【「黒い潮」山村聰 1954】を観ました

おはなし
秋山国鉄総裁が謎の死を遂げました。他紙が他殺報道一色に染まる中、毎朝新聞の記者速水は、ひとり自殺・他殺と断定しない記事を作り続けたのですが……
山村聰の監督第二作目の作品です。もちろん主演は山村聰自身。ちなみに助監督は、まだ清太郎と名乗っていた頃の鈴木清純です。
土砂降りで、文目も分かたぬ夜の中、男が線路際をヨロヨロ歩いています。向こうから接近してくる貨物列車。男は大きくよろけたかと思うと、そのまま列車に撥ねられたのでした。それを見ていたのは、傘を差したおじさん一人。しかし、おじさんはウワっと逃げ出してしまったのです。
同時刻の綾瀬駅。「おいマグロ(轢死体)だってさ」と面倒くさそうに動き出す駅員たち。この段階では、死体は女だと思われていたのです。
深夜の毎朝新聞社会部。カイコ棚では夜勤の記者たちがゴロゴロ寝ています。そこに電話が入りました。記者の速水(山村聰)が電話を取ると、受話器の向こうからは警視庁詰めの筧(河野秋武)の興奮した声が聞こえてきます。「秋山が死体になって発見されたらしいんです」
国鉄総裁の秋山は、この日、朝から失踪していたのでした。折りしも、国鉄では大幅な人員整理を計画し、事件の前日には3万人に解雇通告を行っていた矢先の出来事です。技術者からたたき上げの秋山が、ストレスの結果自殺したのか、それとも解雇に反対する勢力に殺されたのか、いずれにしろ大ニュースであることは間違いありません。
この事件のデスクには、ベテラン記者の速水が抜擢されました。その速水の編集方針は、あくまで自殺・他殺と断定せずに、事実をありのまま書くというもの。社会部長(滝沢修)は、そんな速水を支持していますが、副部長(阿部徹)は「そうか、やっぱりやられたか。そうこなくっちゃな」と事件直後に言っていたくらいですから、客観的な記事に「面白くねえなあ」と不満げです。
毎朝新聞以外は他殺説に傾き、肝心の毎朝新聞の記者たちも、やっぱり他殺だろ、と思っています。その上、事務員の節子(左幸子)までもが「ひどい殺し方するもんねえ」とつぶやいているのを苦々しく聞いていた速水は、思わず「無責任な憶測するもんじゃないよ」と怒鳴りつけてしまうのです。まあ怒鳴られた節子こそいい面の皮ですね。
他殺の線で記事を書きましょうと、真っ向から速水の方針に異を唱える白井記者(下元勉)などを、怒鳴りつつ当初の方針を曲げようとしない速水。東大の解剖結果が「死後轢断と思われる」(つまり、どこかで殺されたあと、列車に投げ込まれた)と出ても、「思われる」だから断定はしていないと、頑張っています。
各誌が扇情的な見出しで勝負をかける中、地味な毎朝新聞。副部長が「うちだけじゃないか。生ぬるいこと書いてるのは」と嘆いても、「それは、うちの記事は面白くないかも知れん。しかし、あやふやな想像や憶測は、ただの一行だって書いていない。信頼できる報道だけが詰まっているんだ」と突っぱねる速水です。もちろん、ここでは山村聰はアップでカッコよく見えるように、撮られているのは言うまでもありません。
首脳部の編集会議でも、この編集方針は槍玉に上がりました。編集局長(千田是也)や、主幹(青山杉作)が責めてきますが、頑として引こうとしない速水。社会部長は味方なものの、このままでは庇いきれそうにありません。
数日間の休養を命じられる速水。早速、社会部長に食って掛かりますが、あくまで休養のためが名目。君のいない間にも編集方針は絶対に曲げないからと説得されて渋々休みを取ることにしたのです。
中学時代の恩師を訪ねる速水。恩師の佐竹(東野英治郎)や、娘の景子(津島恵子)と他愛の無い話をしていると、速水のささくれ立った心も癒されていくようです。しかし、そんな速水の心には別の問題が浮かび上がってくるのでした。
