いくらおにぎりブログ

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【映画】愛を乞うひと

2007-01-19 | 邦画 あ行

【「愛を乞うひと」平山秀幸 1998】を観ました



おはなし
山岡照恵(原田美枝子)は幼い頃に死んだ父の遺骨を探しています。そんな彼女の脳裏に浮かぶのは、実母の豊子(原田美枝子・二役)に虐待されつづけた記憶。照恵は娘の深草(野波麻帆)と共に遺骨探しを続け、とうとう見つけることがかないました。そして、娘の勧めもあって実母に会うことにしたのですが……


とりあえず、思わず引いてしまうほどの虐待シーンさえ耐えられれば、本当に凄い映画です。

土砂降りの雨の中、女の子を手を引いて歩く男。後ろから女が追いかけてきて
「行っちまえ、バカヤロー。台湾でもどこでも行っちまえ。くたばっちまえ。バカヤロー。死んじまえ」と絶叫しながら、手当たり次第に石を投げつけています。

妻の豊子(原田美枝子・二役)が娘の照恵を虐待するのにたまりかねた父の陳文雄(中井貴一)は、娘の手を引いて家を出たものの、結核で倒れ、友人の王(小日向文世)に後を託して死にました。しかし、生きていくのに精一杯の時代のこと。王は照恵を孤児院に入れざるを得ませんでした。
そしてある日、孤児院に母の豊子が訪ねてきて、照恵を引き取ります。新しい父と新しい弟・武則。平和な生活が始まるはずでしたが、2番目の夫とも別れた豊子は、3番目の夫、和知(國村隼)のところに照恵と武則を連れて転がり込みます。そして、そこから地獄が始まりました。

友達が花火大会に照恵を誘いに来ます。恐るおそる「母さん、お小遣いちょうだい」と頼む照恵。豊子は「手を出しな」と言って、タバコの火を照恵の手のひらにジュッと押し当てます。そして、ベルトで照恵を滅多打ちに。思わず、花火に誘いに来た友人がおしっこをもらしてしまうほどの凄まじさです。

実父が残していった手鏡をいじっている照恵を見ると、豊子は腹が立ってしまいます。鬼のような形相で殴る蹴るの暴力です。思わずゲロを吐いてしまうほどの折檻ですが、その直後「髪を梳いておくれよ」と平然と照恵に頼む豊子。
「上手だね、気持ちいいよ」と母に褒められると照恵はうれしくなってしまうのでした。

だんだん書いててイヤになってきましたが、その他にも吐瀉物に顔を押し付けたり、階段から突き落とそうとするなど、豊子の暴力は止まることを知りません。

さて、話は現代。実父のお骨を探している照恵の話です。夫と死別した照恵は、娘の深草(野波麻帆)との二人暮らし。深草が存在すら知らなかった叔父さん(うじきつよし)が、とつぜん詐欺で捕まっていることを教えられたりした深草は、「あのさ、このごろなんかコソコソしてない」と照恵に不信の顔を向けます。そして「ウソつき。もしかしてあたしとお母さんって、本当の親子じゃないんじゃないの」とまで言われた照恵は、思わず深草の頬をはたいてしまったのでした。ここの原田美枝子は上手いです。瞬間、自分が何をしたのか分からない戸惑ったような表情。その後、思わず漏れるニヤリとした笑い。殴られる立場の人間が初めて、人を殴った快感なんでしょうか。しかし娘に「なんで、こんなときに笑うの 母さんってすげえヤなヤツ」と言われてぼう然とする表情。原田美枝子は黙ったまま、キッチンで手に水をかけ続けます。人を殴って感じた手のひらの熱さを消し去りたいかのようです。多分、照恵は自分にも母・豊子と同じ暴力性が眠っているんではないか、と心の底から恐怖したんではないでしょうか。

