86歳・老大娘の日記

晩年を生きる

プロレタリア文学・農民文学

2017-04-05 20:45:30 | 読書

十数年前に読んだ蟹工船を再読し終えたとき

お友達から「釜ヶ崎風土記」が送られてきました。著者は作家、郷土史家。

私が受講する講座の西まさる先生が本名斉藤俊輔で書いておられます。

釜ヶ崎の地名は知っていましたが、

この本を読んで凄い街が現実にあるのを知りました。

日本最大のドヤ街、治外法権の街と書いておられます。

この地区のルーツは遠く秀吉の時代に遡るようです。

内に入らなければ本当の釜ヶ崎は書けないと、西先生は夫人と共に

この地区のアパートに1年間住み、「お友達」も作られた由。これまた凄いこと!

 

上記の本二冊は比較的最近読みましたが、山の民は江戸時代、

女工哀史は大正末期から昭和にかけてのお話し。

感動し、深く心に残りましたが、既に歴史のかなたにあると言えます。

一方、釜ヶ崎は現代、今この時間にも人々が暮らしている街なのです。

インターネットやAIの今の時代に存在する街なのです。

そんな釜ヶ崎に、同人誌「釜ヶ崎詩人」が発行されているようです。

たくさん載っていますが、一首だけ引用させて頂きました。

「日雇いの我をたずねる人はなし電車音のみ来ては遠のく」 太郎

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10 コメント

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尊敬します。 (ryo)
2017-04-05 20:55:16
reiさまを心から尊敬します!
だって、私はきっと挫折すると思います。

蟹工船、途中で挫折、数年前に再度、挑戦して
また挫折です。
女工哀史、挑戦してみたいと思いますが、難しく
ないですか?
≫ryoさん (Rei)
2017-04-05 21:08:47
知らない世界を知ることに夢中の時期に読みました。
日々ぬるま湯の中にいましたから、
これらの本からたくさんの刺激を受けました。
私のことですから、忘れるのも早いですが・・
「山の民」はnkoさんのご紹介です。
私は自分は平凡、無芸大食と思っていますので
ryoさんを含めて、あらゆる方々から恩恵、刺激を頂いてきました。
なので尊敬されては戸惑いますし、困ります。
蟹工船 (nampoo)
2017-04-05 21:39:11
今晩は。
蟹工船や女工哀史は若いころ読みました。
あまりにつらくて2度は読みたくありません。
西まさる先生は本物の物書きさんですね。
きっとリアリティーのある素晴らしい本になっていると思います。
Rei様の知識欲に脱帽です。
私もRei様を見習わなければと思います。
Unknown (hiro)
2017-04-06 08:10:22
Reiさん、おはようございます♪
蟹工船や女工哀史は読んだことがありません。
でもそんな時代があったことは歴史で学びました。
今の政府には戦前回帰の姿勢があるようですが、
そんな時代に戻らぬよう、国民はしっかり監視して
いかなくてはいけないと思っています。
西の釜が崎、東の山谷は日雇い労働者の街として
有名なのでよくテレビで見ました。
山谷の簡易宿泊所は、最近外国人バックパッカーに
人気があり、街もだいぶ変容したようですが、
釜が崎は今も同じなのですね。
日雇い労働者の歌は胸にジーンときました。
≫nampooさん (Rei)
2017-04-06 11:14:39
おはようございます。
私はこの種の作品は好きで若い時からよく読みました。
父の影響が大きいかと思います。
私は情がうすいのか、作品として読んでいまして、
哀しい思いはありますが、
こういう時代、事実を知ることの
関心のほうが勝っています。
西先生のこと褒めて頂いて忘れなければ
4月の講座でお会いしましたら伝えます。
≫hiroさんへ (Rei)
2017-04-06 11:19:46
おはようございます。
釜ヶ崎、山谷は有名ですものね。
山谷の外国人バックパッカーのことは知りませんでした。
宿泊料金のお安いことが原因なのでしょうか?
でも何か危うい感じも致します。
高価なブランド品に身を包む人がいるかと思えば
底辺で生きる人たちがいる、
この世はいろいろ、矛盾も感じますね。
こんばんは (ふくちゃん)
2017-04-06 17:30:16
釜ヶ崎は行く機会はありませんが 主人の服をそこの施設に送りました。
それから時々炊き出しの為の お米を送ってほしい旨の手紙が来ます。
私はお米は余りませんので数回お金は送りました。

お店をしていた時に ある高校の先生がそこに休みになると炊き出しに行かれていました。尊敬していました。
怠けているのではなくて 仕事が無いのです。
日雇いも働き手が欲しいけれど高齢になるとなかなか。。。。。
日の当たる場所 日陰の場所
年金生活でもまだいろんな楽しみが出来るので文句は言えません。
≫ふくちゃん (Rei)
2017-04-06 20:49:27
こんばんは!
そうなんですか?私はそういう寄付は一度もしたことありません。
お偉いです。
教会とか支援する団体へは定期的にしていますが。
名古屋には釜ヶ崎や山谷のような地区はないように思います。
私が知らないだけかもしれませんが・・・
終戦後駅裏と呼ばれて、新幹線口(駅西)に
あった記憶ですが?
おっしゃるように働く意欲はあって働き口がないのですよね。
そのうちに年取って益々働けない、
そんな事情がこの本にも書いてありました。
貧しさが (nko)
2017-04-06 21:44:19
飛騨の工女たちが通った雪の野麦峠を、輪カンジキ
を履いて辿ったことを思い出します。
飛騨の大原騒動や梅村騒動犠牲者の遺跡も
訪ね歩きました。
貧しさが故の悲劇は、そう遠くない時代に
あったようですね。
名古屋のドヤ街も再開発で、昔の名残が少なく
なりました。
今後は小説やドキュメンタリーで、語り継がれて
いくのでしょうか

≫nkoさん (Rei)
2017-04-07 13:35:59
こういう小説やルポを興味本位で読んでは不謹慎ですが
でもやはり知りたいですし、それも必要かと思います。
野麦峠の記念館も行きました。
女工さんの人形が今も強く脳裏に残っています。
車で100m道路を走ると高架下や、白川公園にも青いテントが見られましたが、
いまはなくなったのでしょうか。
最近この種の本を読み続けていて
少し暗い思いになっています。

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