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加藤和彦さんご逝去。静かに合掌いたします。

2009-10-18 | 気になる表現者

加藤和彦さんが亡くなった。
「パッチギ!」で流れた「イムジン河」がとっさに脳裏に
甦った方も多いのではないでしょうか。
天国の安井かずみさんに抱きしめてもらってくださいね、加藤さん。

加藤和彦さんご逝去。
      静かに合掌いたします。

「帰って来たヨッパライ」や「あの素晴しい愛をもう一度」などのヒット曲で知ら
れる音楽家の加藤和彦さん(62)=東京都港区六本木=が17日、長野・軽井沢
町のホテルで首をつって死亡しているのが見つかった。16日午後6時30分に死
去。パソコンで打った遺書らしきメモがあり、軽井沢署は自殺とみている。加藤さ
んは事前に知人に自殺をほのめかしていたという。葬儀は近親者のみで営み、後
日、お別れの会を開く。

 軽井沢署によると、加藤さんは16日に1人でホテルを訪れ、1泊2日の予定で
宿泊。ホテルから17日午前8時半ごろ「客室の男性と連絡が取れない。室内を確
認してほしい」と通報があった。

 17日朝に、知人女性(34)からホテル側に「加藤さんと連絡を取ったが、自
殺するのではないかと不安にさせるような内容だったので、所在を確認したい」と
の連絡があったという。

 署員とホテル従業員が17日午前9時半ごろに部屋に入ったところ、浴室内で死
亡している普段着姿の男性を発見。午後2時ごろ、同署で知人女性と事務所関係者
が加藤さんであることを確認した。

 衣服に乱れはなく、部屋には、パソコンで打ったとみられる遺書らしきメモが2
通残されていた。メモは音楽関係者とホテルあてで、音楽に対する悩みなどがつづ
られていた。

 加藤さんに近い関係者によると、関西に住む入院中の母親の介護に疲れていると
漏らしたこともあったという。また、最近、連絡を取った別の人の話では、加藤さ
んは精神的に不安定な状態で、「音楽を書けない」と悩んでいたという。遺体は午
後6時ごろ、事務所関係者が手配した車で同署を出た。

 加藤さんは3度結婚。70年に「サディスティック・ミカ・バンド」のボーカ
ル・ミカと結婚も75年に離婚。77年、作詞家の安井かずみさんと再婚したが、
94年に死別。95年に結婚したオペラ歌手の中丸三千絵とは2000年に離婚し
ており、都内のマンションで独り暮らしだった。近くには親しい親族はいなかった
ようだ。

 11月5日には東京・渋谷C.C.Lemonホールで、南こうせつ、葉加瀬太
郎、渡辺美里と大腸がん撲滅キャンペーンコンサートを行い、12月4日から上演
される舞台「パッチギ!」の音楽も担当する予定だった。舞台関係者によると、舞
台のための新曲を何曲か作る予定だったが、志半ばで帰らぬ人となった。

 ◆加藤 和彦(かとう・かずひこ)1947年3月21日、京都市生まれ。19
68年、ザ・フォーク・クルセダーズの最初のシングル「帰って来たヨッパライ」
が大ヒット。その後、南北分断の悲しみを歌った北朝鮮の曲「イムジン河」が政治
的な配慮から発売中止に。ソロ転向後は北山修と連名の「あの素晴しい愛をもう一
度」が大ヒット。ギタリストの高中正義らと結成したロックバンド「サディスティ
ック・ミカ・バンド」で海外進出。作曲家、プロデューサー業のほか、スーパー歌
舞伎の音楽担当など幅広く活動。06年には木村カエラを迎え、サディスティッ
ク・ミカ・バンドを再結成、07年にはアルフィーの坂崎幸之助とのデュオ「和
幸」を結成した。
                       (スポーツ報知)




