今何処(今の話の何処が面白いのかというと…)
マンガ、アニメ、特撮の感想ブログです。




【メタキャラクター】

【戯言シリーズ@漫研ラジオ】
http://www.ustream.tv/recorded/9974636

・ハイライト【いーちゃんの物語】
http://www.ustream.tv/recorded/9974636/highlight/111121
・ハイライト【西東天の物語】
http://www.ustream.tv/recorded/9974636/highlight/111140

※ネタバレ全開で書きます。…といってもミステリーのタネに触れる必要はないかな?

2010年10月3日に行った【戯言シリーズ@漫研ラジオ】で話していた内容を僕なりに文字おこしをし直します。僕はこれまで西尾維新先生の小説はほとんど…いや(汗)まったく読んだ事がなくって、ちょっと前に『化物語』シリーズを読みはじめまして(こっちの記事も書く予定ですが)色々と興味を惹かれる内容で、それに合わせて、この戯言シリーズも読み始めました。
…とはいえ戯言シリーズはサイドストーリーの零崎人間シリーズは最近2010年の終了ではありますが、本編は2005年終了。かなり時期を逸している感があり、というか、僕の記事って大抵時機をはずしたものなんですが…でも、いいんです。(´・ω・`)しばらく経って振り返ってから観えてくるものもあるはずです。(´・ω・`)

また、最近ちょっと僕が追っているメタ視点/『メタキャラクター』という考え方があって、西尾維新先生の作品はその絡み、相性のようなものが非常にいいのですよね。今回、いーちゃんの話をするワケですが、彼は僕が認める『メタキャラクター』というワケではないのですが、メタ設定とでもいうべき設定が与えられたキャラクターに思っているので、その話をして行く事になると思います。

■戯言シリーズの不思議さ



まず最初に戯言シリーズについての自前の解説をして行くと…。なんでしょうね?『いーちゃんの奇妙な冒険』?みたいな?(´・ω・`)ミステリー・シリーズのようにはじまったものの、次第に伝奇色の強いストーリーに変遷して行き、最後はミステリーとはまるで関係ない所で着地したように感じられる作品です。
…まあ、付記すると、ラジオの中で哲学さんが述べているように、当初は2年ぐらいかけるミステリー・シリーズだったようで、それが「次で終わる」というインタビューでの“戯言”がそのまま編集長の前で通ってしまって、じゃあ終わろうという事で現行の構成になっているということであるようです。2年続けたその最終章が多分“ああいう感じ”をだったとしても、その比率はほとんどミステリーで占められていたはず(?)で、今とは大分、印象が違うシリーズになったとは思えます。

構造的に言うと、いーちゃんという主人公に対して、はずせない伴侶のような玖渚友というヒロインがいて、でも二人の関係はシリーズ一編一編ではそれほど大きな関わりをもっていないのですよね。いーちゃんの物語としてはこの玖渚との関係が総ての焦点のような所があるのですが。一編、一編のミステリーシリーズとしては、毎回事件の解決を“ある程度”謀るいーちゃんに対して、最後に名探偵役のスーパーウーマン・哀川潤さん(この人好き)が現れて、いーちゃんいダメ出しして帰って行く、この形がフィーマットとしてキレイに嵌っている。

しかし、それにしても読んでて不思議なシリーズだったんですよね。正直、何をやりたいのかよく分からない話という面がある。いや(汗)すみませんすみません(汗)でも、色んなキャラクターや色んな設定が、カオスに、おもちゃ箱のように、投げ込まれ、かつ多くは放置されていてよく分からなくなってしまう。「何をやりたいの?どれをやりたいの?」というか。ぶっちゃけ、ついて行けなくなる人も多い気がするんですが、どうなんでしょうね?(最近のミステリーってこんな感じだよ?って言われてしまうかもしれないんですが)別にそんな事ないんですかね?(´・ω・`)どうなん?