それは16年前の話。当時、大阪で夕刊紙の記者をしていた速水は、ショッキングな出来事に遭遇しました。若い妻が、流行歌手と一緒に死んでしまったのです。情死、心中と書き立てる新聞。しかし、速水は残された遺品のノートにただ一言、「愛するものよ、さようなら」と書いてあったことから、これが情死ではないと思いました。そのうえ、流行歌手の遺体は上がりましたが、そこに妻の遺体は結び付けられていなかったのです。(心中はお互いの体を紐で結ぶのが作法みたいですね)
「そこには無責任な、ただ興味本位の記事だけが大きくあるいは小さく並んでいた」と言うナレーション。ともあれ、それ以来、速水は世間の目というものを憎んでいるのです。
記者魂というのは恐ろしいものです。速水の方針が他殺に傾かないなら、なんとしても自殺の線を探り当てて、大金星、スクープをモノにしたいと奮闘する記者たち。そんな記者たちの奮闘で、秋山総裁が事件当日、末広旅館に昼から夕方にかけて滞在したことが判明しました。元気が無かったという総裁の様子も伝わり、これで他殺説は一掃できそうです。しかし、この結果を警察は自殺の根拠として採用しませんでした。
もはや、他紙の他殺説に対して、ひとり自殺説を唱えているかっこうになってしまった毎朝新聞。当然、風当たりももの凄いものがあります。院外団の男(進藤英太郎)が与党の意向と称して脅迫に来たりして、社の首脳部までもが速水の敵になってしまいました。そんな中、「張ってください。自殺って張ってください」と、編集方針を「自殺」の一点に絞り、起死回生を狙う記者たち。しかし、速水はあくまで、公正中立な報道への姿勢を崩そうとしないのです。
せっかく見つけた目撃者(映画の冒頭に出てきた男ですね)は、「こいつはダメなんですよ。バカなんですよ」と東野村記者(信欣三)が嘆くとおり、近所でも有名な低能だったので役に立たず(現在ではとても流せない台詞のオンパレード)、東大に出かけてみれば先生(中村伸郎)が死体には生活反応が無いので、絶対に殺されたあと線路に投げ込まれたんだと断言する始末。
すっかり、追い詰められた毎朝新聞の社会部。そこに朗報が入りました。三田大学が月末の学会で、東大の死後轢断説を引っくり返すというのです。これで自殺説にも希望が出てきた、と喜ぶ記者たち。しかし、そこにまたまた大事件が起こったのです。
それは美鷹駅で、無人の列車が暴走して、駅舎に突っ込むという事件でした。大勢の死者が出たこの事件で、秋山総裁が自殺か他殺か、などという問題はすっかり霞んでしまったのです。社会部はまさに蜂の巣をつついたような大騒ぎ。社会部長は秋山事件の担当まで引き抜いて、美鷹事件の取材に回るように命じます。「秋山事件は捨ててるんだ」と言い放つ社会部長。秋山事件が毎朝新聞の大黒星だったのは明らか。その負けを美鷹事件で取り返したい、と本音を見せました。
すっかりやることの無くなった速水。仕方ないので、恩師の原稿をめくってみたり、恩師の娘、景子の手紙を眺めたりしています。
と、そこにビッグニュースが飛び込んできました。どうやら捜査本部は、秋山総裁の死を「自殺」と断定、発表するらしいと言うのです。うって変わって、猫なで声を出す社会部長。記者たちも大喜びです。まあ、今さらな感じはしますが、勝ちは勝ちですから。とりあえず記事を用意し、祝賀会を準備する社会部です。
ところが、警察は直前で発表を中止しました。ベテラン刑事に聞いても「それは勘弁してくれ」と言うばかり。相当、上のほうから圧力がかかったのでしょう。
「今さら祝賀会でもないでしょ」と意気消沈する速水に、社会部長は「いや、君の送別会だよ」と言い渡します。そう、速水は博多に飛ばされることになりました。トカゲの尻尾きりです。
恩師の娘景子と会う速水。紙面の責任を取らされて、博多に行くことになりました、と伝えます。「速水さん、なぜあたくしに一緒に来いって、仰って下さらないんです」「仰ってください。一緒に来いって、仰ってください」と取りすがる景子。しかし、速水は、前の妻のことを景子に話します。そして、その事件のことがあったので、ムキになって秋山事件に取り組んだことを。その結果、前妻をますます愛していることに気づいたことを。悄然とする景子です。
