お山さんの一言言わせていただきます

日常の雑感・映画の感想などをこの場でアウトプット

お知らせ

2012-03-17 12:35:19 | つぶやき
完全に↓に移りました。

http://blog.livedoor.jp/yamatenisan/
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お知らせ

2012-02-29 02:19:01 | つぶやき
管制官試験対策はこのブログの趣旨(日常の・・・)に合わないのと
gooブログのアフィリエイト機能があまりに使えなさすぎるので
下のサイトに移転します。
http://blog.livedoor.jp/yamatenisan/
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Qなぜホワイトデーがあるの?

2012-02-24 00:31:33 | 僕が質問に一言で答えます
A バレンタインデーに備えて大量生産したチョコを完全に処分するため。
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Evernoteと試験勉強との連動

2012-02-15 23:57:35 | 弁理士試験
Evernoteを試験勉強に使ってみた。
https://www.evernote.com/pub/oyamasan0403/oyamasan0403

ワードでもいいのだけど、こっちのほうが面白そうだ。まあ問題は何日続くか、だろうが。
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二十四の瞳にこだわる男

2012-02-14 06:25:48 | ブログ小説
二十四の瞳に感銘を受けて自分も教師になりたいと思う男がいた。彼はものすごくその作品が好きで
自分も12人の生徒の担任を持った時はタイトルを24の瞳として自伝的小説を出版したいと考えていた。
彼は24という数字に並々ならぬ執着心を持っていた。

都内で教職に就いたが、いくら少子化と言え担任を受け持った生徒数は30人であった。六十の瞳はしっくりこないと彼は思った。
都内ではだめだ、と思った。俺は12人の生徒を持ちたい。そこで彼は田舎ならその夢がかなうだろうと田舎の教職に就くことにした。
田舎なら別にどこでもよかった。小豆島でなくてもよかった。そこには執着心はないらしい。そういうところはずぼらというか抜けている性格だった。

とある田舎で教職に就いて1年目。生徒数は13人だった。惜しい!彼は嘆いた。二十六の瞳じゃだめだ。二十四じゃないといやだ。彼は車で通勤していたが生徒数が12人だったら自転車で通勤しようと考えていた。生徒数13人が原因で彼は生徒愛もわかなかった。ただやっつけ仕事のようにたんたんと仕事をした。彼は2年目になると2年生の担任を受け持つことが確定していた。そして2年生に進級する生徒数は12人だった。やっと俺の夢が叶う。彼は待ち遠しかった。今度は自転車で通学していい先生になるぞと彼はうきうきした。

ところが土壇場で生徒数は転校生が1人増えてまた13人になった。彼は愕然とした。その知らせを聞くと大声で畜生と叫んだ。周りの教師はあの人頭おかしいんじゃないかと伺い始めた。その年、彼は転校生に対して悪質な嫌がらせをした。転校生はそれから学校に来なくなった。

次の年次の年も14人やら11人やらどうしても12人にならなかった。そのいらだちのうっぷんを生徒に向けるので親からクレームが頻繁に来た。そして君は来年から改善しなければクビだと言われた。しかし彼には生徒数が12人でなければどうしてもやる気がでなかった。

しかし、最後の最後に彼は幸運にも生徒数12人のクラスを担任することができたのである。彼はその軌跡を喜んだ。そしてこの日の為に購入したぴっかぴっかの自転車を見てニヤニヤ笑みをこぼした。そしてここからが俺の教師生活のスタートなんだと日記をつけることにした。彼は早く始業式が来ないかと待ち望んでいた。

ところが、始業式になって彼は気づいた。生徒の一人が眼帯をつけていたのである。これでは24の瞳にならない。23の瞳じゃないか。彼は細かいところだが24の執着は相当なものなので気に入らなかった。その眼帯をつけた生徒に強引なこじつけをつけて無理やりにでもはずそうとしたがその生徒はそのことを親に通報したらしく、大問題となり彼はクビになったそうだ。

おしまい

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舞姫2 

2012-02-13 23:54:56 | ブログ小説
豊太郎はやっぱりエリスと娘3人で暮らすことにした。
豊太郎の出世の道はこれで完全に断たれたのであるが、豊太郎自身それはどうでもよかった。
本能の赴くままに行きたいという欲望を抑えきれなかったのである。
豊太郎はこのエキゾチックな雰囲気が漂う異国の地で10歳以上も年を離れた美少女を娶り静かに暮らしたかった。貧しい暮らしも悪くない。むしろ今の若い時期を仕事に費やしたくなかったのである。