これが西尾先生の趣味なら、まあ、それでもいいんですけどねwでも『化物語』とか『刀語』とか『めだかボックス』も、もっとストレート感があって、こういうの、無いですからねえ…。ストーリーが変質する感覚もない(無いとも言えないかもしれないけど、戯言シリーズと比するとまあ無い)。
そこらへん、何か不思議なシリーズです。まあ、つまらなく考えると2年間シリーズを“保たせる”ために、めくら滅法に伏線を撃ちまくった…のかな?とか思わなくもないし。敢えて、直感的な話に口を滑らせると「何か隠してないかな?」なあ~んって事も考えたりしました。何かを見えづらく、見つけづらくするために、“場”をとっ散らかす。その木を見つけづらくするために森にするというか…。それが、これから話す所の事なのか、他の事なのかは分からないけど、何かそんな事を考えたりもしました。

まあ、他にも刊行当時、流行だったセカイ系の流れとしてどうか?とか、様々な角度の話ができるんですが、まあ、そこらへん余計な所はずっぱり切って。
自分としてはこの戯言シリーズ、セリフ回しやキャラクターは、かなり楽しくって…というか僕のフィーリングに合う所があって、先に書いたように、色々疑問符を出しながらも読み進めて行きました。それで「ああ、まあ、大体こういう事かな?」と思考を落ち着かせたのが、これから書こうとしている記事の「いーちゃんの物語」と「西東天の物語」なワケです。

■“探偵”いーちゃんの物語



そんなワケで、いーちゃんというキャラクターの『読み』に入ろうと思いますが…。これからする話って先に述べた「戯言シリーズってよく分からない話だね?」という事に対する共感がないと、あんまり意味がないかもしれません(汗)逆に「え?何のこと?」(´・ω・`)みたいになってしまう(汗)それと、今回僕はメタ視点/『メタキャラクター』という考え方(この話は僕の書いた別記事をあたって下さい)に沿って『読み』をしています。それはこのシリーズを読んだ時、メタ視点/『メタキャラクター』について何らかの“成果”を出そうと思いながら読んでいるわけで、その点は気をつけてもらった方がいい気がします。

で、いーちゃん。読んでいて最初に思ったのは「この人、なんでこんなに自虐的なんだろうか?」ですね。加えると、それを肯定(?)するように、様々な人がいーちゃんを苛めていたりする。励ます人もいるんですが…まあ、こっちは(ストーリー的に)普通ですよね。
素直に読むとどうも、いーちゃんは恋人の玖渚友(本人が強烈に否定しているけど有り得ない)に、昔何か“酷い事”をして、それで玖渚友を壊してしまったようで……その罪悪感のようなものから、自分を責める性向がついている……とも思えるんですが。まあ、それが要因の一つではありそうですけど、違和感がある。どうも、それだけじゃない。実際、玖渚友と離れている期間があって、そっちで想影真心と何かやらかしている…というか想影真心を死なせている。それだけでも、いーちゃんのあの人格が玖渚友との一件だけで形成されているとは言えなくなってくると思う。それはどういう事か?

また、『クビシメロマンチスト』を読むと、その終盤で彼はかなり“酷い事”を再び(?)行っている。ある意味、戯言遣いの本領のシーンですが~これ、玖渚友にいーちゃんがやらかした事って、これと非常に似たような事象じゃないかと僕は観ていますけどね~彼の内向きの性格が、玖渚友に対する加虐の罪悪感に根ざすなら、何故またそれをするのか?いや、玖渚に“これ”をしたかどうかは僕の想像であって確定的じゃないですけど(汗)

