はまり役だったのをよく覚えている(笑)。院長先生はまさに水を得た魚のようにはしゃぎ回っていた。歌舞伎の白浪五人男で「知らざぁ言って聞かせやしょう」とか言っていた。

 いま思えば重要なことは(当時は当たり前だったが)、その白波五人衆は、医師と病院職員と患者さんの混成チームであったこと。病院と患者さんとの間に境界がなかったのだと思う。なにしろ、私は学齢前の子供だったので偉そうなことは言えないが、病院職員と患者さんとの間に隔たりは感じなかった。私にとっては、両方ともただの「大人」だった。そんなことは当たり前なのだが、それが当たり前でないことを知るのは、私が(今の仕事に就いて)他の精神病院の姿を知ってからのことである。

 夜は、後に週刊誌等で有名になった「精神病棟でのダンスパーティー」なのであったが、実は私はあんまりその辺の実情を知らない。だって、ダンスパーティーの時間は、保育園児の私は「おネム」の時間だったのである。ただ、妙にノリノリの院長先生の屁っぴり腰のゴーゴーダンスを笑ったことは覚えている。
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いちばんやさしい株式会社の議事録作成全集

2015-05-28 13:56:22 | 本の紹介
 株主総会議事録・取締役会議事録等に関する私の著書ですが、おかげさまを持ちまして版を重ねることができました。

 中小企業の方には最適な内容となっておりますので、どうぞお買い求め下さい。私の同業者にも「使いやすい」とご好評頂いております。

いちばんやさしい株式会社の議事録作成全集
岡住貞宏
自由国民社
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気になる言葉2014

2014-12-29 17:14:32 | 考えたこと
鉄道員(ぽっぽや) [DVD]
クリエーター情報なし
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)


 毎年,ほったらかしのこのブログ。今年は,ななんと3つ!も記事を書きました!!

 ・・・とは言え,本当はまだまだ続編があるのに,やっぱりほったらかしなんだよなぁ,三枚橋病院・・・
 そのうち「その4」以降書きますので,期待しないで待っていて下さい。

 というわけで,今年もシーズンとなりましたので,お待ちかねのアレやります。気になる言葉2014。
 「別に待ってねーけど」という意見は聴かん。却下。さー始めるぞ!

 まず第3位!?

 「電話をかける」

 良く使う言葉ですし,もちろん誤用ではありません。しかし,「かける」って,どこに何を「かける」んでしょ?だいいち,漢字で書くとしたら,「掛ける」?「架ける」?まさか「駆ける」じゃないでしょうし,ましてや「賭ける」ではありませんよね・・・?

 「電話をかける」という意味で,「架電」という言葉がありますが(もともと法律用語だったとか),これが正式な日本語であるかどうか微妙なところです。辞書にはあまり載っていない言葉です。

 ところが,この「かける」という言葉,よくよく考えると非常に応用範囲が広いんですよねぇ。

 アイロンをかける,掃除機をかける,ラジオをかける,エンジンをかける,エアコンをかける,レコード(古!)をかける・・・等々。

 共通項としては,「offの状態をonにする」というような意味で括れるのでしょうか?しかし,電話を「かける」には,もっと積極的に「相手につなぐ」というニュアンスがあるようにも思います。自分の電話の通信線を,相手の電話機に「ひっかける」というような。そう考えると,「アイロンをかける,掃除機をかける」のグループと,「ラジオをかける,エンジンをかける」のグループでは,また若干「かける」のニュアンスが違うようにも思います。

 一方,同じような機器でも,例えばテレビは「かける」とは言いません。「つける」でしょうね。電灯など照明器具も「つける」であって,「かける」とは言いません。

 パソコンは「つける」でも「かける」でもなく,「起動する」。いや,ギリギリ「つける」は言うかな?単純に「つける」「かける」というには,メカニズムが複雑過ぎるので,「起動する」なんて,しゃっちょこばった言い方をするようになったんでしょうかねぇ?

 新しく生まれた機器を「作動させる」にあたって,これらの言葉が生まれたのでしょうが,機器ごとの特長や効能に応じて微妙な言い分けを行なっているところに,なんだか日本語の奥深さを感じます。面白いです。

 続いて第2位!

 「汚名挽回」

 ザ・間違った日本語のナンバーワンに君臨する「汚名挽回」。

 汚名を挽回してどーすんだよぉー,それを言うなら汚名返上だろがよぉー,まったくよぉー・・・というヤツです。

 しかしこの「汚名挽回」,誤用ではないとする説が有力に述べられているのをご存知ですか?

 「挽回」という語は,「失ったものを取り戻す」という意味。そもそもの語感に,「悪い状態から,本来の良い状態に戻る」というニュアンスを含んでいます。「名誉を挽回する(名誉挽回)」とは,失った名誉を取り戻し,再び名誉ある状態に戻ること。一方で,「遅れを挽回する」という言い方もあり,この場合,「遅れという悪い状態から,本来の遅れのない状態に戻る」という意味になります。「失った『遅れ』を取り戻す(もっと遅れる?)」ということではありません。この伝にならえば,「汚名を挽回する(汚名挽回)」とは,「汚名をかぶった悪い状態から,本来の汚名のない状態に戻る」という意味になり,誤用ではないということになります。

 似たような用法の熟語に,「疲労回復」があります。もちろん,「失った『疲労』を取り戻す(もっと疲れる)」という意味ではありませんね。「疲労という悪い状態から,疲れのない良い状態に戻る」ということです。

 「正しい日本語」とかなんとかいう安い本を読んで,ワケ知り顔で「汚名挽回はヘンでございますねぇ~,正しくは汚名返上でございますねぇ~」とウンチクをひけらかしていたアナタ!恥を知りなさい。あ,それ私のことだ・・・

 しかし!まだ議論は終わりません。

 もともと「名誉挽回」「汚名返上」という正しい熟語があるのに,わざわざ「汚名挽回」という造語をする必要はない。その意味において,やはり「汚名挽回」は誤用と言うべきだ,という再反論もあるのです。

 どちらが正しいのか?もとより,私のような素人には分かりません。結論は国語の先生にお任せするよりほかありませんが,直感的には「汚名挽回」はアリ(誤用とは言えない)なんじゃないかなぁと思います。

 それにしても,うかつに「それ誤用だよ」などとは言えませんね。そんなこと言いながら,次の1位を述べるのはタイヘン気が引けるのですが・・・

 第1位!!

