いくらおにぎりブログ

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【映画】思春の泉

2007-10-01 | 邦画 さ行

【「思春の泉」中川信夫 1953】を観ました


おはなし
草刈りで出会ったモヨ子と時造。そで子婆さんとため子婆さんは、二人をくっつけようと画策しているのですが、時造がモヨ子を押し倒したために、話がこじれて……

宇津井健の記念すべきデビュー作です。それも、ファーストシーンは鞍をつけない裸馬に乗って登場です。さすが大学時代に馬術部だっただけありますね。

「毎年秋が来ると、近くに草刈り場を持たねえおらたち村の百姓は、遠くの山の麓さ草刈りに行くだよ」

荷車をゴトゴトと引いて歩く農民たち。特に初めて草刈りに参加するモヨ子(左幸子)は、うれしくって仕方ありません。十日から二週間の間、小屋掛けをして一年分のまぐさを刈り取る作業、というとタイヘンそうですが、村の若い男女を中心に、ワイワイと楽しみながらできる合宿みたいなものなのです。

一行のリーダー格、そで子(岸輝子)はモヨ子のおばあさん。彼女にも実は楽しみがあります。それは、温泉に浸かれることと、やはり隣村の一行を率いてくるため子婆さん(高橋豊子)に会えること。ケンカするほど仲が良い、という言葉通り、二人は会えばケンカをする仲ですが、それでも仲良しなのです。

そして、二人の婆さんの楽しみがもうひとつ。それは、村の若い男女を引き合わせて結婚させることです。今年、そで子婆さんが考えているのは、孫のモヨ子。気立てもいいし、自慢の孫娘ですから、相手も気に入るでしょう。もっとも、ため子婆さんが、どんな相手を考えているかは分かりませんが。

「おばあ、世の中はなんて広いんだべえ」と、木によじ登ったモヨ子は、あちこちを見て感心しています。若い娘たちもキャッキャッと楽しそうに草を刈り始めました。いよいよ、楽しい草刈りの始まりです。

池で水浴びをする村の娘たち。そこに悪戯者の村の若衆がやってきて、服を隠してしまいました。困りました。これでは水から上がれません。そこに走ってくる一頭の馬。またがっているのは、隣村の時造(宇津井健)です。キャーキャー叫ぶ村の娘たち。時造は「自分は馬の仔さ、洗いに来たんであります」と直立不動で困ったようすですが、そんな時造の凛々しい姿を見て、モヨ子の胸はキュンとしてしまうのでした。

どうやら、ため子婆さんの用意していた男は、この時造だったようです。風采もいいし、真面目そうな時造をすっかり気に入ったそで子婆さん。もちろん、ため子婆さんもモヨ子を気に入ったようす。それなら、と二人に同じ草刈り場で働くように命じる婆さんたちです。若い男女を同じ場所に、二人っきりで置いておけば、すぐに恋も芽生えるでしょう。

案の定、二人は田植え歌を一緒に歌いながら、仲良く草刈りをしています。お互いに、相手を憎からず想っているようで、まずは成功。

小屋の中で、そで子婆さんとモヨ子が寝ています。とは言え、モヨ子はなんだか寝付けないようす。モヨ子はいきなりそで子婆さんに、こう聞くのです。「おばあ、おなごとおとこ、どっちが強いんだろうか」。そりゃあ、体の大きい男の方が強いに決まってると、まずは常識的な答えを返したあと、そで子婆さんはこっそり言います。本当のことを教えてやる、実は女の方が強いんだよ。「それなら、おら時造の手綱取ってみせるだ」と張り切るモヨ子。狙い通り、すっかりその気みたいですね。

草刈りの合間には、休息の時間もあります。町の温泉に出かける婆さん二人。もちろん、お供はモヨ子と時造です。先に湯から上がった時造は、そこで芸者のチョン丸(阿部寿美子)と出会いました。かつては時造の幼馴染だったというチョン丸は、すっかり男前になった時造にまとわり付いています。そんな様子を、やっぱり湯からあがったモヨ子が見ています。あんなにデレデレして、とプチ嫉妬のモヨ子なのでした。もちろん、宇津井健はデレデレしていません、念のため。

成功を確信した婆さんたちは、町のイタコのところに出かけました。二人の相性をおしらさまに聞こうというのです。ムニャムニャ、と経文を唱えるイタコ。はいっ、出ました。「ふだりの相性はびったりとあっでいで、まるであつらえた股引みたいだや」。良かった、良かったと大喜びの婆さんたちです。

一方、若い二人はイチャイチャと草刈り中。ところが、時造が困った顔をしました。高級なライターを落してしまったというのです。どこで?とモヨ子に聞かれても、クソをしている時に落したと思うんだが、この広い草っぱらのどこでクソしたかは分からない、と答える時造。それなら匂いを嗅げばいいだよ、と走り出すモヨ子。お前は猟犬か、と思わないでもありませんが、ともあれ匂いを頼りに、ライターを見つけてきてしまうモヨ子には脱帽です。