そして彼には一つの思いがあった。彼には変身願望があったのだ。。豊太郎は子供のころから病弱少年であった。そのため筋肉隆々とした体格への憧憬の念があった。彼は肉体を改造したかった。しかし、親、知人などが身近にいると恥ずかしくてできなかったのである。

もっと肉体改造したい、という気持ちは、このエキゾチック漂う雰囲気漂う異国の地でますます高まった。おまけに今自分を知る者は誰もいない。そして仕事も5時に終わるし、ぶっちゃけ行きたくなかったら来なくてもいいような仕事なのである。そこで豊太郎は早速、仕事も5時に終わるので帰るや否やすぐに肉体改造を始めた。とりあえず凛とした制服は脱ぎ捨て上はタンクトップそして下はホットパンツに着替えた。その後適度に運動するも彼は運動音痴なのですぐに終了した。その後は性の赴くままに生きた。エリスはそのような彼の変貌と奔放な生き方に最初は戸惑うもすんなりと受け入れた。

日がたつにつれて豊太郎はなかなかこの暮らしも悪くはないなと思うようになってきた。しかし豊太郎にはコンプレックスがあった。彼は身長が160cmあるかないかでまわりのドイツ人は少なくとも170はある。エリスですら170cmあるのだ。どんだけ体を鍛えても彼の年では成長はしない。おまけに彼は体重が50kgあるかないかである。一方エリスは出産後体重が増え50kgを超えふっくらとした体型になった。そして今では初めてであったときのあの美しい面影があまり残っていなかった。あの時の美しさはもう取り戻せないだろう、と彼は思った。むしろ自分のほうがやせており色白であることもあいまって女性的なのである。ならば男らしい体形はあきらめて美しい人間になろうと彼は決めた。

エリスの踊り子仲間に美容法、女性らしい歩き方、ふるまい方、男性を喜ばすしぐさなどを習った。自分もエリスと同じ職場で踊り子として働きたいと願い出たがさすがにそれは断られた。豊太郎は貯金のほとんどを化粧品やレディファッションに費やした。さらに踊り子仲間に髪の毛を分けてもらいそれを丁寧にまとめてウィッグとして使用した。

豊太郎がみるみると美しくなるのとは対照的にエリスはぶくぶくと太り始めた。数年後には子供も5人生まれ子宝に恵まれた。しかしながらあの美しかったエリスに今や面影のない姿を見るのは豊太郎にとってつらいことであった。しかし、彼はこう考えた。もはやエリスにそのような美を期待できない。ならば私がなってやろうじゃないか、と。こうしてますます豊太郎のエリス化が始まった。ものを覚え始めた我が子にお父さんかお母さん、どっちがきれいか質問したりした。お父さんの方がきれいと子供が言うと豊太郎はニヤリと笑った。

このころになると豊太郎は仕事が億劫になった。仕事をすれば体力が消耗する。すると老化も早くなる。もう30を超えたので老化も次第に早まるだろう。それからは仕事を早めに終わらせ8時出勤で12時帰宅という超フレックスタイム制にシフトした。子供も5人もおり、エリスは踊り子をやめたので家計が厳しいということを彼は悩んだが、それはアンチエイジングに比べると2も3の次であった。しかしこのころになるとエリスが再度持病である精神から伴う発狂を患い、家庭は崩壊寸前だった。豊太郎は、もう働きたくなかった。紳士に拾ってもらって専業主婦になりたかった。そこで家を捨てようかと思ったが自分の子供5人がみな女の子で美しく、これは将来が楽しみだと日頃思っていたので土壇場でやめた。

エリスの持病の発狂周期は経験的に5年に一回らしく、発狂期間は6か月で治まるらしいので豊太郎はそれほど心配にしていなかった。親に金銭的援助を申し出たり、書物を当時流行していたとかしていないとか、電信オークションで売り払ってなんとか生計をやりとりした。一番上の子ももう10歳になるとみるみる美しく成長していった。晩年の豊太郎の楽しみは娘たちが美しく成長していくのを見取ることだけだったそうだ。

おしまい

※舞姫で検索して不幸にもこのサイトに引っかかった舞姫好きの方々すみません。

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TPP亡国論 

2011-12-25 12:03:10 | 本について言わせていただきます
TPP亡国論 (集英社新書)
中野 剛志
集英社


僕は一冊本を読むごとにコロコロ考え方が変わりがちだ。
関岡 英之の「奪われる日本」を読んでは、市場主義よくない、
野口 悠紀雄の「資本開国論」を読んでは、もっと外に出るべきだなんて思ったりした。

