暇つぶしに・・・

絵を描いたり写真を撮ったり。

童話

2013-09-26 | 小説/エッセー

 

  ぼってりと灰色に垂れこめた雲の底から細長いトゲが出てきました。それはゆっくりと地面に向かって伸びていきます。ぐねぐねとその身をひねりながら太く大きくなり、やがてそのトゲは渦を巻く巨大な角(つの)に姿を変えました。でも、背の低い木の葉の影にいたイモムシの子供たちには空のできごとは見えません。

  渦の角が遠くの牧草地を突き刺し、稲光を伴って子供たちのいる森へ近づいてきます。黒い渦の叫びが次第に大きくなってきました。その声は、シィューゥ、ヒュユゥーという蛇の出す音のようでもあり、狼の遠吠えのようにも聞こえます。木の葉がざわめき、森の仲間に危険を知らせます。木の枝の高いところにいた鳥たちは、安全な地平線を目指して飛び去っていきました。
 それでもイモムシの子供たちは気がつきませんでした。その時、子供たちの心にあったことは、将来、蝶々になったときの羽の色。子供たちはこんな話に夢中です。

 

「ぼくのママとパパは白いちょうちょになったよ。だからぼくも白になるんだ」
 一番小さなイモムシが言いました。
「白はちょっとさみしいよ。黄色い模様があったほうが良くないか?」
 二番目に小さいイモムシが言いました。
「ボクは夕焼けの色がいいな。葉っぱの間から見たことあるんだ。よくわかんないけど、色が変わるんだよ。濃くなったり薄くなったり。すごく綺麗なんだ」
 三番目に小さなイモムシが言いました。
「わたしはピンクになりたい。バラの花のピンク、とっても綺麗でしょ」
 女の子のイモムシが言いました。
「でも、ぼく、まだ緑だよ。ママやパパみたいな白い羽はいつもらえるの?」
「よくわかんないけど、チョウチョになる時にもらえるんじゃないか」
「アゲハのおばちゃんが言ってたけど、羽をもらう前に、サナギっていうのにならなきゃいけないんだ」
 一番大きなイモムシが言いました。
「サナギ? ぼく、木になっちゃうの? 白い木? それとも緑のまま?」
「ちがうよ。サナギは木じゃないよ。とにかく、サナギにならないと羽がもらえないんだ」
「誰が羽を持ってきてくれるの? 羽の色は誰が決めるの?」
 女の子のイモムシが訊きました。
「よくわかんないけど、たぶん、神様」
「僕もそう思う。アゲハのおばちゃんが言ってたけど、神様はどんなことでもできるんだって。この色にしてくださいってお願いしたらチョウチョになる時に神様が持ってきてくれるんだよ。でも、お願いするときは一回にひとつだけにしないとダメなんだ。神様は欲張りは嫌いなんだって。ねぇ、いいこと考えた。今からみんなで神さまにお願いしようよ」

子供たちは、目をつむり、大好きな色の羽を心に思い浮かべて神様にお願いしました。
『パパとママと同じ白をください。白い羽なら、ちっちゃくてもいいです』
『かわいいバラのピンクをください』
『黄色い羽がほしいです』
『アゲハのおばさんのような色にしてください』
『夕焼け色の羽をください』

 

 

  突然、辺りが真夜中の黒にかわり、バラバラと氷の石つぶてが大量に降ってきました。風が叫び、横殴りの冷たい雨が弓矢のよう木の葉を突き刺しています。地の底から響く恐ろしい唸り声。大地に根を張った大きな樹木があっという間に地面から吹き上がり瞬く間に上空へ吸い込まれていきました。
真っ黒な雲から伸びた巨大な角は、高速で回るドリルのように情け容赦なく地面を引っかき掘り返していきます。イモムシの子供たちは、得体の知れない強い力に押されて空中に吹き飛ばされ、黒い渦に飲み込まれてしまいました。小さな体が恐ろしい力で上に下に、右に左に振り回されています。「怖い」と感じるよりも前に気を失ってしまった子供たちには何が起こっているのか全くわかりません。