オラの理想は、と自分語りを始めるモヨ子。結婚して、子供をお腹が空っぽになるまで産んで、そして年を取ったら。女持ちのキセルでタバコを吸って、小さなおちょこでドブロクを飲みたい。いや、これは多分、そで子婆さんの日常なんじゃないかと思います。重ねて、時造の理想を聞くモヨ子。

オラは、と時造も語り始めます。百姓が目覚めて、農村を変えたい。農民の体格が小さいのは、たくさん産んで、きちんと育てないからだ。オラは少ない子供に、牛乳や肉を食わして、大きく育てたい。

なんか、まったく噛みあっていませんね。それに、モヨ子はとってもチビっ子なので、自分を馬鹿にされたような気がしてムーッとしています。それを見ていた時造。あっ、突然、時造を何かが襲ったようです。ムラムラ。いきなりモヨ子を押し倒す時造。さすがの宇津井健とは言え、チビっ子の左幸子の魅力には勝てなかったようです。

もちろん、モヨ子はビックリして抵抗します。とりあえず、目に付いた時造の指を思いっきり噛んでみました。ガブーっ。あ痛たた。「ときじょうのバカーっ」と駆け出すモヨ子です。

さすがにやりすぎたと思ったモヨ子が戻ってきました。ところが、そこには芸者のチョン丸が。時造は相手にしていませんが、それでもしつこく付きまとっています。挙句の果てに、ウンガァー、プルプルとひっくり返りました。これは発作が起きたのか、と助け起こそうとする時造にキスをするチョン丸。「あんまり憎らしいからテンカンの振りしてやっただ」とケロっとしています。いや、これはマズイでしょう。このシーンがある限り、NHKでは絶対に放送できないな、この映画。

ともあれ、そんな二人を見て、駆け出したモヨ子。小屋に帰ってもシクシク泣いています。どうしたと聞くそで子婆さんに、モヨ子は時造に押し倒されたことを話しました。よしっと立ち上がるそで子婆さん、基本的に血が熱そうなので、どうなることやら。

一方、時造の指の傷を目ざとく見つけたため子婆さん。「ケンカでもしたのかや、相手は誰だ」と、こちらも血が熱そう。そこにそで子婆さんが来たのですから、さあタイヘンです。売り言葉に買い言葉。絶対に結婚させない。絶対に貰わない、と大喧嘩です。

さて、両村の人たちに、アクセサリーなどを売り歩いている四方七(永井智雄)という行商人がいます。この男は実に情報通。あちこちに首を突っ込んでは、色々なことを見聞きしているようです。

そんな四方七にため子婆さんが相談を持ちかけました。今度の一件、モヨ子の傷害罪にならねえものか、と言うのです。まあ、ならないものでもねえだろうが、まずは駐在さん(東野英治郎)に相談してみろ、と答える四方七。
今度はそで子婆さんの所に行った四方七。ため子婆さんが、傷害罪でモヨ子を告発しようとしていると聞いたそで子婆さんは、当然のごとくヒートアップ。そっちがその気なら、こっちも強姦罪で訴えると、鼻息を荒くしています。

そんなことが起きているとは知らずに会っているモヨ子と時造。すっかり仲直りです。もちろん、その有様をじっと見ているのは四方七です。「なあ、ときじょー。おめえ、オラを嫁に貰うが。なあ、貰うべ」「おめえ、ホントに嫁に来るだか」。

さて、町では二人の婆さんが駐在さんにねじ込んでいます。「こういうことは傷害罪になんねえものですか」とため子婆さんが言えば、そで子婆さんは、「昔なら御家断絶になっても仕方ねえ問題ですよ」と言い返す。もう、ドロドロです。困った駐在さんは、本人たちがいねえのに、これ以上は分からないと逃げを打ちますが、そこに時造とモヨ子がやってきてしまいました。

早速、即席裁判の始まり、始まり。お互いに村人たちが付いて応援合戦の様相も呈してきました。「本人の気持ちを尊重するのが民主主義っていうものだ」と駐在さんは言ってみますが、婆さんたちが納得するわけもありません。分かった、分かった。じゃあ時造は強姦未遂、モヨ子は過失傷害で逮捕しようと言い出す駐在さん。えっ、科人(とがにん)になってしまうのオラ。「おばが悪いだよ。おばのバカたれ」と泣き出すモヨ子。さすがのそで子婆さんも、孫に泣かれては困り顔です。

そこに四方七がやってきて、「時造とモヨ子のラブシーンば見た」と駐在さんにそっと耳打ちをしました。なあんだ、じゃあ騒ぐことなんかない。駐在さんは、エッヘン、と言い渡します。

「わしは今度の事件の裁きをこうつける。ひとつ、モヨ子と時造は秋の取り入れが済んだら祝言をすること」一同は大笑いです。「ひとつ、二人の祝言はわしを仲人にして、じっぱり酒を飲ませること」もう、みんな大喜びで大笑いをするのでした。