 「気丈」

 この語の辞書的な意味としては,「非常の際にも動転せず,平常心で事が処理できる様子」(新明解国語辞典・三省堂)ということ。

 まぁ辞書的な意味はそのとおりでしょう。しかし言葉には,上記でも何度か繰り返したとおり,ニュアンスというものがあります。実際に私が目にした(耳にした)次の「気丈」の用例を見て,皆さんはどう思いますか?

 今年,北島三郎さんの弟さんが亡くなったそうです。その喪主はサブちゃん自身が務め,遺族を代表しご挨拶などなさったとのこと。この報道において,次のように伝えるマスコミがありました。

 「北島さんは気丈に喪主を務めた。」

 高倉健さん主演の映画「鉄道員(ぽっぽや)」。この作品紹介にあたって,次のように述べるテレビ番組がありました。

 「妻子を亡くし,それでも気丈に駅を守る主人公を高倉さんが演じた。」

 肉親を亡くし,悲しさで気落ちしそうな状況にあっても,それに動じず,平常心で事に当たる・・・という辞書的な意味では,間違いでないようにも見えます。けれども,絶対に誤用ですよ,これらの「気丈」。

 「気丈」とは,本来,かよわく,頼りない存在・立場の人が,想定に反して平常心を保ち,しっかりとしている様子を述べる言葉です。そこには,「本当は泣き崩れたい気持ちだろうに,それを抑え,ギリギリのところで平静を保ち,しっかりとふるまっている。なんてけなげなんだ」という同情心も,ニュアンスとして込められています。

 「若い未亡人が気丈に喪主を務める」のはいいですが,「サブちゃんが気丈に喪主」はヘンです。「父母を亡くしたため,15歳の長男が気丈に家業を切り盛りしている」のはいいですが,「妻を亡くした健さんが,気丈に家業(ヤクザ?)に精を出す」のは,やっぱりヘン。いや,ヘンを通り越して笑ってしまいます。

 つまり「気丈」は,サブちゃんや健さんのようなマッチョに使ってはいけない(ニュアンスとしてふさわしくなくない)言葉であると思います。マッチョは気丈で当たり前なんです。いや,現実には気の弱い男性もいるでしょうが,あくまでも言葉の使い方の話です。

 基本的には男性に対しては使いにくい言葉のはずです。上記に挙げた2人以外にも,例えば役所広司,渡辺謙,石原慎太郎,松岡修造,アーノルド・シュワルツェネッガーみたいな人に対しては,断じて使ってはいけません。使ったら滑稽ですらあります。男性に対して使ってもいいとしたら・・・う~ん,羽生結弦クンくらいの可愛らしさがないとダメですかね。

 辞書だけ読んでも言葉は分からないよ,という好例ですね。しかし,マスコミには年配の人もいるでしょうし,誰もおかしいと思わないのかなぁ・・・?最近,よくこの「気丈」の誤用を目にするように感じます。

 さて,今年もお世話になりました。来年もこのブログでお会いしましょう。何回書くか分からないけど



追記(2014.12.30)

 「気丈」と言う言葉を男性に使うことは絶対にあり得ないのかと気になり,資料を渉猟したところ,次のような記述を発見してしまいました。

 淀堤の千本松で,薩軍陣地に斬りこむとき身に三弾をくらってもなお生きつづけてきたほど気丈な男だが,乗船のころから化膿がひどくなり,高熱のなかで死んだ。 (司馬遼太郎『燃えよ剣(下)』新潮文庫p213)

 新撰組隊士・山崎烝に関する記述です。

 ほかならぬ司馬遼大先生の記述だけに,こりゃ私も考えを改めなければならぬかなぁと思いましたが・・・,ちょっと待って。

 山崎烝が「気丈」だと言うのは,「身に三弾をくらってなお生きつづけた」ことに対してです。悲しみをこらえて喪主を務めたとか,家業を切り盛りしたとか,そういうレベルのことではありません。

 つまり,こういうことなのかと思います。女性や子供に関する場合と,男性に関する場合とでは,「気丈」と言い得るレベルが違うのだ,と。うら若い女性や子供であれば,肉親を失った悲しみに耐えて喪主を務めればそれは「気丈」,しかし,大の男,ましてや新撰組隊士ともなれば,土手っ腹に三発くらってもなお生き続けるくらいでないと,とても「気丈」とは言えないということです。

 マッチョな男性に対しても,例えば,「アーノルド・シュワルツェネッガーは,銃弾を無数に浴びながら,なおも気丈に戦う姿勢を崩さなかった」というような用法であれば,それは誤用とは言えないのかなと思います。その趣旨において,記事本文の主張を訂正したいと思います。

 しかし,そうではあっても,やっぱり「サブちゃんが気丈に喪主」や「健さんが気丈に駅長」は,「気丈」という評価とそれに対置すべき非常さとのバランスを欠くので不適当な表現であり,滑稽ですらある,という私の見解には変わりありません。

