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邦画中心の映画感想ブログです。ネタバレがありますのでお気をつけ下さい。

【映画】愛と死をみつめて

2007-02-15 | 邦画 あ行

【「愛と死をみつめて」斎藤武市 1964】を観ました



おはなし
誠(浜田光夫)が大坂で入院中、偶然知り合った少女の道子(吉永小百合)は軟骨肉腫という難病にかかっていました。文通を始める二人。誠はバイト代を貯めては、東京から大坂の道子の病室を訪れます。病気の悪化で顔の半分を失った道子ですが、誠の励ましに支えられ、懸命に生きています。しかし、病気はますます悪化して……。


1963年に出版された河野実さんと大島みち子さんの書簡集が原作です。最近広末涼子主演でテレビドラマ化もされたようですが、テレビドラマは見ている暇がなかなか取れないので、見逃してしまいました。

大坂の病院に入院した誠は、病院の屋上で道子と知り合いました。屈託なく笑う道子にときめく誠。誠は中央大学に。道子は同志社大学にと、二人の道は分かれましたが、二人は文通を続けることになりました。しかし、1学期が終わると再び、道子は入院。実に4度目の入院です。

誠は休みを利用して大阪に。見舞いにきた誠を道子は歓待します。手紙の交換ですっかり仲良くなっている二人は、お互いをマコとミコと呼び合うことにしました。しかし、病状は悪化するばかり。道子は主治医のアドバイスで大学を退学し、治療に専念することにします。ミコはいったんは身を引こうとしますが、マコはそんなミコを怒ります。真剣に自分を愛してくれるマコに、ミコもいつか病気が治ることを信じて、闘病に専念しようと思うのでした。

しかし、病魔はどんどんミコの体を蝕んでいきます。マコはバイト代を前借りし、カメラを質に入れてまで、マコのもとに駆けつけます。すっかり弱気になったミコは「そんなに愛してくれるなら一緒に死んで」とマコに頼みますが、マコは「ぼくは死にたくない」と答えます。もちろん、それは生きてミコと一緒に暮らして行きたいという意味。ミコは、泣きながらもマコの真実の愛を感じるのでした。

ミコの父(笠智衆)とマコは、主治医に病気の説明を受けました。ミコの病気は軟骨肉腫という難病。このままだと、鼻も溶け、さらに肉腫が大脳にまで達すると、待つのは死のみです。これを手術すると、ミコの顔は半分がつぶれてしまいます。しかし、手術しないと5年で死ぬかもしれません。ミコが発症してからは、もう5年。いつ死んでもおかしくないのです。結局、父とマコは手術をした方が良いという結論に達しました。
「顔が半分つぶれて、片目が無くなっても?」と言うミコです。

父は帰っていきます。電車を見送るミコ。父はニコニコ笑って、手を振っています。しかし、ミコの姿が遠ざかると、一人泣くのでした。ここの笠智衆の演技は絶品です。あまり器用ではない笠智衆ですが、かえってそれが、娘の病気に何もできない父の無念を表していました。

ミコは考えに考えた挙句、「手術します。マコのためにも、ミコのためにも」と言います。しかし、手術後には整形をしなくてはなりません。ミコは、整形が終わるまでの2年間は来ないで、とマコに言います。そして、心の中では2年の間に、自分のことを忘れて欲しいと、悲しく考えているのでした。

ミコからマコのもとに、手術は成功したという手紙が来ました。しかし整形は6ヶ月延期です。中小企業の経営者の父も、さすがに金銭的に苦しい状態です。ミコは研究用患者という扱いに変えてもらい、大部屋に移ることになりました。病室には、ハナ(北林谷栄)、トシ(ミヤコ蝶々)、スマ(笠木シヅ子)などという面々がいますが、明るくて心が優しいミコはあっという間に、病室の人気者になりました。

しかし、ある日のこと、ミコは残った方の顔面に硬い骨のようなものができているのに気づいてしまいました。不安になったミコは、主治医に「再発じゃないでしょうか」と尋ねます。案の定、ミコの21歳の誕生日の翌々日に、再手術ということになってしまいました。ミコは、マコは期末試験中だから知らせるのを止めておこうと、一人で手術に耐えることにしますが、

『私がいま一番ほしいもの それは密室 その中で声の続く限り泣いてみたい』

と書き残すのでした。

予想以上に病気が悪化していたので、手術は途中で中断されました。父からの手紙で手術の顛末を聞いたマコは、怒ってミコに電話をしてきます。なんで教えてくれなかった、と怒っていたマコは、医者や科学者への怒りも爆発させます。原爆まで作ったくせに、こんな病気が治せないのか、と。しかし、そんなマコをミコは懸命に慰めるのでした。しかし、ミコは思います。

『嘘のきらいな貴方は 私が嘘をついたといって怒った ただゴメンナサイと言うことに なんのこだわりもないけれど 貴方に教えてあげたい 人は時には悲しい嘘をつかねばならないことを』

体の弱ってきたミコですが、退院したスマ(笠置シヅ子)に代わって、患者の中山(宇野重吉)の洗濯をしてあげるなど、残された日々を懸命に生きています。
父が訪ねてきたときも、精一杯のオシャレをして見せます。病室のカーテン越しに、顔を半分だけだして、ニッコリ笑うミコ。無くなってしまった顔をかくせば、そこには美しい少女が一人立っているだけです。父は胸が詰まって「とっても美しいねえ。よく似合う」と言うのがやっとです。

