裁判所書記官のときどき日誌

日々の疑問についての裁判所書記官がただの個人的なことを書いていくブログです。

他人事と思う批判に流されやすいけど。

2012年05月20日 | 疑問
 久しぶりに、ブログを書きます。

 やっぱり、裁判所職員のぶっちゃけ時事放談が閉鎖されて意識してしまいますね。

 正直なところです。

 言論の自由というのはちょっとしたことで侵害されやすいということもよくわかりました。

 たとえ、どんな批判があろうとも言論の自由はとても大切な権利なのですが。

 どっかの独裁体制の国家だけでなく、一見、民主主義で自由主義と言われる国でも表現の自由は侵されやすい。

 この事実をよくよく考えて、安易な批判に流されないようにしないといけないと思います。

 特に他人事だと思う批判に対しては、何事も考えず、その批判の上に乗っかりやすいものです。

 いやはや、日本は、その安易な批判のために、失われた20年が築かれたのかもしれないなあと思います。

 
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引継書を作りながら

2012年03月17日 | 業務日誌
 早いもので、もう、3月半ば。

 例年通り、事件関係の引継書をつくっています。

 今回、引き継がなければいけない事件の中には、それほど難事件もなく、そもそも、引き継ぐ事件もそれほど多くないので気が楽です。

 比較的、仕事に関しては安定した年だったので、ほんとうに良かった。

 しかし、公務員という意味では、とにかく叩かれた、そして、削られた年だった。

 つい最近、退職金が400万円削られるということで、さすがに退職間近の人たちは怒りの表情をにじませていました。

 なんでも、かんでも、東日本大震災のためで片付けられているような気がする。

 よく、会社の代表者が、みずからの会社の減益を、あるときは不況、あるときは、ライブドアショック、あるときは、リーマンショック、内需不振等等。

 マスコミが報道して、みんなが知っている理由をことさらにあげて、減益の理由にしているのに似ている。

 結局のところ、自らの経営責任はなかった、ということを遠回しに言っているだけだ。

 それで、文句を言わず、とりやすいところから取る。削りやすいところから削る。

 本当に削るべきところは、自らの辞任なのにも関わらず。

 この安易なやり方が本当に良いのか、そもそも、公的負担と公的給付のあり方を、もっと、真剣に議論すべきないかという点が見過ごされ、本当の意味での改革は進まない。

 東電の問題でもわかったように、本当の原因や本当の問題は、公にもならず、話題にもあがらない。

 国民の目、国民の耳であるはずのマスコミが、実態を流さない。

 東電の問題でも、東電の影響力が下がった途端、でるわ、でるわ、おそろしいほど、いろいろな情報がでてきました。

 東日本大震災の教訓は、やはり、「情報の重要性」ではなかったか、そして、「正しい判断ができるリーダー」ではないか。

 いわゆる家裁の問題も、情報がないことによるし、家裁職員のケアに関しても、そのリーダーはどのような対応をするべきなのかと考えてしまいます。

 ワイドショー的に、総論でおもしろくでは、この複雑な社会にとても対応できません。

 あれほど「悪」で、「無能な」官僚と、悪官僚無能論が横行する中、元官僚の古賀さんの的確な問題提起と解決案を聞いていると、やっぱり、現場の第一線で仕事をしている人はちがうなと思います。

 情報のあり方、リーダーシップのあり方が問われた一年だと思います。
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ブログをみたら

2012年03月13日 | 苦労話
 久しぶりに、パソを開けてみた。

 通称「ぶっちゃけ時事放談」ブログでも見ようと思ったら、いつのまにか削除されていた。

 ありゃと思いきや、なんと、「ぶっちゃけ時事放談」が炎上したようだ。

 その詳細の内容は、個々人がネットで検索してもらうことに期待するとして、とにかく、家庭裁判所がホットだということは、とてもよくわかった。

 そして、難しい問題をたくさん抱えているということもよくよくわかった。

 それに加えて、その難しい、難しい問題を、現場限りで解決しているのもよくわかった。

 とにかく、大変だということがわかった。

 家庭裁判所はもっと評価されてもよいようだ。

 
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維新の会が流行中

2012年02月25日 | ちょっと思ったこと
 民主・自民・公明の合意で、国家公務員の給与を下げる法案が通過してしまった。

 まあ、自分たちの議員報酬や、定数削減は、そっちのけで、図々しくそういうことができたもんだと、改めて感心する。

 国民の皆様に、考えてほしいのは、現在、国会議員の削減が強く叫ばれていますが、国会議員が無能だからこそ削減しないといけないと理由になるわけですが、その国家議員を選んでいるのは、国民です。

 だから、国民が悪いって、言いたくなるような気もするけど、私自身、国民の一人。

 それに、選挙のときのことを思い出してみると、そもそも、選挙で立候補する人たちって、ほとんど知らない、よくわからない人たちばかり。

 そのどっちか選べと言われても、困ってしまうというのが実感。

 選んだはいいけれど、どんなに失政が続いても、責任を取らず、4年間、意地で辞めないってのも、困ってしまう。

 最近、維新の会が流行ってきたけど、その前は、みんなの党、その前は、民主党。

 どーも、ストレス解消的なことをお茶の間で言ってくれるワイドショー的な存在がモテハヤされては、叩きのめされるといった観があります。

 これだけ、複雑・専門的になった行政等の国家運営を、ワイドショー的に運営するのはちと難しい。

 それは、民主党を見て思いました。

 結論的に、「言うだけ◯◯」になってしまう。

 どーも、政党政治もここらへんで、The Endとなってしまいそうな気もするけど、そういうことがないように、我々国民がしっかりと監視していかないいけないと思います。

 

 

 
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民意って本当に尊いのか。

2012年01月15日 | ちょっと思ったこと
 ゆあなさん、コメントありがとうございます。

 速読ですが、ゆあなさん自身はできるようになりましたか?

 そのあたりの感想も教えていただければ、ありがたいです。

 ところで、最近、民意なるものを考えさせられます。

 なぜかというと、裁判所で受付をしていると、みなさん、民意を語ります。

 ほとんどが、テレビの受け売りを自分の有利になる理屈を述べる訳です。

 中には、どう考えても、その人の個人的な意見を民意と述べます。

 民意がたけのこのように、いろんなところから、ポコポコ生まれています。

 まるで、中国の天命や、戦前の天皇の意思のよう。

 特に、民意というものは確認のしようがない。

 確認するとしたら、世論調査や投票。

 世論調査も、テレビとネットでは異なるし、投票だって、いろんな思惑で一票投じるわけで、その候補者が主に主張していることを原因として投票しているかどうかもわからないし。

 その理由として、マニュフェストを見て投票を受けたと思っているのなら、マニュフェストを全く守れなかったにも関わらず、解散しない政党があることからしても、彼がマニュフェストにより民意の付託を受けたとは考えていないことがわかります。

 のらりくらりやって、場合によって、政治的対立軸を作れば、また、民意は戻ってくるくらいしか考えていない。

 その政治的対立軸を公務員給与にしようとしているわけで、強引に公務員を政治の中に叩き込もうとしているわけですね。

 民意ねえ。

 その民意を受けたはずの政治がこれだけだめでは、民意の権威ってどんどん落ちていき、そのうち、危機が訪れる気がします。
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