 上記の趣旨の限りにおいて,記事本文の記述は若干の誤りを含んでいるものと言わざるを得ませんが,思考過程を残すために,敢えて消さずにそのまま残して置きたいと思います。

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三枚橋病院の思い出3

2014-07-12 13:01:14 | できごと
開かれている病棟 おりおりの記
クリエーター情報なし
星和書店


三枚橋病院の思い出3

先の記事で,私は「患者さんや看護婦さんや事務所の人たちに遊んでもらっていた」と書いた。

これらのうち,主な遊び相手は患者さんであった。これは当然のことであって,おふくろを含む職員は忙しく,子どもと遊んでばかりもいられないのである。そうすると遊び相手の中心は,自然に,(比較的)ヒマな病棟の患者さんという成り行きになった。

私は病室にノコノコ出かけて行って,遊んでもらい,時にはそのまま病室でお昼寝させてもらったりしていた。不思議と,遊んでもらったのは男性の患者さんばかりで,女性の患者さんとは遊んでもらった記憶があまりない。たぶん,私自身が,女性の優しい可愛がり方を嫌い,肩車をしてもらったり,プロレスをしたり,仮面ライダーごっこをしたりするのを好んでいたからだと思う。

そして私のような幼児が病棟に自由に出入りできたのも,今思えば,鍵のない「全開放病棟」なればこそであった。

この話をすると,しばしば聞かれる。あるいは,いま,読者にもそう思っている人はいるのかも知れない。「子どもが精神病患者と関わって問題ないのか?」と。もっとはっきり言えば,「危なくないのか?」ということである。

結論的に言えば,そして私の実感としても,何の問題もなかった。

もちろん,患者さんの中には好きな人もいたし,嫌いな人もいた。優しい人もいれば,恐い人もいた。しかし,そんなことは,何も患者さんに限ったことではないであろう。患者さんでなくても,好きな人,嫌いな人,優しい人,恐い人が大人にはいた。そしてそれは,何も私に限ったことでもないであろう。全国の,いや全世界の子どもに共通のことのはずである。

ちなみに,私が三枚橋病院でいちばん嫌いだったのは,若い男性事務職員の「よしのぶちゃん」だった(笑)。よしのぶちゃんは妙に威勢が良くて,大声で子どもを囃し立てるので,恐かった。患者さんより,ずっと恐かった。

病院の特質上,子ども心にもやはり「普通ではない」と思える患者さんもいた。

自己の殻に閉じこもってしまっている人がいた。膝を抱えて座り込んで,長い時間,ひとつの所をずっと凝視しているのである。私は気になって尋ねた。

「ねぇ何してるの?」
「・・・」
「ねぇ何してるの?」
「・・・」
「ねぇ何してるの?」
「・・・」

私の方で飽きて,問題は起こりようがなかった。

いつも錯乱して,奇声を上げながら走り回っている若い女性患者のMがいた。鳥居みゆきという芸人がいるが,あんな感じだ。いつも白いだぼっとした服装をしていて,その点も似ている。ただ,Mはもっと切羽詰まった表情と声をしていた。

もちろん,私はMとは遊ばなかった。遊び相手とは思えなかったし,何というか,子どもである私の「管轄外」という気がしていた。つまり,私には無関係の大人の一人という印象だった。Mの方も,子どもには何ら興味がないようで,私の前はいつも素通りして行った。

私が嫌いなタイプの患者さんが私をかまって,私が泣いてしまうこともあった。しかしその時,すぐに「おい,やめろ!」と助けてくれるのも,また患者さんなのであった。

患者さんは非常に個性的だったが,それはまさに「個性」というのに過ぎないのであって,ことさらに危険視すべき人たちではなかった。少なくとも私は,三枚橋病院で(職員のよしのぶちゃん以外に)恐い思いをしたことはなかった。不幸にして,彼らは精神を病んでいた。しかしその一事をもって,どうして危険視されなければならないのか。彼らがいったい何をしたというので,危険視されなければならないのだろうか。

当時の私は,もちろん精神病という概念が分からなかった。逆に言えば,本当の意味で何の偏見もなく,彼ら患者さんと接していた。そして,私の患者さんに対する印象は,患者さん以外の普通の大人と,ほとんど何も変わるところがなかったのである。それはすでに述べたとおりであるが,患者さんの中には好きな人も嫌いな人もいるし,優しい人も恐い人もいるという,ごく当たり前の印象なのであった。
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三枚橋病院の思い出2

2014-07-10 15:17:14 | できごと
開かれている病棟―三枚橋病院でのこころみ
クリエーター情報なし
星和書店


三枚橋病院の思い出2

私は太田市にある鳥山保育園に通っていた。そして保育園が終わると,おふくろか,あるいは小川さんが迎えに来て,同じ保育園の兄貴と一緒に三枚橋病院に帰るのが日常だった。私の記憶は,この時期から始まる。たぶん,3歳くらい,昭和45年頃のことだと思う。

おふくろは三枚橋病院に看護婦として働いていた。おふくろが日勤のときは仕事が終わるまで,病院で患者さんや看護婦さんや事務所の人たちに遊んでもらっていた。その当時,もちろん託児所があるわけではなく,私は病室やらナースセンターやらをウロチョロしていた。おふくろが夜勤のときは,そのまま病院に泊まった。看護婦の当直所で兄貴と寝ていた。

そういう生活が当たり前だったので,というより,物心ついたらそういう生活の中にいたので,当時はなんの疑問もなく,特別なこととも思わなかった。この生活が実はかなり特殊なものであったことに気付いたのは,高校生くらいになってからだったように思う。