しかし、残された目も霞んできたミコは、

『病院の外に健康な日を三日ください 一日目!私は故郷ににとんで帰りましょう 二日目!私は貴方のところへとんで行きたい 三日目!私は一人で思い出とあそびます そして三日目がすぎたら 三日間の健康ありがとうと笑って永遠の眠りにつくでしょう』

と書き残します。家族との幸せな情景。マコとミコのままごとのような生活。楽しかった大学での級友たちとの語らいなどが、ミコの心に浮かんでは消えていきます。

ようやくマコが病院にやってきました。マコは病室で「禁じられた遊び」をギターで弾いてくれました。二人は屋上で並んで座り、仲良く歌を歌いました。でも、ミコはもう残された時間が、終わりつつあるのを知っています。
「ねえ、マコ。玄関までお送りするわ。それから私を振り向かないで帰って」と言うミコ。二人とも思いつめた表情です。
マコが帰って余計に寂しさを増した病室で、ミコはマコの置いていったギターを弾きます。一音、一音、確かめるように爪弾くメロディは「禁じられた遊び」。

ミコは私物を処分することにしました。
「亡くなった方でもおるんかいな」と訝しがる用務のおじさんに、
「ううん、これから亡くなるとこなの」と答えるミコ。
焼却炉に放り込まれた思い出の品々は、ただの薄い煙になって空に上っていきます。
「おじさん、みんな煙になってしまうんやねえ」とつぶやくミコ。煙だけがポッカリと、何の苦労も無さそうに立ち昇るだけです。

マコからの電話。ミコにとって、何者にも代えがたい大事な時間です。今日はマコはギターを弾いてくれています。曲はいつもの「禁じられた遊び」。放心しながら、それを聞いているミコ。と、そこに頭痛が襲ってきました。一時も我慢できない苦痛に、ミコは大事な大事な時間を捨て去るしかありません。慌てて電話を切ったミコは、苦痛のあまり廊下をのた打ち回るのでした。

また、マコが病室に来てくれました。今度は信州の山々の写真を持ってきてくれたのです。マコの大好きな信州の山。病気が治ったら一緒に歩こうと約束した山の写真です。二人は、頭の中で信州の山を歩くことにしました。こんな感じ?と、手で歩く真似をするミコ。そうそう、ここは危ないよ。私疲れたわ。写真をめくっては、二人は想像の世界で、自由に山を歩きます。そして、新しい写真を見たとき、この山には霧がかかっているのね、とミコが言い出しました。思わず黙り込むマコ。ミコも黙り込みます。

「ミコの目。たった一つの目、もうダメになってしもうたんや」とつぶやくミコ。マコは、疲れたんだよとミコを寝かそうとします。でも、いつも人に迷惑をかけないように、わがままの言ったことの無いミコが、めずらしくグズります。
「じゃあ、眠る。このまま死んじまっても知らんから」と言うミコ。
マコは振り切るように「ミコ、さよなら」と言って帰っていきました。
「マコ、元気になれんで、ごめんね」とつぶやくミコです。

ミコは死にました。病室には医師と、放心状態の父と母がまるで彫像のように黙って立っています。そこに、ドンドンと音を立てて、患者の中山さんが入ってきました。
「道子はん、わしが代わりに死にたかったぞ」という中山。母は堰を切ったように泣き出します。父は、相変わらず、ただ放心しています。信州の山々にマコの声が響きます。「ミコー、ミコー」そして、ミコの遺骸にスポットライト。

素晴らしい作品でした。凝ったカメラワークに、巧みな演出。斎藤監督の演出は冴え渡っていますが、そのうまさを「どうだ」と見せ付けるのではなく、あくまで話の本筋に力を与えるために使っています。だから、普通に見ると、スッと作品世界に入ってしまいますが、よく観ると「凄いなあ」と感心するところが多い、そんな作品です。
脚本もまた、素晴らしいです。普通に映画化すると一本道の展開になってしまうところを、ある所はゆっくりと流し、ある所は一気に省略する、そして時間軸もたくみにズラして効果をあげる、とまさに脚本の教科書のようでした。

お父さんの笠智衆は、絶妙のキャスティング。大げさな芝居ができないのを逆手にとって、寡黙な父の表情を捉えてみせるのは、まさに演出の勝利です。

そして、何と言っても吉永小百合の素晴らしいこと。吉永小百合も、基本的にはお芝居が上手いほうではありません。もちろんケナしているワケではなく、テクニック主体の器用な俳優ではない、という意味です。しかし、いったん役に入り込んでしまった時の、その集中度はさすがなものがあります。そして、この映画の吉永小百合は、まさに入神の演技と言って良いくらいのデキでした。完全にミコとして生き、笑い、泣き、そして死んでいったと思います。

さらに演技とは別に、その美貌にもビックリです。初期の日活作品では、とにかく可愛いとしか言いようがありませんでした。しかし、この作品では、その可愛さに加えて知性のキラメキが加わって、いっそ神々しいと言って良いほどの美しさです。
自分が生まれる前の映画ではありますが、これをリアルタイムで観たら、そりゃ猫も杓子もサユリストになってしまうのは分かるなあ、としみじみ実感しました。




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