 

気がついたときには、真っ白なミルク色の空間の中に浮かんでいました。子供たちの周りには、色とりどりの花びらがゆらゆらと螺旋を描いて舞っています。

「ここはどこだろう。僕たち、どうしたんだろう」
「死んじゃったのかな」
「ちがうよ。だって、どこも痛くないよ。ちっとも苦しくないよ」

 白い空間の中でキラキラと輝く花びらが、子供たちの背中にふわりと落ちました。
「ねぇ、みてみて。わたしの背中。ピンクの花びら」
「僕のは黄色だ」
「ねぇ、これ、ピンクの羽みたい」
「チョウチョになったの? ぼく、まだ緑だよ?」
「よくわかんないけど、きっと神さまに願いが通じたんだよ」
「アゲハのおばちゃんが言ってたけど、サナギの時ってまわりが真っ暗なんだって。ほら、さっき、急に真っ暗になっただろ。あれがサナギだったんだよ。僕たち、これからチョウチョになるから神様が羽をくれたんだ。きっとそうだよ」
「みてよ、みてよ!、ねぇ、すごいよ! ぼくの背中、白い花びら、光ってる。金色もある。銀も! 綺麗な花びらがいっぱいだよ!」

 

イモムシの子供たちは、空間に舞う花びらを取り、背中につけてあそび始めました。

「ねぇ、あそこ、みて! ずっと上のほう。おひさまの光みたいにすごくまぶしい。ピンクの花びらはあそこから落ちてくるみたい」
 イモムシの子供たちは花びらの羽をひらひらさせながら光の方に顔を向けました。
「ホントだ。黄色い花びらもたくさん落ちてくる」
「ボク、葉っぱの間からあんな光、見たことあるよ。よくわかんないけど、きっと、あそこが出口だよ。行ってみようよ」
「でも、ずいぶん遠いよ。ぼくの白い羽、ちっちゃいよ。あんなに遠くまで行けるかな」
「大丈夫だよ。絶対いけるよ。僕たち、もうイモムシじゃないんだよ。チョウチョになったんだ。サナギから出たら、大きく羽を広げて、勇気を持って光に向かって飛べって」
「アゲハのおばちゃんが言ったの?」
 一番小さなイモムシが訊きました。
「ちがう。父さんだ」
 はるか彼方の光を見上げ、ルリ色に輝く花びらの羽を大きく開きました。
「神様が羽をくれたんだ。どんな高い所へだって飛んでいけるよ。さぁ、一緒に行こう」




*****

    



 巨大な黒い渦が消えてまもなく、雲の切れ間から光が差し込みました。その光の中を空の高みを目指して飛んでいく七色に輝く小さな蝶の群れがありました。

                    (了)

下書き用イラスト




 


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フルート演奏

2013-09-25 | 休憩室

フルート忍者さんの演奏です。今回は南アメリカのフルート。

https://soundcloud.com/flute-ninja/a-little-somethin-on-the-quena


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リストナイフ

2013-09-25 | イラスト

キャットマンの必需品。携帯用缶切り、武器としても使える。

CATMAN EQUIPMENT:

 Many Catman fans have inquired as to whether or not Catman, like his predecessors Batman and "Spidy" utilizes any gadgets! After all, what is a superhero without gadgets. Well, he does indeed have gadgets, including a really spiffy utility belt, which we will reveal at a later date.

 In the meanwhile, here is Catman's trusty "wrist knife." Well...actually...it's not a knife. But there is a nifty can opener and a fork. Perfect for those mid-crisis cans of tuna from which Catman draws his seemingly unlimited energy.

 


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チョークイッツアップ

2013-09-24 | 写真

チョークイッツアップ


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似顔絵?

