いくらおにぎりブログ

邦画中心の映画感想ブログです。ネタバレがありますのでお気をつけ下さい。

【映画】愛妻物語

2007-06-08 | 邦画 あ行

【「愛妻物語」新藤兼人 1951】を観ました



おはなし
売れないシナリオライターの沼崎は、苦労の末、大監督の気に入る脚本を書き上げたのですが、その時すでに妻は……

新藤兼人監督の半自伝的な作品です。死別した最初の妻、久慈孝子さんとの思い出を「私小説」ならぬ「私映画」として描ききっています。

まずは、波打ち際のカットにかぶさるように宇野重吉のモノローグがかぶります。とっても長いモノローグです。

「みなさん、私は映画の脚本を書いているシナリオライターです。私は映画の脚本を書き始めてから、もう10年余りになりますが、才能も貧しくてまだこれという作品を書いておりません。しかし、私は映画を愛しております。いつかはいいシナリオを書きたいと努力しています。でも一生そう思いながら死んでしまうかもしれません。それでも私は満足です。この物語の私の妻がそう教えてくれたのです。私は苦しいことに出会うたびに、妻の言葉を思うて勇気を奮い起こしてまいりました。これからもずっとそうだろうと思います。いつも映画を観てくれる皆さんに、シナリオライターの物語もたまには興味があっていいのではないかと思います。ではみなさん、平凡なシナリオライターの小さな物語を聞いてください」

もう、このモノローグで、監督の言いたいことは全て言い尽くされているような気がします。

沼崎敬太(宇野重吉)はある撮影所のシナリオライターの卵。下宿先の娘、孝子(乙羽信子)と恋仲です。娘に甘い母親は、孝子から「結婚させてください。お願いです、ねえお母様」と言われ、まあ許してもいいかも、という気になっていますが、頑固な父は「諦めてもらいたい。結婚を許すわけにはいきません」と沼崎を追い出してしまいました。

とりあえず、アパートを見つけた沼崎ですが、そこに孝子が「ねえ今日からあたしをここに置いてくださらない」と転がり込み、父の許しの無い結婚生活が始まったのでした。

二人が結婚したのは昭和17年。日本はアメリカとの戦争の真っ最中。当然、映画業界も少ないフィルムの割り当ての中で、再編の嵐が渦巻いているのでした。そして、沼崎の勤める撮影所も合併することになったのです。しかし「合併すれば、俺は整理されるに決まっている」と落ち込む沼崎に、孝子は「ねえ、シナリオやっていきましょう」と明るく言うのです。二人は京都の撮影所で事務をしている増田を頼ることにしました。

「坂口監督が君に一本書いてもらってもいいと言ってるんだが、どうかね、やるかね」と増田に言われる沼崎。厳しい入所テストになってしまいましたが、大監督の坂口(滝沢修)に認められれば、シナリオライターとしての前途は洋々。それに失うものは何もありません。ただ命を懸けて脚本に取り組むだけです。

ようやくシナリオが完成しました。さっそく坂口に見せる沼崎。しかし坂口は「拝見しました。沼崎君、こりゃストーリーですね。シナリオになっていない。まだ筋書きの程度ですよ。芝居がぜんぜん書けてない。こんなことじゃ駄目だね。まあ最初からシナリオというものを勉強しなおすんですね」と門前払いです。ガーン。ショックを受ける沼崎です。

坂口監督に駄目出しを喰らったため、増田も「どうかね、東京に帰るかね」と沼崎に迫ります。今なら、前に務めていた撮影所に口を利いてもいい、と言うのです。「よく考えさせてください」とその場を切り抜けた沼崎は、早速孝子に相談しました。
「聞いたか」「ええ」「どうしよう」
いつも明るい笑顔を絶やさない孝子は「とことん、ここでねばらなくちゃ」と励ますのですが、沼崎は「駄目だ、僕には自信が無いんだ」とすっかり自信喪失です。

早速、増田の所に出かけた孝子。給料なんかなくてもいい、もう一年間だけ猶予が欲しい、と増田に直訴します。その必死な姿に打たれた増田は、孝子の申し出を受けてくれました。その上で、沼崎に「増田さんにお願いしてみて」と説得する孝子。結局、根回しが効いているので、めでたく一年間の猶予と、若干の給料が支払われることになったのです。

新しい日課が始まりました。「まず世界の戯曲を読み直そう」と研究に余念が無い沼崎。暑い夏が過ぎ、雪が舞い、正月が来ました。孝子は、京都に来た父から「わしと一緒に帰りなさい」と言われても、あくまで沼崎の世話を焼き続けます。坂口監督も孝子に「男というものは女の支えが無いと駄目なもんです。力になってやんなさいね」と陰ながら応援し、知らぬは沼崎ばかりなり、といった雰囲気。

隣家の友禅職人(殿山泰司)も、自分は根が鈍だと言いつつ「むやみやたらに辛抱しただけどすわ。粘りたおしただけどす」「沼崎さん、辛抱しなはりや」と沼崎を励まします。本当に、人は周りに助けられて生きているんですね。

そして桜咲く春が来ました。孝子はイヤな咳をしています。「どうしたんだ」と聞いても「何でもないの」と内職に励む孝子。そんな姿に居たたまれない気分になった沼崎は、思わず孝子に当り散らしてしまうのです。

その頃、沼崎は坂口監督から呼び出しを受けました。
「もう一遍、君に書いてもらいたいと思うんだ。やってくれますか」
もちろん沼崎に異存のあるはずもありません。
「今度こそ最後の仕事ですよ」という坂口監督の言葉に、身の引き締まる思いです。