子どもの頃、「帰ってきたヨッパライ」という曲を
パペット画面で聴いたことがあります。
天変地異が起こったかと思うくらいの衝撃でした。

そのあと、「イムジン河」の発売禁止があって、
「あの素晴らしい愛をもう一度」の永遠の名曲が生まれました。
私の大好きだった「だいじょうぶマイフレンド」、
あの曲も加藤さんの曲だったんですね。
村上龍さん原作の、突拍子もないメルヘンな映画が今も胸の奥にあるのは、
この曲のおかげなのです。

加藤和彦さんはがんで亡くなった安井かずみさん(天才的におしゃれで
すてきな作詞家だった!!)に深く深く愛されたひとです。
安井さんのインタビューで、加藤さんにパジャマ姿も見せたことがない、
という、恋人として愛し続けるせつない努力に、胸をうたれました。
詩人・安井かずみさんが恋を愛を日常の中で色あせたくなかったんだなあと。
それほどに愛される加藤和彦さんが羨ましいなと思いました。

サディスティックミカバンドの「タイムマシンにお願い」は
今も大好きな曲です。
素敵だった、ちょっとパンクと言うか、テクノというか、時代の先を
走っている姿が垣間見えて、つねに憧れでした。

加藤さんが音楽で息詰まったというのなら、
それはもうしかたがない、あんなに音楽という世界を楽しく見せて
くれていたひとが、苦しくなってしまったのだもの、
生きているのがしんどくなったら、楽にしてあげたい・・、
だけど、加藤さんというフィルターを通して
もう新しい曲が2度と生まれないと言うのが悲しいです、とても悲しい。

加藤さん、愛されてずっと幸せだったろう、安井かずみさんに
もう逢えましたか?
お疲れ様でしたねとねぎらってもらえましたか。
安井さんの胸の中でぐっすりと、安心してお眠りくださいね。

合掌。






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キーワード
イムジン河 帰って来たヨッパライ 帰ってきたヨッパライ あの素晴らしい愛をもう一度 スポーツ報知 マイフレンド タイムマシン サディスティックミカバンド 坂崎幸之助 木村カエラ
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4 コメント

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Unknown (トラの子)
2009-10-18 10:15:01
ビックリしました。こちらで訃報を知りました。「帰ってきたヨッパライ」、一ヶ月前位の朝日新聞の「うたの旅人」のコーナー(?)で詳しく読んで昔々、ソノシートのような音で流行歌として聴いたことを思い出しました。その記事の後で子供にも「おらは死んじ待っただ〜」と歌ってみるとすぐに覚えてフレーズだけ面白がって歌っていました。
安井かずみさん、お洒落でしたね。とてもお似合いの二人だったので中丸さんと再婚された時意外でしたね。離婚されていたのも知りませんでした。なんとなく安井さんとご夫婦の時の2ショットは今の鳩山ご夫妻と被るのは何故でしょう。もっと安井さんのほうが素敵なのに。
サデステックミカバンドも一世風靡の時代がありましたね。時代の先端を走ってポップなテクノな雰囲気が漂っていました。貴重な記事を知らせていただきました。加藤さんのご冥福をお祈りしたいと思います。
Unknown (うちゃえる)
2009-10-18 14:14:33
今はまだ、ものすごく悲しく、
残念でしかたありません・・・。

トラの子さんへ ()
2009-10-18 23:49:56
こんばんは、トラの子さん。

私もびっくりしました。
どうやらうつ病だったそうで、
曲作りを考えると具合が悪くなると、
おっしゃっていたそうです;

安井さん、恋をいつも異化して、
新鮮さをキープなさっていらしたかたです。
随分前になくなられたけど、
同じ音楽畑のかた、身近にいらっしゃたりすると、
刺激でありつつ、理解者でもあったことでしょう、
鳩山さんと似ている?
なんとなくわかります、そのイメージ。
でも、安井さんたち2人のほうがかっこよかったですよね。
依存しあわないで大人だなと思っていました。
オシャレで素敵な加藤さん。
お疲れ様と言うしかないですね。
うちゃえるさんへ ()
2009-10-18 23:51:16
こんばんは。

坂崎さんの胸の内を考えると、
そして坂崎さんと一緒に素敵だった加藤さんを考えると、
言葉にならないと思います。
コメントありがとうございました(涙)

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