娘の深草は高校の水泳部員。照恵は、じっと娘の試合を見ています。試合後、会場から出てくる深草に恐る恐る近づく照恵。
「ぶったりして」「あやまんないでよ、母さんのそういうとこキライ。しっかりして欲しいんだよなあ」とアッケラカンと答える深草。この娘役の野波麻帆がまた、良い味を出しています。水泳部という設定だけあって、肩幅もがっちりしていてとても頼りになりそうなのです。ほっと安堵の表情を浮かべた照恵は、深草をお寿司屋さんに誘います。そこは、亡き夫にプロポーズされた場所。そして娘ができた時に祝杯をあげたのも、そのお寿司屋さんでした。いわば照恵にとって幸せの象徴のような場所だったのです。気持ちよく酔った照恵は、深草の自転車の後ろに乗りながら、
「みぐさ、わたしはいい母親ですかぁ」と言い出します。そして、
「いい母親じゃなくたっていい。あんたの母さんだよねえ」
これは、自分が母の豊子とは違うんだと誰かに認めてもらいたいという切実な気持ちと、そんな豊子のことをも憎みきれない、いや正確に言うと憎んでいても愛することを止められない自分の気持ちの表れだったんでしょう。

ここで話を昔に戻します。3番目の父・和知(國村隼)は就職が決まりました。経理の仕事です。これでようやく、家族も少しまともな暮らしができそうです。照恵が中学進学を控えたある日、和知はセーラー服を買ってきました。 喜びに輝く照恵の顔。豊子もニコニコしていて平和な家族の光景です。「早く着替えな」と言う豊子。照恵は服を脱ぎ始めますが、やっぱり年ごろの娘です。いくら父とは言え、義理の父の前で服を脱ぐのをためらいます。「シミズも脱いだがいいよ」と言う豊子の声にいらだちが混じり始めました。こうなると照恵は、ガチガチになってしまいます。自分の言葉にどんどん激していった豊子は、竹の物差しで照恵を殴り始めます。折れる物差し。照恵の額から血が噴き出します。豊子は、自分の服に飛び散った血を見て、「ばかやろう、血がついちまったじゃねえか」と怒鳴り始めました。とんでもない言いがかりです。
「なんで私を施設から引き取ったんですか」「私のこと可愛かったから引き取ってくれたんでしょ、そうでしょ母さん」と必死に叫ぶ照恵に、豊子はお前は強姦で出来た子だとか、産みたくなかったと言いたい放題です。
その夜、包丁を首に当てて自殺しようとする照恵。しかし死ねません。代わりに鏡に向かって愛想笑いの練習をするのでした。

また現代へ。3番目のお父さんこと和知の墓にも詣でている照恵と深草。
「信じらんない、だって自分が産んだ子供なんでしょ」深草は憤ります。
「強姦で生まれた子供かもしれないからね」と言う照恵に、
「狂ってんじゃないの、おばあちゃんって」と一刀両断した深草は、
「こいつだって、かばってくれたっていいじゃない」と和知の墓を睨みます。

「和知のお父さんのお墓を見つけたとき、母さん決めたの。あの女が捨ててったものを一つひとつ拾っていこうって」

お骨を捜しに、父親の故郷、台湾を訪れることにした照恵、もちろん深草も一緒です。この台湾パートだけでも一本の映画が作れるほど中身が濃いんですけど、ここでは省略します。

再び過去へ、こんどは昭和39年です。中学を卒業し、就職が決まった照恵。ドキドキの初月給をもらって、不動産屋さんを覗いてみたりもします。でも、給料で自活するのはまだ無理のようです。家に帰った照恵を待っていた豊子は開口一番「給料出たんだろ」と言います。思わず目を伏せる照恵に、豊子の手が飛びます。「さっさとお出しよ」愛想笑いを浮かべてしまう照恵に「やめろって言ってるだろ、その笑い」と、結局は暴力です。その上、「やっぱりモノでぶっ飛ばさないと、手じゃキツイか」と棒で叩き始めてしまいました。

ある給料日。意を決した照恵は、自分の給料袋からおサツをそっと一枚抜き出して、自分の財布に入れました。しかし、家に帰ると荷物はそっくりトラックに積み込まれていました。どうやら豊子と和知は別れたようです。照恵をめざとく見つけた豊子は、給料袋を渡すように命じます。そして、当然のような顔をして受け取った給料袋を覗き込む豊子。さっと顔色が変わります。「あたしの目が節穴だと思っているのかい」

ここに来て、照恵の我慢も限界に達して、逃げ出しました。豊子はまさしく鬼のような形相で追いかけてきます。都電の走る昭和の街並みを、二人は追いつ追われつします。しかし、照恵は捕まってしまいました。そこに弟の武則が走ってきて、豊子を抑えながら言います。「行きなよ、姉ちゃん。行けって。一人で行っていいから」
照恵は後ろを振り返らずに、まっすぐ走って逃げていきました。