よく保育園に迎えに来てくれた小川さんというのは,病院の運転手兼設備関係の仕事をしている60歳前後の男性だった。物静かで,優しく,それでいて頼りがいのある人物だったので,患者さんにも職員にもみなに好かれていた。私も本当の祖父のように慕っていて,わがままばかり言っていた。

私は昭和42年,富岡市に生まれたのだが,昭和44年頃には太田市の長手という地域に住んでいた。おふくろ,兄貴と私の母子家庭であった。このあたりの事情は本論に関係ないので省略。ともかく,そうだったのである。

おふくろは看護婦の資格を持っており,中学卒業以来,結婚するまで看護婦として働いていた。母子家庭となったとき,おふくろは再び看護婦として働こうと,いちばん近くにあった開院間もない三枚橋病院の求人に応募した。

面接の際,院長先生とおふくろとの間に,次のようなやりとりがあったとのことである。

「子どもが小さいので,保育園が終わる時間には帰らせて頂かなくてはなりません。夜勤も無理です」
「え,なんで?どうして?」
「ですから…!子どもが小さいので…」
「じゃあ子ども連れて来ればいいじゃん」
「は…?」
「夜勤のときは子どもも泊まればいいじゃん」
「……?」
「そうすればいいよ!」

この時,おふくろは知る由もなかったが,院長先生は思考も行動も常人ではないのである。

託児所もないのに,職場に子どもを連れてくればいいとは。夜勤も子連れですればいいとは。まして,ここは精神病院だ。本当に構わないのか,という疑問は抱きつつ,おふくろはありがたくその申出を受け,就職することにした。実際,母子家庭にはありがたいことだった。残業・夜勤ができるとできないとでは,収入が大きく異なる。

このようにして,私は三枚橋病院で多くの時間を過ごすことになった。
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三枚橋病院の思い出1

2014-07-10 00:05:10 | できごと
心病める人たち―開かれた精神医療へ (岩波新書)
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岩波書店


三枚橋病院の思い出1

三枚橋病院は群馬県太田市にある精神科の病院だ。創立者は石川信義医師(以下、「三枚橋病院の思い出」記事では「院長先生」と呼ぶ。それが私にとって彼に対する自然な、そして唯一の呼称だからである)。

三枚橋病院はわが国で初の「全開放病棟」の精神病院である。つまり、鍵付き・鉄格子付きの閉鎖病棟を持たない、すべてが開放病棟の画期的な精神病院である。記録を見ると,昭和43年5月に開院だという。

三枚橋病院の全容については、院長先生の書いた『開かれている病棟―三枚橋病院でのこころみ』(星和書店,1979年),『心病める人たち―開かれた精神医療へ』(岩波新書,1990年)という書籍が出版されているので、正確なところはそちらをお読み頂きたい。読んで頂ければ分かるが、スゴい(素晴らしいという意味の)病院である。しかし私は、この病院のスゴさを語るつもりはない。語るのは、もっと個人的な経験だ。

昭和42年生まれの私は、この三枚橋病院のほとんど開院当初から数年間、病院に関わった。というより、私は、物心ついたときに三枚橋病院にいた。

「それはいったいどういうこと?」という疑念はごもっとも。それをこれから語って行くつもりである。

院長先生は今年84歳らしい(ご存命である)。三枚橋病院は、かなり前に引退なされてるらしい。

そして聞くところによると、三枚橋病院の病院としての性格も、院長先生の引退の以後、ずいぶん変わったとのこと。そもそも斯界で有名な病院、著名な医師であるだけに、以前からとても事実とは思われない誹謗中傷もあった。

院長先生もお歳であるし、三枚橋病院の開院当時を知っている人々も高齢化して来ている。または,すでに鬼籍におられる。この後の記事にしばしば出て来る当時の若手看護婦であった私のおふくろも、もう73歳だ。

三枚橋病院の開院当時を知る最も若い証言者は、間違いなく私だ。このことを語っておくことは、私の責務であるとさえ思われる。

近頃、というかこの記事を書いた当日、精神病患者に対する偏見に満ちた記事を読んだ。しかもそれを書いたのは、(精神科でないにせよ)医師だ。

こういった事情も、私にこの記事を書くことを迫る一つの要因となっている。

もちろん、この記事を書く主要な目的には、精神病の患者に対する誤解・偏見を除きたいという意図がある。

ということで、三枚橋病院の思い出を綴って行きたい。なるべく事実をベースに、私自身の感想は最小限に。

現在,最も多用しているFacebookの記事で書いて行こうかと思ったが,こういうシリーズもの,後年に残したいものは,やっぱりブログかな。ということで,ブログとFacebookの併用で記して行きたいと思う。


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気になる言葉2013

2013-12-24 17:45:04 | 考えたこと
Q&A改正消費税の経過措置と転嫁・価格表示の実務
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清文社


 今年も暮れようとしておりますが,みなさまいかがお過ごしでしょうか?

 2006年に開設したこのブログ,主の飽きっぽい性格を反映し,最近はとんと更新ごぶさた……前の記事が平成24年12月30日「気になる言葉2012」ですから,なんと1年間のブランクを空けてしまいました

 「もう死んでんじゃねーかこのブログ?」との声も聴きながら,どっこい生きてるPCの中

 さて,1年間のブランクを経た最初の記事は,なにはさておき「気になる言葉2013」!……芸のないこって,まことにアイスミマセン。このまま年1回「気になる言葉2×××」を更新し続けるブログにしちゃおかなとも思ってます

 気を取り直して行きましょう。まず第3位は!?

