いくらおにぎりブログ

邦画中心の映画感想ブログです。ネタバレがありますのでお気をつけ下さい。

【映画】浮雲

2007-02-18 | 邦画 あ行

【「浮雲」成瀬巳喜男 1955】を観ました。



おはなし
幸田ゆき子(高峰秀子)と富岡(森雅之)は仏印時代からの腐れ縁。戦後、落ちぶれた二人はくっついたり離れたり、出口の無い愛に身をまかせます。流れ流れた二人の最後の落ち着き先は屋久島。雨が延々と降り続ける屋久島で、ゆき子はとうとう病をこじらせて死んでしまいました。


この映画は日本映画屈指の傑作です。大メロドラマでもあり、戦後の日本人が辿った退廃をするどく描いた作品でもあります。とは言え、これだけ映画好きに分析され、咀嚼されきった作品について、自分がいまさら何を書くことがあるんだろうと思うと、キーボードを叩く手も震えてしまうというものです。見るのはまだ2回目ですから、もう2~3回見ないと、まとまった文章は書けないんじゃないか、とさえ思うくらい。

と、これだけ言い訳をしておけば良いだろうということで、映画全体についての感想はいつか「立派な」大人になったら書きますので、今回は森雅之のダメっぷりにだけ焦点を絞ってみようと思います。

<おれはエリート>
富岡(森雅之)は農林省の技師として仏印に赴任しています。日本は戦争中ですが、仏印は物資も豊かで、なによりバックには大日本帝国がついていますから、森雅之もかなりいい暮らしを送っています。現地人の女性を可愛がり、同僚・上司からは一目置かれ、毒舌を吐いては偉そうな気分に浸っている、そんな男が森雅之です。
ある日、日本から新任のタイピストがやってきました。幸田ゆき子(高峰秀子)です。早速、得意の毒舌ぶりを発揮する森雅之。東京出身という高峰秀子に「東京。嘘つけ、東京生まれには幸田君のようなのはないよ」と言ってみたり、22歳の高峰秀子に「24,5かな」と言ってみたり、もう言いたい放題です。しかし幸いというか何というか、顔立ちは貴族的。どこでもモテる森雅之は、あっさり高峰秀子を落としてしまったのでした。
もちろん、逃げっぷりもエリート官僚。妻と別れて君を待っているよ、とか何とか言ってとっとと帰国。逃げ遅れた高峰秀子がキャンプに入れられてしまったのに比べると、その立ち回り方は見事というしかありません。

<ベンチャービジネスでガッポガッポ儲けたかった>
帰国した森雅之は、官僚をやめて商売を始めることにしました。木材の輸入会社のようです。しかし武士の商法ならぬ、官僚の商法、当然うまくいくわけありません。落ち目になってみると、病弱な妻(中北千枝子)もうとましく思えます。そんな時、逃げ遅れた高峰秀子がようやく帰国して、森雅之を訪ねてきました。仏印時代を懐かしく語る高峰秀子に、昔のことなんてという森雅之。「昔のことがあなたとわたしには重大なんだわ。それを無くしたらあなたもわたしも、どこにも無いじゃないですか」とカラみます。森雅之はいくばくかの金を渡して、高峰秀子と手を切ろうとするのでした。まあ、金はまだちょっとは持っているようですね。

<焼けぼっくいに火がついた>
森雅之に捨てられた高峰秀子は、娘時代に自分を犯した伊庭(山形勲)の家に転がり込み、さらにはアメリカ兵の囲い者になって生きています。そこに森雅之がひょっこり訪ねてきました。商売もうまく行かず、家も売ってしまったようです。でも、少しばかりの金を工面して持ってくるあたりが、少しは立派かも。高峰秀子がパトロンの米兵と去ったあとも、真っ暗な家で、じーっと待っている森雅之。下心のためには我慢が大切です。ようやく戻ってきた高峰秀子に「今夜、泊ってもいいかい」という森雅之。高峰秀子にいくらポンポン言われても、「時々は遊びに来てもいいだろ」とヌケヌケという姿勢が立派です。