でもね。いーちゃんの自虐の中に「自分は人殺しだ」というのがあって。しかし、多分、彼は直接人を殺していないと思うんですよね。直接殺していたら、ここには居ない…まあ、玖渚機関がもみ消したとか考えられないわけじゃないけど、劇中でいーちゃんがそういう事から守られている様子からもそれは感じる。(※実際、直接人を殺した事があるかどうかは否定していなかったっけな?記憶曖昧ですが…)
じゃあ、間接はどうか?僕はいーちゃんは『クビシメロマンチスト』で間接的に人を殺したと思う。しかし、いーちゃんの説明されない“罪悪感”が、“ここ”にあるなら、彼が以前、間接的に人を殺してそれを悔いているなら、ここでその再現はしないのではないか?あるいは、彼の“人殺し”~罪悪感の根源~は直接でも間接でもないのか?故に間接の殺しという形には頓着していないのか?…という話になってくるのだけど、それはどういう状態か?
「いや、だから、いーちゃんは最初っから狂人(あるいはサイコパス)なんだって!単に壊れているだけの人!」……って事でも片付く所は片付きそうではあるんですが、色々考えまして……まあ、こっからの話は、メタ視点/『メタキャラクター』について何らかの“成果”を出そうとしている僕の『読み』という事になってくると思います…w

『クビキリサイクル』の時点で人が死んでいる所を見るのは慣れている…という描きがあった所から、感じていたんですが、ある一線を超えた所で「いーちゃんって、僕が推理小説に持っていた“疑問点”を顕現させたキャラなんじゃないか?」と思い立ったんですよね。

疑問点ってなにか?っていうと「推理小説の探偵役って、なんで行く先、行く先で、殺人事件に遭うの?」って話ですけどね。まあ、ここらへん上手く処理している作品は多いですけど(そこが腕の見せ所という面もある)、たとえば西尾先生が好きなマンガの『金田一少年の事件簿』とか『名探偵コナン』とかは、どうか?両作品とも、週刊連載というかなり早いペースで事件が起こることを余儀なくされて、かつ依頼が舞い込む設定が完備されていないので、相当、不自然に殺人事件に巻き込まれて行きますよね?w
これってなんで?(´・ω・`)というか、それについての説明をする作品もあるでしょうが、多くは“お約束”、“暗黙の了解”という事でスルーされている部分のはずです。これに対して戯言シリーズは、『クビツリハイスクール』において、いーちゃんにそういう“設定”がある(顕現されている)事を示しています。
(萩原子荻)「…あなたのその才能はとても危険です。自分では何もしないのに周囲が勝手に狂いだす……《なるようにならない最悪》とでもいうのでしょうか。心当たりはありませんか?あなたの周りはいつだって異常事態が起こり、あなたの周りはいつだって奇矯な人間ばかりが集まるでしょう?」
(いーちゃん)「……心当たり、ねえ」むしろ心にあたらない場所が、ないのだけど。いや、そもそもぼくに心なんてご立派なものあったっけか。

(文庫版『クビツリハイスクール』P.165)

(※心があったっけ?なんて自虐までしている事含めて重要)萩原子荻曰く『無為式』の設定との事で、あくまで子荻がいーちゃんを解するとこうなるという事ではあるんですが、子荻自身は大きく全般的な事象を捉えた指摘とは言え、この物語が“推理小説”であるなら、異常事態=殺人事件、奇矯な人間ばかり=真犯人でもないのに無駄に怪しい容疑者、という言葉に変換させても問題はないはずです。それが推理小説なら!
そうして、いーちゃんがこの設定に自覚的であるなら、直接的に人を殺した事はない、間接的に人を殺していない(正確にはその自覚を持っていない)、にも関わらず「自分は殺人者である」という自虐的な悩みを持つことができると思うんですよ。



「行く先、行く先で殺人事件に遭う」以上の疑問点が正にそこで。いや、百歩譲って、いや、譲らなくても積極的に認めますけど、それらの事件の遭遇がものすご~い偶然!!GUZEN!(`・ω・´)でも、いいんですよwでも、即時に「行く先々で殺人事件に遭う人間ってまともでいられるの?」という疑問を生むし残るんですよね。
僕は思うんですが、本当に大丈夫なのか?(´・ω・`)と。こう…したり顔で「じっちゃんの名にかけて!!」とか「真実はいつも一つ!!」とか言っている場合じゃないんじゃないの?と。もっと、精密検査とか、霊障とかお祓いとか……なにか異常だと、なんで自分はこうなんだろう?と悩んだりしないのかな?とか思ったりするワケです。
あるいは『クビシメロマンチスト』のいーちゃんの“あれ”は、探偵が推理で真実をしたり顔で暴いて真犯人を自殺に追い込むという“あれ”のパロディの面があると思うんですが、あれ?ってどうなん?何か精神状態、変じゃない?(´・ω・`)とか思ったりするワケですよ。まあ、冗談として。

