いくらおにぎりブログ

邦画中心の映画感想ブログです。ネタバレがありますのでお気をつけ下さい。

【映画】ある遭難 黒い画集

2009-07-17 | 邦画 あ行
【「ある遭難 黒い画集」杉江敏男 1961】を観ました



おはなし
弟の遭難死に疑問を持った真佐子(香川京子)は、山に詳しい従兄の二郎に調査を頼み……。

松本清張の短編集「黒い画集」からの一篇を映画化したものです。あいかわらずネタバレしてますので、これから映画なり原作なりを観る(読む)予定の方は、以下を読まないほうが無難だと思われます。あと、これは山の映画なのですが、ぼくは山の知識が皆無なので、見当ハズレのことを書いていたら、ご指摘ください。

ズリズリ。ズリズリ。山男たちが、崖から何か大きな包みを引き上げています。引き上げられた包みから覗くのは苦悶に歪んだ男の顔。どうやら滑落した山男の死体を引き上げていたようです。ここは鹿島槍。銀行員3人のパーティが、ガスで道を見失い、その一人が谷に滑落してしまったのでした。

鹿島部落で荼毘に付されている死体。横には母と思しき人が泣き崩れ、姉でしょうか。一人の美しい女性(香川京子)が、燃え盛る炎をじっと見つめています。
「秀雄、なんとか助かる方法はなかったの。あれほど山が好きで、よく山を知っていたくせに。初心者の浦橋さんが助かったのは単なる偶然なんだろうか。私には信じられない。秀雄、なぜなの」。

山岳雑誌の「岳人」。その鹿島槍特集に、こんな寄稿文が載りました。「鹿島槍に友を喪いて 浦橋吾一」。「私たち三人が鹿島槍ヶ岳の頂上に立ったときは、数十分後の悪天候はまったく予想できないほど晴れていた」。

山に入って二日目。鹿島槍の頂上を目指している3人が映ります。リーダーは銀行員の江田(伊藤久哉)。それに、中級者の岩瀬秀雄(児玉清)、そして初心者の浦橋(和田孝)です。「うわーっ、いい天気だなあ」と感激している初心者の浦橋に比べ、中級者の岩瀬はハアハアゼイゼイ。えらく苦しそうですよ。

彼らは同じ支店の同僚で、前々から山行を計画し、ようやく取れた休暇で山登りを楽しんでいたのでした。それもリーダーの江田が初心者の浦橋に配慮して、寝台車でやってくるという贅沢さ。当然、ぐっすり眠って山入りした以上、みんな元気でもおかしくはなかったはずなんですが。

先ほどまでの好天がウソのようにガスが立ち込めてきました。「危ないな、引き返そう」というリーダーの江田に、岩瀬は「ねえ、江田さん、行きましょうよ」と強硬に主張します。確かに目的地までは、あと少し。進めば進めそうな気もします。しかし、山では危険な20分より、安全な3時間をかけて、小屋に戻ることも勇気だそうです。パーティは悄然と、今来た道を引き返すのでした。

「岩瀬君は引き返すのが不満なのだろうか。なぜ、こんなに離れてしまうのだろう。それとも疲れているのだろうか。いや、疲れているはずはない。私たちは江田さんの好意で、寝台車の山行という贅沢な用心までしたのだから」。

軽く酒を飲んで、寝台車のベッドに潜り込んだ3人。しかし、浦橋がトイレに起きると、真っ青な顔で、デッキに立っている岩瀬がいました。どうしたんでしょう。何か気になることでもあって眠れないんでしょうか。山に入っても、岩瀬の体調は悪そうです。気を使ってか、江田が頻繁に大休止を取るものの、かえって岩瀬は疲れていくようす。水を飲む量も半端ではありません。ついには、江田が差し出した水筒の水までゴクゴク飲んでいます。冷小屋(ちべたごや)に泊まっても、どうやら岩瀬は眠れない様子。横で江田がグーグー寝ているのに比べ、えらい違いです。浦橋はなんとなく不安な気持ちに襲われるのでした。

ガスの中をさまよっていた3人。と、江田が言い出しました。「どうやら牛首山の方に紛れ込んだらしんだ」。「牛首山」「うん、ガスで見当がつかなかったんだ。布引岳と牛首山はとてもよく似ているんだ。高さも同じくらいだし、格好もね」。これはタイヘンなことになってしまいました。ガスが激しい雷雨に変わり、3人の体温を奪っていきます。いくら夏山でも、このままだと凍死もありえるでしょう。その上、岩瀬がグッタリしていますよ。江田は浦橋に言います。「浦橋君。ぼくはすぐにちべた小屋に救援を頼みに行ってくるからな。岩瀬君を頼む。ぼくが戻ってくるまで絶対にここを動くなよ」。

岩瀬と二人残されて不安げな浦橋。案の定、激しい雷雨で、岩瀬の容態はどんどん悪くなっていくようです。と、いきなり岩瀬が絶叫しながら立ち上がりました。意味不明なことを言いつつ、服を脱ぎ捨てた岩瀬は、後先を見ずに走り出し。ぎゃーっ。崖から落ちていったのです。