 「初老」。

 みなさんは「初老の男性」と聞いて,何歳くらいの人物を想像しますか?一般的には60歳前後,若いとは言えないが老人と言うにはちと早い,そんな年格好を指す言葉して使われています。昨今の記事・出版物等では,ほぼ9割の確率(当社調べ)で,その年代を指す言葉としての使われ方をしているようです。

 けれどもこの「初老」,もともとは40歳(!)を指す言葉です。なんと私はとっくに初老を過ぎた男なんですよ,これが。

 平均寿命が80歳を超える現代,40歳で「初」とはいえ「老」とは,ちと酷な気もしますが……「初老」が今のように60歳前後を指す言葉として使われた始めたのは,かなり最近のことのように思います。少なくとも私が子供の頃には,本来の40歳を指す言葉として一般的に使われていたと思うのですよ。

 なので,近ごろの「初老=60歳前後」とする用法を見聞きすると,どうしても「ん?」と引っ掛かってしまう。違和感を覚えるのです。

 平均寿命が1.5倍に伸びたからとて,「初老=40歳」も1.5倍して「=60歳」としていいという訳じゃないと思います

 続いて第2位!?

 「性癖」。

 「もー,昼間っからヘンな言葉を書かないでよー」と思ったアナタ,「性癖」の意味を間違ってますよ。

 性癖とは,「性質上のかたより。その人のくせ。」という意味の言葉です(新明解国語辞典・三省堂)。性癖の「性」にはsexualityの意味はなく,characterの意味です。そういう言葉,たくさんありますよ。性格,性質,性能,性急,性善説,性悪女(しょうわるおんな)。「性」という言葉は使っているけど,ぜんぶエッチな意味はないでしょ

 ところがいつの頃からか,「性癖」を「性的な好み・趣味趣向」を表す言葉とする誤用が始まりました。つまり,「縛りたい」とか「ムチでぶたれたい」とか,「女湯を覗くのが趣味」とか,「露出狂」とか「○○を△△で××したい(自粛)」とか,そういう「クセになりそな性の悦び」を指す言葉として使われ始めたのです。

 まぁ,この誤用の気持ちは分からなくもないですがね。

 性に目覚め始めた小学校高学年のオカズ○サダ×ロ少年は,日々,辞書でエッチな言葉を調べては密かに喜んでいましたが,ある日とても淫靡な言葉を発見しました。それは「性癖」。ななんと「性のクセ」ですよ!ウヒョォーどんなヤラシイ意味なのかなぁ?どれどれ辞書で……なぁ~んだ,ガッカリだ……こういう経験をしたのは,何もオカ○ミサダヒ×少年だけじゃないはずだ!

 という訳で,性犯罪者に対して「ゆがんだ性癖」とか書いている週刊誌の見出しは,ありゃ誤用です。ご注意ください。

 そして今年の第1位は!?

 「○○に関する法律」。

 AKB48の新曲は,「鈴懸の木の道で『君の微笑みを夢に見る』と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか,僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの」という長~いタイトルだそうで。歌番組などの紹介では,すべて読み上げるのでしょうかねぇ?

 しかしAKBにも劣らぬ長~いタイトルを付けるのが当たり前の世界があります。それは法律の世界。昨今作られる法律は,法律名(タイトル)が長すぎです。

 例えば,近ごろ私が一生懸命に取組んでいる「消費税転嫁対策特別措置法」。こう書いただけでも漢字12文字のやや長い法律名ですが,これは略称であり,正式名称は「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」です。46文字です。

 こんな法律名,長すぎていちいち言えないので,内閣府でも財務省でも公正取引委員会でも中小企業庁でも,公式文書でみーんな「消費税転嫁対策特別措置法」と書いてます。んなら,最初から「消費税転嫁対策特別措置法」とすればいいじゃん!少なくとも,前半の「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための」は要らないじゃん!後半の「消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」だけで十分だと思うのですが,どうですか?

 憲法・刑法・民法・商法(会社法)・刑事訴訟法・民事訴訟法のいわゆる六法のような基本的な法律を除き,現在作られる法律は「○○に関する法律(または特別措置法)」とするのが主流です。で,この「○○」の部分がめっちゃ長いのは上記のとおり。ちなみに今までで一番長い法律名は,「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法」だそうです。112文字。

 こんな法律ぜんぜん知らねーや,俺たちにゃ関係ねーや,とお思いですか?実はマスコミ等でも大いに取り沙汰された有名な法律なんですよ。略称は「テロ対策特別措置法」。最初からこっちを正式名にすりゃいいじゃん!

 法律名は内容をきちんと表すものにしたいという意図は分かりますし,不正確な名称,誤解を与えるような名称では困るというのも分かります。しかし,いかにしても長すぎるのでは?丁寧すぎて,逆に何言ってんのかぜんぜん分からないですよ。

 立法者のこういう言語感覚(というか修辞学というか)は,いったいどんな美意識に基づいて生まれて来るのでしょうねぇ?法律も,文学や報道や会話などと同じ「言葉」によって紡ぎ出すもの。国民一般の感覚からあまりにかけ離れた「言葉」を使っていては,内容のよしあしに関わらず,肝心な「立法の理念・精神」がうまく伝わらないんじゃないでしょうか?

 さて,今年もこんな批判めいた内容をもってこのブログ終わりにします。つーか今年初めて書いたんだった来年もよろしくお願いいたします。「気になる言葉2014」書きます

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気になる言葉2012

2012-12-30 17:12:12 | 考えたこと
孤高のランナー 円谷幸吉物語
クリエーター情報なし
ベースボールマガジン社


 近ごろ気になる言葉があります。まぁ「近ごろ」に限った話ではありませんが。

 ご存じのとおり私はオヤヂですので、言葉遣いにうるさいです。「近ごろの若いモンは何だ?言葉の使い方がなっとらん!!」とか言うアレです。ちょっとウゼーです。

 で、その近ごろ気になる言葉ベスト(ワースト?)3を発表して、今年のブログの締めくくりといたします。何もそんなモンで締めくくらなくても良さそうなものですが、そこはオヤヂですのでご容赦ください。

 それでは始めます。まず第3位は!?