2013-09-21 | イラスト

リーバンクリフ

この人みてると、鳥を連想するんです。

リー・バン・クリフをご存じない方、このビデオの中に出てきます。

 

 

 

デフォルメしすぎたイーストウッド。

 

 

 


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47 Ronin (2)

2013-09-20 | 漫画

松の廊下で刃傷に及んだ浅野内猫頭(あさのねこのかみ)は、即日切腹、じゃなくて「満腹の刑」申しつけられ候。。

見事 腹 満腹になりすぎて果てたのであります。

浅野内匠頭切腹の絵(大正時代の作品)を参考にして描きました。

 

浅野満腹の知らせを持って 赤穂へ走る早水猫左衛門と猫野三平

(キャットマンは来週まで休暇)

 

バックは広重浮世絵。

SUMIEは家の猫の名前

 


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47 Ronin

2013-09-16 | 漫画

『忠臣蔵』は有名なお話なので、刃傷松の廊下に至るくだりは省略させていただきます。

でも、猫族に伝わる歴史によりますと、「赤穂事件」のそもそもの発端は、浅野が持参したツナランチを吉良が味見と称して全部食べてしまったんですね。それに腹を立てた浅野が、松の廊下ではご法度とされている「爪による攻撃」をやっちゃたんです。

(短時間で描く練習してます。製作時間は一枚10分以内)

 


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キャットスクワッド

2013-09-10 | イラスト

「ハットスクワッド」のパロディー

 

 

ノワール好きなので、この4匹をメインキャラにしたノワール漫画考えてます。

 

「You can do this two ways. The hard way or the harder way. which is  it gonna be?」

英語のセリフ、なんて言ってるかわからないと辞書を引く前に。

「cat Squad」はギャング専門の特別捜査班です。弾が飛んできて逃げ出すようなタマなしじゃないからね。犯人の腕の一本や二本、折ったって「ヘ」とも思わないタフな連中なんです。

そういうことを先ず頭においてもらうと、「the hard way」と「the harder way」のニュアンスの違い、わかっていただけるのでは。
hard wayは地道なやり方。それよりももっとhardな方法っていうと。

「which is it gonnna be?」は「どちらになるか」「どっちがいい」

 


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スポック

2013-09-10 | 似顔絵


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バイブルケーキ

2013-09-09 | cooking

 

バイブルケーキはスポンジケーキに色々トッピングして、聖書の形にみえるように作った物と、今回、私が作ったタイプのケーキと2種類 あるようです。

このパウンドケーキは、聖書の中にでてくる材料が全てはいっています。
イチジクだけなかったので、代わりに桃をいれました。

参考までに、何が入っているか。

無塩バター(士師記5)
砂糖 (エレミア記6)
蜂蜜 (サミュエル記14)
卵 (エレミア記17)
レーズン (サミュエル記30)
イチジク (ナホム書3)
アーモンド(民数記17)
小麦粉 (列王記4)
シーズニングスパイス (歴代詩9)
塩 (レビ記2)
ベーキングパウダー(アモス書4)
ミルク(士師記4)


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ベイエリア

2013-09-08 | 写真

フェリービル

 

 

In more ways then one. In less than one minute - the low-level cloud was gone!

 

 

中央の塔はコイトタワー

 


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クールキャットジャズ

2013-09-08 | イラスト

 

サンフランシスコで超有名なナイトクラブ『パープルオニオン』

ここは、キングストントリオやライムライターズ、スムーザーブラザーズなどのトップアーティストがデビューした店です。

コロンブス通り140番地にある『パープルオニオン』 
現在は営業していません。


パープルオニオンでキティ―マフィアのライブ。
右端で歌っているのは1960年代に人気のあったジャズシンガー、キティー・リー。

 



彼らが歌っているのは ペギー・リーの「フィーバー」をアレンジした曲、『キャットフィーバー』です。
キティーマフィアのファーストアルバム「クールキャットジャズ」に収録。 

これ(↓)、ペギー・リーの「フィーバー」

http://youtu.be/EYxoAJ3Boyc



本番に向け、楽屋裏で練習中のキティ―マフィアたち

 


