いくらおにぎりブログ

邦画中心の映画感想ブログです。ネタバレがありますのでお気をつけ下さい。

【映画】青空娘

2007-04-10 | 邦画 あ行

【「青空娘」増村保造 1957】を観ました



おはなし
兄弟のうち、ただ一人伊豆のおばあさんのもとで育てられた小野有子は、高校卒業をきっかけに東京の父母のところに戻ることになりました。しかし、臨終の床のおばあさんが言うには、有子はお父さんが事務員に生ませた妾腹の子だ、と言うのです。しかし、恩師の心に青空を持て、という教えに従った有子はけなげに明るく生きるのです。

増村保造監督の監督第2作目。そして、長くコンビを組むことになる若尾文子との初顔合わせの作品です。ここをスタート地点に二人のコンビは、たくさんの名作を生み続けていくことになります。

海を見渡す崖の上、女子高生3人が、蛍の光を歌いながら記念写真を撮っています。主人公の有子(若尾文子)は、卒業後、東京に行くことになっています。うらやましがる同級生たちに「ねえ、わたしは東京に行きたくないの」と答える有子。病弱ということで、4人兄弟のうち、ひとりだけ伊豆のおばあちゃんのところで育てられた有子ですが、自分自身もそして周りからも、どう見たって健康優良児なんですから。

と、そこに有子を始め、クラスのみんなが憧れている二見先生(菅原謙二)が息を切らせながらやってきて、
「おい、小野くんタイヘンだ。君のおばあさんが倒れた」と言ったのです。
あわてて駆け付けると、既におばあさんは臨終の床。おばあさんは切れ切れに、
「お前の東京のお母さんは、本当のお母さんじゃないんだよ」と言い出しました。有子は、お父さんが会社の事務員に生ませた子。その後、お母さんは満州に渡ったきり行方が分からないというのです。おばあさんは死にました。

崖の上に立った有子は「お母さーん」と海に向かって、そして遠い満州の地に向かって叫びます。もちろん、伊豆から海に向かって叫べば、声が届くとしてもオーストラリアかニュージーランドですが、まあそれはそれとして。そこにやってきた二見先生は腰に手を当てて「どうだいこの青空」と言います。「東京にも青空はあるかしら」と不安そうに言う有子。「あるさ」と答えた二見先生は、仮に無くったって、自分の心に青空を持っていればOKだ、とかなり強引な理屈で、有子を納得させてしまうのでした。ちなみに二見先生も、この春、学校を辞めて、東京の宣伝美術の会社に入るそうです。まあ、そうでなくては話が始まりませんからね。

と、ここでタイトルの「青空娘」がどーん。この時期の日本映画にしては、アヴァンタイトル(タイトルが出る前のお芝居)がずいぶん長めです。さすが増村監督。イタリア留学はダテではない、ということでしょうか。

さて、東京に出てきた有子ですが、東京のスピードに着いていけません。道を尋ねても邪険にされたり、早口で聞き取れなかったり、さらにはアタマのおかしい人もいたりして、まさにカルチャーショック。困っていたところに女中の八重(ミヤコ蝶々)がやってきて、有子はどうにか青山の大きな大きなお屋敷に辿り着くことができました。

しかし、家人はみんな冷たい人ばかり。弟に話しかけると「女中のくせに気安いぞ」と言われ、お兄さまは顔も出しません。お姉さまに「お姉様、有子です」と挨拶しても「お嬢様って呼びなさいよ、女中のくせに」と最初から敵意むき出しで言われてしまう始末。もちろんお母さま(沢村貞子)は、能面のような冷たい顔で、階段下の物置に入って、女中の八重の手伝いをしなさいと言ったきり、口もきいてくれません。

しかし脳内がお花畑な有子です。朝起きると「青空さん、こんにちは」と挨拶して、さっそく八重を手伝いコマネズミのように元気にクルクルと働きます。当然、八重はすっかり有子を気に入りました。よし仲間ひとりゲットです。さらに、ちょっかいを出してきた弟には、拳と拳で語り合います。「女中になんか負けるものか」と頑張った弟くんですが、結局「まいったー」。よし、子分をひとりゲットです。順調なスタートですね。