 「甘い」。

 「ケーキが甘い」とか「砂糖が甘い」とか、実際に「甘い」ものは結構です。別に気になりません。しかし本来は甘くない「肉」とか、キャベツのような「野菜」とか、「豆腐」とか、そういうモノの味を表現するにも、近ごろ「甘い」という形容詞がひんぱんに使われています。

 「味が濃厚である」とか「口当たりが良い」とか、そういうことを表現したいのでしょうが、「ホントに肉が甘かったら気持ち悪いだろ!」と思ってしまいます。

 たぶん使われ始めには、意外性のある面白い表現だったのだろうと思います。しかし、すでにすっかり陳腐化し、何の面白味もありません。止めた方がいいです。

 第2位!

 「自分事(じぶんごと)」。

 これは本当に最近、今年になって使われ始めた言葉じゃないでしょうか?私はその意味をまだしっかりつかめていませんが、多分、「他人ではなく、ほかならぬ自分自身にまつわる事柄」で「当事者性の高い、利害関係の深い事柄」というような意味のようです。「A君がしたこの失敗は、『自分事』として気を付けなければならない」というような用例が正しいでしょうか。

 この言葉、恐らくは「他人事」という言葉からの連想で、「他人」の事ではなく「自分」の事という意味合いで使われるようになったのだと推測しています。

 でもねぇ・・・もともと「他人事」は「たにんごと」ではなく、「ひとごと」と読むのが正しいのですが・・・。「他人事」を「たにんごと」とする誤読は、以前からよく指摘されていました。私はこの誤読からして気になっていたのですが、誤読から派生してさらに造語がなされるに至っては、ついて行けません。

 「じぶんごと」。どうにも落ち着かない言葉です。最初に使ったのは誰なんでしょうか?

 そして第1位!

 「〇〇おいしゅうございました。××おいしゅうございました」。

 この言葉は文法的に間違っている訳ではありません。やや古い印象は受けますが、正当な日本語の用法であろうと思います。

 では、なぜ気になるのか?

 円谷幸吉さんをご存知でしょうか?東京オリンピックで銅メダル、次のメキシコシティオリンピックでも活躍を期待されながら、27歳の若さで自殺してしまったマラソン選手です。

 その円谷選手の遺書は、次のような文面でした(一部を抜粋)。


 父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿、もちも美味しうございました。
 敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました。
 勝美兄姉上様 ブドウ酒、リンゴ美味しうございました。

   …(中略)…

 父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
 何卒お許し下さい。
 気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。
 幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。



 この「美味しうございました」の繰り返しを、川端康成は「千万言も尽くせぬ哀切」と評したとのこと。私もこの遺書を初めて読んだとき、悲しい韻律に胸ふさがる思いがしました。

 「おいしゅうございました」。とても美しい言葉です。しかしその美しさが、かえって円谷選手の悲劇を際立たせて、私には「使用できない言葉」となってしまいました。他人が使う分には仕方ないと思うのですが、「〇〇おいしゅうございました。××おいしゅうございました」と繰り返しで使われると、どうもねぇ・・・。「あんまり軽く使って欲しくないなぁ」と思ってしまいます。

 ま、これは私の勝手な思い込みですがね。「おいしゅうございました」という言葉遣いは円谷選手のオリジナルではありませんし、ましてや私には何の権利(?)もありません。


 さて、年の最後まで批判めいた内容のブログとなってしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございました。

 今年もお世話になりました。来年も、またよろしくお願いいたします!

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山中伸弥教授・ノーベル医学生理学賞受賞

2012-10-09 17:13:39 | 世の中のこと
山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた
クリエーター情報なし
講談社



 山中伸弥・京都大学教授がノーベル医学生理学賞受賞です。ここ何年か、候補者中の「大本命」と言われ続けて来ましたから当然といえば当然なのですが、本当にうれしいですね。おめでとうございます!

 日本が世界で生き残っていく道は科学技術しかないと、私は考えています。その日本にとってノーベル賞の受賞は、将来への明るい希望を見出だす思いがします。

 しかしながら、そう喜んでばかりもいられないというのもまた事実。この点については、かつてここのブログ記事(2010-10-08「ノーベル賞に思うこと」)で書きました。近年、事業仕分けなどという愚策が実施され、科学技術予算も大幅削減の憂き目に遭いました。当時、山中教授もカンカンに怒っておられました。そしてまた、ここのブログ記事(2009-11-30「科学技術と事業仕分け」)でもその愚策ぶりを攻撃しました(蚊が刺したくらいですが・・・)。

 もっと正面から、科学技術の推進を国是に据えて欲しいものです。それなくして、わが国に将来はありません。

 私自身は科学技術の発展に直接の寄与はできず、心苦しいばかりです。私のような者のことは後回しで結構なので、科学技術の推進を優先して欲しい――そう思ってすらいます。
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KRMCライブ!