僕は経済に関し全く知識がないもんで、
今最新の経済学では〜という考えで一致していて、とか
専門知識がないとわからないようなデータなんか見せられてはいこうです、と言われたら
あーそうなんだとついつい納得してしまいがちだ。

要は経済リテラシーなるものが備わっていないのである。
鵜呑みして深く考えようとしない。

だからあまり経済の本を読んでも意味ねーなと思っていたところに
今話題の本書を手にした。

著者は、TPPが世論を沸騰させるまで、TPPに関して特別に専門性を有しているわけではなかったという。
ネットなど誰でもアクセスできる公知情報をもとに論理を構築していき、TPP賛成派の意見に一つ一つ反対している。
テレビによく出てくる「信頼できる情報筋」の情報とかそんなものはない。

特に気になったのが「開国レトリック」の話。大手メディアやその筋の評論家たちが、馬鹿の一つ覚えのごとく開国、開国と唱えることで、TPPが「開国」か「閉鎖」かという二項対立の問題にすり替えようとする。そのすり替えにより、TPPの根深い問題について考えることをストップさせるのだ。
そもそも「開国」がプラスイメージのように聞こえるが、黒船来航による「開国」により日本は屈辱的な不平等条約を結んだのだ。
僕もうっかり、例えば面接試験で面接官が僕に「TPPについてどう思うか」なんて質問されたら
「日本は今閉鎖的なので、ほかの国に遅れないように開国すべきだと思います。」みたいなことを言ってしまいそうである。

そんな知らず知らずに頭を痴呆化させ開国ええじゃないかのデカダン信仰に陥らないためにも一読する価値はある。



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レバレッジ時間術

2011-12-25 10:26:27 | 本について言わせていただきます
レバレッジ時間術―ノーリスク・ハイリターンの成功原則 (幻冬舎新書)
本田 直之
幻冬舎


学生時代はお金はないが時間はたっぷりある。社会人になると(学生時代と比較して)お金はあるが時間はない。
時間は残酷だ。あっという間に過ぎ気づいたらただのおっさんになる。

時間の有効な使い方について参考にしようと本書を手にした。
レバレッジ時間術という目鱗系のすげーテクニックがあるんだろうなーと期待を寄せて。

ところが一通り目を通すとどうってことのない、当たり前のことが書いてあるだけである。
例えば、資格取得に向けて1か月の勉強期間があるとする。
まずここで資格取得についてどういう勉強法をすべきかを考える。
得点率が6割で合格なら6割に1割ほど上乗せして7割程度得点をとれる勉強法を検討する。
そして1か月という期間から逆算して1週間後にはこのノルマを達成する、2週間後には、という具合にスケジュールを立てる。
そのスケジュールを1日1日カレンダーで確認する。

こんなもんわかるわい、と思ってても読んで無駄だったわけではない。
だってわかってても意識をしていないのだから。
結構有効だと思っていても見過ごしていて実行していないことが多いのだ。
なので意識改革として役立った。

まずはカレンダーを買うことだな。
今から100均行ってくるか。クリスマスやからこんでるやろな。

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異端の数ゼロ

2011-12-23 15:45:13 | 本について言わせていただきます
異端の数ゼロ――数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)
林 大
早川書房


ゼロ(=無)の概念を発見した国はインドではない。ゼロを無という観念的なものから切り離し、数としての役割を表す実体的なものへと変えた国がインドだ。

ゼロの概念は既に古代ギリシャでも存在していた。しかし古代ギリシャではゼロを畏敬のものとして恐れ、退けてきた。
それは第一に古代ギリシャの数学が幾何学と密接に結びついていたことに関連する。そして次に宇宙観、宗教的な要素にも関連する。

ギリシャ数学では、平面幾何学が発達していた。
平面幾何学では、例えば直角二等辺三角形では底辺とその底辺以外の一辺の長さが1:√2というように「比」に支配される。
そのため、ギリシャの数学者たちは比の性質を調べることに多くのエネルギーを費やしてきた。そのギリシャの数学者たちの中でも有名なピタゴラスは、この「比」が数学の分野を超えた、音楽、宇宙観など様々な分野をも支配していると見出した。