いーちゃんって、正にこういうキャラクターじゃないかと思うんです。自分の行く先々で何かが起こる。人が死ぬ。それは玖渚から逃げようが何しようが変わりなかった。そういう“設定”をもった時、その人の心はどうなってしまうか?自分の心を守るために、人の死に対して無理矢理、無感動、無関心になって行くのではないか?
あるいは、自分に深く関われば関わるほど、その人が死ぬ確率が増えるなら「自分の本名を決して明かさなくなって行く」事はないか?

また、その“設定”を知ってしまった人はどう反応するか?『クビキリサイクル』で、いーちゃんは、千賀てる子さんにボロクソに貶されるんですが、(姫菜真姫さんに毛嫌いされている事にも意味はあると思う)多分、てる子さんは何か知っているのだろうと僕は観ています。
(てる子)「あなたは一人で生きていく方がいい。あなたがそばにいたらみんなが困るから」
(いーちゃん)「……」

(文庫版『クビキリサイクル』P.363)

(てる子)「分かっているんですか。そいでいてのうのうと生きているんですか。見上げた図太さ、大した精神力ですね。尊敬に値します。それともあなたは、自分の腹の内を全てさらけ出して、そいでいてあなたのことを好いてくれる存在があると思っているのですか?そいでいてあなたを選んでくれる存在を信仰しているのですか?それこそ正に常軌を逸している」

言葉もない。
響く。
その言葉はぼくには重過ぎる。
壊れてしまいそうだ。
もろく。
粉々に。

(てる子)「そんな恐るべき化物を身体の中に飼っていて他人と関わろうだなんて――虫がよ過ぎます。図々しいにもほどがある。世界はそこまであなたを許してなんてくれません。思い上がりも甚だしい……。だからこそあなたは――」

(同 P.372)

このシーンは、おそらくてる子さんの“地雷”である明神イリアさんの事に、いーちゃんが無遠慮に踏み込んだ事によって出てきていると思いますが、それにしても相当な言いようです。(昔何かしたとしても、今いーちゃんがそれをしていない状態なら、こうまで言われるものか?)また、いーちゃんがこれに抵抗しない。何か異様なものを感じた人は多いと思います。仮に、この話がいーちゃんの暗い心の在り様だったとして、果たして戯言シリーズで描かれたいーちゃんの心はここまで悪し様に言われるものだったか?という違和感ですね。いーちゃんの意志とは別のものを指しているんじゃないか?と思うと、観えてくるものもあるんじゃないかと思うんですよね。

そして何で、零崎人識はいーちゃんの鏡と言われるか?いーちゃんと、零崎人識のキャラの外装(性格)がまるで違う事は論を待たないと思います。にも関わらず、彼らは互いの事を同一だの鏡だのとものすごく重ね合わせている。
ぼくとあいつは証明するまでもないくらいに合同な図形だったのだろう。そしてぼくらはその事にひどく自覚的だった。

(文庫版『クビシメロマンチスト』P.8

ぼくと零崎との関係は単純な感覚としてはそれに近い。同じであることを認識しながらそれが全く違う存在であることも理解する。
「ぼくはひょっとしたらきみのようになっていたのかもしれないな。だから親近感が持てるんだろう」
「俺はお前のようには絶対なれなかったと思うぜ。だから好感が持てる」

(同 P.10)

なんでいーちゃんは、こんなにも殺人鬼と自分は一緒だと言いたいのか?さらに言えば、引用文にあるように、いーちゃんは人識になれるけど、人識はいーちゃんに“絶対”なれないんですよね。互いを同一視しているのに、片方がもう一方になれる者となれない者がいる?これはどういう事か?
いーちゃんは、これから殺人鬼になれるけど(逆に言えばやっぱり人は殺していない)、人識は、これから『無為式』を手に入れる事はできない。…こういう意味を差していないか?しかし、いずれにしろ大量殺人者には違いない。そういう意味ではないか?