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尺八

2013-09-07 | 休憩室
尺八大好き、アラバマ在住の友人が演奏しています。


http://youtu.be/UT3xdFHRadY


http://www.reverbnation.com/store/store/artist_1295921?item_type=music

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ノワール劇画キャラ

2013-09-06 | イラスト
白いカーテンの隙間から差し込む光で目を覚ますと、いつものように私を見ている青い目があった。・・・・・・・・・


ってな感じで始まる劇画を描こうかな。。。


お話は一九三〇年ごろのサンフランシスコを舞台にしたノワールです。
主役はミック・ライアン。殺人課の刑事。

顔のモデルは「プレシディオの男たち」にでてきたマーク・ハーモンです。
画像のイラストは笑ってますが、ノワールだから、次第に破滅していく暗い話です。



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グッドバイパゴダ

2013-09-06 | 小説/エッセー

(在りし日のパゴダ/鉛筆画)



どうしても忘れられない映画館がある。といってもいつも外から眺めるだけで中に入ったことは一度もない。子供の頃は母が運転する車の窓からそれを見た。休日になると焼きたてのフランスパンと茹でたカニを買うためにその前を通ってフィッシャーマンズワーフまで歩いて行った。友人の家へ行くときに乗ったストックトンストリート30番のバスは映画館のすぐそばを荒っぽい運転で通り越していく。定員オーバーのバスに閉じ込められ、人いきれで吐きそうになるのをこらえながら遠ざかる映画館を見ていた。警官になってからは毎晩パトカーでその周辺をパトロールし、街灯の明かりが届かない映画館の裏側をじっと見つめた。しかし何度来ても面白いことは何も起こらなかった。どれもこれも簡単に忘れてしまうような出来事ばかりである。自称ストリートハンターの血が騒ぐような獲物はここにはいなかった。それでもこの映画館のことが頭から離れない。そこで見た色、聞いた音、どれほど月日が流れても鮮明な画像となって甦ってくる。

 場所はパウエルストリート1741番地(この周辺のパトロールを受け持つまで、ずっとコロンブスアベニューにあると思っていた)、時々、パートナーのケリー巡査と一緒にランチを食べた『Washbag』から一軒置いた隣の建物。これがチャイナタウンで一番大きな映画館『パゴダパレス』である。
(WashbaghaはThe Washington Square Bar and Grillの略称)

 私がパトロールをしていたころのチャイナタウンは、どこもかしこも「魔都」という言葉が似合う上海の雰囲気を漂わせていた。その中でも、私にとって一番奇妙でエキゾチックな場所、それがこの映画館だった。外壁には映画のポスターや劇中の名場面、中国人俳優の顔写真が貼りだしてあったが、私の知っている中国人とは着ている服も顔つきも、何から何まで全く違う。体にぴったり張り付いたきらびやかなロングドレスを着た女優。極端に派手な化粧のせいで中国人に特有の小さな低い鼻がアメリカ人のように前方に突き出して見える。写真の中の俳優たちはいかにも作りましたというような表情で微笑んでいた。薄汚れた壁に並べた原色だらけのきらびやかな衣装をまとった女優の写真。このアンバランスに加えて、意味不明の中国語が書いてある。英語のアルファベットしか知らないアメリカ人には、縦と横の線を組み合わせた模様にしか見えない。
「これは暗号だな」
 ケリーは時々そんなことを言った。

 パゴダは時々、中国のオペラも上演した。客寄せのために建物正面のどこかに仕掛けてあるスピーカーのおかげで、外にいても歌を聴くことができた。しかし心が和むような歌声ではない。ハイピッチでまくし立てる歌手の声は悲鳴なのか猫の鳴き声なのかわからないこともあった。その声の合間に入るけたたましく鳴り響く打楽器の音。金属の皿かコップを叩きつけているように聞こえる。金属音の余韻に重なるカスタネットのような連打音。それが止むと短調のメロディーで細長い音が切れ目なく続いていく。この音はバイオリンだろうか、それとも二胡だろうか。時々、弦をはじくような音がするが、これはピアノよりももう少し高音でチェンバロかツィター(ドイツの弦楽器)の音色に似ている、とあれこれ想像しながら聴いていた。しかし、スピーカーから流れてくる音は、私の精神を逆なでする奇妙な音ばかりだった。後になってわかったことだが、アイルランド系の警官はバグパイプの音を聞いても耳障りだとは思わないが、ケルト民族の血が流れていない者からすれば、その音はずいぶんとけたたましい嫌な音に聞こえるようだ。私が中国の音楽を聴いたときに感じたこともそれと同じだと思う。

