お寺探しの旅〜自分が求めるお寺とは?〜

我々一般人にとって本当に「いいお寺」とは?
色んな情報を集めて、色んな角度から、色んな視点で追求してみたい。

常識と非常識

2010-09-30 21:37:12 | 雑談
母の話によると、今日の父は一日目をボーっと空いていたとの事。そして、父が発した今日の一言はリハビリのときに「もうムリ、もういい。」


病院というところにときどき腹が立つのは、どう考えてもムリでしょう。ということでも、平気で言ったりやったりする。

先日は、昏睡状態で、ずっと眠っているのに
「デンドルミン(睡眠薬)をいつも一粒飲んでるんですけど、今日は飲みますか?」
という。

今日も、間もなく死ぬかもといって、ほぼ、動けない人間に
「元気になるためにリハビリ」
なんてありえないでしょ。

常識はずれたことなのに、ルールだからという。
問題意識を感じず、ただ、作業として業務にあたることに問題を感じたりする。

病院ってこういうところなのかしら。

::::::::::

余談だが、今日は、お寺さんに驚かされた。
京都で葬儀社の担当者から慌てて連絡が入ってきた。
「お坊さんが、ご飯がないから初七日せずに帰るといってるんです。」
という。
通常、お膳料をお包みしたときは、食事の用意がないのが一般的だが、
「昼時に告別式にあたったのだから、食事を用意するのは当たり前の話でしょう。喪家だけたべて、自分の用意がないとは何事か。こんな失礼な話はないから、初七日しないで帰る。」
というのだ。
「ご飯が無いから帰る???」
こちらがお願いしたこととして、このままでは故人や遺族の皆さんが悲しみの真っ最中にあるのに、あまりにも気の毒であるため、なんとか初七日までやっていただきたい。ということをである。
このお坊さんの言っている事もわからないではないが、我々一般人が考える常識との差をものすごく感じた事件だった。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

「そんな気持ちになれない」

2010-09-27 12:33:51 | 雑談
今日、たまたま過去のご相談者のアンケートを見ていたら、お父様が亡くなられた方のコメントが目に止まった。

彼女は、お父様が生きているのに「葬儀」を考えるなんて、「そんな気持ちになかなかなれなかった」と書いてらした。

うん、ほんと、そうだよね。

昨晩遅くと今朝早く病院へ行って、父の顔を見てきた。

呼びかけても、ほとんど反応はない。熱がでているのか、身体は熱く、点滴で腕が化膿したのか、包帯で片腕がぐるぐる巻きされて痛々しかった。

顔は、髭がのび痩せこけている。骸骨みたい・・・。

「あのね、お父さん、相談したいことがあるんだけど・・・」
過去に色んな人生の分岐点があって、父の言うことはちっとも聞かなかったけど、話すだけでちょっと安心したものである。
こんな風に悩んだとき、父ならなんて応えてくれるだろうか。声をもらえないことは、とても悲しい。


本当にお父さんは死んじゃうのかな。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

余命宣告

2010-09-25 11:32:06 | 雑談
これまで、姉にはいつも父の「もしも宣告」にびびらされてきた。一方、主治医からは、かつて一度も宣告されたことはなかった。ところが、昨日病院から呼び出しがあり、とうとう余命宣告を確実に受けることとなった。


・病状は極めて深刻で、最期の時を迎えるまで自宅に帰ることはできないこと
・余命は、長くて本人の誕生日頃(10月19日〜25日頃)であること


個人的には、できれば、最期は看取らせてもらいたいと言う希望があるため、現在入っている出張などの予定は、状況によってご相談させていただこうと考えている。

::::::::

母からの報告によると、案内人の誕生日に、あんなに感謝の気持ちを込めて御礼を伝えたが、熱にうなされていた父は、何一つ覚えていないというからがっかりである。

やっぱり、自己満足で終わった・・・。


明日は、また見舞いに行くつもり。しかたがない、もう一度チャレンジして伝えてこようと思う。



コメント (0) |  トラックバック (0) | 

「ありがとう」

2010-09-24 10:49:50 | 雑談
父の見舞いに行ってきた。

病室の扉を開けた瞬間、あまりの変わりように息を呑むと同時に、すぐに胸に熱い物が込み上げてきて、それが一気に口から飛び出しそうな感覚に襲われる。


「お父さん!?」

たった、4日しかたっていないのに衰弱して、意識はほとんど無かった。


左目は閉じたまま、右目は少し開いているが白目をむいていることがほとんどで、かすかに黒い瞳が動く程度。

『マジ???』

大きな声で、2度ほどよびかけると少しだけ反応してくれ、案内人が来たことがわかったようである。

ずっと、御礼の手紙を書こうと思っていたが、なかなかペンを取る気分になれず、結局ここまできてしまった。昨日は、案内人の41回目の誕生日だったため、これを機に絶対伝えておかねば・・・。そんなことで