祝賀会変じて送別会になってしまった宴席。記者たちは、まだ来ない速水のことを噂しています。「ひどいわ、みんな」と号泣し始める事務の節子。思わず、座も白けてしまいます。そこに速水がやってきました。ぼくは君の味方だったよ、とか何とか言って、そそくさと席を立つ社会部長。すると、それが合図でもあったかのように、他の記者たちも続々と席を立ちはじめます。そんな同僚の冷たい態度に怒り出す筧記者。それを止める東野村記者。そして、白井記者は「負けは負けさ」と言い切ります。
筧記者は言い返しました。
「みょうちきりんな時代がまたやってきているんだ。俺たちが手を緩めたら誰がやるんだ」
さらに口論が続く中、速水は言います。
「やめないか。事件はまだ終わってやしない。本当のところは何も分かっちゃいないんだ」
「しかし、本当のことは、現にあったんだから。そのことだけは金輪際動かないんだから。そいつは時が来りゃ分かるんだ。必ず分かるんだ」
ありがとう、と言って去っていく速水。節子が涙目で見送ります。速水は夜の街を歩きます。そこには毎朝新聞社の社屋が不夜城のように輝いているのでした。
惜しい感じがします、この映画。余計なエピソードに尺を割いたため、どうにも中途半端になってしまいました。
速水が前妻のことを回想するシーンは、明らかに長すぎ、かつ余計です。もちろん、この事件がきっかけで、速水が中立公正な報道の「鬼」と化した、という設定は分かりますけどね。でも、少なくとも映画から得られる情報で分かるのは、前妻が流行歌手と情死したことです。それが喜んで心中したのか、無理心中なのかは、別として、男と旅館に泊まりこんでいるのは事実ですもんね。それなのに、「愛するものよ、さようなら」という前妻のメモから、速水が「これは俺を愛している証拠→よって心中ではない→だから新聞報道はすべて嘘っぱち→だから憎い」と論理を飛躍させていくのは、ちょっと同意できない感じです。
また恩師の娘役の津島恵子とのエピソードも余計。ほとんど、津島恵子と山村聰の描写がないまま、最後に「好きです」になられても、見ていて混乱します。もちろん、これは「速水が前妻を愛していた」ことを描くための、必要不可欠なピースではあるでしょうが、それじゃあ津島恵子の人格はどこにあるんだ、と思ってしまいます。いくら登場人物だからといって、愛が無さ過ぎます。
さらに、最後の最後ででてくる節子こと左幸子の涙。もちろん、ハンサムな山村聰に憧れるのは、「若い娘としては当然」だという演出なのかもしれませんが、この映画、監督も山村聰ですよ。ホント、チラっとしか出てこない左幸子が、いくら名演技をしたとしても、これじゃあ何の感慨も湧きません。
その上、キャスト順としては、山村聰を筆頭に、津島恵子、左幸子の順番。いや、山村聰がフェミニストなのかもしれませんが、一生懸命に記者役を演じた俳優さんたちの立場はどこにあるんでしょう。
それは、ともかく出演陣は、かなり豪華。さすが山村聰の人徳のなせるところでしょう。それも舞台人たちが多く出ているのが特徴です。
劇団民芸からは、創設メンバーの滝沢修が社会部長を演じたのを筆頭に、記者役で信欣三、下元勉、下条正己など。
劇団俳優座からは、恩師役の東野英治郎、局長役の千田是也、主幹役の青山杉作など、これまた創設メンバーがずらりです。
ついでに言うと、文学座からも先生役で中村伸郎が参戦。
主要3劇団が、そろい踏み。それも重鎮が多く出ているというのは、すごいですね。
ところで、秋山事件とは、もちろん国鉄総裁の下山定則氏が亡くなった下山事件のこと。そして美鷹事件とは、国鉄三鷹駅で起きた三鷹事件のことです。それから、この後に起きた脱線転覆の松川事件とあわせて、1949年の7月から8月にかけて国鉄を舞台におきた三事件は「戦後、最大のミステリー」と呼ばれました。