 現在、この映画館はシャッターが下り、廃屋に近い状態になっている。その東に広がるワシントン広場には毎年大勢の観光客が訪れ周りの風景を写真に収めていく。彼らがカメラを向けるのは、たいてい東の方にわずかに見えるコイトタワーか、広場の北に威風堂々とそびえるセントピーターアンドポール教会である。誰もパゴダを写さない。
 ワシントン広場は、『ダーティーハリー』の映画やサンフランシスコを舞台にした古い刑事ドラマにも度々登場するが、その公園のすぐ近くにありながらパゴダパレスが映画の画面に現れたことは一度もない。1971年に公開された『ダーティーハリー』では、サンフランシスコ市警のベルジェットレンジャーヘリが上空から連続殺人鬼スコーピオンを見つける少し前の場面で、犯人にライフルで狙われている男が座っている場所がワシントン広場である。5作目の『ダーティーハリー』では、ガス・ウィラーと名乗る男が焼身自殺をする場所としてワシントンスクエアが使われている。残念ながらパゴダには出番が回ってこなかった。

 過去40年の間に、数えきれないほどたくさんの人がパゴダを見ている。ここで映画を見た人、その横を通り過ぎた人、遠くから建物だけを眺めた人。すべてを加えたらものすごい数になるだろう。しかしその中で、一体どれくらいの人がパゴダに興味を持ち、その歴史を知っているだろうか。おそらくその数はゼロに近いと思う。通行人を手当たり次第に呼び止めてこの映画館について尋ねても、返ってくる答えは、「パゴダ? ああ、知ってるよ。ワシントン広場の向かいにある白い建物だろ。あそこはもうだいぶ前につぶれたよ」
ほとんどの人にとって、パゴダパレスはその程度の認識しかないようだ。ここに幽霊でも出るというのなら話題にもなるだろうがパゴダでは何も起こらない。チャイナタウンのはずれに見捨てられたように建っている古い映画館。やがて人々の記憶からも風化して消えていく。

 パゴダパレスは1907年、「ワシントンスクエアシアター」という名前で誕生した。ミス・パゴダ――私はこの映画館をそう呼んでいる。今年で104歳になる建物には「ばぁさん」という名をつけた方がよいのかもしれないが、どれだけ古くなっても「ミス」の呼び名を変えるつもりはない。
 ここができた当時はヴォードビルの劇場として人気があり、「ワシントンスクエアシアター」の名前はサンフランシスコ中に知れ渡っていた。天才テノール歌手と言われたイタリアのエンリコ・カルーソが、この劇場で歌ったという話を聞いたことがあるが、私には信じられない。1906年の4月、カルーソはミッションストリートにあるグランドオペラハウスで上演された歌劇『カルメン』でドン・ホセ役を演じた。公演期間中はパレスホテルに滞在していたが、4月18日午前5時13分に起こった大地震でホテルのベッドから放り出された。大慌てでホテルを飛び出し、町を抜け、ボートに飛び乗りオークランドまで逃げていった。「もう二度とサンフランシスコには戻らないとカルーソは固く誓った」と何かの本で読んだことがある。私はこの話の方を信じているが、本当のところはどうなんだろうか。真実はパゴダが知っている。しかし、黙して語らず。パゴダの口を割らせることは、どんなベテランの刑事でも不可能だ。

 1920年になると、『ミラノシアター』と名前を変えてトーキー映画を上映するようになった。その頃からロードショー劇場(新作映画封切館)として知られるようになったが、1936年と1937年の火事で建物の大部分が焼け落ちてしまった。1937年4月、建築家のアレキサンダー・カンティンの協力を得て、大規模な改築工事が行われ、その年の暮れ、『パレスシアター』の名で、新作封切館兼セカンドラン劇場として生まれ変わった。
(セカンドラン;、公開が終了した封切り映画を再び上映すること)

