いくらおにぎりブログ

邦画中心の映画感想ブログです。ネタバレがありますのでお気をつけ下さい。

【映画】阿弥陀堂だより

2006-07-27 | 邦画 あ行

【「阿弥陀堂だより」小泉堯史 2002】を見ました。



おはなし
医師の美智子と夫の孝夫は、信州にある孝夫の故郷の村に帰ってきました。美智子のパニック障害を治療するためです。美智子は、週に3回、村の診療所で働くことになります。
村の人々との心のふれあい、美しい自然の中で、美智子の心は癒されていきます。そんなある日、知人の少女が病に倒れ、美智子はその治療に当たることになりました。不安に苛まれながらも、無事、治療を終えた美智子には再び、自信が甦っていました。


前作の「雨上がる」は黒澤明の遺稿を長年助監督を勤めた小泉監督が、スタッフそのままで映画化したものでしたから、ある意味では「どれだけ黒澤の物まねができるか」が勝負の作品でした。
しかし、今度は南木佳士の同名小説を小泉監督自身が脚色・監督したので、実質的なデビュー作と言えるでしょう。

登場人物はどれも魅力的。

寺尾聡は、新人賞を取ったっきり、それ以降ひとつも作品が出版されていないという、売れない作家「孝夫」の役。実質的は主夫業なのですが、そんな自分の境遇をひがむワケでもなく、また依存して甘えるわけでもない。一言で言うと大人(たいじん)の風格を持った男。こんな役をやらせると寺尾聡は、まさにはまり役です。存在感じたいに油っけが無いというか、ほとんど即身成仏ですね。また、ふとした瞬間に、お父さんの宇野重吉にそっくりな表情を浮かべるのもまた良かった。

樋口可南子は、都会の病院で激務の中、心をすり減らしてパニック障害になった医師「美智子」の役。この役は自立できる女性を演じられ、なおかつ強いだけでは無く、どこかに弱いところを見せる必要がありますけど、その点では完璧です。また、立ち居振る舞いに品があって、美しいのも素晴らしい。

小西真奈美は、喉の肉腫のため言葉を失いながらも、村の広報誌におうめ婆さんの言葉を「阿弥陀堂だより」として連載しているけなげな少女「小百合」の役。終始、にこやかに微笑むその表情には癒されます。

田村高廣は、「孝夫」の恩師の「幸田先生」役。末期の胃ガンでありながら、治療を拒否し日々を端然と生きています。従容と死を受け入れたその態度は、まさに悟りの境地。

香川京子は、幸田先生の奥さん役。もう、この人は静かに微笑んでいるだけで画になります。黒澤監督の「まあだだよ」でも、百(けん)先生の奥さんを演じていましたが、それから10年近く経つのに、まったく美しさが衰えていない。内面からにじみ出る美しさには、年齢は関係ないという見本のような人です。

他にも、井川比佐志や吉岡秀隆などの芸達者な「良い人」要員も出ていて、画面により深みを与えています。また、もう一つの主役でもある、美しい風景。一年かけて撮影しただけあって、土地の人でさえ滅多に見ないであろう、夢のような風景がそこに映し出されます。日本人のイメージする農村風景。そのエッセンスのようでした。

さて、この映画の本当の主役は、村の死者を祭る「阿弥陀堂」を一人で守るおうめ婆さん役の北林谷栄。その演技はもう素晴らしいとしか言いようがありません。日本人のDNAに刻み込まれた
「日本のおばあちゃん」のイメージを結晶化したら「まさにこうだろう」と思わせます。一挙手一投足が、可愛くそして切なくて、いつまでも見ていたかったです。特に、口癖の「ありがたいことであります」が、何とも言えず良い味を出していました。


ただ見ていて気になった点もあるので書きます。

美智子は都会の病院のストレスから「パニック障害」になります。パニック障害の症状としては、突然、強い不安感に襲われて、めまいや呼吸困難を感じたり、死ぬんじゃないか、狂ってしまうんじゃないかという恐怖に襲われる「パニック発作」があります。また、発作がまた起きたらどうしようと強い不安感に襲われる「予期不安」というのもあります。

この「パニック発作」や「予期不安」はうつにも見られるもので、その点で「うつ」と診断されない「パニック発作」を起こす人が「パニック障害」と診断される(ややこしいですか?)らしいです。

ともあれ、「パニック障害」というと耳慣れないですが、「パニック発作」自体は、「うつ」の人にも起こるポピュラー(?)なものということです。

わたし自身、普通のサラリーマンをしていますが、「うつ」だったこともあり、この「パニック発作」や「予期不安」には苦しみました。服薬すれば「パニック発作」自体は治まっても、またいつ起こるか分からないという「予期不安」は消えませんし、いつまで服薬を続ければいいのかが分からないという不安もありました。

映画では、美智子は美しい田舎の風景に癒され、素晴らしい人々との触れ合いに心を和ませます。でも、これはやっぱり絵空事なんですよね。

普通に都会で働き、心病んでしまった人は、病気になれば「後が無い」状態に追い込まれます。当然、仕事を辞めたら食べていけませんし、「週3回午前中のみの勤務でも大歓待してくれる無医村」なんて都合の良いものもありません。やっぱり、その場に留まって、砂を噛む思いで回復を願うしかないのです。

また、美しい田舎の風景と言っても、それ自体に何か「力」があるわけじゃない。どんなに美しくたって、病気の最中は「灰色の風景」にしか見えないこともあるのです。

素晴らしい人々との触れ合いも同様です。人間関係がタイヘンなのは、都会も田舎も変わりません。そして、そんな人間関係に疲れた人が、都会とはまた別の意味で人間関係の濃密な田舎に行って、癒されるかというと、疑問もあります。むしろ、誰も干渉しない都会にいた方が、いい事もあるはずです。

美智子は、小百合の病気を手術したことによって、医師としての自信を取り戻します。これも、やっぱり疑問です。私は普通のサラリーマンでそんなにクリティカルな仕事をしていませんが、それだって重要な仕事のときは強いプレッシャーがかかりました。まして、一つ間違えば、命を奪ってしまう医師が、そんなに簡単に手術を引き受けるのかな、と思うのです。

一歩、一歩手探りで、自分の能力を疑いつつ復帰していく。気持ちが上下に揺れ動くなかで、昨日できたことが今日はできないという苦しさや辛さを感じる。そんなことを、少しずつ繰り返して「元」に戻るのであって、映画はそこを簡単に考えすぎていると思うのです。

「田舎のおいしい空気を吸っていれば、病気なんてすぐに治っちゃうよ」
「いつまでもグズグズしてても仕方無いんだから、失敗を恐れずに仕事に体当たりしてみな」
こんな風に言われても困りますよね。





 

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