下山事件については、読売、朝日が他殺説を展開。毎日新聞は自殺説を主張と意見は真っ向から分かれましたが、当時としてはやはり他殺説が主流を占めていたようです。そこで犯人を疑われたのは、急進的左翼たちと共産党。
いまだにGHQの占領下にある日本では、お隣の共産勢力に対抗するために、日本の再軍備を決定しました。実際、この事件の翌年には警察予備隊が作られています。しかし、世論はどうかと言うと、むしろ労働運動の高まりの中で、かつてないほど共産主義が受け入れられた時代です。まさに、日本は革命前夜とでもいうべき、熱狂の中にあったのです。
そんな中、国鉄の人員整理を敢行した総裁が死んだ。これは、労働組合および共産党の起こした拉致・殺害事件である、というのが政府与党の考えでした。というか、そうであってくれなくては困るのです。これが自殺だと、国鉄総裁ですら苦にして自殺してしまうほど、政府与党の政策はヒドイものだ、ということになってしまい、まったく正反対の印象を国民に与えてしまいますから。
というような、状況を踏まえると、この映画のテーマは、
「みょうちきりんな時代がまたやってきているんだ。俺たちが手を緩めたら誰がやるんだ」
に尽きるでしょう。戦前のような言論弾圧の時代はまっぴらごめんという山村聰の気持ちが伝わってきますね。そして、どちらかというと左よりな舞台演劇人たちが、座の壁を越えて集結したのも、山村聰の人徳はもちろん、このテーマがあったからこそと思われます。
とは言え、山村聰が予感した、事件の真相はいつか分かる、というのは実現しないまま。この後、松本清張は「日本の黒い霧」の中で、GHQの謀略説を唱えたりと、他殺説、自殺説はさらに入り乱れましたが、真実はどこにあったんでしょうね。


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秋山国鉄総裁が謎の死を遂げました。他紙が他殺報道一色に染まる中、毎朝新聞の記者速水は、ひとり自殺・他殺と断定しない記事を作り続けたのですが……
山村聰の監督第二作目の作品です。もちろん主演は山村聰自身。ちなみに助監督は、まだ清太郎と名乗っていた頃の鈴木清純です。
土砂降りで、文目も分かたぬ夜の中、男が線路際をヨロヨロ歩いています。向こうから接近してくる貨物列車。男は大きくよろけたかと思うと、そのまま列車に撥ねられたのでした。それを見ていたのは、傘を差したおじさん一人。しかし、おじさんはウワっと逃げ出してしまったのです。
同時刻の綾瀬駅。「おいマグロ(轢死体)だってさ」と面倒くさそうに動き出す駅員たち。この段階では、死体は女だと思われていたのです。
深夜の毎朝新聞社会部。カイコ棚では夜勤の記者たちがゴロゴロ寝ています。そこに電話が入りました。記者の速水(山村聰)が電話を取ると、受話器の向こうからは警視庁詰めの筧(河野秋武)の興奮した声が聞こえてきます。「秋山が死体になって発見されたらしいんです」
国鉄総裁の秋山は、この日、朝から失踪していたのでした。折りしも、国鉄では大幅な人員整理を計画し、事件の前日には3万人に解雇通告を行っていた矢先の出来事です。技術者からたたき上げの秋山が、ストレスの結果自殺したのか、それとも解雇に反対する勢力に殺されたのか、いずれにしろ大ニュースであることは間違いありません。
この事件のデスクには、ベテラン記者の速水が抜擢されました。その速水の編集方針は、あくまで自殺・他殺と断定せずに、事実をありのまま書くというもの。社会部長(滝沢修)は、そんな速水を支持していますが、副部長(阿部徹)は「そうか、やっぱりやられたか。そうこなくっちゃな」と事件直後に言っていたくらいですから、客観的な記事に「面白くねえなあ」と不満げです。