<伊香保へゴー>
高峰秀子と再び会っている森雅之。金も無いので、ただブラブラ歩いているだけです。ほとんど中学生のデートみたい。「あたしたちって、行くところがないみたいね」という高峰秀子に、勢いで「そうだな、どこか遠くに行こうか」と言い出す森雅之。計画性はあんまりないようです。シーンが変わると伊香保の温泉。森雅之は、すっかり嫌気がさして高峰秀子と死ぬために伊香保に来たのです。あなたをもっと生きさせたくなったわ、という高峰秀子は「正月まで伊香保の温泉にいない」と誘います。しかし「明日帰るよ」と答える森雅之。と、シーンが変わると正月の伊香保。おい帰っていないじゃないか。ここら辺の繋ぎ方が成瀬監督のユーモアが表れていて嬉しくなってしまいます。

<見つけたぼくの小猫ちゃん>
「じゃあ今日帰ろう」と言ったシーンが変わると、時計を売っている森雅之。仏印時代に買ったオメガを売って、無計画に泊ってしまった宿代の清算をしなければなりません。時計を買ってくれた飲み屋ボルネオの主人向井(加東大介)は親切な男で、しばらくウチに泊っていかないかと森雅之を誘います。もちろん「今日帰ろう」と言ったことなんて、すっかり忘れて厄介になることにした森雅之と高峰秀子です。
加東大介の奥さんは、年の離れたおせい(岡田茉莉子)。猫系の切れ上がった大きな眼が印象的です。早速、いい感じになる森雅之と岡田茉莉子。森雅之の手にかかってしまっては、どんな女もイチコロ。というか、岡田茉莉子も浮気をしたがっていたようだし、需要と供給が一致したとでも言えばいいかも知れません。人のいい加東大介は、そんな雰囲気に「まったく」気づいていない様子ですが、高峰秀子はバッチリ気づいています。森雅之と岡田茉莉子にネチネチ嫌味を言いますが、二人ともどこ吹く風。まさに馬耳東風ですね。

<見つけたっ!浮気者>
岡田茉莉子は加東大介を捨てて出奔。加東大介はうろうろと東京をうろついて探していますが、見つかりはしません。ところが、さすがに高峰秀子は嗅覚がするどいようです。早速、岡田茉莉子の部屋を見つけ、そこに森雅之が暮していることも突き止めました。高峰秀子に会って、ドギマギする森雅之。「無理やりこのうちに連れて来られてね」とか頭の悪い言い訳です。しかし高峰秀子は、森雅之の子供を妊娠していたのです。子供を産んで欲しいと、好き勝手なことを言う森雅之です。

<かゆいんだよね>
今は友人の石鹸会社に勤めている森雅之。たいした仕事じゃないが、良く面倒を見てくれるんで「まあ今のところは甘えているんだ」と、あくまで偉そうです。薄暗い線路の横を高峰秀子と森雅之が歩きながら話します。当てどもない二人の運命を象徴するような寂しいシーンです。と、森雅之が突然、歩みを止めて足を痛そうにかばっています。「くたびれているんでしょ」と森雅之を気づかう高峰秀子。「いやあ、水虫ができて痛いんだよ」という森雅之。高峰秀子は、あっさり森雅之の台詞をスルーして「でもやっぱり二人で歩いていると、なんだか肉親みたいね」と言いました。でも、って何だよ。

<ぼくだけが悪いんじゃないやい、わーん>
高峰秀子の処女を奪った山形勲はインチキ宗教で、ガッポリ儲けています。高峰秀子はその山形勲から金を借り、中絶費用を捻出しました。森雅之?もちろんバックレています。高峰秀子は、病院でとんでもない新聞記事を見つけてしまいます。加東大介が岡田茉莉子を殺し、森雅之の名前も岡田茉莉子の情夫としてバッチリ出てしまっていたのです。
やっと元気になった高峰秀子は森雅之のもとを訪ねました。森雅之は仕事も辞めざるを得なくなって、農業雑誌に細々と原稿を書いて暮しているようです。高峰秀子に優しい言葉をかける森雅之。しかし、今日の高峰秀子は黙ってはいません。「(中絶を)あたしが勝手にやったことにして、自分だけ良い子になって、顔見た時だけおいしいこと言って。なにさ、おせいを殺したのはあんたよ」とりあえず、都合の悪い時には黙っている森雅之なので、何を言われても黙っていましたが、さすがに旗色の悪さを感じたのでしょう。「みんな僕が悪いんだ。僕だけが悪いんだよ。僕って人間はもぬけの殻なんだから、君のように、そう押し付けてきたってしょうがないじゃないか」と言い返します。とりあえずお母さんに怒られた小学生以下だとしか言いようがありません。
「君には俺の気持ちなんか分かっちゃいないんだ」こ、子供だ。