草刈りも終わりました。両村の村人たちの夜を徹しての宴会も果てて、再び村に帰る日が来たのです。駐在さんが見送るなか、まぐさを満載にした荷車がゴトゴト、ゴトゴトと進んでいきます。
晴れ晴れとした顔のモヨ子。その手には、時造のライターがしっかりと握られています。これを直接返すことのできる日も、すぐやってくるでしょう。


この映画は新東宝と俳優座の提携作品なので、俳優座関係者がゾロゾロ出てきます。左幸子は俳優座の委託生として勉強をしたそうですし、そもそも宇津井健が俳優座養成所からの大抜擢です。
他にも巡査の東野英治郎、そで子婆さんの岸輝子は俳優座の創設メンバー。さらに千田是也や小沢栄太郎の創設メンバーもちょい役で出演していました。

ところで、この映画の原作は石坂洋次郎の「草を刈る娘」です。それが「思春の泉」として公開されたのち、紆余曲折を経て、再び「草を刈る娘」に改題されたそうです。

それはともかく、石坂洋次郎と言えば「青い山脈」。何度も映画化されたので、とても有名な作品ですが、随分毛色の違う作品ですね。もちろん「青い山脈」も東北の田舎を舞台にしていますが、何と言っても「町」の話なので、どことなくオシャレです。ところが、この映画は、ひたすら泥臭く、農民の草刈りのお話ですから。

もちろん、この映画でも石坂洋次郎のテーマである「民主主義」が取り入れられていますが、それが何となく日本の農村流に変化してしまっているのがおかしいです。結局、目新しくてカッコいい、民主主義たらいうもの、くらいの意識しか無かったんでしょうね。そして、ぱっと見には、封建的な祖母たちに反発した「民主主義」的な若い男女、みたいな類型にはまっているように思えますが、実はその立場が逆なのが面白いところ。

モヨ子の理想は、まさに戦前から連綿と続いてきた農村女性の夢そのものですし、時造の語る理想も、一見目新しいように見えて実は、収量拡大してリッチになりたいという、既存の路線の拡大を目指しているだけの話です。
それより、むしろ婆ちゃんたちの方が、よっぽどアバンギャルド。昔なら、寄り合いで解決したり、駐在さんなりお坊さんに「相談」して済ませる程度の揉め事を、いきなり「訴えてやる」ですから。これぞ、まさしく戦後の民主主義の到達点でしょう。それが良いか悪いかは別として。

しかし、お話は駐在さんの大岡裁きで終わります。結局のところ、マアマアとナアナアで済ます日本流の手法が採用されたわけですね。そして、それで喜ぶのは若い二人、というのがとても皮肉だなあ、と思いました。まあ、狙って作っているかは微妙だと思いますが。

ところで、この映画の演出はかなり不思議。とにかく出演者がひたすら笑っているのです。とにかく出てくる人間、出てくる人間がひたすら笑っていて、その合間に台詞を言っている感じです。これって、何だろ。なにか意味があるんだろうか。と、ひたすら考えて見ましたが、どうも特段の意味はなさそうです。要は、「明るい農村」くらいの演出意図だったんでしょう。
でも、こっちが笑おうと思ったときに、画面の中の出演者がひたすら笑っていると、なんだか笑いも引っ込んでしまうのには閉口しました。

宇津井健は、最初から宇津井健。爽やかな笑顔に、どことなく茫洋とした雰囲気は、デビュー時から確立していたんだなあ、と感心しました。

左幸子はキレイ、というよりカワイイ感じです。意志の強そうな目をキラキラ光らせて、飛んだり撥ねたりするんですから、ほとんどアイドル状態。今村昌平監督の「にっぽん昆虫記」で見せたド迫力演技と比べると雲泥の差でした。そう、強いて言えば「にっぽん昆虫記」の吉村実子を5割くらいカワイクした感じとでも、言えばいいかもしれません。と書いていて、もはや自分でも、どんな例えだと思いますけど。

ともあれ、どことなく今村昌平的なテーマを、今村昌平の猥雑なエネルギーの代わりに、中川監督の詩情でまぶしてみた、そんな映画でした。





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1 コメント

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草を刈る娘のタイトル (快傑赤頭巾)
2007-10-10 09:38:28
タイトル前に、フィルムセンター所蔵と出てきますし
FCの所蔵目録にも記入されているのを知っています
が、いくらさんが書かれた紆余曲折の部分が知りたい
です。調べると、確かに、新東宝映画の「思春の泉」
ですが、吉永日活版の「草を刈る娘」との文献資料
はありますが、新東宝の記録は、勿論、他の資料にも
この題名の興行資料がありません。国際放映にも問い
合わせたり、FCでも判りません。
草を刈る娘、のタイトルで公開封切日だけでもご存知
でしたら教えて下さい。但しもう一方の改題である
「女体の泉」は1959年9月18日公開は確認
しております。

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