いくらおにぎりブログ

邦画中心の映画感想ブログです。ネタバレがありますのでお気をつけ下さい。

【映画】明日の記憶

2007-05-25 | 邦画 あ行

【「明日の記憶」堤幸彦 2006】を観ました



おはなし
順風満帆なサラリーマン生活を送っていた佐伯は、物覚えが悪くなったのを感じます。病院で診断を受けたところ「若年性アルツハイマー病」と診断されました。会社は退職、療養生活を送りますが、病状は徐々に悪化。とうとう、妻の顔も分からなくなってしまったのです。

渡辺謙自身が、原作に惚れ込みエグゼクティブプロデューサーとして制作した映画です。

2010年秋。車いすに乗っている男が映し出されます。表情は放心していて、生気がありません。そこに女が、写真をたくさん貼付けたボードを持ってきました。「芽吹の新しい写真よ」と言う女。ボードには、家族の写真が、コメントとともにたくさん貼付けてあります。お茶をずずっと飲む女。窓の外はものすごい夕焼け。タイトルとともに、空撮された町並みが、みるみる変化して行きます。高層ビルは、工事中に代わり、どんどん低くなって行きます。時間がさかのぼっているようです。

2004年春。「なんで簡単にあきらめちゃうのかなあ」と部下を叱責している佐伯雅行(渡辺謙)。彼は広告代理店の営業部長。やり手の佐伯に、部下たちも心服しているようです。折しも大きな仕事を受注したようで、営業部も、佐伯自身も乗りに乗っているようです。しかし、佐伯は、ふとした拍子に、人の名前を忘れてしまうのでした。

郊外の瀟洒な家が、佐伯の住まい。車庫にはアウディがとまり裕福な生活がうかがえます。と、佐伯と妻の枝実子(樋口可南子)が家から出てきました。ひとり娘の梨恵(吹石一恵)ができちゃった結婚をすることになり、相手の伊東直也(坂口憲二)と会食することになったのです。車の鍵を忘れてひと悶着あったあと、高速道路を走る佐伯。しかし、東京中の地図が頭に入っているのが自慢の佐伯は、走るうちに自分がどこを走っているのか、分からなくなってしまうのでした。

大事なクライアントとの約束をすっぽかしてしまった佐伯。「打ち合わせの時間を忘れるなんて、長いサラリーマン生活の中で初めてのことだ」と愕然とする佐伯ですが、50を迎えるのはこういうことか、と自分を納得させるのです。

その後も、部下の顔が分からなくなったり、同じアフターシェイブローションを何個も買って来たりと、佐伯の奇行は続きます。家庭医学事典を読むと、どうも鬱病の症状に当てはまるような気がします。妻の枝実子も「ねえ、一回病院に行こう」と言いますが、佐伯は仕事が忙しい、と言って行きたがりません。とうとう枝実子に「体調悪くて梨恵の結婚式行けなくてもいいの。一生恨まれるわよ」と脅されて、重い腰を上げるのでした。

病院で、医師(及川光博)は「簡単なテストをしてみましょう」と記憶力を試すテストをします。年齢や今日の日付から始まり、3つの言葉を覚えたり、簡単な算数をしてみたり。これはCMでも使われたシーンですが、ぼく自身、このテストができなかったりして、かなり焦りました。とりあえず、テストの結果、佐伯の記憶力はボロボロ。MRIの検査を勧められたのです。検査の結果が出たようです。「鬱病ですか」と心配そうに尋ねる枝実子。しかし医師は「よく混同されるんですが、違うと思います。おそらくアルツハイマー病の初期症状ではないかと」と恐ろしいことを言いだしたのです。
「バカバカしい。老人の病気じゃないですか」と怒りだす佐伯。しかし、MRIの画像を見ると、佐伯の脳、それも記憶を司る海馬の部分はあきらかに萎縮しているのでした。
「現状では進行を止める薬はありません。しかし、遅くする効果のある薬はあるんです」と言う医師の言葉も佐伯の耳には届きません。「ノルマあんのか」と、暴れだした佐伯は病院の屋上に駆け上がるのでした。

