いくらおにぎりブログ

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【映画】地獄花

2009-04-03 | 邦画 さ行
【「地獄花」伊藤大輔 1957】を観ました



おはなし
平安末期。琵琶湖に程近い山の中には、盗賊が跋扈していて……。

舞台は平安時代。主演はグランプリ女優の京マチ子とくれば、どうしたって「羅生門」「地獄門」「雨月物語」あたりと比較したくなります。しかし、その点ではちょっと残念なデキと言わざるをえません。もっとも、期待の大きさゆえか、お金はすごくかかっている感じです。


霧のなか、馬にのった野伏りの一団が進んでいきます。「おーい、どうだぁ」「見つかったかぁ」「この霧でとんと見通しがきかないんだが、いまだに姿を見せないぞぉ」。ここは、琵琶湖の北側で、各種野伏り、山賊、さらには湖賊が跳梁跋扈するデンジャラスゾーン。そして、声を交し合っているのは、袴野の麿(香川良介)を首領とする野伏りの一団(党)です。狙っているのは、輿を中心にした貴族の行列。これを襲えば女はもちろん、お宝ザクザクでしょう。

「ミヤノマキ(字不明)に回れば峡(かい)の御坊の手に落ちるぞ。せっかくここまで獲物を追い込んで、むざむざと馬介の党に盗られてたまるか」

さあ、ライバルに盗られる前に、貴族の行列に追いつかなくては。歩みを急ぐ袴野の党でした。

一方、こちらは貴族の行列。「いよいよ九十九坂にかかるぞ。これさえ越せば本街道だから、もう野伏りどもに狙われる心配はない。今、一息だぞ。がんばれ」。しかし、危地を脱したという一瞬の油断があったのでしょうか。キャー。女官の悲鳴が聞こえたかと思うと、向こうからワラワラと僧兵の一団が襲ってきたのです。これこそ、馬介率いる峡の御坊の一団。一歩遅れて、袴野の党も行列に襲い掛かりました。いくら貴族が護衛の侍を伴っていても、二つの野伏りに、同時に襲い掛かられてはひとたまりもありません。男たちは散々に討ち取られ、残ったのは女官たちと輿に乗った姫だけです。

山の掟で、緩やかな協力関係があるとはいえ、袴野の党と峡の御坊はしょせんライバルですから、戦利品を巡って一触即発です。場所的には、ぎりぎり袴野の党の縄張り。しかし、先に襲ったのは峡の御坊。このままでは、血で血を洗う争いに……なるかと思いきや、峡の御坊の馬介(山村聡)はあっさりと引きました。「ただし、麿どのにご不要のもの。一品だけいただいて参る」。「なに、不要の品」といぶかしそうな表情を見せる麿。「さよう。それなる輿の中のにょしょう、一人だけ我ら申し受ける」。ふむ。悪い取引ではありません。よし、その話乗った。

ひめー。オイオイ泣いている女官たちから引き離され、輿は僧兵たちの手によって運ばれていきます。と、輿の中の二ノ姫(市川和子)が「お願いが。聞いてたもれ」と言い出しました。それを聞きつけたのが、袴野の党のステの姫(京マチ子)です。女だてらに刀を佩き、馬に乗ったステは、立派な野伏りにしか見えません。それもそのはず、ステは袴野の麿の養女でもあり、女房でもあるのですから。しかし、そんな男勝りのステも、二ノ姫の必死な呼びかけには、少し心動かされるものがあったようです。

「何の御用」「この数珠の珠を。これをあの女たちに分けてやってはたもらんか。生きてはもう二度と逢えないだろうが、せめては死んでまた、あの世で巡りあって、みんなでこの珠を一つに綴りながら……」。ううっ、と泣き伏す二ノ姫。これには、ステもすっかり同情してしまいました。主従の強い結びつき。そして、自分自身が盗賊の養女にされ、さらにムリヤリに女にされた境遇を思ったのかも知れません。「おーい、馬介どのー」と馬を飛ばすステ。「馬介どの、お願い。あの姫をステに譲ってくだされ。助けてあげたい」。

「姫と引き換えに何をよこされるの」と問う馬介に、ステは答えます。「今、急に思いつけないが、後でそなたの得心のいくものをなんなりと」。しばし、思案した馬介は言います。「よし、確かに聞いた」。

「ステどの。形見にもお礼にも、ただこれ一つしかお贈りできるものとてございません。もしも、何かの場合、都に御用がおありでしたら。いつなんなりと、この品を証に」と虫垂衣を差し出す二ノ姫。ちなみに虫垂衣って、笠にベールみたいのがついたやつです。さらに、姫は岩清水を手ですくってステに差し出しましたよ。えーと、よく分からないけど飲めってことですかね。ゴクゴク。そのまま、固まってる姫。えーと、どうしろと。あっ、そうか。姫の手を握って、残った岩清水を飲ませてあげるステ。ゴクゴク。おっ、いきなり姫が和歌を詠みはじめました。