さて、小野家ではピンポン大会が行われました。とはいえ、実は姉の婿選びのパーティです。姉がひそかに狙っているのは大会社の跡取り息子の広岡(川崎敬三)。八重は有子に「ホンマだったら、あのピンポン大会に出(ら)れる身分なのに」と悔しげに言いますが、有子は気にするそぶりもなく、よりいっそう甲斐甲斐しく働くのでした。ところが、そんな有子に目をつけた広岡は、一緒にピンポンやりましょう、と声をかけるのでした。ためらう有子ですが、ピンポンをするうちに本気モード。エプロンを外し、靴を脱いでの奮戦です。
「20対18で、女中さんの勝ち」いちやく、有子はパーティの主役になってしまったのです。
そんな姿をお母さまは苦々しく見つめています。「有子、こっちいらっしゃい」

さて、お父様(信欣三)が出張から帰って来ました。有子が階段下の物置に入れられ、女中扱いされていることにビックリです。お父様はお母様を厳しく叱りつけました。というのは嘘で「あれだけ頭を下げたじゃないか」と、負け犬モードです。お母様は、私が女中をしろと言ったんじゃありません。この子が行儀見習いに女中の手伝いをさせて欲しいと言ったんだわ、と言いました。本当かね、という目で有子を見るお父様。有子は、ここでヘタなことを言ったら大騒ぎ、と賢く判断したのでしょう。はい、わたしが頼みました、と答えるのでした。
「ほーら、ごらんなさい」と勝ち誇るお母様。沢村貞子もノリノリで演技を楽しんでいるようです。

有子の初恋の人。とっても懐かしい二見先生の声が受話器から聞こえてきます。
「幸せかい?」「いーえ、とっても不幸せ。でも青空は見えます」と答える有子。なかなかハッキリしたお嬢さんです。

ある日、お父様から迎えの車がやってきました。お父様は、家で有子と話すとお母様ににらまれるので、迎えの車をよこしたのです。気の弱いお父様ですね。迎えの車はビックリするほど立派です。まあ、王様の馬車みたいと言っておきましょう。やがて車は滑るようにお父様の会社に着きました。エレベーターを待っている有子。するとどうでしょう。王子様、じゃなくて広岡がにこやかに声をかけてくるではありませんか。なんと、お父様の会社と広岡のお父様の会社は同じビルに入居していたのです。お送りしましょう、と優しく言う広岡。広岡は別れ際に「今度、うちの母に会ってやってくれませんか」と有子に言うのでした。まあ、夢みたい。

お父様は悩んでいらっしゃる様子です。愛情の無い結婚だったと、今も別れた有子のお母さんのことを思っているようです。デスクには大事に有子のお母さんの写真もしまってあるし。まあ、そんなことを言いながら、有子の下に、お母様との間に生まれた弟がいるのは不思議ですねえ。なんでも欲しいものを言ってご覧と言うお父様に有子は、お母さんの写真を貰うことにしました。そして「お父様、わたしあのウチを出ます」と言い出します。いつまでかかってもいい。お母さんを捜したいと言うのです。もちろんお父様はビックリ。きれいな洋服や靴や、それに青空色の帽子を買って、有子のご機嫌を取るのでした。

ある日、有子がお使いに出かけているときに、広岡のお母さんが小野家を訪ねてきました。息子が結婚したいお嬢さんの品定めに来たのです。勘違いのまま、ニコヤカにお話をするお母様とお姉様。しかし、ピンポンの得意なお嬢さんという言葉で、二人は勘違いに気づきました。表情が固まります。お姉様なんて怒り爆発です。有子の部屋に入って、有子のお母さんの写真を盗み出すお姉様。そのうえ、写真を返して欲しいと頼む有子を引っぱたく始末です。もちろんお母様はお母様で、お父様に「あの子を出してください、じゃなきゃ私が出て行きます」と直談判。タイヘンなことになってきました。

