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【映画】春婦伝

2008-06-20 | 邦画 さ行
【「春婦伝」鈴木清順 1965】を観ました



おはなし
慰安婦の春美は三上上等兵を情熱的に愛しますが、二人は捕虜になってしまい……

この「春婦伝」というお話を、一人の男と一人の女の恋物語だと考えれば、同じ原作を映画化した「暁の脱走」より、こちらの映画の方が遥かに良い出来上がりです。

中国の荒野を吹き渡る風になぶられる、春美(野川由美子)の横顔が映し出されます。どこまでも続く、白茶けた大地を踏みしめ、歩いていく春美。そこにナレーションが流れます。

「売春婦、娼婦、淫売。春美は天津の売春婦である。天津にいる間、彼女は一人の日本人を愛した。その男を自分の全部を賭けて、根限り愛して愛しぬいた。夫婦になるために。しかし、その男は日本から花嫁を連れて帰ってきた」

男の嫁を脅かし、男に「あの女と別れてしまわなければ殺す。殺す」とむしゃぶりつく春美。男にキスをせがむや、男の舌を噛み切ってしまうような、そんな情熱的な女です。

トラックに揺られている春美。傷心の春美は、自ら大都会の天津を離れ、ある県城の慰安所へ移ることにしました。トラックは黄土を踏んで走り続けます。春美と仲間の慰安婦を乗せ、ただひたすらに。

トラックは途中で八路軍の襲撃を受けましたが、どうにか敵を撃退できました。しかし、それよりも春美にとっては、同乗していた三上上等兵(川地民夫)の涼やかな視線に、吸い込まれるような気持ちを味わったのです。

慰安所では、長蛇の列をなした男たちが、春美たち慰安婦の体を求めてきます。そんな中、ほかの男の相手をしている春美のところに、副官(玉川伊佐男)が乗り込んできました。権威を笠に着て、「兵隊よりえげつない」と言われている副官に、反発する春美。しかし、副官の暴力と愛撫に、春美の体は反応してしまうのです。

そんな、ある日。三上上等兵が春美の部屋にやってきました。春美の顔が喜びに輝きます。しかし、喜びもつかの間。「今夜、副官殿が来られる。夜は客を取らぬように」という三上の言葉に、春美は「あたし副官の女じゃないよ。大きな口をきくなと言っておいてくれよ」と絶叫するのでした。好ましいと思った涼やかな目も、時と場所が変われば、別のものに思えます。「あの当番、私を汚らしそうな目で見やがって」、そう、同じ涼やかな目も、今の彼女には、自分を責める視線に思えてしまうのです。もちろん、それだけ三上という存在が、彼女の中で大きくなったのに他なりません。

夜になって、副官に抱かれる春美。副官は、体で、そして言葉で春美をいたぶります。「俺の当番兵の三上を見ろ。あいつは徹底的に飼いならされた犬だ。俺の言うことなら何でもする。兵隊の標本みたいな奴だ。お前も、あまり逆らわん方が得だぞ」。そう、確かに三上は副官に理不尽な理由で殴られても、無抵抗です。春美は思います。「この澄んだ目。ちくしょう、コイツを誘惑して、副官に反抗させることができたら。今に見てろ。あんたの権威なんか、ズタズタにしてやるから」。

さっそく、三上に言い寄る春美。「どうして、あんた、いつも私を汚らしそうに見るの。あたしが汚い」、やっぱり三上は涼やかな目で春美を見るばかりです。「あんたの、その目が憎いわ。あたしを何だと思ってるの」、三上は何も答えません。「あたしは何なのよ。豚、犬。豚なら豚でいいよ。豚には豚の考えがあんのよ」、そう言って春美は三上を押し倒しました。さすがに、三上は「どけっ。バカにすんな」と春美を突き飛ばします。うわーっ、号泣する春美。なんだ、なんだ、と仲間が集まってきます。「なんだい、男のクセに女を殴って」「春美にはね、副官がついてんのよ」、口々に三上を責める声があがります。「ちがう、ちがう、ちがうのよーっ」、泣きながら首を振る春美です。この一連のシーンは必見。なんていうか、野川由美子の存在感に圧倒されます。