2012-09-10 00:55:49 | おすすめの音楽
 私の中学、高校の先輩が主催し演奏するジャズバンドKRMCのライブに行って来ました。

 先輩は中学のときから大変上手かったですが、さすがの腕前!すっかり魅了されました。

 私のブログを長いこと読んでいただいている(稀有な)方々にお知らせします。私のプロフィール中「嫌いなモノ⇒ジャズ」を削除しました。これからは熱心なジャズ・ファンの一人として活動して行きたいと思います(笑)

 ところで今回のライブには、プロのジャズ奏者・佐藤ハチ恭彦さんも参加なさっています。実は佐藤ハチ恭彦さん、高崎高校(吹奏楽部)出身で、上記↑「先輩」の2年後輩、私の1年後輩です。「先輩」は「ハチ」という名の名付け親でもあります(笑)

 高高の後輩にジャズ界で超有名なプロ奏者がいるなんて、鼻が高いです。まったくもって何も私の手柄ではありませんが、それでもとっても嬉しいものですね。私も、もうちっとジャズを勉強したいと思います。

 下記↓は、「佐藤ハチ恭彦」でAmazon検索したところ、最上位に来たアルバムなので紹介します。なにぶんジャズ初心者なので、変なもの紹介してたらゴメンナサイ。先輩、ハッちゃん、そのときはご指摘ください。

Smilin’
クリエーター情報なし
ビクターエンタテインメント
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3・11大震災 暮らしの再生と法律家の仕事

2012-09-05 13:49:40 | 本の紹介
3.11大震災 暮らしの再生と法律家の仕事 (別冊法学セミナー 新総合特集シリーズ)
クリエーター情報なし
日本評論社


 大震災にあたって、法律家はどのように支援活動すべきであろうか?東日本大震災において、現に法律家はどのような活動をしたのであろうか?

 震災と法律家の関わりについて、東日本大震災の経験をふまえ論じた本です。

 私も『群馬司法書士会の支援活動とその背景』という題で、ひとつの章を執筆担当しています。お読みいただければ幸いです。
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ゴッドファーザー

2012-06-30 23:47:04 | 本の紹介
ゴッドファーザーDVDコレクション
ビクターエンターテインメント/CIC・ビクタービデオ


 私はそれほど映画が好きではありません。なので、名作・傑作と言われている映画でも観たことないものが大変多いです。というより、ほとんど観てません。

 映画ファンからは、「そんな超名作も観てないなんて、人としてどうなん?」と言われることもありますが、「放っとけ」と反論します。

 DVDを借りるなんてこともほとんどないのですが、先日どうした風の吹き回しか「たまには映画でも観るか」と思って借りたのが、この『ゴッドファーザー』。もちろん、いくら映画に疎い私でもその名声は知っていましたし、ニーノ・ロータの音楽くらいは聴いたことがあります。まぁシブそうな映画だし、アメリカ社会におけるマフィアという存在にも興味あるし、ちょっと観てみるか、てな感じでした。

 も~~~う、どっぷりハマりました!愛と友情と忠誠と温情、暴力と殺人と策略と裏切り、正反対の要素によって複雑にあざなわれた物語は、息もつかせぬ展開です。もちろん、威厳あるドン・コルレオーネを演じたマーロン・ブランド、冷徹なマイケルを演じたアル・パチーノそのほかの俳優陣もサイコーでした。正直に白状します。マーロン・ブランドもアル・パチーノも、名前だけは知ってましたが顔は初めて見ました。映画ファンのみなさん、スイマセン

 もちろんPart1を最初に借りて観たのですが、すぐさまPart2を借り、もう我慢できずDVDコレクションを買いPart3も観ました(笑)

 それにしても非常に複雑な物語で、ストーリーを追うのに頭フル回転でした。それに比べると最近の映画はストーリーがチープ過ぎませんかねぇ・・・なんて、全然映画観てないヤツに言われれてもねぇ映画ファンのみなさん、重ね重ねスイマセン

 我慢できずに原作も読んじゃいました。DVDから原作までこなす間、すっかり睡眠不足になりました。

ゴッドファーザー〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)
マリオ プーヅォ
早川書房


ゴッドファーザー〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)
マリオ プーヅォ
早川書房


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もう、うんざりだ!

2012-06-22 02:04:45 | 世の中のこと
国家は破綻する――金融危機の800年
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日経BP社


 借金は700兆円以上。ところが収入(税収)は年42兆円程度。GDPとの関係でも2倍以上の借金を負うわが日本国(しかしGDPは国民の金であって国家の金じゃない!)。おまけに、借金は毎年まだまだスゴい勢いで増え続けています。

 誰が見ても、小学1年生が見ても、破綻寸前に見えるはず。幼稚園児並みの私の計数能力をもってしても、やっぱ破綻寸前に見えます。

 ところが大政治家さん、大学者さんが、まじめくさった顔で言います。「まだ大丈夫だ」と。まだもう少し借金できる。借金で景気を良くしてから増税すればいい。

 この20年間、「景気なんか良くならなくてもいい」と考えた人がただの一人でもいたのでしょうか?しかし景気は少しも良くなりませんでした。だとするなら、むしろ景気は当面良くならないという前提で物事を考える方が理にかなっているのでは?そう考えるのは私が馬鹿だからなのでしょうか?

 だいたい「借金で景気を良くする」という発想自体、私のような凡夫には理解不能。借金を続ければやがて「行き詰まる」のが常識なのであって、バラ色の将来とは正反対なのでは?これも私が借金について無知だからなのでしょうか?

 それでも大政治家さん、大学者さんは、厳かに言い放ちます。「増税より前にすることがある」と。

 もう、うんざりだ!

 この2~3年、さんざん甘い言葉を聞かされ続けて来ました。詐欺的な言説に騙され続けて来ました。「増税より前にすることがある」なら、なぜ今までして来なかったのか?本当は、もはやそんな「増税より前にすること」などないのでしょう?そんなものないから、できないのでしょう?財務官僚の陰謀?いい加減にしてくれ!