また現代。台湾で手がかりを発見できなかった照恵は、杉並区役所職員の努力の結果、記録が見つかり、父のお骨が収められている寺も分かりました。お寺でお経をあげてもらい「やっと見つけたよ、アッパ(お父さん)」とつぶやく照恵。そんな照恵に深草は豊子に会いにいこうと言い出します。娘は娘でいろいろ調べ豊子の居場所を見つけていたのです。
「母さんはお骨を探す旅をしてたんじゃなくて、おばあちゃんを捜していたんでしょ」

ここで、照恵は回想します。映画の冒頭のシーンで描かれた、土砂降りの中、父に手を引かれ母のもとを去った時のことを。
「行っちまえ、バカヤロー。台湾でもどこでも行っちまえ。くたばっちまえ。バカヤロー。死んじまえ」しかし、この後に言葉はまだ続いていたのです。
「どうしたらいいの。これから先、アンタなしでどうしたらいいのよ。あんた、一人にしないで。怖いよー。怖いよー」

母子は、とある漁師町にやってきました。ここに豊子がいるのです。「ビューティサロン トミコ」という店の前でたたずむ母子。照恵は意を決して店に入ります。年老いた豊子がそこにいました。照恵に気づかない豊子は、すっかり客と思い込んでいるようです。照恵も何も言いません。「どれくらいカットしますか」と言って、髪を切り始める豊子。非常に緊迫感に溢れたシーンです。照恵は、昔は美容師になりたかった、と話します。昔、母の髪を梳いたらとても喜んでくれたのだと。それでも豊子は気づいた様子を見せません。ただ、照恵の前髪をかき上げたときに、自分が傷をつけた額のキズ跡を見て、ふっと表情が変わったようです。
「2千円いただきます」と言う豊子。照恵は「いつまでもお元気で」と言って店を出ます。

豊子は店の前に立って、去っていく母子をじっと見つめています。

帰りのバスの中。どうして言わなかったの、と深草に聞かれた照恵は答えます。
「あんたが生まれたとき、あたしはうれしかった、しあわせだった。だから、もういいの……やっと母さんにさよならが言えたよ。おかしいでしょ、あんなひどい母親に可愛いよ、お前のことが可愛いよって言って貰いたかったなんて」
「可愛いよ、母さん」
「バカっ。深草、母さん泣いてもいい?」
「いいよ」
照恵は、揺れるバスの中、深草の肩に顔を押し当てて静かに泣き続けます。

画面が変わると、台湾に照恵と深草がいます。父が愛して止まなかったサトウキビ畑が、どこまでもどこまでも続いています。母子は懸命にサトウキビを刈ります。照恵は、ふっと空を見上げました。真っ青な空が広がっています。


何と言っても原田美枝子の演技に圧倒されました。子供に暴力を振るう豊子役がすごいのは当然としても、抑えに抑えた照恵の演技も素晴らしいです。一本の映画の中で、これだけ対照的な役柄を演じ分けた才能はまさに脅威です。実際に三人のお子さんの母親でもある原田美枝子さんが、たとえ演技とは言え、子供を虐待する豊子の役をどんな気持ちで演じたのか、そして照恵の役を演じることによって癒されることができたのか気になります。それが仕事、困難な役であればあるだけ俳優として演じたくなる、そんな決まり文句だけで演じきれるような役どころではなかったでしょう。何はともあれ、原田美枝子あってこその、映画だったということは間違いなさそうです。

照恵の娘役を演じた野波麻帆も、本当に役にはまっていました。台詞回しにちょっとつたない部分もありましたが、それがまったく傷になっていません。現代っ子らしいドライな部分と、母親を愛して止まない子供らしさ。そして一人の女として照恵の苦しみに共感しつつ、包み込んで癒してしまう母性すら感じさせたのはスゴイと思います。
もちろん照恵の少女時代を演じた牛島ゆうき(10歳の照恵)、浅川ちひろ(15歳の照恵)も、殴られたり蹴られたりの芝居で、精神的には苦痛もあったでしょうが、立派に演じきりました。偉いと思います。