「むすぶ手の 雫に濁る 山の井の あかでも人に 別れぬるかな」

テロップも出ますが、ハッキリ言って、達筆すぎて読めませーん。調べてみたところ、この歌は古今和歌集にある紀貫之の歌で、まあ「お別れが寂しい」くらいの意味だそうです。って、そんなの知るかぁ。劇中のステ、そしておそらく、この映画を観たほとんどの人をキョトンとさせながら、去っていく二ノ姫。さすが平安時代です。

さて、その頃、袴野の麿たちは、国司の館を襲う計画を検討中。これは、旅の貴族を襲うのとは違って、ビッグプロジェクトですよ。なにしろ警備の侍もたくさんいるでしょうし。と、そこにステが帰ってきました。姫から貰った虫直垂をかぶって、いきなり踊りだすステというか京マチ子。その情熱ダンスに、麿はメロメロです。「これは一段と」「一段とどう?」「一段とカワイイ」。もう、部下たちは、やってられねえよな気分です。

さあ、しゅつげきー。意気揚々と国司の館に向かう袴野の党の面々。しかし、その留守を狙って馬介がやってきました。「何の御用で」と尋ねるステに、「はて、都の姫と引き換えに、なんなりと得心のいくものをと約束した。それをいただきに」。馬介の目が妖しいですよ。もしかして、もしかして。あれー。刀で抵抗するステですが、馬介は弓の先で、ステの帯をクイッと引っ掛けました。とりゃっ。あれれー、クルクル。帯が解けてクルクル回るステ。なんてこと、下着になっちゃいました。スタコラ、スタコラ。ステは逃げ出します。そのまま、山間を流れる急流にドボン。おっと馬介も追ってきます。ドボン。

国司の館は手ごわかった。ズタボロになって帰ってきた袴野の党の面々。おやっ、川原でうめいている男がいますよ。「誰だ」「峡の馬介だ」「死に掛けてる。舌を噛み切られてる」。ワイワイガヤガヤ。「おっ、ステの姫じゃないか」。こちらを向いたステは放心状態で、口にはダラリと血をつけています。

それからというもの、麿のステに対する愛情は倍増です。自分に操を立てて、馬介の舌を噛み千切ってまで抵抗したステが、かわいくてならないのです。その上、ステが懐妊したことを知り、愛メーターは青天井にヒートアップ。オレの子供ができる、ひゃっほー。しかし、妊娠の月数を数えてみたら。ん。んん。んんん。えーと妊娠したのは、国司の館を襲った時だよな。でも、あの時、オレはズタボロでステを抱いてないぞ。「相手はいぬでか、小熊か、名彦か、まさかガキの信夫……野伏の勝か、相手は誰だ」「相手は死んだ。峡の馬介」。ガガーン。「ぬしはあの時、わしへの操を立て通して、あいつの舌を噛み切ったのではなかったのか」。可愛さ余って憎さ百倍とはこのことでしょうか。ステをぐるぐる巻きに縛り上げ、裸馬に乗せる麿。「寿命があったら、勝手に助かれ。無ければそれまで。地獄へなり、極楽なり、好きなとこへ行け」、とりゃっ。尻を蹴られてヒヒーンと走り出す馬。ここで伊福部昭の「ラドン追撃せよ」の音楽が高まります。っていうか、伊福部昭の場合メロディラインの使いまわしがムチャクチャ多いので、こういう愉快な偶然が起きちゃうんですね。別に京マチ子がラドンってワケじゃなくて。

暴れ馬に運ばれたステを助けたのは野伏の勝(鶴田浩二)。この男、麿の台詞にもチラリと出てきたように、一応は袴野の党の一員ですが、その実は一匹狼。腕が立ち、軍略をわきまえ、その上ハンサムという三拍子そろった勝が、どうして袴野の党にいるのか。それは誰も知りません。もしかしたら都で、名のある侍ででもあったのでしょうか。

それはともあれ、勝にかくまわれ、洞窟で暮らすことになったステ。無事に男の子を産んだそうです。もっとも、いくら追放されたとはいえ、同じ山の中に暮らしていれば、なんとなく動向は分かるもの。袴野の党の子分たちは、口々に噂します。「姫は子供を産んでから、びっくりするほど色気が出てきてよ、ぼってりと女らしゅう、それこそ見る目もとろけるばかりだとよ」「麿殿は知ってるのかなあ」「知ってる。かといって、ああして、いったん放り出したものをよう」。

はい、子供をあやしているステがいます。おおっ。確かに色っぽくなっている。というか、前半は褐色メイクで、ここからは美白メイクってだけですけど。そこに、麿がやってきましたよ。「入らないで」というステに、ヒッヒッヒと下卑た笑いを浮かべながら迫ってきます。言うことを聞け、聞かないと子供を殺しちゃうぞ。ちくしょー。子供を抱いて逃げ出すステ。ああ、勝が帰ってきました。「あっ、野伏。麿がこの子を。ステが言うことを聞かないから、この子を殺すと」。「なにっ、子供を。よしっ」、うなづくや、勝はお説教を開始しました。やっぱり、前職は侍ででもあったんでしょう。理路整然とまくしたててるのです。「麿、もとより正道でない野伏り、切り取りの世界にも自ずから道をいうものがあるぞ。人間の道をいうものが」。しかし、これで恐れ入るような人間が野伏りの首領になれるでしょうか、いいや、なれません。「ほざいたなあ」。

