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【映画】砂糖菓子が壊れるとき

2006-11-16 | 邦画 さ行

【「砂糖菓子が壊れるとき」今井正 1967】を見ました。



おはなし
千坂京子(若尾文子)は売れない女優。ヌードモデルなどをして、その日その日をどうにか過ごしています。しかし、プロダクションの社長(志村喬)と知り合い、その愛人となってからは女優として順風満帆です。しかし、社長が死に、大学教授(船越英二)、プロ野球選手(藤巻潤)、作家(田村高広)などと男性遍歴を続けていく彼女の本当の望みは、幸せな結婚と穏やかな暮らしだけだったのです。そして、ある日、睡眠薬を飲みすぎた彼女の死体が発見されますが……


とりあえず曽野綾子の原作を、橋田寿賀子が脚本化して、社会派の今井正が監督した女性映画。こうきたら、いったいどんなに凄い映画なんだろう、と思ってみたら、「マリリン・モンロー」の映画でした。あらあら。

もちろんアメリカのセックスシンボルとまで言われたマリリン・モンローの活躍と、それとは対照的な孤独で壮絶な死に様については、大勢の人が基礎知識として持っていると思いますが、この映画では比較的忠実に、それを追っています。ただ、その死に囁かれる謀略説については、いっさい触れていませんけど。

<マリリンは片親で孤児院を転々>
若尾文子も施設で育ったという設定です。「あなたは施設で育ったので、無意識に庇護してくれる人を求めているのです」という台詞がありましたが、そういうものでしょうか。依存心と自立心のどちらが強くなるかは、人それぞれだし、「環境」からの圧力という点では、どちらかというと自立心が旺盛になるような気もしますけど。

<マリリンはヌードモデルをしていた>
映画の冒頭は、若尾文子がヌードスタジオで写真を撮られるシーンです。とにかく金が無くて喰うにも困っている様子。でも、男に貰った毛皮のコートは手放せない、そんなところが可愛いですね。ちなみにカメラマン役は根上淳若尾文子主演映画ですから、脇役も豪華です。それと、ヌード撮影中に若尾文子のボディダブルで裸を見せる女優さん。辛い仕事だと思います。顔は出してもらえず、裸だけ撮られたら「ハイさようなら」ですから。まさに、この人こそが当時のマリリンに近い存在なんでしょうね。

<マリリンは、エージェントのジョニー・ハイドのおかげで有名になった>
映画では、志村喬が、プロダクション社長役で若尾文子を何かにつけ盛り立てます。最初に会ったとき、何で端役に出たきりで出番が無いんだと思う、と志村に聞かれ若尾文子はこう答えます。
「多分、私に合うような、頭の悪い役が無かったんだと思います」
この段階で、原作者もしくは脚本家にはマリリン・モンロー=頭の悪い女というイメージが出来上がっていたことが分かります。それって、どうなんだろうと思いますが、まあ曾野綾子橋田壽賀子ですからね。
志村は若尾に求婚しますが、心筋梗塞で無念のリタイア。若尾は「頭が悪いけど」「人の良い女」なので、財産には興味をまったく示さず、志村の葬式では、ただただ泣き崩れていました。ここらへんも、作者および脚本家の意地の悪さを感じてしまいました。

<マリリンは、リー・ストラスバーグが主催するアクターズ・スタジオに通う>
後ろ盾を無くして、またもや出番の無くなった若尾文子は女子大に聴講に行きます。学が無いのでコンプレックスが強いのだと言わんばかりのストーリー展開です。当然、頭の良い人に弱いので、教授の船越英二にあこがれてしまう若尾文子。懸命に勉強をする姿がけなげです。しかし、男はどんなに聖人君子ぶっていても、白痴美人を見ると「必ず手を出すことになっている」ので、当然そうなります。信じていた教授にまで、体を求められた若尾文子は涙目で「先生、やめて」と言いますが、結局・・・
ここのテーマは「たとえ頭の悪い女でも向学心は心の底に眠っている筈」「男は必ず、女に手を出す」といったところでしょうか。はあ。