また、ある夜のこと。副官の寝ているベッドから抜け出した春美は、忠実な犬のように、外で待っている三上に会いに行きました。珍しく酔っている三上は、「頭が痛い」と言っています。「休んで行きなさいよ。ねっ」、そう言って藁床に三上を寝かせる春美。「薄情者」と三上にそっとキスをした春美は、三上のズボンを脱がそうとします。それを戸惑ったように止める三上。「あんた、震えてるの。女と寝たことないの」、春美は感激しています。そして愛おしそうに服を脱ぎ。

「ダメだ、ダメだ。俺は何だって、こんなことしちゃったんだ」と泣いている三上。「いいのよ、いいのよ」と春美は、まるで菩薩のような柔らかい表情で、三上の頭を優しく撫でます。「あんたは私に、ホントの幸せってものを教えてくれたのよ。好きなの。こないだ、あたしをぶった時の、あんたの怒った目。あたし、あの時、はっきり分かったの。あなたがホントに好きだってこと。好きで、好きで、たまらないんだってこと」。

さて、宇野一等兵(加地健太郎)という男がいます。かつては見習い少尉だったものの、反軍思想のおかげで、一等兵に降格されたのです。当然、鬼軍曹の木村(藤岡重慶)などからは、目の仇にされ、いたぶられているようです。そして、この宇野の楽しみと言えば、本を読むこと。誰も寄り付かない、朝鮮人慰安婦のつゆ子(初井言栄)の部屋に行っては、岩波文庫の「哲学断想」を読んだりしています。

春美が、副官の顔に、そっと電報を落としてみました。熟睡している副官は気づく様子もありません。喜びで、宙を浮くように部屋の外に飛び出していく春美。そう、副官が寝ている間は、三上との逢瀬を楽しめます。しかし、三上は、あの電報を渡さないと困るんだ、と春美の相手をしようともしません。「副官がなんだ。副官なんか死んじまえ。どうして妬かないのよ」と怒る春美ですが、骨の髄まで「兵隊」な三上には、その気持ちは伝わらないようです。「じゃあ、あたしが副官と何をしたって平気。あんた、それで苦しくないの」「別に何ともないな。仕方がないじゃないか」。ショックを受けた春美の頭に妄想が広がります。嫉妬に狂った三上が銃剣を抜いて、自分を救いに来てくれる。ハッ、しかし現実に戻ると、三上はただただ副官のことを心配するただの「兵隊」なのでした。

「弱虫。弱虫よあんたは。あんなひどい目にあわされたあいつを、どうして憎まないの。罵らないの。殺さないの。あんた、それでも男なの。分からない、分からないわ。あたしが知ってるのは、あんたの体だけ。ちっともあんた分からない」。この台詞は悲痛です。「体」を売ってきた春美。「体」で考えてきた春美。「体」でしか、愛を確かめることも感じることもできなかった春美は、今、好きという気持ちを「こころ」で感じようとしても、それが分からないのです。自分の「こころ」に、処女の怯えを感じた春美は、ただサメザメと泣くのでした。

「三上っ!」、副官に呼ばれた三上は、「行かないで」という春美を押しのけ、副官のところに走ります。どうやら、電報には重大なことが書いてあったようで、起こさなかった三上は、副官からボコボコにされるのでした。その重大なことと言うのは、近くの村に送った分遣隊が八路軍に襲われたという報告。これは至急、部隊を送って分遣隊を救出せねばなりません。まずは、取るものも取りあえず、尖兵小隊が急ぎ、出発するのです。

しかし、尖兵小隊が到着した時に八路軍の姿はなく、ただ分遣隊の兵たちの焼かれた骸骨が転がっているだけです。そして、降格された宇野一等兵は、これをいい機会に脱走していきました。えっ、三上ですか。三上はただ、来て、見て、撃っただです。

しかし、それでも三上はどこかが変わったのかもしれません。少し積極的になりました。酔いつぶれている副官を置いて、柵を越え、春美のところに忍んでいったのです。抱き合う二人のショット。本当に美しい、夢のようなショットです。うれしくて、クスクス笑う春美。「何がおかしいんだい」「あんた、初めて、あたしたちのことで大胆になったのね」。「あたしね、最初、副官にツラアテする気持ちで、あんたに近づいたの。あんたをメチャメチャにしてやろうと思って……、メチャメチャになったのは、あたしの方だった」。こんな二人の不器用な冒険は、あっさり巡察隊に見つかりジ・エンドです。三上は、西門の営倉に放り込まれました。