いーちゃんは昔、意識的に酷い事をやらかして何人も死なせて(?)玖渚を壊して?その過去に囚われて暗くなっているようにも見えるんですが、それが“無意識”の事でかつ“現在進行形”だとしたらどうか…って話ですね。
……まあ、なんと言うか『無為式』とか、推理小説のなぜなに設定のパロディ的に語っているので違和感があったりするかもしれませんが。いーちゃんは、何でか知らないけど、本人の意識しない所で関わった人々をことごとく不幸にしてしまう。その事で、いーちゃん自身の心も壊れてしまっている。…と語ればそのまま素直な観え方になるんじゃないかと思います。
そのいーちゃんに降りかかっているワケのわからない“設定”を何で?と詰めれば「これが推理小説でいーちゃんは探偵役だから」となってくるのですけどねw西尾維新先生の作風を鑑みても、出自はこの流れでいいと思いますwそして、その意味で、戯言シリーズっていうのは推理小説ではないのでしょう。

推理小説の主役としてそのメタ設定(お約束)が降りかかったいーちゃんの物語

…であって厳密には推理小説ではない。『無為式』も『戯言』も、つまるところ物語の“主役”が持つ設定という所になってくると思います。いーちゃんが、それをどう克服して行くかが、この物語の本筋だと観れば、大体、一本筋が通った話になってくるでしょう。
こういう“設定”を自覚していても、それでもいーちゃんは、死ぬ事も、また人と関わる事も止める事ができなかったんでしょう。そうして心だけ閉ざして、誰か好意を持つ者が現れても「ああ、この娘も死んでしまうのかもなあ…」と思いながら、無感動、無関心を装っていたんじゃないかと。その“いーちゃんの物語”は『ヒトクイマジカル』でクライマックスを迎えます。
「お前は自分を欠陥製品だというが、私はそんなことは――」

「るっせえんだよっ!」

ぼくは――
わけもわからずに、怒鳴った。

「人の事を知ったように語ってんじゃねえよっ!見下してんじゃねえっ!何手前勝手な同情してんだ、ぼくがそんなに惨めかよっ!あんたぼくのことなんか、何も知らないじゃねえかっ!こんなはずじゃなかったんだよ、こんなのおかしいんだよっ!こんなはずじゃなかったんだ、ぼくだって意味不明だよっ!なんでこんなことになったんだ、わかんねえよ、でもこうなんだからしょうがねえだろうがっ!いーんだよ、どうでもいいんだよっ!どうでこれが初めてってわけじゃないんだ、ぼくは今まで、何人も何人も何人も、何十人も何百人も何千人も、ぼくの責任で死なせてきたんだっ!今更一人や二人や三人や四人、増えたところで何にも感じるもんかっ!」

(文庫版『ヒトクイマジカル』P.536)

このシーンで、いーちゃんは、自分の抱えている諸々の問題と向き合う決意をしたと思うんですよね。そうして“いーちゃんの物語”は一直線にエンディングに向かう……はずだったんですがw
ここで物語は謎の乱入を迎えてしまうんですよねw最初に言った「何をやりたいのかよく分からない話」になる元凶w真っ当に積まれていた“いーちゃんの物語”を丸ごとひっくり返しにかかるw『メタキャラクター』!!西東天の物語がはじまるワケですw

…つづく(´・ω・`)(↓)

【【メタキャラクター】戯言シリーズ~西東天の物語】
http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/5e88f04b96866544b1658279c5cfab4b


クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い (講談社文庫)
西尾 維新
講談社

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