屋上の縁に立った佐伯は、あわてて追いかけて来た医師に言います。
「先生、若年性のアルツハイマーって進行、早いんだよね」
「だったらさ、あんたゆっくり死ぬんだ、って言ってくれよ。病気のことは分かってても、それ言われる奴の気持ちなんて、考えたことねえだろ」
このまま、屋上から飛び降りてしまいそうな勢いの佐伯に医師は静かに答えます。「父が同じ病気なんです」「自分にできることをして欲しい、あきらめないで欲しい」
がっくりした佐伯。もう、一時の勢いも失われ、呆然と病院の階段に座り込むばかりです。横に座って、そっと慰める妻の枝実子。
「俺が俺じゃなくなっても平気か」と尋ねる佐伯に「平気じゃないよ、あたしだって怖いよ」と答えた枝実子は、それでも気丈に、「あたしがいます。あたしがずっと側にいます」と言いきるのでした。

「書いていた。気がつくと日記を書いていた。もし今までの自分が消えてしまうのなら、何かを書き残して置かなければならないと思った」と、自分の病気を受容したかに思える佐伯。枝実子は、枝実子で家庭医学事典をひもとき、「手先を動かす」など記憶の維持に良さそうなことはなんでもやってみようと決意するのでした。

2004年夏。佐伯と枝実子は陶芸をしています。そもそも、二人が知り合ったのも山奥の陶芸教室。スケベな先生(大滝秀治)に悩まされながらも、愛を育み結婚したのです。しかし、そうやって手先を動かしたり、記憶に良さそうなものを食べてみても、病気はどんどん進行していきます。仕事もメタメタです。常に メモを持ち歩く佐伯。そこには時間が赤字で書いてあり「厳守」の文字なども踊っています。

しかし、ある日のこと、佐伯は得意先に向かう途中、道が分からなくなってしまいました。何度も日参した得意先なのにも関わらず、迷子になってしまったのです。パニックを起こした佐伯は部下に慌てて電話をします。道を教えてくれ。部下のナビゲートでどうにか得意先についた佐伯ですが、相次ぐ遅刻に得意先の課長(香川照之)も完全に激怒している状態です。そんな状態が、とうとう上司(遠藤憲一)にバレる日が来ました。「病名を知ってしまった以上、お前をかばい立てするのはムリだよ」と言う上司は「佐伯、希望退職って形でどうだ」と退職を勧奨してくるのです。しかし、佐伯はどうしても辞めることができません。娘の結婚式までは働く父親でいたい、その一念のために、退職金が減ることを覚悟の上で閑職にまわされても、会社にしがみつくしかないのです。

とうとう、娘の結婚式の日が来ます。よりにもよって、最後の挨拶を頼まれてしまった佐伯は、緊張のあまり顔面蒼白です。そのうえ、スピーチの内容を忘れないように書いておいた大事なメモをどこかに忘れてしまう始末。しかし、枝実子の「大丈夫、あたしがいるから」という声に励まされ、懸命に挨拶をするのでした。

仕事を辞める日が来ました。かつての部下たちは「私たちのこと忘れないでください。私たちも忘れませんから」とポラロイド写真に自分の名前を書いたものを渡します。泣きながら退職していく佐伯。ここに佐伯のサラリーマンとしての人生は終わりました。しかし、辛いことがあれば、楽しいこともある。娘が子供を産みました。初孫です。佐伯は、孫に芽吹という名前をつけて、かわいがるのです。

2005年、2006年、2007年。佐伯は日課の散歩と近所の陶芸教室に通う日々です。生活の変化と言えば、たまに訪れる娘夫婦と孫に会うことくらいでしょうか。一方、妻の枝実子は佐伯の病気がひどくなったころから、同級生で陶芸ギャラリーを経営している友人(渡辺えり子)を頼り仕事を始めていましたが、いよいよ自由が丘にできた新しい店もまかされ、佐伯の介護と仕事に、目の回るような毎日です。