翌朝早く、有子はそっとお屋敷を出ました。大好きな二見先生のところに行くことにしたのです。先生は歓待してくれました。でも出張なので「明後日の昼頃帰るから、それまでここにいろ」と慌てて出かけて行ってしまったのです。有子は、何気なく先生の部屋を見ました。という名目でチェックしているんですけどね。裏返しにされた絵。それはなんと、有子の肖像画だったのです。ニヤリ。よし、恋人ひとりゲットです。ところが、そこに(自称)3流モデル(矢島ひろ子)が転がり込んできました。そのモデルは無遠慮な視線で有子をジロジロとみた挙句、わたしが二見さんの彼女よ(自称)と言い出しました。すっかりムカついてしまった有子です。

早速、広岡のところに行った有子。お金を借りて田舎に帰ることにしたのです。お父様に買ってもらった靴を借金のかたに置いていきます、という有子。まったく、何様のつもりでいらっしゃるんでしょうか。あ、若尾文子さまですね。
「別の意味でなら預かります」という広岡。いつか、この靴を自分の前で履いてくれるなら、というのです。これまた微妙な雰囲気が漂いますね。もしかしてハイヒールフェチ?

田舎に帰った有子を近所の親切なオバサンが迎えてくれました。しかし、なんと3日前に有子のお母さんが訪ねてきたばかりだと言うのです。親切なオバサンは、有子ちゃんは東京のお金持ちのところに引き取られて幸せにやっているらしい、と
もちろん親切心であれこれ言ったそうです。お母さんは泣きながら、有子の幸せのために二度と顔を出さないと、帰って行ったとか。うーん、親切っていうのも考えものです。しかも「東京」としか連絡先を聞いてないし。

思わず、思い出の崖に登って「お母さーん」と叫ぶ有子。傍らには友人の信子が。信子は、自分の叔母さんが銀座でキャバレーをやっているから、そこで世話になれば良いと教えてくれます。やはり持つべきものは友達ですね。でも二見先生はちょっと心配です。というか、なんで大阪に出張しているはずのアンタがここにいるんだ。しかし、有子としては3流モデルとつきあっている二見先生なんか、すでに眼中にありません。フンっ、て感じです。

さて、東京に戻ってきた有子と二見先生。有子はさっそく広岡を呼び出しました。どんな男?と聞く二見先生に「適当に男らしくて、適当にハンサムで……」と紹介する有子。もう気分は女王サマですね。というか若尾文子さま。有子は二人にお母さんの写真を見せます。「小野君、ぼくは確かにこの人に会ったことがある」という二見先生。しかし、それがどこでだったかを思い出せません。まったく使えないヤツです。これじゃあ、有子のハートをゲットできませんよ。

このあと、キャバレーの気っぷのいいママに有子がお世話になったり、家に帰った二見先生が、勝手に3流モデルが部屋に上がり込んでいるのを見てビックリしたり、これが有子にフラレた原因かあ、とガックリしたりといろいろありました。部屋にいられなくなった二見先生は、仕方なく会社で寝泊まりをすることにしました。掃除婦のオバサンに鍵を開けてもらう二見先生。ん、ちょっと待てよ。この顔は。そう、会社の掃除婦のオバサンこそが、有子のお母さん(三宅邦子)だったのです。しかし、お母さんは有子の幸せを邪魔しては行いけないと、あくまでシラを切りとおして、ついでに仕事まで辞めてしまうのでした、うーん、徹底してます。だけど、もうちょっと人の話を聞いた方が。

そこらへんはソツのない広岡。早速、お母さんの住所を割り出し、「タイヘンです。有子さんが自動車に轢かれたんです。すぐ来てください」と言い出しました。思わず、ええっ、と心配顔になるお母さん。決まりですね。「失礼しました。今のはウソです」と詫びる広岡。こうなっては、今さらお母さんもトボけるわけにはいきませんね。

広岡のセッティングで、有子とお母さんは再会しました。「ごめんなさい、ずいぶん苦労したんですってね」と泣き崩れるお母さん。そんな感動の再会シーンに、突然弟と女中の八重がやってきました。お父さまが病気で、うわごとのように有子を呼んでいるというのです。実際、お父さまは「有子、有子」とうわごとを言ってプルプル震えています。もちろん、その横ではお母様が「いませんよ。ここにいるのは私だけですよ」と鬼の形相だったりします。
しかたない。有子はお母さんに「逃げないでくださいね、有子から。あたし、少しお父様をイジメてきます」と言ってお屋敷に向かいました。