毎朝新聞以外は他殺説に傾き、肝心の毎朝新聞の記者たちも、やっぱり他殺だろ、と思っています。その上、事務員の節子(左幸子)までもが「ひどい殺し方するもんねえ」とつぶやいているのを苦々しく聞いていた速水は、思わず「無責任な憶測するもんじゃないよ」と怒鳴りつけてしまうのです。まあ怒鳴られた節子こそいい面の皮ですね。
他殺の線で記事を書きましょうと、真っ向から速水の方針に異を唱える白井記者(下元勉)などを、怒鳴りつつ当初の方針を曲げようとしない速水。東大の解剖結果が「死後轢断と思われる」(つまり、どこかで殺されたあと、列車に投げ込まれた)と出ても、「思われる」だから断定はしていないと、頑張っています。
各誌が扇情的な見出しで勝負をかける中、地味な毎朝新聞。副部長が「うちだけじゃないか。生ぬるいこと書いてるのは」と嘆いても、「それは、うちの記事は面白くないかも知れん。しかし、あやふやな想像や憶測は、ただの一行だって書いていない。信頼できる報道だけが詰まっているんだ」と突っぱねる速水です。もちろん、ここでは山村聰はアップでカッコよく見えるように、撮られているのは言うまでもありません。
首脳部の編集会議でも、この編集方針は槍玉に上がりました。編集局長(千田是也)や、主幹(青山杉作)が責めてきますが、頑として引こうとしない速水。社会部長は味方なものの、このままでは庇いきれそうにありません。
数日間の休養を命じられる速水。早速、社会部長に食って掛かりますが、あくまで休養のためが名目。君のいない間にも編集方針は絶対に曲げないからと説得されて渋々休みを取ることにしたのです。
中学時代の恩師を訪ねる速水。恩師の佐竹(東野英治郎)や、娘の景子(津島恵子)と他愛の無い話をしていると、速水のささくれ立った心も癒されていくようです。しかし、そんな速水の心には別の問題が浮かび上がってくるのでした。
それは16年前の話。当時、大阪で夕刊紙の記者をしていた速水は、ショッキングな出来事に遭遇しました。若い妻が、流行歌手と一緒に死んでしまったのです。情死、心中と書き立てる新聞。しかし、速水は残された遺品のノートにただ一言、「愛するものよ、さようなら」と書いてあったことから、これが情死ではないと思いました。そのうえ、流行歌手の遺体は上がりましたが、そこに妻の遺体は結び付けられていなかったのです。(心中はお互いの体を紐で結ぶのが作法みたいですね)
「そこには無責任な、ただ興味本位の記事だけが大きくあるいは小さく並んでいた」と言うナレーション。ともあれ、それ以来、速水は世間の目というものを憎んでいるのです。
記者魂というのは恐ろしいものです。速水の方針が他殺に傾かないなら、なんとしても自殺の線を探り当てて、大金星、スクープをモノにしたいと奮闘する記者たち。そんな記者たちの奮闘で、秋山総裁が事件当日、末広旅館に昼から夕方にかけて滞在したことが判明しました。元気が無かったという総裁の様子も伝わり、これで他殺説は一掃できそうです。しかし、この結果を警察は自殺の根拠として採用しませんでした。
もはや、他紙の他殺説に対して、ひとり自殺説を唱えているかっこうになってしまった毎朝新聞。当然、風当たりももの凄いものがあります。院外団の男(進藤英太郎)が与党の意向と称して脅迫に来たりして、社の首脳部までもが速水の敵になってしまいました。そんな中、「張ってください。自殺って張ってください」と、編集方針を「自殺」の一点に絞り、起死回生を狙う記者たち。しかし、速水はあくまで、公正中立な報道への姿勢を崩そうとしないのです。
せっかく見つけた目撃者(映画の冒頭に出てきた男ですね)は、「こいつはダメなんですよ。バカなんですよ」と東野村記者(信欣三)が嘆くとおり、近所でも有名な低能だったので役に立たず(現在ではとても流せない台詞のオンパレード)、東大に出かけてみれば先生(中村伸郎)が死体には生活反応が無いので、絶対に殺されたあと線路に投げ込まれたんだと断言する始末。