しかし、そんなある日、友人の社長から枝実子はナーシングホームのパンフレットを渡されました。佐伯を施設に入れてはどうかと言うのです。「あなたには分からないわ」と一旦は、パンフレットを突き返す枝実子。しかし、相手も友情から言っていることが痛いほどに分かるだけに「ごめん、やっぱ、それちょうだい」とパンフレットを受け取り、自宅にそっと隠しておくのでした。

ある日のこと。帰宅した枝実子は、佐伯が家の前に座り込んでいるのを見つけました。「遅いよ」とムクれる佐伯。「誰かいい奴いるんだろ、外に」とキレてしまいます。「飯なんかいらん」と佐伯は部屋に駆け込みますが、しかし、シーンが変わると、ごくごく普通に食事をしているではありませんか。どうも、感情が不安定なうえに、忘れるスピードが速くなっているようです。そのうえ、食事中に「迷惑かけて」と泣き出してしまいますし。枝実子はそんな佐伯を必死に慰め、その後、家の外に出てひとり泣くのでした。

ある雪の晩、佐伯は、そっと隠すようにしまってあったナーシングホームのパンフレットを見つけました。
そして、また数日後、佐伯は日課の陶芸教室にいます。もはや、陶芸だけが佐伯の生き甲斐なのでしょう。そんな佐伯に陶芸教室の先生(木梨憲武)は、器を焼く焼成代を請求してきます。言われるがままに払う佐伯。しかし、ふと佐伯がメモ帳を見たところ、その金はすでに払ったものではありませんか。気まずそうに金を返す先生。どうやら、佐伯がアルツハイマーなのをいいことに、金をごまかそうとしているようなのです。

こんな、二つの出来事に、佐伯はすっかり絶望してしまいました。

夕飯の食卓を枝実子と囲んでいるときに、佐伯は「枝実子、もうやめよ」と言いだします。「疲れた、疲れた」と繰り返す佐伯。慰める枝実子だって疲れています。いつの間にか、二人は喧嘩になってしまいました。お前は外で楽しくやっているんだろ、と言う佐伯に思わず「外でメソメソ泣いてらんないわよ」と言ってしまう枝実子。
枝実子の顔を真っ正面からとらえたショット。ツツーッと枝実子の額から血が流れ出します。「どした」と言う佐伯。しかし、ふと自分の手を見ると、そこには大きな皿が握られているではありませんか。どうやら自分でも分からないうちに枝実子を殴りつけたのでしょう。
「大丈夫、あなたのせいじゃない。あなたの病気なの。大丈夫、大丈夫」と繰り返す枝実子の声も聞こえないほど、佐伯は手放しで赤ん坊のように泣き続けるのでした。

すっかり目がどんよりしている佐伯は、ひとり電車に乗っています。電車は田舎へ田舎へと走って行きます。佐伯が向かっているのはナーシングホームです。とうとう自分で、ナーシングホームに入る決意をしたようです。ナーシングホームはとても瀟洒な作り。係員に案内されて中を見て回った佐伯ですが、これならやっていけそうです。「いいですね、ぜひ今度、妻と来ます」と言う佐伯ですが、どうも係員と話がかみ合いません。それというのも係員は、入所するのが佐伯の妻だと思い込んでいたようなのです。「ごめんなさい。今度、お世話になるかもしれないのは僕なんです」と佐伯は答えるのでした。

どこをどう歩いたのでしょう。佐伯はかつて、妻の枝実子と知り合った山奥の陶芸教室に来ていました。しかし、小屋はボロボロ。どうも、随分長いこと使われていない様子です。と、そこに陶芸の先生(大滝秀治)が現われました。小屋を見ていた佐伯に、何をやっている、と怒り出す先生。あわてて誤解を解いた佐伯に、先生の怒りも緩み、佐伯が持っていた陶器を野焼きしようと誘うのでした。