「お父さん、わかる?悦子だよ。今日はね、41才の誕生日を迎えられたよ。産んで育ててくれて有難うね。私は、お父さんとお母さんの子でよかったよ。感謝してる。本当に、ありがとうね。お父さん、大好きだからね。お家へ帰ろうね。頑張って良くなろうね。」


そいういうと、「そうか。」と言わんばかりに何となく嬉しそうな顔をしてくれた。
そのことで案内人の自己満足度はかなりUPしたように思う。

「いよいよ」という段階かもしれない。

今は、自分の携帯の音をバイブではなく鳴るように設定して、もしもの連絡に備えながら時間を過ごしている。

ほんとうに、父は逝ってしまうのだろうか?ここまできても、何だか信じがたい・・・。

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

一喜一憂

2010-09-22 23:16:07 | 雑談
「一喜一憂」する日々である。

父の病状が良いといわれれば、安堵し、悪いといわれれば悲しみというより後悔やら罪悪感やらが湧き出てくる。

夜、姉から泣き声で電話があった。

昨日、主治医との話の中で、父に関する延命措置はすべて断ったというのだ。

「それでよかったよね?」

といわれた。

延命措置をしたところで、それは本人の望むことであろうか?と思うと私達の父は決して望まないだろうと思っている。

「うん、よくわかんないけど。うん、いいような気がする。」

肺炎は芳しくなく、痰がでてきたのこと。
これは、まったく良くないらしい。

覚悟覚悟といわれてきたが、覚悟の仕方もわからなくなった。

覚悟なんかできるわけないじゃん。

腹立たしさともどかしさだけが心を支配する。

明日は、彼岸の中日。案内人の誕生日。
ゆっくり自宅でのんびり過ごそうと思っていたが、やはり父の入院する病院へいって、産んで育ててくれた事の感謝を述べにいこう行こうと思う。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

人との関わり

2010-09-15 09:38:32 | 雑談
父は、結局そのまま緊急入院をした。

点滴と血液検査をしたらしいが、本来であれば、検査後1時間で結果がでるらしい。

ところが、返ってきた言葉は「至る所に炎症を起こしていて、身体全体を調べなくてはならない。」とのこと。

そして、今も尚結果はでていない。

医師である姉と話をすると、いつも『最悪の事態』の話だから、おじけづく。

昨日の話は、こうだった。

「全体を調べたとなると、他へ癌が転移した可能性が高いかもね。お父さんの脳の悪性腫瘍は転移する可能性が高いといわれてるからなぁ。」

『で、どうなの?いつ、死んじゃうわけ?』

「まあ、点滴できてひとまず落ち着いたから、あとは体力次第かな。」

『お正月は、迎えられる?』

「・・・。多分、お父さんの誕生日頃(10月25日)は、ひとつの山かもね。もちろん、その前に、急変することも十分考えられる。」

『大部屋希望したんだけど、個室に入っているらしいよ。』

「個室はね、重病患者で監視する必要性がある場合は、特別配慮で差額なしで入れることになっているんだよ。ということで、お父さんは、重病ってことだよ。」


::::::::::

昨日は、仕事していても気が気じゃなく、母に電話をしては、涙がこぼれてくる始末で、押さえきれない感情に自分自身もてあましたようだったが、しょうじき余り覚えていない。

自分は、つまんない人間だな。とつくづく思った。
悲しい時は、本当に心を開いた人とだけしかしゃべりたくない。
けど、そんな人もいなかったんだな。

自分にとっては、重大時でも、他人にとったらどうでも良いことなのかもね
よくうちの相談員がいうのは、
「人なんて、信じられませんよ。」
そんなこともあるのかもしれないね。

