静かな場所

音楽を聴きつつ自分のため家族のために「今、できることをする」日々を重ねていきたいと願っています。

カンマーコール伊勢 第10回演奏会

2017年04月25日 20時53分00秒 | コンサート


カンマーコール伊勢の演奏会を聴いてきました。


カンマーコール伊勢
第10回演奏会


プログラム

■ 歌う喜びを~谷川俊太郎の詩に託して

・死んだ男の残したものは(武満徹)
・うたうだけ(武満徹)
・歌われて(相澤直人)
・歌っていいですか(川崎智徳)
・生きる(川崎智徳)


休憩(15分)

■ ミサ曲第5番ハ長調「聖チェチーリア・ミサ」(ヨーゼフ・ハイドン作曲)
(番号はCarus版に準拠とのことです)

ソプラノ:青木美和
メゾソプラノ:中西まほ
テナー:一海靖晃
バリトン:坂本研太

ピアノ:大久保友加里


アンコール:「夢みたものは」(詩/立原道造、曲/木下牧子)


合唱:カンマーコール伊勢


指揮:鈴木正典


賛助出演:合唱団いやの会

2017年4月22日(土)  14:00開演

いせトピア(伊勢市生涯学習センター)



 2004年に活動再開、翌05年に第1回の演奏会を開催して、今回が10回目。
 地道に、よくがんばって続けてこられたと思います。
 皆さん、本当にお疲れ様。

 さて、今回の演奏会ですが・・・・

 最初の5曲はア・カペラ。
私は武満の2曲以外は、今回初めて聴きました。
やっぱり武満の曲が良かった。
「うたうだけ」の中間部のヴォカリーズなんて本当に心に沁みました。
「詩」(ことば)の無い部分が一番心に沁みた、なんて皮肉を言っているのではなく、言葉の無い部分にも、谷川氏と武満氏の「言葉にならない言葉」がしっかりと聴き手の心に浸透してくる、そう思えてなりませんでした。
 あとの3曲は、残念ながら初聴きの私には十分に楽しめませんでした。
 最初のステージということで、合唱もまだまだエンジンが十分に温まっていない感じもありました。

 ハイドンの「聖チェチーリア」ミサは70分超の大曲です。ピアノによる版でしたが、曲の素晴らしさ美しさを十分に堪能しました。
 ハイドンの語法ですから刺激的な響きはほとんどありませんし、だいたいが平明で節度ある音楽が続きます。
 滋味深く暖かい雰囲気に満ちていますが、「クレド」の中ほどからはキリストの受難から復活が丹念に歌われ、さながらオラトリオを聴いているような劇性を感じさせる面もあります。
 ソリスト各氏の懸命な歌唱が、音楽の陰影をさらに明らかに感じさせてくれました。
 曲が進むにつれて合唱の響きもすっかり安定し、よく響き合うようになっていました。
 最初から最後まで「出ずっぱり」のピアノは「出過ぎず引っ込み過ぎず」の絶妙なスタンスで、時折訪れるピアノだけの箇所でのデリカシーが見事でした。
 それにしても、この曲、「クレド」の終結部(特に“et vitam venturi saeculi Amen” )の高揚感は素晴らしいですね。
 当日も、聖なる三拍子の音楽に宙に浮くが如くの心持ちにさせられました。


 まあ、ぶっちゃけた話、カンマーコール伊勢より上手い合唱団、元気な合唱団は三重県内たげでもたくさんあるでしょう。
 この合唱団、演奏会での選曲も真面目一徹。パフォーマンスを取り入れたプログラミングは今までほとんど皆無でやってきました。
 なんとも「地味」。

 しかし、しかし、駄菓子歌詞(だが、しかし)

 10年目を過ぎて、いまさらながらに思うのですが、この指揮者とメンバーとが培ってきたものは貴重です。
 カンマーコール伊勢のすばらしさとは、それはまるで、消えそうで消えない小さな小さな、しかし、じっと瞳を凝らすと見える、控えめで稀有な美しさを放つ灯みたいなものです。
 派手さはないけども何故か大事にしたい、そう思わせる魅力があるのです。
 この日も、楽天的にぱぁ~っと放射することなく、顔の周りで漂うかのような清楚な女声の響きの健在なことにうれしくなりました。
 その美質はアンコール曲「夢みたものは」に結実していました。
(実は、この曲、初めて聴きました。)
 歌い出した瞬間に会場の空気が見事に変わりました。
 私が聴きたいのは、こういう体験をさせてくれる音楽会なのです。

 上の写真は団長の八田さんのフェイスブックより、本人了解のもと拝借しました。
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