焚き火の炎が燃え上がります。そこに入れられた陶器。これから一晩かけて、焚き火の炎で陶器は焼かれていくのです。佐伯と先生は、そんな焚き火の炎をじっと見つめながら、語り合います。先生はアルツハイマーを患っているそうです。しかし、「何がボケだ。そんなことは俺が決める」と意気軒昂。そんな話をしながら佐伯はいつしか眠ってしまいました。

目覚めると誰もいません。「先生」と声をかけてみても、どこからも返事がないのです。佐伯は焚き火の中から陶器を取り出しました。白かったマグカップがすっかり、いい色になっています。
ひとり、黙々と山を下り始める佐伯。すると、向こうから枝実子がやってくるではありませんか。ほーっ、と安堵の深いため息をつく枝実子。しかし佐伯は枝実子の姿を見ても何の反応も示しません。枝実子の顔を忘れてしまったんでしょうか。「僕、駅まで行くんですけど良かったら」と言う佐伯に、枝実子は涙目で「はい」と答えます。
「僕、佐伯雅行と言います。あなたは?」と尋ねる佐伯に「枝実子って言います」と答えた枝実子は、静かに静かに泣き続けるのでした。

映画の最後は、佐伯が最後に作ったマグカップが映し出されます。えみこ、とそのマグカップには書いてありました。

まず、これはどうなんだろう、と思ったところから。この映画はあくまで佐伯と枝実子の物語だと思うのです。しかし、見てみると佐伯のビジネスの話がかなり長かったように思います。広告代理店に勤めているということで、広告による渋谷ジャックのシーンが長々とCGで描かれたり、ちょっと力を入れる部分が違うんじゃないかなあ、と。さらに、医師の及川光博も、父がアルツハイマーという設定まで与えておきながら、最初出てきただけで、あとは出番なし。吹石一恵と坂口賢二の娘夫婦も、映画のストーリーをドライブするための人形のような扱いです。この医師と娘夫婦のキャラクターにもっと厚みをもたせれば、面白くなったんじゃないかなあ、と残念です。

しかし、今まで取り上げられなかった若年性アルツハイマーを取り上げたことは素直に評価できます。患者が失職の恐怖に怯えるところは、見ていて身につまされるような気持ちになりますし、なにより「忘れる」だけではなく、性格までもが粗暴に変化したりするのは、本人・家族ともに、どれだけ辛いことだろうと思います。そういったことを教えてくれたという点だけでも、この映画は評価できると思います。

渡辺謙は、自分がプロデューサーになってまで、この映画を作っただけあって熱演。単純に「うまい」俳優さんなら他にもいるだろうけど、気持ちが入っている演技は、また別の部分で感動を呼びます。

樋口可南子は、「阿弥陀堂だより」では鬱病の役を演じていましたが、今度は支える立場の演技です。静かな中にも透明感が漂う演技は、ホントに品が良くて好感が持てます。

さて、ラストですが、不思議な終わり方でした。果たして山奥で出合った先生は本物だったんでしょうか。それとも佐伯の見た幻覚。映画では、ここを曖昧な形で描き、観ている方の想像力に委ねています。

先生と話している時の佐伯は妙にシャッキリしていて、そのあと妻の枝実子に出合ったときには、すっかり病状が進行してしまっていることを考えると、山奥のシーンはすべて佐伯の幻覚だったと考えることの方が自然かもしれません。

でも、僕はこう信じたいのです。山奥に先生はいた。確かに佐伯は先生と話した。その時、佐伯の病状は一時的にせよ、良くなっていたのです。そして、佐伯は、妻の枝実子の心配そうな顔を見たときに、これ以上妻に迷惑をかけたくない、そのためにはナーシングホームに入るのが一番だ、と思ったのです。だけど、ホームに入ると言っても、枝実子は止めるだろう。そのために、あえて枝実子の顔も名前も忘れた振りをしたんではないかと。





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