コメント (1) |  トラックバック (0) | 

父の入院

2010-09-14 11:44:22 | 雑談
昨晩、姉から連絡を受け、いつもと違うテンションの高さに緊張感が走る。

「お父さんが、肺炎を起こしたかもしれないんだよ。金曜日から熱が39度近く出続けていて、座薬を入れても下がらないんだとすると、通常、肺炎を疑うんだよね。」

『肺炎をこじらすと、どうなるの?死んじゃうの?どれ位で死んじゃうの?』

「早ければ1週間。ただ、お父さんの場合、まだ体力があるから急いで点滴すれば、そんな1週間ということにならないと思うよ。主治医の先生の判断に任せるしかないんだけど、私なら入院を一旦させて、落ち着いたら、最後に一旦家に戻してお別れをさせてから、もう一度入院という段取りをとると思う。」

『・・・・』


「お父さんが、うなされるように悦子悦子と呼んでいるらしいから電話をかけてやって。」

『わかった。』

::::::::::::::::

『お父さん?悦子だよ。わかる?』

ろれつが回らない口で一生懸命話す父。耳を受話器に押し当てて聞く。

『だいじょうぶだよ。食べるもの食べてるし、なぁ〜んにも、心配いらないんだよ。ほんとだよ。お父さん、木曜日に行くから、それまで元気にしててよね。わかったの?わかってるの?』


父は、繰り返し繰り返し「早く会いに来ておくれよ。」と私にいい、繰り返し繰り返し「ちゃんと食べてるのか。身体は大丈夫か?」と聞いてきた。

動揺は、押さえきれず自分の足がすくむ感じがした。

一晩あけても、胸のつかえは取れず、なんだか小さめの漬け物石がのど仏下あたりに詰まっている感じがする。

ようやくここに来て葬儀を現実的に捉えられるような心境になってきた。
相談者は、いつもこんな気持ちで電話をしてきているのだろうな。



コメント (0) |  トラックバック (0) | 

奈良市老人福祉センター(社会福祉協議会)「老春の家」

2010-09-12 15:42:47 | 勉強会
昨晩、父と電話で話をしたのですが、
「死ぬ前に、自分はどんな墓に入るのか見ておきたい」
というので、今度の休みに車椅子に乗せて?担いで?連れて行くことにしました。
ついのすみか探しです。

::::::::::::::::




奈良県内で、初めての勉強会。当初、「葬儀」ということもあり、企画なさった老人福祉センターの方々も何かと心配なさっていた感じがした。

100名分の席が用意されていたが、予約制ではなかったため人数把握は、その日にならないとわからない状態。なんと、105名の方が参加なさり、大あわてで印刷に走って下さった。そんなこんなで押し寄せる人々に圧倒され、考える間もないうちに会はスタートした。
 

 

どの地域に行っても、関心度は高く我々の活動の意味をすごく感じる。

 


勉強会は、1時間30分ということで、いつもより時間が短かった(通常2時間)ので、質疑応答の時間がとれなかったため、

「終わってから、もしよろしければ、どうぞ。」

とお伝えした。

 

すると終了後、5〜6人の方が並んで列ができた。

その中のひとつに、お寺に関するひどい話があった。

85才の女性の方で、15年前にご主人の葬儀を出されたのだという。住職に相談すると、

「院号で100万、居士で100万、読経で300万先に納めないと葬儀に行かない!!」と言われたそうである。

3回忌を迎えるまで、「新仏」は、魂が落ち着かないからといって、毎月2万5千円納めたのだという。

「来てもたったの3分しか読経せず、おまけに戒名を間違えて読経するんですよ。息子は、こんなお寺と付き合いたくないと言って、お寺を変えるというし。でも、もともとは、このお寺は本家の紹介だから、本家との間柄もギクシャクすると思うと心配で全く眠れないんですよ。」

おっしゃった。

他、お寺にかんする質問が目立ったのは、地域柄かもしれない。

「うちのお寺に限って」といいきるお寺のご住職方に物申すで、実は、皆さんのしならい所で、実は眠れずに過ごしている檀家さんがいることをご存知ですか?
コメント (1) |  トラックバック (0) | 

「お父さんとの約束だから」(ご相談者)

2010-09-11 15:27:30 | 相談者の気持ち
ようやく、ようやく、ようやっと、色んな手続きを経て練馬から新宿へ引っ越しできました。案内人の場合、単純な引越ではなく色んな面での諸手続を要したので、ようやくこの苦痛から解放されるかと思うと目の下のクマもなんだか愛おしく思えてくるから不思議です。