<へへっ、眼帯だぞ>
山形勲の情婦になって羽振りの良い高峰秀子のもとに森雅之が訪ねてきました。ボロボロの靴(成瀬監督の好きな演出です)を履いた森雅之の目には眼帯が。モノモライだそうです。わびしさ全開です。昨日妻が死んだ、という森雅之はあろうことか高峰秀子に葬式代を借りに来たのです。仕事がない森雅之は、友人などにも仕事の口を探してもらっているようですが「今さら下っ端の仕事には頼みにくいらしいしねえ」とか言っています。いや、プライドばかり高くて、自分が出来ないんだろ、と言っておきましょう。「ああ、送ってこなくていいよ、さよなら」と言って去っていく森雅之。その後ろ姿をじっと見つめる高峰秀子の表情は秀逸です。「ダメな男。でもどうしてこんなに好きなんだろう」という感情がバッチリ表れています。

<持ち逃げしちゃった、えへっ>
高級旅館に呼び出された森雅之。来ないと死んでやるという電報を高峰秀子から貰ってあわててやってきたのです。実は高峰秀子は、山形勲の金を持ち逃げして逃げているのでした。高峰秀子はハノイのキャンプで読んだベラミという小説の主人公に森雅之をなぞらえます。「でもあの主人公は宿無しの風来坊だから、女をはしごにして出世するんだけど、あんた女だけをはしごしてる」
森雅之はよせばいいのに、「君もせいぜい男をはしごにするがいい」と言ってしまいました。やけっぱちな笑顔を浮かべた高峰秀子はうわーんと泣き出してしまいます。ああ、余計なこと言うから。とりあえず座がとても暗くなってしまったので、間が持たなくなったんでしょう。森雅之は「実は言わないでおこうと思ったんだが、ぼくはまた勤めに戻るんだよ」と言います。屋久島の営林署に赴任することになったのです。「屋久島、そんなとこあるの」と言う高峰秀子。いや、ありますよ、昔から。
翌日、旅館を去ろうとする森雅之に高峰秀子は「私も連れてってえ。いや、そんな遠いところに行っちゃいやよぉ」と素直です。でも森雅之は山形勲のところに帰れよと、意地悪を言い続けるのでした。

<やばい逃げろ>
森雅之の不在中に山形勲が訪ねてきたようです。至急連絡をくれという名刺が残されていました。シーンが変わると電話をしている森雅之。普通、山形勲に電話をしているんだな、と思うでしょ。でも成瀬監督ですから、違うんです。付き合いのある編集部に、予定を変えてすぐに屋久島に発つことしたという電話なんです。やばそうだから、屋久島に逃げてしまえということですね。高峰秀子も「連れてってぇ」と頼み、二人でとっとと逃げ出すのでした。

<屋久島へゴー>
鹿児島までやってきた二人。しかし、そこで高峰秀子が倒れました。中絶の後遺症もあるかもしれません。すっかり体が弱っているのです。しばらくの間、鹿児島でウダウダしていた二人ですが、いつまでも任地に行かないわけにも行きません。ハッキリ言って、雨ばかりの屋久島は高峰秀子の体にとても悪いのですが、しかたなく屋久島に向かいます。この倒れてからの高峰秀子はとても美しいです。一種、悽愴な美しさとでも言えば良いのでしょうか。文章で書くのはたった一言で簡単ですけど、これを演じる俳優さんは、本当にタイヘンですよね。屋久島では小母さん(千石規子)が面倒を見てくれることになりました。森雅之も献身的に高峰秀子を看病します。しかし、ここからがこの映画の真骨頂です。高峰秀子が千石規子を見る視線の冷たいこと。絶対に森雅之とこの女はデキてしまうわ、と言わんばかりの視線です。そして思わせぶりな会話の応酬。天才高峰秀子の演技力爆発です。とりあえず森雅之はまったく千石規子に興味がない様子ですが、高峰秀子の心の中では、すでに森雅之と千石規子がくっつくことは自明の事実なのです。山に入ってしまう森雅之が、後のことを千石規子に頼んでいるシーンも見事。観客には、森雅之が高峰秀子のことを心配しているのがよく分かるのに、高峰秀子の所からは二人の話し声が聞こえず、何か秘密の話をしているようにしか見えないのです。その夜、暴風雨が襲う中、高峰秀子は発作を起こし意識を失いました。
慌てて呼び返される森雅之。しかし、もう二人が言葉を交わすことはかないません。周囲の人間を追い返して、二人だけになりました。しかし、高峰秀子は一回も目を覚ますことなく、静かに死んでいくのでした。