さて、「愛を乞うひと」というタイトルですが、原作を読んでませんし、また人それぞれに解釈の余地があると思いますが、今の僕はこう考えています。

広辞苑で「乞う」という単語を引くと、「人に対し物を与えよと求める」とあります。この映画では、豊子がまさに「愛を乞う人」だったんではないでしょうか。愛というのは物ではありません。人間と人間の間に発生する感情が増幅したものだと思います。そこはかとない好意、同情、尊敬。そんなものが、相手に跳ね返って、お互いの間を行き来する間に、まるで雪だるまのように大きくなっていく。それを愛というのだと思います。でも、豊子は、その愛をまるで物のようにただ欲しがるだけでした。自分が夫を愛しているというのも、結局は自分の心の中に作った夫を愛しているだけで、決して目の前にいる夫自身を愛しているわけでは無かったと思います。そもそも他人との間に感情のキャッチボールをする能力に欠けていたのでしょう。
それに比べて、娘の照恵は、「愛を探すひと」だったと思います。彼女は決して、一方的な母親の「イメージ」に愛を乞うていたわけではありません。むしろ、毎回毎回、新しい愛の感情を豊子に投げていたのです。どの感情を投げれば、母は自分を愛してくれるんだろうと想像しながら。ただ、どんなボールを投げても、母の豊子からボールが帰ってくることは無かった。そういうことだと思います。

劇中で、王の妻(熊谷真実)が言う台詞。「私が思うに豊さんも子供の頃に何かあったんじゃないかねぇ」という部分については違和感を感じました。これでは、豊子も虐待されたから、照恵を虐待しているんだ、と言わんばかりではないですか。遺伝子だとか、成育環境で人の運命が決定するなんてことは絶対にありません。ぼくは実感としてそう思っています。もちろん、それを甘いと思う人もいるかもしれませんが、最低限、自分の意思で何かを変えることができると思えなかったら、人間は生きていけないと思います。

この映画は、重いテーマをじっくり考えさせると同時に、エンターテインメントとしても一級でした。昭和20年代から30年代の街並もよく再現されていますし、豊子と照恵の再会シーンなど緊迫感のある演出もきちっと入っています。そして、最後には希望を残す終わり方で、観た後の感じも悪くはありません。
基本的に、映画は観た人の数だけ評価があると思うので、このブログではあえて点数などは付けていませんが、ぼくにとってこの映画はほぼ満点です。まだご覧になっていない方は、ぜひご覧ください。



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6 コメント

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観るのが恐くて (あず)
2007-01-20 22:03:54
見逃してました。
私も娘を持つ母親です。
自分には関係ないといえない恐さがあります。

どんなことでも人間のすることって
程度の差こそあれ 自分も、もしかしたら。

穏やかな気分の時みてみます。




決して恐くないですよ (いくらおにぎり)
2007-01-21 17:56:37
あずさん、こんにちは

大丈夫ですよ。恐くないです。
>自分には関係ないといえない恐さ
と、自分を振り返ってみることのできる人は、豊子のような怪物になりません。人間は、たとえどんなに時間がかかっても、なりたい自分になれるし、なりたくない姿にはならないんだ、と思っています。

ともあれ、いつか映画をご覧になったら、感想をコメントしていただければ。お待ちしています。
まだ見てませんが (たか)
2009-09-24 09:04:35
本(原作)を読んで ここに来ました。
古本屋で何気なく手に取った本が
この「愛を乞うひと」(下田治美)でした。
物凄かったです!としか言えません。
映画になってたんですね…今まで知りませんでした。是非 映画も見てみたいと思ってます。
オススメです (いくらおにぎり)
2009-09-24 19:00:24
たかさん、はじめまして。こんにちは。

恥ずかしながら、ぼくは原作を読んでいないので、比較はできません。ただ映画の方も、間違いなく傑作だと思いますので、強力にオススメしちゃいます。機会があれば、ぜひご覧になってください。
どっちも見てませんが (Ken)
2010-10-24 20:16:11
新聞の原田美枝子さんの連載でこの映画を知りました。
撮影現場のことが書かれていて、それだけでものすごい映画だなと思っていましたが…。
見てみたいと思いつつ、でも何か怖くてまだ見ていません。でも記事の中で書かれていなかった深さがあるようなので、じっくりと鑑賞してみたいと思います。

しかし原田さんはすごいですね。この映画を撮るときは、撮影現場でも子どもさんの幼稚園でも怖れられていたそうです。本当の役者さんですね。
Re:どっちも見てませんが (いくらおにぎり)
2010-10-26 09:57:22
Kenさん、こんにちは。

>原田さんはすごい

同感です。すごいうえに、おきれいだと思います。まあ女優に”おきれい”ってのもどうかと思いますが、内面からでる美しさがある女優さんだと思います。

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