お父さまの部屋に入るのを邪魔しようとするお姉様を、視線一発でビビらせ、冷たい視線を向けるお母様は完全無視で、有子はお父さまの枕元に立ちました。
「お父さま、あたしさよならを言いに来ましたの」とガツンと一発かます有子。もう私のことは忘れてください。お父さま、生ぬるいのよ。ウソなのよ。だって、お母さまを愛すればいい、それだけなのよ。と有子の言葉のボディブローがお父さまに炸裂します。私が悪いんだ、悪かったんだよ、とお父さまはガックリです。病人に、なにもそこまで、とは思いますが、まあ女王サマな有子ですから。風のようにやって来て、風のように去っていった有子。あとには呆然とする小野家の人々が残されるばかりです。
「達子、悪かったよ」と素直に謝るお父さま。お母さまは今までの、いろんなどす黒い気持ちを一気に吐き出すかのように、それは激しく号泣するのでした。

思い出の崖に立つ有子と広岡。脇ではお母さんと二見先生が二人を見守っています。
「これが君の青空?」と尋ねる広岡に、有子は答えます。「そうよ」
「じゃあ忘れたまえ」「えっ、どうして」「ぼくが君の青空になる」「まあ」「目をつぶって。何が見える。青空?ぼくの顔?」「青空」「ええっ」「でも、それがあなたの顔になる」「よしっ。じゃあ青空にさよならだ」

「さようならー」
「さようならー」

いや、面白い映画でした。ストーリーのベースは「シンデレラ」プラス「小公女」な感じですが、それを見事にひっくり返した小気味よさがあります。

若尾文子演ずる有子は、実に近代的な人間です。きちんとした自我を持ち、目先だけではなくて、長期的な自分の利益をプロデュースしていく能力があります。女中扱いされても、自分のシンパを増やしていく努力は怠らない。父に出て行かないでくれ、と頼まれたときにも笑いながら「いつまで女中させておくつもり」と釘を刺すのを忘れません。それに、最後に語られる父に対する辛辣な評価。全てを理解したうえで、他人の自分に対する感情をコントロールして、居心地の良い環境を作って行く。これはスゴいと思います。もちろん、これ以前にも芸者や、遊女など、いわば玄人の女性像としては、いささか打算的な女性像としてですが、こういう類型は存在しました。しかし、増村監督と若尾文子のコンビは、これをあくまで普通のお嬢さんの行動として描いたところが新しいし、自分の生存環境を整えるのは、打算ではなく、当然の権利じゃないかと高らかに宣言したところに、その意味があると思います。

特に、若尾文子がパートナーとして川崎敬三を選ぶところ。今までの映画なら、絶対にパートナーとして菅原謙二を選んだはずです。初恋の人。貧しいが優しい人。こういう人をヒロインが選ぶのは、まさに正義でした。しかし、この映画では適当に男らしくて、適当にハンサム、そして圧倒的に生活力(というか金)がある川崎敬三を若尾文子は選びました。そりゃそうですよね。ほぼ同一の条件を持つ商品があったら、人は安い方を買います。結婚相手選びも同じことでしょう。
ただ、そこにロマンがあるのか、映画として見たときに「どちらが画になるのか」という問題は残りますが。

あと面白いのは、そういった利己主義的に見える主人公の行動で家族が救われることです。シンデレラに限らず主人公を虐めた「悪い人」はバチがあたって不幸せになるものですが、この映画ではそうはならない。ここの点では、若尾文子はトリックスターとして、まさに家族の関係に風穴をあけ、再生させる役目も負っているのです。

一見すると、青空に向かって若尾文子が叫んでいる、甘いシンデレラストーリーにも見えるこの映画。しかし、一皮めくると、近代的人間とは?というテーマを含んだ、なにやらスゴい映画なのでした。







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