どこまでも癒されることなく、最後の瞬間にまで修羅の感情を抱いて死ななくてはならなかった高峰秀子。そんな高峰秀子の感情の動きにまったく気づくことができず、ただぼう然と高峰秀子を送るしかできなかった森雅之。
「ゆき子」と言って、森雅之はただ声を殺して泣き続けるのでした。

修業が足りずに、おちゃらけた書き方をしましたが、本当に良い映画です。もちろん観た人は百も承知でしょうが、もしまだご覧になっていない方はぜひ見ていただきたいと思います。名監督と名優二人が組んだ珠玉の一品、見終わると思わず「ほーっ」とため息をついてしまいます。そして、観直してもやっぱり良い映画。前回観た時に比べ、必ず何らかの発見があるんじゃないでしょうか。

しかし、このグダグダな恋愛の何と言う緊張感でしょう。ダメ男と気の強い女のメロドラマでしかないはずなのに、そこにはもっと根本的な何かが潜んでいるような気がします。それが「これです」とまでは、はっきり言えませんけど、なにかありますね、絶対に。

高峰秀子と森雅之は文句の付けようがありません。完璧っていう言葉は、この二人の演技のことを言うんです、きっと。もちろん成瀬監督の演出があるからですけど、視線一つで、どんな複雑な感情も一発で表現してしまう高峰秀子。どこまでもダメな男を演じながらも、貴族的で男の色気を失わない森雅之。この組み合わせは最強です。

ちなみにおせいを演じた岡田茉莉子は、自身の100本記念作品に選んだ「秋津温泉」でやはりダメ男に惹かれてしまった強い女を演じました。吉田喜重監督の代表作でもあるこの「秋津温泉」は、やはり高いテンションを最後まで途切れさせずに描ききった名作ですが、どこか「浮雲」とテイストが似ているように思えます。もっとも「気の強い」女と「強い」女の違いが、微妙に作品の方向性を変えていますけど。

あと、しつこいようですが、本当に良い映画ですから。間違ってもぼくの文章を読んで、トンデモ映画なんだね、などと思わないで下さい。お願いします。


(ダメな男と)


(美しい女が)


(落ちていく先はどこでしょう)


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4 コメント

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とんでもなく駄目な・・いい男 (あず)
2007-02-18 21:03:44
この映画は数回観ましたが、思い出すのは伊香保の場面と東京の隠れ家まがいのアパートの1室。
屋久島までいった場面は他の映画のように思ってました。あのぐずぐずした森雅之が屋久島までいったことが不思議~。

ホントしょうもない男ですが、えてしてこんな男に魅かれる女は多いんでしょうね。
「どですかでん」でも、しょうもない男森雅之に尽くす奈良岡萌子が哀れでしたが、好きな男に尽くすんですから良しとしましょう。
ダメ良し、かっこいい良し、悪も良し (いくらおにぎり)
2007-02-20 19:08:19
あずさん、こんにちは

森雅之のダメっぷりは芸術的ですよね。成瀬映画しかり、溝口の「雨月物語」しかり。
その上、戦争物ではあくまでカッコよく、黒澤の「悪い奴ほどよく眠る」では、最初森雅之って気づかないくらいの悪っぷりだったし。スゴイ俳優さんです。

ところで、「どですかでん」の奈良岡萌子・夫は芥川比呂志でしたね。
あら~ (あず)
2007-02-20 22:11:21
そうでしたっけ?
情けないいい男(あの頃の)=森雅之

というイメージがつおくて
まちがえたのかしら?

そうね、間違えました。
どうしようもない男は一人に統一してもらいたい、ハハハ、言い訳でした。
ちなみに私の住まいは都下です。
イメージは (いくらおにぎり)
2007-02-20 23:08:48
あずさん、こんばんは

そうですね、イメージってありますからね。

ぼくも東映作品の感想文を書いた時に、
「そこで出てくるスケベな山城新伍が・・」と書いて、あとから観直してみたら、山城新伍なんて影も形も出てなかった、ということがありました。なんで、出ていないのに、とその時は唖然としましたが、これもやっぱりイメージなんですよね。

南大泉の近くの都下というと、だいたい想像がつきます。誰でも見れるコメント欄ではこれ以上触れませんが、現在もその近くに居住していますので。ちなみに、ぼくの出身高校はM関のS高校です。

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