はい、戦いが始まりました。それはもう延々と。やっぱり、鶴田浩二にだって見せ場が必要ですからね。……。……。それにしても長いな。あ、勝が麿の杖を叩き落しました。「麿、杖のない片輪を相手にするわけにはいかん。待っていてやるぞ」。覚えてろー。逃げていく麿。さあ、この隙にステと子供を逃がしてしまいましょう。

さ、都に逃げるんだ。そして、二度と山に来るんじゃない。「都へ」といぶかしげな表情をするステ。「ああ、そう。藤原の二ノ姫さまを頼ってか」。そうです。姫からは、何か困ったことがあったら、虫垂衣を証に都に来るように言われていたじゃありませんか。でも、勝、あなたは。オレはここで追っ手を食い止める。さあ行くんだ。そう言われてもねえ。今まで、いっさいステに手を出そうとせずに、面倒だけをみてくれた勝の真情は、ステも理解しているつもりです。唇を突き出すステ。そこに勝の唇が近づきます。あと、5センチ。あと1センチ。あと5ミリ。と、勝は体を翻しました。「命さえあったら。な」。

やっぱり、ここでもスペクタキュラーなシーンが展開。子供を抱いて逃げるステ。カッコイイ勝。まあ、擬音でいうと、ズドドーンで、バッキューンな展開とでも言えばいいんでしょうか。全然、意味が分かりませんが。

さあ、追っ手を逃れて、琵琶湖に漕ぎ出した勝とステと赤ん坊。スローなテンポの「ゴジラのテーマ(にソックリな曲)」が流れ、否が応でも緊張感が高まってきましたよ。「勝どの。あれは追っ手の船では」。確かに、ワラワラと船が近づいてきます。どうやら、袴野の麿は、湖賊にわたりをつけて、二人を追撃してきたもよう。もはや、これまでか。

小舟をみっしりと取り囲んだ、湖賊の軍船。舳先には麿が得意げに立っていますよ。「罪は一人、死ぬのは一人でいいはずだ。麿どの、麿どの、男の話は男でつけよう。女子供は知ったことか」と言ってみる勝。コクッ。麿がうなずいています。結構、イイ人かもしれません。「かたじけない」と、石を抱きかかえて琵琶湖に飛び込む勝。ドボン。おおーっ、と取り囲んだ湖賊たちがどよめいています。みんな、結構、イイ人かも。

そんな様子をみていたステは、そっと赤ん坊を小舟において、ドボン。おおーっ。二人が消えた波紋もすぐに消え、琵琶湖は何も飲み込まなかったかのように、静まりかえっています。それをウルウルした目で見つめている麿。時間が流れていきます。……。……。「おーい、助けろー」と麿が叫びました。待ってましたとばかりに、湖に飛び込んでいく湖賊のみなさんです。

「野伏よ、頼んだぞー。末始終、二人を守ってやってくれよー。わしの娘の産んだ、わしの孫だ。人間らしゅう、立派な人間に育てあげてくれよ。よいか、二度と再び、山には戻るでないぞ。ステ、分かってくれたなー」。麿や湖賊のみなさんは去っていきます。それを見送っている勝とステ。いつまでもいつまでも、二人は船に手を振って、湖畔の道を歩いていくのでした。


まあ、「羅生門」「地獄門」「雨月物語」と比べたらいけませんね。確かに船が集まるシーンを始めとして、スゴク金がかかってるなあと思わせますが、逆にいうとそれだけ。しかし、ぼくが思うに、この映画の価値はそこにはありません。

伊藤大輔監督の前作は「いとはん物語」。これは、顔はちょっと不細工ですが、心のきれいないとはん(京マチ子)が、ハンサムな番頭(鶴田浩二)を好きになるものの、番頭に恋人がいることを知って、身を引くお話です。そんないとはんが夢想したお話だと、この映画を考えてみるとどうでしょう。大好きな鶴田浩二と繰り広げる冒険、そして愛。いかにも、オトナシイいとはんが、白昼夢に描きそうな話じゃありませんか。

もちろん、実際のところはグランプリ狙いとか、大人の事情にあふれているんでしょう。だけど、伊藤監督が、「京クン、こんどは鶴田クンとの恋愛を成就させてあげるよ」と笑っているような、そんな気がする作品でした。

あ、京マチ子ですか。もちろん、いつものとおり、全身全霊を入れ込んだ演技で圧倒されますよ。大物になっても、手を抜く姿勢がいっさい無いところが、素晴らしいと思います。まあ、たまに「そこまでやらなくても」と思いますが。


(野生児、京マチ子)


(浦島太郎かと思った)


(美白系、京マチ子)

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