すっかり、追い詰められた毎朝新聞の社会部。そこに朗報が入りました。三田大学が月末の学会で、東大の死後轢断説を引っくり返すというのです。これで自殺説にも希望が出てきた、と喜ぶ記者たち。しかし、そこにまたまた大事件が起こったのです。
それは美鷹駅で、無人の列車が暴走して、駅舎に突っ込むという事件でした。大勢の死者が出たこの事件で、秋山総裁が自殺か他殺か、などという問題はすっかり霞んでしまったのです。社会部はまさに蜂の巣をつついたような大騒ぎ。社会部長は秋山事件の担当まで引き抜いて、美鷹事件の取材に回るように命じます。「秋山事件は捨ててるんだ」と言い放つ社会部長。秋山事件が毎朝新聞の大黒星だったのは明らか。その負けを美鷹事件で取り返したい、と本音を見せました。
すっかりやることの無くなった速水。仕方ないので、恩師の原稿をめくってみたり、恩師の娘、景子の手紙を眺めたりしています。
と、そこにビッグニュースが飛び込んできました。どうやら捜査本部は、秋山総裁の死を「自殺」と断定、発表するらしいと言うのです。うって変わって、猫なで声を出す社会部長。記者たちも大喜びです。まあ、今さらな感じはしますが、勝ちは勝ちですから。とりあえず記事を用意し、祝賀会を準備する社会部です。
ところが、警察は直前で発表を中止しました。ベテラン刑事に聞いても「それは勘弁してくれ」と言うばかり。相当、上のほうから圧力がかかったのでしょう。
「今さら祝賀会でもないでしょ」と意気消沈する速水に、社会部長は「いや、君の送別会だよ」と言い渡します。そう、速水は博多に飛ばされることになりました。トカゲの尻尾きりです。
恩師の娘景子と会う速水。紙面の責任を取らされて、博多に行くことになりました、と伝えます。「速水さん、なぜあたくしに一緒に来いって、仰って下さらないんです」「仰ってください。一緒に来いって、仰ってください」と取りすがる景子。しかし、速水は、前の妻のことを景子に話します。そして、その事件のことがあったので、ムキになって秋山事件に取り組んだことを。その結果、前妻をますます愛していることに気づいたことを。悄然とする景子です。
祝賀会変じて送別会になってしまった宴席。記者たちは、まだ来ない速水のことを噂しています。「ひどいわ、みんな」と号泣し始める事務の節子。思わず、座も白けてしまいます。そこに速水がやってきました。ぼくは君の味方だったよ、とか何とか言って、そそくさと席を立つ社会部長。すると、それが合図でもあったかのように、他の記者たちも続々と席を立ちはじめます。そんな同僚の冷たい態度に怒り出す筧記者。それを止める東野村記者。そして、白井記者は「負けは負けさ」と言い切ります。
筧記者は言い返しました。
「みょうちきりんな時代がまたやってきているんだ。俺たちが手を緩めたら誰がやるんだ」
さらに口論が続く中、速水は言います。
「やめないか。事件はまだ終わってやしない。本当のところは何も分かっちゃいないんだ」
「しかし、本当のことは、現にあったんだから。そのことだけは金輪際動かないんだから。そいつは時が来りゃ分かるんだ。必ず分かるんだ」
ありがとう、と言って去っていく速水。節子が涙目で見送ります。速水は夜の街を歩きます。そこには毎朝新聞社の社屋が不夜城のように輝いているのでした。
惜しい感じがします、この映画。余計なエピソードに尺を割いたため、どうにも中途半端になってしまいました。
速水が前妻のことを回想するシーンは、明らかに長すぎ、かつ余計です。もちろん、この事件がきっかけで、速水が中立公正な報道の「鬼」と化した、という設定は分かりますけどね。でも、少なくとも映画から得られる情報で分かるのは、前妻が流行歌手と情死したことです。それが喜んで心中したのか、無理心中なのかは、別として、男と旅館に泊まりこんでいるのは事実ですもんね。それなのに、「愛するものよ、さようなら」という前妻のメモから、速水が「これは俺を愛している証拠→よって心中ではない→だから新聞報道はすべて嘘っぱち→だから憎い」と論理を飛躍させていくのは、ちょっと同意できない感じです。