そして、ファーストシーンの遺体を引き上げているシーンに。「岩瀬君の死体は、黒部渓谷の奈落に突き出たテラスに引っかかっていた」。……。浦橋の手記を読み終え、パタンと「岳人」を閉じる江田。ちなみに仕事中みたいですけど。そこに、電話が鳴りました。

「もしもし、鹿島槍でお世話になりました岩瀬の姉の真佐子でございますが」。ちょっとイヤな顔をする江田。「あの30分ばかりでよろしいんでございますが、お帰りがけにでもお時間いただけませんでしょうか」「はあ、それは差し支えございませんが」。

江田が約束の三笠会館に行くと、そこには岩瀬の荼毘の際に、厳しい目で炎を見つめていた真佐子(香川京子)がいました。そして、もう一人、知らない顔も。「従兄の槙田二郎と申します。東北の電力会社に勤めております」。紹介を受けて、苦みばしった笑みを浮かべる槙田(土屋嘉男)に、江田は何とは無しに警戒感を抱きます。なんとなく面倒なことになりそうな気がする。

案の定、真佐子はこんなことを言い出しました。「実は私、弟の墓場に花を捧げてやりたいと思いまして。つまり遭難現場にです」。とは言っても、ただでさえ素人が登るのはムリがあるのに、今は冬。冬山に登るなら、かなりのベテランでないと。「それで、私の代わりをこの人に頼みましたの」と、従兄の槙田を見る真佐子。「松本高校の山岳部です。いやあ、戦前派ですよ」と槙田はニカッと歯を光らせていますよ。ここまで話が決められていると、断るに断りきれない江田でした。

夜行に乗って山に向う江田と槙田。しかし、この槙田という人物、どうにも得体がしれません。「秀雄があの時、寝台車に乗せてただいたそうでお世話になりました」と言いつつ、目が笑っていないし、「岳人」に乗った浦橋の記事を暗記していたり、夜中に寝もせずにいたりと、江田にとって恐怖の対象です。ひょっとして、あのことを。

山に入っても、槙田の行動は江田にとって脅威です。ベテランの山男のくせに、やたらと休憩を取りたがったり、なぜか疲れるようなことを繰り返しているのはなぜでしょう。そのうえ、「水筒に水を入れたのはここですね」などと、夏の山行スケジュールを完全に把握しているようです。「それにしても飲みすぎる。浦橋君の文章を読むと、秀雄の奴、ここに来るまでに5回も休んだそうですね。前の夜、寝台で来たくせにだらしない奴だ」。そう言いながらも、厳しい視線で江田を見つめる槙田。なんだか、二人の間の空気がピーンと張り詰めていくようです。

ちべた小屋に入っても、槙田の追及は続きます。「ぼくは予報を調べてみたんです」。槙田によると、3人が山に入った日は、松本の気象台が長期予報で天気の崩れを指摘していた日だそうです。もし、その予報に従って、山行を取りやめていれば……。

翌日、遭難現場に向う二人。献花を終えた二人の緊張は最高潮に向かっていきます。「今度の遭難には色々な悪条件が偶然に重なっています。ぼくは今、その悪条件ってやつを考えているんです。まず秀雄ですが、登山にかかったときから、非常に疲れていた。浦橋君は初心者ですが、秀雄よりずっと元気に登っているようです。つまり、秀雄が最初から疲労しちえたのが、そもそも悪条件の始まりです。ぼくはどうも不思議で仕方ないんですよ。どうして秀雄の奴が、あんなに疲労していたのか。江田さん、ご存知ありませんか」「あなたとはもう、話したくありません」。もう、ここまでくると、二人の立場は明瞭です。秀雄の死に関与した江田と、それを追及する槙田。

「聞きたくなければ結構。僕は勝手に喋ります」と、槙田はひとつひとつを説明し始めました。秀雄が寝台車で眠れなかったのは、あなたが何か、精神的ショックを与えることを言ったからだ。やたらと休憩を取ったのも、秀雄の足の調子を狂わせるため。もちろん、自分の水筒の水を与えたのも、疲労を増加させる効果が期待できる。長期予報で、天候が悪化することも予知できたはず。牛首山と布引岳の地形が似ていて、間違えやすいということは山岳書にも載っていて、あなたは知っていたはずだ。さらに、時間調整。あなたがちべた小屋に引き返したのは午後5時になってから。この時間だと小屋に着くのは8時。仮に救援を頼んだとしても、翌朝になることをあなたは理解していた。

「あなたの推理は偶然の現象ばかりだ」と反論する江田に、槙田は言います。「しかし、その偶然にあなたは期待をかけていました。あれはもう偶然ではありません。先ほどから言うとおり、これは可能性の積み重なりです。天候も予報で予知することができる。ある条件を与えて、疲労させることもできる。山の地図を持って行かせなかったこと、道を間違えること。時間の調節。これはみな人為的にできる。この条件がことごとく、凍死を期待させていたんだ。期待性の積み重ねは偶然ではなく、もう明瞭な作為ですよ。ただ、分からないことがひとつあるんです。動機です。なぜ、あなたは秀雄を殺さなければならなかったのか」。