ピタゴラスというと、直角三角形の斜辺の平方は残りの二辺の平方の和に等しいというピタゴラスの定理を想起されがちだが、実はこの定理はピタゴラスが発見したのではない。ピタゴラスの時代より1000年以上前に知られていた。ピタゴラスが発明したのは音階である。ピタゴラスは弦の長さの比が簡単な整数比のとき、発する音がよく調和することを見出した。さらに比をもっと広い範囲、つまり自然においても、比は自然をも支配するという科学を超えた哲学的な考えに至り、これが西洋世界全体にとって真理となった。

この意味において、ゼロは意味をなさないように思われた。比にゼロを取り入れる要素などなく、さらにゼロを受け入れるということは自然に逆らうことと同じことを意味していた。そしてこの教義はアリストテレス哲学の基礎となった。アリストテレスは、自らの哲学をもとに神の存在を証明したこともあり、哲学が、キリスト教という宗教と融合していったのである。そしてこの思想は以後1000年以上も西洋世界に影響を与えた。この意味において無=ゼロを完全に拒絶するアリストテレス哲学を否定することは神を否定することでもあり、ゼロはタブー視された。

一方、インドでは、ヒンドゥー教では無という概念は重要な位置を占めていた。ヒンドゥー教の目標は、アートマン(=自我)を肉体から解放し、死から死へとさまようことをやめさせることである。生命の欠如により、究極の解放を達成する。生命の欠如とは究極の無である。このような宗教的背景もあり、インドは積極的にゼロを受け入れた。インドはただゼロを受け入れただけでない。、空位を示すという無という観念的なものから、数としての役割を表す実体的なものへと変えた。ゼロを数として取り入れることで数学はそれまで幾何学的だったものが代数的なものへと変貌していった。その後イスラム世界はインドからゼロを採り入れ、代数学、三角法を開拓していきアラビア数学は隆盛を極めていいった。一方西洋世界では、ゼロを受け入れてからようやく微分法、美術では消失点の開拓などアラビア数学に数百年遅れて発展させてきた。

西洋世界でゼロを受け入れたのはキリスト教的世界観が弱まったルネサンス時代である。これまでタブー視されていたゼロに、人々は有用性を見出した。イタリア商人たちはゼロを含むアラビア数字を積極的に取り入れることにより、商業を発達させ、芸術家は、ゼロをとりいれることで消失点を発見し、今まで平面的だった絵画が奥行きのあるものへと変化し、さらに数学の分野ではゼロを受け入れることにより、微分法といった新しい分野を開拓することに成功していった。このようなゼロの勝利によりキリスト教的世界観の根幹にあるアリストテレス哲学は完全に衰退していくこととなった。

このように本書はゼロを基点として、各国の数学、宇宙観、哲学、宗教等の歴史を俯瞰する。アリストテレス哲学など一個人の哲学で自然を説明しうる、ということ自体が誤りであり、そこでゼロをタブー視してきたことで西洋世界は五十歩も百歩も後れを取ってきたのである。ゼロよりもむしろ、自然を、科学を超えて哲学や宗教的思想により説明し、それに反するものは除外していくというような閉鎖的な観念こそが危険な思想であることを本書を通じて感じた。






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今の政治について一言言わせていただきます

2011-12-22 23:14:53 | ひとりごとをぶつぶつ言わせていただきます
野田さんが生理的にダメ。
金正日三男と顔が被る。
なんか北朝鮮の独裁者が首相になったみたいで嫌。
実際独裁者だし。
独裁者らしいくたばり方でやめていってほしいな。

そういう意味で管直人の方がマシだった。行動力がない分も含めて。
どちらも戦後最悪の首相で、政策など最悪であるというのは当然だが。

党首ポスターの管直人は、活き活きとしていた。特に眼が輝いていた。某野党党首ポスターに死相が出ていたから余計
そう思った。だからこの人なら明るい日本を再生させるとだまされた方も僕を含めて多かったと思う。
しかしこんなにあほとは思わんかった。

けど今弁理士の資格勉強をしているのだがモチベをくれたのはこの人のおかげ。だってこんなあほでも合格できるんだから。
逆にいうとこんなけ馬鹿にしておいてお前弁理士合格できんのか?みたいな自分への挑戦状のようなプレッシャーをも管さんは与えてくれる。
不合格やったら僕も自分への罰ゲームとしてお遍路しようかな?

それにしても民主党を引きずり落とせと野党の方々は躍起になっているのに
党首死に垣は何をやっているのだろうか。
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