また恩師の娘役の津島恵子とのエピソードも余計。ほとんど、津島恵子と山村聰の描写がないまま、最後に「好きです」になられても、見ていて混乱します。もちろん、これは「速水が前妻を愛していた」ことを描くための、必要不可欠なピースではあるでしょうが、それじゃあ津島恵子の人格はどこにあるんだ、と思ってしまいます。いくら登場人物だからといって、愛が無さ過ぎます。
さらに、最後の最後ででてくる節子こと左幸子の涙。もちろん、ハンサムな山村聰に憧れるのは、「若い娘としては当然」だという演出なのかもしれませんが、この映画、監督も山村聰ですよ。ホント、チラっとしか出てこない左幸子が、いくら名演技をしたとしても、これじゃあ何の感慨も湧きません。
その上、キャスト順としては、山村聰を筆頭に、津島恵子、左幸子の順番。いや、山村聰がフェミニストなのかもしれませんが、一生懸命に記者役を演じた俳優さんたちの立場はどこにあるんでしょう。
それは、ともかく出演陣は、かなり豪華。さすが山村聰の人徳のなせるところでしょう。それも舞台人たちが多く出ているのが特徴です。
劇団民芸からは、創設メンバーの滝沢修が社会部長を演じたのを筆頭に、記者役で信欣三、下元勉、下条正己など。
劇団俳優座からは、恩師役の東野英治郎、局長役の千田是也、主幹役の青山杉作など、これまた創設メンバーがずらりです。
ついでに言うと、文学座からも先生役で中村伸郎が参戦。
主要3劇団が、そろい踏み。それも重鎮が多く出ているというのは、すごいですね。
ところで、秋山事件とは、もちろん国鉄総裁の下山定則氏が亡くなった下山事件のこと。そして美鷹事件とは、国鉄三鷹駅で起きた三鷹事件のことです。それから、この後に起きた脱線転覆の松川事件とあわせて、1949年の7月から8月にかけて国鉄を舞台におきた三事件は「戦後、最大のミステリー」と呼ばれました。
下山事件については、読売、朝日が他殺説を展開。毎日新聞は自殺説を主張と意見は真っ向から分かれましたが、当時としてはやはり他殺説が主流を占めていたようです。そこで犯人を疑われたのは、急進的左翼たちと共産党。
いまだにGHQの占領下にある日本では、お隣の共産勢力に対抗するために、日本の再軍備を決定しました。実際、この事件の翌年には警察予備隊が作られています。しかし、世論はどうかと言うと、むしろ労働運動の高まりの中で、かつてないほど共産主義が受け入れられた時代です。まさに、日本は革命前夜とでもいうべき、熱狂の中にあったのです。
そんな中、国鉄の人員整理を敢行した総裁が死んだ。これは、労働組合および共産党の起こした拉致・殺害事件である、というのが政府与党の考えでした。というか、そうであってくれなくては困るのです。これが自殺だと、国鉄総裁ですら苦にして自殺してしまうほど、政府与党の政策はヒドイものだ、ということになってしまい、まったく正反対の印象を国民に与えてしまいますから。
というような、状況を踏まえると、この映画のテーマは、
「みょうちきりんな時代がまたやってきているんだ。俺たちが手を緩めたら誰がやるんだ」
に尽きるでしょう。戦前のような言論弾圧の時代はまっぴらごめんという山村聰の気持ちが伝わってきますね。そして、どちらかというと左よりな舞台演劇人たちが、座の壁を越えて集結したのも、山村聰の人徳はもちろん、このテーマがあったからこそと思われます。
とは言え、山村聰が予感した、事件の真相はいつか分かる、というのは実現しないまま。この後、松本清張は「日本の黒い霧」の中で、GHQの謀略説を唱えたりと、他殺説、自殺説はさらに入り乱れましたが、真実はどこにあったんでしょうね。


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