<マリリンは、ジョー・ディマジオと結婚して、すぐ離婚する>
船越英二との一件で荒れていた若尾文子も、その後肉体派女優として、一世を風靡。押しも押されぬスターになりました。そこで出会ったのが野球のホームラン王の藤巻潤。藤巻のストレートな求愛は、やがて若尾文子の凍っていた心を溶かし、二人は結婚します。しかし、家に屯する取り巻きたち。それに、仕事のすれ違いなどが原因で、二人の心は徐々に離れていってしまいます。そして若尾のワンマンショーを見た藤巻は「何だあのストリッパーみたいな衣装は」と激怒し、泣き崩れます。この怒った上で、泣くというのは、ディマジオがマリリンに抱いた愛情の深さを表しているようで良いシーンでした。ちゃんと褒めるところは褒めますよ。

<マリリンは、作家のアーサー・ミラーと再婚する>
藤巻潤と別れた若尾文子は、旅先で作家の田村高廣と出会います。当然、一目ぼれしてしまう若尾。田村も若尾の「肉体」に惚れてしまいます。不倫関係になった二人は、田村の奥さんと対決することに。この奥さんが山岡久乃です。うひゃー、って感じの緊張感が。ここは橋田先生の独擅場ですね。
「良いのよ、五来が欲しくていらっしゃるのなら、いつでも連れてらっしゃいな」と言う山岡久乃。もちろん目は笑っていません。田村高廣も役に立つわけでなく、横で小さくなっているだけ。
無事、結婚できた二人ですが、ここで若尾文子の依存体質が爆発。田村高廣は重厚な芝居で、妻の依存に振り回される男を演じています。そして若尾文子が妊娠。しかし、子宮外妊娠だったということで、子供は流れてしまいます。そして出ていってしまう田村。
当初は若尾の肉体が目的で近づいてきたものの、今では「友人のような存在」になった津川雅彦に相談する若尾。
もちろん、津川は男ですから田村高廣の味方をします。
「どんなに好きなビフテキだって、腹いっぱいになったらもう食えない」若尾文子は肉扱いですか。
「五来氏は、君を咽のところまで食ったんだ」男はとことん身勝手な存在だと言いたいようです。
「でも、あの人、あたしに子供産ませようとしたのよ。あたしみたいに馬鹿で、気狂いの血統のある者に、どうして子供産ませる気になったの」とキレる若尾文子。しかし、この段階で、この作品もNHKでは放送できないことが決定ですね。それに天国のマリリンにも見せられません。まあ、向こうは頼まれても見ないとは思いますが。

<マリリンは、受話器を握りしめて死んでいた>
ケラケラ笑い出す若尾文子。「今夜から、これで睡眠薬が飲めるわ。楽になるわ」と言い出します。ちょっと壊れてきました。無名時代から付かず離れず面倒を見てくれた、友人の原知佐子の言葉も耳に入らなくなってしまいました。うつろな目で
「今夜はいく粒飲んだら寝られるかなあ」と、ほとんど廃人状態です。
その夜、家に、若尾文子が外国の映画賞を受賞したという電話がかかってきました。原知佐子は大喜びで、若尾の部屋をノックします。しかし、返事はありません。心配になった原が若尾の部屋のドアを破ると、そこには受話器を握りしめて冷たくなっている若尾文子がいるのでした。

<マリリンの死後、ディマジオは彼女の墓に花を供え続けた>
担架に乗せて運び出される若尾文子の遺体。殺到するカメラマンたち。藤巻潤は泣きながらカメラマンを押しのけます。結局、本当に若尾文子を愛していた男は、藤巻潤だけだったのでしょうか。遺体を運ぶクルマのショットで映画は終わります。

なんか、この映画はすごく類型的に人を捉えているような気がしてなりませんでした。なんていうのか、男は獣、馬鹿な女は、馬鹿ゆえに滅びるのだ、みたいな結論が先に立ってしまっているような。
それでも、若尾文子は熱演でした。それは確かです。しかし、どう見てもマリリン・モンロータイプでは無いんですよね。同世代の女優だと南田洋子。もう少し若くていいのなら松坂慶子あたりが、この役を演ずればハマリ役だったような気もします。





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