睨み合う二人。可能性の犯罪は、ただ動機という一点において、その醜い姿を隠されているようです。「話は分かります」と冷たい表情を浮かべる江田。「もう12時です。僕は今晩の夜行に乗らねばなりません。休暇は今日までですからね」。しかし、来たコースを逆に辿ったのでは、間に合わない、と言う江田は「僕は北俣本谷の壁を降ります。一緒に降りますか。どうします」と挑発的に槙田を見つめるのです。

アイゼンとピッケルを頼りに、とてつもない斜面を下っていく二人。先行した江田。槙田は後から、一メートルほどずれた場所を降りていきます。一歩、一歩、足場を作りながらの、慎重な下降です。と、江田がちょうど槙田が降りてくるであろう場所をピッケルでザクザクと掘り出しましたよ。ザク、ザク。横に掘り進めていく江田。槙田は、そんなことに気づかず、一歩また一歩と下降してきます。江田が時間稼ぎのために、いきなり槙田に話しかけました。「槙田さん、あなたの知りたい動機を言いましょうか。動機はね、恥を言わなければ分かりませんが、あったんです」。思わず槙田の歩みが止まります。実は、自分の妻と秀雄が不倫関係にあったと教える江田。「本当ですか」「確証があります」、ザク、ザク。寝台車で、その件を匂わせたという江田。「それも、すっかり言わずに、ちょっぴり匂わせてやったんです。その方が、かえって相手にはショックなんです」、ザク、ザク。「岩瀬君が眠れなかったのは、そのためなんですよ。それだけですよ、動機は」「そうですか、そうだったのか」。槙田は得心が行ったのか、また下降を始めました。そして、江田が掘った場所に差し掛かると、「あっ。うわーっ」。絶叫と共に落ちていく槙田。まるで、壊れた人形のように、槙田はゴロゴロと転がっていくのでした。

ニヤリと笑った江田はつぶやきます。「あなたの死体が雪の下から上がるのは夏ごろでしょうね」。ふぅーっ。タバコに火を点ける江田。しかし、その時です。槙田の絶叫に反応したのでしょうか。巨大な張り出しを持った雪庇が、ズゴゴゴと崩れだしました。何百トンもの雪の塊は、そのまま江田を押し包み……。

雪の上に、そっと花束を置く真佐子。「山はまた二人の命を奪ってしまった。私が弟の死を疑ったばかりに……」。真佐子はいつまでも雪山に佇んでいます。


最初は、「ゼロの焦点」の久我美子のように、香川京子が弟の死を探る役どころなのかと思いましたが、香川京子の出番はほんのちょびっとでした。製作が香川京子の叔父さん(永島一朗)なので、カメオ出演みたいなものだったのかもしれません。ちょっと残念。

その代わり、前半は伊藤久哉、児玉清、和田孝の夏山登山のシーン。そして、後半は伊藤久哉と土屋嘉男の雪山登山シーンが満腹するほど出てきて、とても迫力があります。

脚本は、時間軸が細かい入れ子構造になっているにも関わらず、とても分かりやすくて素晴らしいもの。この脚本は、なんと映画監督の石井輝男が書いています。時期的には、新東宝を辞めて東映に移るちょうど端境期のようですが、ひとこと、石井監督、こんな脚本も書けるんだあ。自身の監督作品は、わりとイキオイでどーんと押し切るタイプが多いのに、この脚本の重層的な緻密さはなんてことでしょう。名脚本だと思います。

もちろん、映画自体のデキも素晴らしいものです。杉江監督は、どちらかというとプログラムピクチャの職人というイメージがありましたが、どうしてどうして、じっくりと構えた演出は、重厚と言ってもいいくらいでした。

秀雄が眠れないくらいなら、江田だってこれから犯す殺人に興奮して眠れなかったんじゃないかとか、そもそもミステリー的に、「偶然を期待した殺人」というのがアリなのかどうか、という問題は残るものの、とても面白い作品です。ぼくは、とても堪能しました。







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2 コメント

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この映画の撮影時の… (joshua)
2009-07-17 22:42:18
エピソードが、児玉清の書いたエッセイに出てきますね。
何でも、一度、鹿島槍に登頂して冷小屋まで戻ってきたロケの一行の目の前で、カメラマン助手が撮影済みのフィルムの缶を開封してしまったとか(藁)。
結局、もう一度ロケのやり直しとなり、疲れ切った児玉清の表情は、演技の域を超えた真に迫ったものになったとか。
東宝脇役のホームラン王・伊藤久哉の主演作はこれ1本しかないかもしれませんね。
いいことを聞きました (いくらおにぎり)
2009-07-18 09:20:16
あああああ、カメラマン助手の方はその後、どうなったんでしょうか。雪渓に埋められたりしないと良いんですが。まあ、その後のロケで荷物の量が倍増くらいは、確実にありそうですが。
確かに、児玉清の演技は迫真のものでしたが、そうですか。とても、いいことを教えていただきました。ありがとうございます。

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