ドカーン。三上の入れられている西門の方から、砲声が聞こえます。八路軍が襲ってきたようです。「三上出ろ。帝国軍人らしく、立派に死ね」、そう言われて、三上の軽機関銃の射手として、城外の塹壕に送られます。「三上さん、大丈夫かしら」、心配になった春美は走ります。三上の消息を尋ねまわります。「死んだかもしれん。2千メートル先の壕の中だ」、何ですって。走ります。走って、走って、そして。

壕に寄りかかって、身じろぎもしない三上。今までの轟音がウソのように静まりかえった中で、春美はつぶやきます、「三上さん、死ぬのね」。三上を横たえて、春美も隣に寝転がります。「やっと二人きりになれたわ。あんたは私のもの。あたしも、あんただけのもの」。轟音と共に、まるで花火のようにキレイな銃火を見ながら、寝ている二人。八路軍の兵士たちが次から次へと壕を飛び越えていきます。そして、二人は捕虜になりました。

手当てを受けている三上。意識を取り戻し、「ウワーッ」と絶叫します。状況は分からないけど、ただただ三上を守りたい、それ以外には何もない。そんな様子で、三上を庇っている春美。そう、ここは石窟に作られた八路軍の陣地です。

そこに、八路軍の政治部員(下元勉)がやってきて、流暢な日本語で言います。「私は八路軍の政治部員です。痛みますか。ああ、心配ないです。私たちは日本の兵隊は憎みません。あなたに対しても、国際法の捕虜の権利は保障します。しかし、日本軍、捕虜を認めないねえ。もし、あなたが希望して帰っても、軍法会議で処刑される。私は、あなたがここにいた方が安全だと思います。もちろんそれには、私たちに充分協力してもらわなけりゃならない、どうですか」。

春美に難しいことは分かりません。共産主義がどんなものかも理解していないでしょう。でも、ただ一つ、これだけは分かります。「ねえ、あんた。言うとおりにしよう。あんたの悔しい気持ち、よく分かる。だけど、しょうがないじゃない」。ただ、春美は三上と一緒にいたい、一緒に生きたいのです。もちろん、三上には三上の考えがあります。いや、正確に言うと、三上の考えではなくて、三上の受けた教育でしょうか。そして、その教育では、捕虜になるということは、許されていません。

と、そこに宇野一等兵が来ました。脱走した宇野は八路軍に身を投じていたのです。「なあ三上、しばらくシナ人と生活をしないか。愉快だぞ」と誘う宇野に、「俺は日本人だ。売国奴の言うことなんて、信用できるか」と三上は提案を一蹴です。そうか、と去っていく宇野。いや、宇野だけでなく、八路軍自体が次の根拠地を求めて、この石窟を去っていきました。「宇野さん待って……行っちゃう。行っちゃう。あんたどうするの。みんな行っちゃう」。

石窟の中に、二人だけが残されました。すぐに食糧もなくなり、もう二進も三進もいきません。しかたありません。付近を通りかかった日本軍に投降です。まあ、投降っていう言い方もヘンですけど。案の定、県城に戻った二人はすぐに引き離され、三上は営倉入りです。どうやら、三上は太源の司令部に送られ、軍法会議にかけられるようです。「あの人たちと一緒に行けば良かったんだ」と春美は悔しがりますが、後悔しても後の祭り。

「恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励してその期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ」。そんな戦陣訓の一節をブツブツと繰り返す三上。そう、三上は捕虜にならずに逃げてきた以上、自分は助かるのだと信じているようです。しかし、憲兵(小沢昭一)に賄賂を贈り忍んできた春美は、三上は軍法会議に送られると言いました。「いつだ、いつなんだ」「明日」。ガーン。三上は殴られたような気持ちになります。ただただ戦陣訓を信じ、「マジメ」な兵隊を貫いた結果が、これだとは。「春美、頼みがある」と三上は、思いつめたようすで言います。「言って。何でもしてあげる」「手榴弾、持ってきてくれ」。「罪人として処罰されるのはイヤだ。だから、その前に逃げる。万一の用意に手榴弾が欲しい」「あんた、生きるのね。生きようと決心したのね」。

「三上は名誉の戦死を遂げるんだ」と木村軍曹に言う副官。そう、太源の司令部に三上を送ったら、部隊の恥です。であれば、移送の途中で三上を殺してしまうしかありません。そんなことも知らずに、懸命に手榴弾を盗んできた春美は、予定より早く出発したトラックを見て唖然です。