 昼はカンフー映画、夜は西部劇を上映するようになったのは、たしか1960年代の後半からだったと思う。映画が東洋から西洋に切り替わる頃、映画館の前にいると面白い光景を目にすることがあった。アメリカ人と中国人がすれ違いざま、お互いの手を打ちあっている。警官がシフトを交代するときに「後は頼むぞ」という代わりに相手の手をタッチするが、それと同じことを見ず知らずの客同士がやっている。パゴダは平和な映画館だった。

 時々中国オペラの公演もあったが、劇場のオーナーはあまり金のかかるオペラ歌手は呼ばなかったようだ。たいてい地元で活躍しているミュージカル俳優か、たまたまサンフランシスコに来ていた中国歌劇団を劇場に招き、歌手の歌が外にも聞こえるような仕掛けを施して客を集めていた。

 60年代といえば、ヒッピー、マリファナ、シンナーが大いにもてはやされた時代である。ドラッグで幻覚の見える連中が巻き起こしたサイケデリックムーブメントはサンフランシスコ中に広まり、70年代になるとゲイの世界にも浸み込んでいった。アバンギャルドなファッションは彼らに言わせれば「魂を解放した自由な創造」ということらしいが、私には「薬物中毒による無茶苦茶な創造」としか思えない。
『ミラノシアター』が『パゴダパレス(釈迦の住む家)』と名前を変えたのはその頃である。パゴダのメインは中国映画だが、当時の流行に乗って、ブロードウェイミュージカルのパロディーやヒッピーとゲイで作った『ザ・コケッツ』という劇団の公演も行っていた。
 しかし、絶頂期はいつまでも続かない。パゴダの景気がよかったのはここまでである。1980年ごろ、リノベイター(歴史的建造物修復家)として知られているアラン・ミッチャンがパゴダに目を付けた。彼は1930年代に流行ったアールデコスタイルの魅力をもう一度広くアピールしたいという願いから、パゴダの改築を始めた。そうして完成したパゴダはミッチャンの目的を十二分に満足させる出来栄えだった。しかし、物事は往々にして当初の予定通りにはいかないものだ。事態は早急に悪くなる――これは警官時代に嫌というほど経験したことだが、パゴダもその例にもれず何もかもが悪い方向へ転がって行った。
アールデコ建築は1980年代に若干の人気を取り戻したとはいえ、上映する映画が中国語のカンフー映画ばかりでは客足も遠のいていく。また文化の担い手がヒッピーからヤッピー(高学歴高収入の気取った人たち)に変わり、「サンフランシスコのマンハッタン化」に伴って、古臭いチャイナタウンよりも、近代的な高層ビルが立ち並ぶ美しい場所へと人々は流れていった。その頃のチャイナタウンはギャング同士の抗争がエスカレートしていた時代で、映画でおなじみの銃撃戦も頻繁におこり決して安全な場所ではなかった。そうした様々な要因が絡み合い、1994年、パゴダはついにその生涯を閉じたのである。

 その後、パゴダを取り壊してそこにレストラン付きの高級コンドミニアムを建設しようという話が持ち上がった。しかし、こういう場合に必ず出てくる「ノースビーチのダイハード(頑固者)」と呼ばれている都市プランナーたちの反対にあい実現には至らなかった。ところが今年2013年、新規路線の建設を進めているメトロポリタン・トランスポーテーション・オーソリティがパゴダの下までセントラルサブウェイ(地下鉄)の路線を伸ばすと公言した。そのニュースが流れた途端に、今までパゴダのことなど見向きもしなかった人たちが、「取り壊し反対」運動を始めたが、工事はすでに始まっている。歴史的に価値がないと見做されたパゴダは完全に撤去され、そこには新しい地下鉄の出入り口ができるだろう。

 進歩という怪物にパゴダが食われていく。それを目にしながら私にはパゴダを助けてやることができない。
 またひとつ、私のサンフランシスコが消えていく。




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この作品はフィクションを交えたエッセー風小説です。読んでいただきありがとうございます。


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