 増税しなければ国家財政が破綻する――今日、この言葉ほど腑に落ちる、素直な印象を受ける言葉はありません。もちろん増税が嬉しい訳はありません。しかし、これ以上詐欺師に騙さるのは、もう、うんざりだ!

 政治家であれ、学者であれ、国民を騙す甘言を弄するやつらは糾弾すべきです。日本国民も、それくらいの熱を持った方がいい。糾弾対象の政治家・学者は、ゴロゴロいるように思います。
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野田総理への評価

2012-06-17 15:40:25 | 世の中のこと
消費税「増税」はいらない! 財務省が民主党に教えた財政の大嘘
クリエーター情報なし
講談社


 マニフェスト違反と罵られ、マスコミには叩かれ、自民・公明両党の修正案をほとんど丸呑みにせんばかり、それでも消費税増税だけは何としても実現しようとする野田総理。このような不人気政策を強行すれば、次の選挙で民主党は必ず大敗、彼は総理はおろか、民主党代表の座も失うことでしょう。もしかしたら政治生命を絶たれるほどの孤立に追い込まれるかも知れません。それでも消費税増税を推進する野田総理。

 そして、小沢グループなど一定の反乱分子もありますが、大勢としては野田政権の消費税増税を容認する方向にある民主党。

 政権交代以来、私ははじめて民主党政権を「偉い」と思いました。皮肉を言ってるんじゃないですよ。本当にそう思います。

 消費税増税は、野田総理・民主党政権の党利党略においてはほとんど何のメリットもない政策のはず。「どうせまたすぐ自公に政権交代するんだ。それまでは赤字国債でつないでおけばいい。増税は自公にやらせろ」。そう考えても何ら不思議ではありません。しかし、彼はそう考えませんでした。政権交代前に「どうしても必要だけどめちゃくちゃ不人気の政策」、すなわち消費税増税だけは済ませておこうと考えたようです。

 必要と信じる政策については、わが身の明日をかえりみず、何としてもやり遂げる。信念の前には孤立も恐れない。そんな「本当の政治家」の姿を見た思いです。

 もちろん、この消費税増税が真に国益に叶うものであるのか、世紀の愚策であるのか、それは歴史の審判を待たなければなりません。しかし、ここでは政策の中身の当否を言っているのではありません。政治家の姿勢のことを言っているのです。少なくとも、世論やマスコミの顔色をうかがいつつ右往左往するより、有権者の歓心を買うためだけのバラマキ政策に終始するより、はるかにマシだと思います。もし愚策だと判明したなら、直ちに改めればよろしい。

 一方で、バラ色の将来を夢見がちだった民主党政権が、ここまで増税に奮い立つとは・・・国家財政はそれほどの危機にあるのかと、ちょっと恐くなります。
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生活保護制度の適切な運用を求める要望書

2012-06-08 20:32:14 | 世の中のこと
平成24年6月6日

生活保護制度の適切な運用を求める要望書

群馬県内各福祉事務所長 殿
群馬司法書士会会長
岡  住  貞  宏

 現在、人気タレントの母親が生活保護を受給していたことを契機として、生活保護制度及び制度利用者全体に対する「バッシング」というべき事態が起こっている。一連の報道は、「不正受給が横行している」、「働くより生活保護をもらった方が楽で得」などという、感情的で、生活保護の実態をおよそ把握していない表面的な議論に終始するものが多い。
 それら報道のなかには、扶養義務者による扶養が生活保護適用の前提条件であるかのように論じ、タレントの母親が生活保護を受けていたことを不正受給であるとする論評も見られる。しかしながら、現行生活保護法上、扶養は保護の要件ではない。保護の要件について定めた生活保護法4条1項が、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」と定めているのに対し、生活保護法4条2項は、「民法に定める扶養義務者の扶養は保護に優先して行われるものとする」と定めているのは、このことを意味する。厚生労働省も、「扶養が保護の要件であるかのごとく説明を行い、その結果、保護の申請を諦めさせるようなことがあれば、これも申請権の侵害にあたるおそれがあるので留意されたい」との通知を発出している(「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」第9の2、『生活保護手帳2011年版』288頁参照)。
 加えて、夫婦間及び親の未成熟の子に対する関係を除き、直系血族及び兄弟姉妹に対する扶養義務は、「その者の社会的地位にふさわしい生活を成り立たせた上で、余裕があれば援助する義務」にすぎない。そうだとすれば、このレベルの扶養義務が存在することを前提に、なお扶養義務者による義務履行が困難であり、しかも申請者が保護の要件に該当する場合には、生活保護を受給しても違法性は存在しないのである。
 今回の事件に関連し、小宮山厚生労働大臣は、「親族側に扶養が困難な理由を証明する義務」を課すという、事実上、扶養を生活保護利用の要件とする法改正を検討する考えまで示している。しかし、生活困窮者はDV被害者や虐待経験者も少なくなく、「無縁社会」と言われる現代社会において、家族との関係が希薄化・悪化・断絶している人がほとんどである。このような現実を直視することなくやみくもに上記法改正を行えば、生活保護制度の利用が著しく困難となり、餓死や孤立死などの深刻な事態が多発することも懸念される。昨今の経済状況の下、雇用情勢や他の社会保障制度を改善することなく生活保護制度のみを切り詰めれば、餓死・孤立死・自殺の多発、犯罪の増加など、深刻な社会不安をも招きかねない。
 群馬県内各福祉事務所においても、生活保護申請者に対し、「まずは扶養義務者に援助してもらいなさい」などと対応し、親族の扶養義務を口実に申請を不当に阻む運用がなされることがないよう、切に要望するものである。
以 上
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