しかし、結局、三上は殺されませんでした。木村軍曹は、三上の澄んだ目にひるんで軍刀を振り下ろせず、撃てと命じられた部下も、引鉄を引けなかったのです。そこに、敵襲の報告が入り、トラックはトンボ帰り。三上は、また営倉に入れられる、、と、そこに春美が助けにきました。そのまま戦闘のドサクサに紛れて、逃げ出す二人。城壁にある門がキラキラと輝いて見えます。あれを抜ければ自由が、殺されることのない世界が待っているはずです。

「春美、お前は帰れ。ここにいたら危ないぞ」、三上はそんなことを春美にいきなり言い出します。「あんたは逃げないの」「そんなことができるか。ちくしょう。俺が卑怯かどうか、俺は見せてやるんだ。俺が卑怯か、卑怯でないか」。手榴弾のピンを引き抜く三上。

「あたしも死ぬーっ」
「天皇陛下、ばんざーい」

赤々と燃える荼毘の炎。燃やされる二人の遺骸の横を、進軍ラッパとともに兵たちは行進していきます。結局、二人を見守るのは、仲間の慰安婦たちだけでした。チョゴリを着たつゆ子はつぶやきます。「日本人、すぐ死にたがる。踏まれても蹴られても、生きなければいけない。生き抜く方、もっとツライよ。死ぬなんて卑怯だ」。荼毘の炎が、ひときわ大きくなったようです。


「愛する」女の物語としては、最上の部類に入るんじゃないかと思います。ただ、あくまで「愛する」女であって、愛し合う男女の物語ではありません。最後の台詞にも現れるように、女は全身全霊をかけて男を愛しぬき、男は女への愛と抽象的な理念の間に落ち込んで迷う。そんなすれ違いの物語でもありました。一見すると、ジャン・ジャック・ベネックス監督の「ベティ・ブルー」にも通じるような、女の狂気の物語でもありますが、根本的な部分が異なっています。それは、愛も希望もすべて自分の内面の中に求めて狂っていくのか、愛のために自分の全てを投げ出していくかの違いです。まあ、どちらも行動が「イカレテいる」という点で、見た目は一緒ですが、中身はずいぶん違うんだということです。

ぼくは、鈴木清順監督の映画の中で、この作品が一番好きです。「悲愁物語」のイカレっぷりも捨てがたいのですが、何と言っても、この映画は野川由美子が主演ですから。そう、ぼくは野川由美子も大好きなのです。特に、鈴木清順監督の「肉体の門」「河内カルメン」、そしてこの「春婦伝」。この三作品の野川由美子は、ほとんど神がかりというか、体の中から噴きだす生命力のオーラがキラキラと輝いて、日本映画の中で、もっとも輝いた女優じゃないかと思うくらいです。

若尾文子もそうですが、コンスタントに輝いていて、徐々にオーラが強くなっていく女優さんがいます。その一方で、ある数作品だけかもしれませんが、大爆発といった感じで、強烈に輝く女優さんがいます。思うに、野川由美子は後者のタイプじゃないかと思うのです。もちろん、野川由美子は他にも多くの作品に出演していて、それぞれ魅力的ですが、鈴木清順の、特にこの3作品については、言葉にならないほど、美しく、危なく、そして魅力的です。

この映画には、戦陣訓に代表される日本軍の非人道性、つゆ子に象徴される朝鮮民族慰安婦の問題などの、大きな裏テーマが隠されていますが、その点については失敗だったと言わざるをえません。なにしろ、野川由美子の存在感が圧倒的すぎて、他に注意が向かないからです。怒涛の恋愛ドラマ。そう捉えるのが、もっとも妥当でしょう。

噛めば噛むほど味が出る。観直せば、観直すほど、野川由美子の魅力に取り付かれていく。ぼくにとって、そんな作品です。

えーと、野川由美子のことを語ると、歯止めが利かなくなってますね、自分。







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2 コメント

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こんばんは、映画ブログの晴雨堂です。 (晴雨堂ミカエル)
2009-10-23 03:37:55
 野川由美子氏の瑞々しさと迫力に圧倒されました。
Re:こんばんは、映画ブログの晴雨堂です。 (いくらおにぎり)
2009-10-23 14:29:42
娘十八じゃないですが、この頃の野川由美子のキレイさったら、圧倒的ですね。僕の部屋には、オークションで手に入れた「春婦伝」のポスターが飾ってあります。

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