::::::::::::
案内人の学生時代からの親友のご相談。



喪家は、相談者が幼少の頃から海外生活も長かったということもあり、非常に家族仲が良さ=絆の強さが伺えた葬儀であったように思う。

相談者から連絡があったのは、お父様がお亡くなりになる2週間前のこと。糖尿病との20年の戦いは、お父様の身体も精神的なものも蝕んでいったという。その2週間前に
「もう、だめだ。ごめんな。先へ行く。」
とおっしゃっておられたとか。

実は、相談者自身が起業することもあり、その記念パーティーが25日に予定されていた。

相談者からの話によると、闘病当時、ご本人の意識が少しだけもどったとき、その件を伝えると
「●●●が会社を興すのか・・・偉いな。お父さんは、●●●に抜かれちゃうな(笑う)心から応援するよ。」
とおっしゃったのだという。お父様との約束ということもあり、そのパーティーは、どんなことがあってもやり遂げたい。というのが、相談者の強い希望だった。   

お父様が闘病の甲斐なく旅立たれたのが7月22日。

  



葬儀施行場所は横浜北部斎場を希望しており日程を確認すると27,28日の葬儀・告別式。果たして、このイベントは、どうなるものかと心配したが、25日当日お邪魔すると、お母様をはじめ、弟2人とそのお嫁さんや子供たちも皆で気丈に一生懸命、来る人々をもてなす様子は、経緯を知っている自分としては、込み上げてくる感情を抑えるのに、必死であった(参加者は、誰一人としてお父様が他界し、数日後に葬儀が行われるのを知らない)。


勝手な想像だが、この家族がこんなにも笑顔で振る舞えるのは、お父様との誓いが家族の思いを一つにして動かしているような気がしてならなかった。 

 
葬儀当日、あの日のご家族の様子とは異なり、心から悲しんでいる様子が見て取れた。最期のお別れの場面では、参加者皆が心から惜しみ別れを告げ、手紙、似顔絵やプレゼントを納めている様子をみていて、「ああ、本当に愛され尊敬されていたお父様なんだな。」と実感した。
「家族の絆」のあり方をあらためて考えさせられた時間であった。

故人様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

京都市醍醐老人福祉センターで勉強会

2010-09-02 13:27:21 | 勉強会
今日も暑いですね・・・

先週末は、奈良→大阪→京都と飛び回ってまいりました。私的なこととして、新規にスタートすることもあったりして、年取ってくると体調回復が伴いませんね(苦笑)

昨晩の母の話によると、父は目が全くみえなくなって(前は、ぼんやり見えたらしい)怖くなったらしく日中ずっと主治医の先生の名前を呼びながら
「助けてください、助けてください。」
と泣いて叫んでいたそうです。

父を見ていると、死を待つということが、いかに本人にとって恐怖なのかということを思い知らされます。

:::::::::::::::

京都市内の老人福祉センターでは、ほとんどお葬式に関する勉強会を行わせていただいたが、醍醐老人福祉センターでもついに勉強会がかなうことに。


  

当日は、定員40名の満席。

6月30日 13:30〜15:30

テーマ「葬儀費用の落とし穴」
講師 副理事長 佐々木悦子


参加者の中には、前日に上京老人福祉センターで勉強会を行っていたのをご存知の方もいて、

「昨日もやってたんでしょ?」

と気軽に尋ねてくださった。

:::::::::

■ご意見ご感想があればお書きください■
・すべて参考になりました
・もし、夫の死亡が気になります。
・詳しい説明で大変参考になったので良かった。
・このような話は初めてですので、大変参考になりました。葬儀社では自社に都合の良い話しかないのではと思って、今回参加しました。有難うございました。
・ためになるお話有難うございました
・分かり易くお話いただき、参考になりました。有難うございました。
・葬儀に必要なことを教えて下さってとても勉強になりました。有難うございました。
・大変参考になりました。感謝しています。

:::::::::::

今回も貴重なご意見と励みになるお言葉を有難うございました。

また、醍醐老人福祉センターの職員の皆さんには、案内人の荷物を郵送するにあたり、ご親切に郵便局までご同行くださったり、ブログにアップするのにお写真を提供(一人しかいないので、写真が自分では撮れなかった)してくださるなど、お世話してくださった。この場を借りて、深く御礼申し上げます。

実際に勉強会を行う丁度1年前に、飛び込みで「勉強会やりませんか?」といったことを懐かしく思いだされる。

勉強会を行う前には、各地での思い出が案内人にはある。
行く先行く先で出会いがある。
そして、別れも。

これらは、記憶アルバムとして案内人の宝物になるのだろうな・・・。





コメント (0) |  トラックバック (0) |