「おい孝子できたよ」「そう、頑張ったわねえ」ようやくシナリオが完成しました。意気込んで撮影所に出かけていく沼崎。孝子は家でジリジリしながら待っています。やがて、元気に帰ってきた沼崎。「うまくいったよ」。今まで、どんな時も涙を見せなかった孝子は、良かったわねとオイオイ泣き出すのでした。

撮影所では所長、増田、それに坂口監督が険悪な雰囲気で話し合っています。沼崎のシナリオは第一稿としては良くできているが、このままでは使えないと坂口監督が言い張っているのです。そんな坂口監督の完全主義に、所長や増田は困り果てている様子。もちろん、同席している沼崎にしたら、生きている心地もしないでしょう。そんなところに、電話が入りました。孝子が血を吐いて倒れたというのです。それを隠して打ち合わせを続ける沼崎。ようやく打ち合わせも終わり、沼崎は飛ぶように家に帰りました。

「どした?」「血を吐いちゃったの」孝子は潜伏性の急性結核で絶対安静だそうです。髪を編んで、と甘える孝子。ついぞ、沼崎に見せたことのない表情です。
沼崎は慣れぬ手つきで、食事を作ります。嬉しそうな孝子。しかし突然、苦しみ始めました。「あなた、洗面器を」孝子は吐血します。洗面器を持っている沼崎の手が、悲しい予感に震えます。その震える手を、そっと握る孝子。透き通って、いっそ怖いような目でじっと沼崎を見つめます。紙に「心配しないで 死にはしない」と書く孝子は、すごい表情です。まるで、あなたを残していくことなんて無いから、悲しまないで、と全身全霊で訴えかけるようです。

沼崎は、道端に咲いていた朝顔を拾ってきて、小さな庭に植えました。朝顔の咲く頃には、きっと起き上がれるよ、という願いを込めて、丁寧に植えたのです。

シナリオはこれで十分だ、と言う所長たちに対して、まだまだ納得できない坂口監督。意見は完全に二つに分かれてしまいました。あとは沼崎の決断一つで決まりそうな雰囲気です。沼崎は、みずから脚本の直しを申し出ました。「坂口さんとの真剣勝負です。斬るか斬られるかです。ただそれだけです。あと三日でいいんです」

すっかり食欲が無くなってしまった孝子。沼崎は、シナリオも手につきません。そこに空襲警報が鳴り出しました。「あなた退避なさいよ」「いいよ、ここにいるよ」
家の外の喧騒をよそに、静かな空気が流れます。「お仕事どうなったの」「うまく行ってるよ」「ねえ、二階行ってお仕事して。ねえ、行ってよ」「じゃあ行ってくるか」
しかし、二階で仕事を始めようとしたところ、かすかに「あなた」という声が聞こえます。
「あなた、写真帳持ってきて」まだ、二人とも若くて元気だったころの情景が浮かびます。海辺で二人、手をつないでグルグル回って遊んだこと。波打ち際のキス。「とうとう、奈良に行けなかったわね」とポツンとつぶやく孝子。息が荒くなってきました。「あなた、お医者はいいの。もう分かってるの」と医者を断る孝子ですが、「坂口先生に来ていただきたいの、お願い」と沼崎に頼むのでした。

取るものも取り合えず、枕頭にやってきた坂口監督は「奥さん、喜んでください。沼崎君がいいシナリオ書いてくれましたよ」と孝子を慰めます。孝子は懇願するような目付きで「私はもう死んでしまいます。沼崎だけが後に残ります。先生、沼崎のことどうぞよろしくお願いいたします」と荒い息で言います。そして沼崎に「あなた一生シナリオ書いてね。あなたの一生はシナリオなの。シナリオ書くことなの」と言うのでした。

孝子の父母も駆けつけました。しかし薬石効無く、孝子はとうとう死んでしまいました。最後の言葉は「いいの、あなたさえいてくだされば」でした。
かつて、孝子の回復を願って植えた朝顔は、一輪、その花を咲かせています。

葬式なども終わったのでしょう。ガランとした家に沼崎はひとり立っています。孝子の歌声が聞こえたように思ったのは、風のいたずらでしょうか。沼崎は部屋を見回します。壁にかけられたままの孝子の割烹着。孝子が、朝顔を見るのにつかった手鏡。孝子の着ていた浴衣。すべてに思い出が染み付いています。孝子の声が聞こえます。
「あなた頑張ってね。苦しいときには笑うといいわ」
庭には、朝顔がたくさんの花を咲かせています。

どうしてくれましょう。完全にやられました。ひたすらに夫を愛し、そして不器用に妻を愛し続けた、この夫婦。まっすぐに、ただもう一直線に「愛妻のことを描くんだ、亡き妻をフィルムに蘇らせるんだ」という監督の執念を感じます。

そして、それを演じる乙羽信子のきれいなこと。「百万ドルのえくぼ」というキャッチフレーズが伊達ではない愛おしさです。宇野重吉を見つめる乙羽信子の表情は、まさに久慈孝子さんが、乗り移ったんではないかと思えるほどの、真実に溢れています。

日本で第一の脚本家にして、40本を超える映画を監督した新藤監督の、これが監督デビュー作です。デビュー作にこそ、その監督の全てが隠されているとしたら、まさにそれは、対象に愚直に、そして一直線に迫っていくこの姿勢でしょう。個々の映画が、面白いか面白くないかは別として、この姿勢には圧倒されますし、これこそ新藤監督の真髄です。

そして、映画の同志として、やがては伴侶として、一生を新藤監督に捧げることになる乙羽信子は、まさに新藤監督の「愛妻」でした。その点で、この映画は久慈孝子さんの映画でもあり、乙羽信子の映画でもあったのでしょう。







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